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ミザル・ブルクの看板娘  作者: 枢 呂紅
[番外編] ふたりで紡ぐ、道の先には
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ユフィリア・アーカードという人


「アーカード商会に裏を取ったが、婚約の話はあれの暴走だ。ミア殿が気に病むほどのことではない。……この件は、俺が収めよう。すまなかったな」


 書斎の窓から外を眺めながら、ゼノ様はため息を吐いて眉を下げた。


 私はというと、急にゼノ様の書斎に上がり込むことになり、若干体が縮こまっていた。第三王子の書斎とか、どう考えてもただの宿屋の娘が入り込んでいい場所じゃない。そう指摘すると、「ミア殿でもそういうことを気にするのか」と笑われた。


 体が冷えただろうとゼノ様が使用人さんに用意させた紅茶に口をつけ、気持を落ち着けてから、私はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「あの、ゼノ様とユフィリアさんは、親しい間柄なのですか? 」

「そう見えたか? 」


 きょとんと目を見張るゼノ様に、私はこくりとうなずいた。

 なにより、ゼノ様がユフィリアさんを“ユフィ”と愛称で呼んでいるのが証拠だ。


もちろん、だからゼノ様がユフィリアさんを褒章に推薦したとは思っていない。氷の皇帝がそんな甘い人物でないのは、この短い付き合いで十分わかっているもの。


 ゼノ様はわずかに視線をさまよわせてから、ゆっくりと口を開いた。


「あまり広くは知られていないが、あれの母は、俺の母の妹だ」

「それって……」

「ああ。ユフィは俺の、従妹にあたる」


 なんですと?!

 思いもよらない言葉に私が驚いていると、窓の外に視線を戻しながらゼノ様は苦笑をした。


「表立って口にする者がいないだけで、秘密にしていることではない。――ユフィの母、つまり俺の叔母は、貴族の娘でありながら商人の男に恋をした。当然に周囲は騒いだが、見事に想いを成就させ、そしてユフィが生まれた」


 身分を超えた結婚は、この国では禁止されていない。それに、アーカード商会ほどの地位を確立していれば、貴族の嫁ぎ先としても申し分はなかったといえる。


 だけど、ユフィリアさんのお母さんのお姉さん、つまりゼノ様のお母さまは、なんといっても王妃様だ。その妹の嫁ぎ先が商人というのは、さすがに反対の声も多く上がった。とはいえ、それをものともしないくらい行動派の令嬢だったらしい。


「兄弟の中で俺が一番年の近かったこともあり、こっそり城に連れてこられたユフィの相手をするのは俺の役目だった。昔から、年の割に大人びた子供だった。――つんと澄ました、かわいげのない子供とも言えたな」


 最後のほうは、ゼノ様は遠い目をしていた。

ユフィリアさんの小さい頃が簡単に想像ついて、思わず苦笑が漏れる。きっと、くりんくりんのツインテールをしたお人形さんみたいな見た目で、「この紅茶はいまいちですわ」とか言っちゃうんだ。


「とはいえ、ユフィは一度も、周囲の期待を裏切ったことがない。ただの一度もだ。そこは、素直に尊敬に値すると思っていた。ただし、同時に心配な点でもあった」

「心配、ですか? 」


 私が首を傾げると、ゼノ様は自身の紅茶に口をつけて、静かに視線を伏せた。


 小さく可愛い“ユフィ”は、いつでも“ユフィリア・アーカード”だった。

 両親はかわいい愛娘を溺愛したし、商会の人々もたった一人のお嬢様をそれは大切にした。だけど、その愛情を受け取るだけでいるには、ユフィリアさんは賢すぎた。


「優秀な商家の娘たらんと、次期家を継ぐにふさわしくあろうと、ユフィは自分に課していた。恐らく本能的に、ユフィは知っていたのだ。もしあれが“優秀な娘”でなければ、商家に嫁いだ母が、貴族を伴侶に選んだ父が、失敗の烙印を押されることを」

「そんな、ひどい見方……」

「貴族の結婚など、そんなものだ」


 にべもない言葉に、私はうつむいた。

 私の記憶の中にある父さんと母さんは、いつも笑顔で楽しそうだった。そんな二人や冒険者に囲まれて、伸び伸びと過ごせたからこそ、私は宿屋という場所が好きになったんだ。


 怒られることもたくさんあったし、ヘマだって数えきれないほどやってきた。

 それも全部、大切な思い出になるのに。


「では、ゼノ様は最初から、ユフィリアさんがご実家のお仕事のことを考えて、リゲルを結婚相手に指名したとわかっていたんですか? 」

「十中八九、間違いないと思っていた。とはいえ、リゲル殿は王都にいる間はアーカード商会を手伝っていると聞く。知らぬ間に想いを寄せた可能性も考えたが……、まぁ、案の定の結果だったな」

「商会の手伝い? リゲルがですか? 」


 そういえば、冒険の間が空くときは武器商の手伝いをしているのだとリゲルに昔聞いたけど、あれはアーカード商会のことだったんだ。

 合点がいったわけだけど、今更のようにへこんでしまう。


「私、リゲルがミザルにいるとき以外のこと、全然知らないんだなぁ」

「知らないことは、これから知ればいいではないか」と、ゼノ様は窓越しに微笑んだ。


「自信を持て。あの者は、ミア殿が思っている以上に、ミア殿のことを大事に思っている。――山神祭の時ですら、俺がミア殿に近づくのを警戒していたからな」


 何かを思い出して吹き出すゼノ様に、こっちは赤面するしかない。もちろん、山神祭でリゲルにもらった首飾りは、今も胸に輝いている。


 この首飾りを身に着けるのが当たり前のこととなったように、リゲルと私を結ぶ関係も、もっと確かなものになればいいのに、なんてね。


 温かな紅茶ですっかり心も落ち着いたころ、私はゼノ様の執務室を後にした。


☆ ☆ ☆


 何も心配しなくていい。

 ゼノ様はそう仰ったけれども。


「こうして見ると、圧巻の眺めね……」


 建国祭ウィークだからといって、決して商売の手を緩めはしない。むしろ、王国全土から集まる人たちに向けた恰好のアピールチャンスとして、どんと店先を構える一大商店。


 ことに当たるには、まず敵を知るが必須。

 そう、私は今、アーカード商会を目の前に仰ぎ見ています。


 午後には祝賀パーティがあるし、その準備に差し支えがないよう早く出てきたというのに、すでにアーカード商会には多くの人が詰めかけていた。


 立派な門構えと、外から見ていても相当な広さが伺える店のつくりに、私はごくりと喉を鳴らした。本当は、ハルさんやアーサーさんでも一緒にいれば心強かったのだけど、これ以上、個人的な問題に皆さんを巻き込むのは忍びない。


 それになんとなく、一人で来て、見て、ちゃんと考えなければならないと思った。だから、ここに来たことはリゲルにすら言っていない。もっとも、リゲルは私より早くに宮廷を飛び出していったらしく、話す機会もなかったけど。


 それにしても、年の暮れだというのに、すごい人だかりだ。

 アーカード商会で扱うのは、冒険者が使う武器や防具。で、あるからして、この国きっての狩場であるレグルス山がオフシーズンの今、早急な需要は高くないはずなのに。


「って、安!! 」


 そんなことを思いながら店内に足を踏み入れた私は、手近なところに積まれた道具の金額を見て、仰天した。安い。どれぐらい安いかって、3回ぐらいザクの酒場でスイーツを食べるのを我慢すれば買えそうなくらい、安い。


「おっと、お嬢さんも冒険に出るのかい? 人は見かけによらないね」


 道具を手に目を白黒させていると、すぐ近くにいたお店のお兄さんが声をかけてくれた。


「いえ、とてもお店がにぎわっていたので、ちょっと覗かせてもらっていただけで」と、私が道具をもとの位置に戻すと、お兄さんは納得したようににこにこと笑った。


 私みたいに、冒険者でなくとも冷やかしに入るお客さんも珍しくないのだろう。もう少しお兄さんが私の相手をしてくれる気でいるみたいなので、せっかくなので聞いてみた。


「ここに置いてある道具は、どうしてこんなに安いのですか? アーカード商会さんって、とても質の高い武器を扱っていると聞いていたので、勝手にお値段も張るものかと」

「ああ、もちろん、そういうのもありますよ」


 そう言ってお兄さんはひょいと手を伸ばし、棚の上に置いてあった別の道具を手に取ると、見えるように私の前に掲げてくれた。ぱっと見た感じ、最初に見た道具と大きな違いはないようだけれど、そちらは予想通りの値段だ。


「こっちの安いのは、工房の見習いさんが手練で作ったものなんだ。もちろん、商品として売るための、一定の品質は満たしているよ。けど、細かいところを見ると粗削りな部分が多いから、それでお買い得品ってわけ」


 説明しながらお兄さんが指さしたところをみると、確かに、後から出てきた商品のほうが細かい始末が丁寧になされており、簡単に言うと、美しかった。


「付き合いの深い工房にお願いして、去年から建国祭ウィークに販売を始めたんだけど、これがお客さんにも工房にも好評でさ。今年は、それ目当てに来てくれるお客さんまでいるんだよ」

「もしかして、これもユフィリアさんの案ですか? 」


 思わず口をついて出てしまった質問に、お兄さんはぱちくりと瞬きをしたけれど、すぐに嬉しそうに破顔した。


「ああ、そうだよ。あの方には、本当に頭が上がらないよ。誰も思いつかなかったようなことを、やすやすと実現されるんだから。まったく、大した才能だよね」


 にこにこと話してくれたお兄さんは、別のお客さんに呼ばれて、じゃあねと手を振って去っていった。それを見送ってから、私はとぼとぼとお店の外に足を向けた。


 一人でお店を見に来たのは、正解だった。

 なぜなら、予想していたよりもはるかに、私はダメージを受けていた。


 そんな自分に驚きながら、上の空で歩いていたのがいけなかった。ちょうどお店をでたところで、中に入ろうとしていたお客さんと鉢合わせ、肩がぶつかった。


「っ! 」

「っと、失礼! あれ、あなたは……」


 バランスを崩しよろめいた私の肩を、とっさに相手の人が支えてくれる。頭の上から振ってきた聞き覚えのある声に顔をあげれば、シリウスさんが目を丸くしてこちらを見下ろしていた。


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