華麗なる商談
「はぁぁぁ、つかれた」
叫びながら倒れこんだのは、天蓋付きベッド。
滑らかな肌触りのふかふかベッドは女の子の夢そのもので、こんな状況でなければ大喜びではしゃいでいたと思う。
「気持ちー。このまま、眠っちゃいたい」
「別にいいけどね、リゲルくんとは話したのかい? 」
羽布団に顔をうずめてまどろむ私に、母さんの冷静な突っ込みが飛ぶ。ううう、痛いところを突いてくる。重い頭を持ち上げると、イヤリングを外す母さんと鏡越しに目があった。その目が、呆れたように細められえる。
「気持ちはわかるけど、まずはあの子とちゃんと話した方がいいんじゃないの? 」
「それは、そうなんだけど……」
「まったく、はっきりしないったらないね 」
うじうじとシーツを握りしめていると、業を煮やした母さんが立ち上がり、私を手際よく羽布団でくるくると巻いたかと思えば、ぽいっとベッドから放り出した。
「ちょっ、何するの?! 」
「いいから、さっさと行っといで。どうせ、あっちもじっとしていられないで、その辺うろうろしているんだろうからさ」
あれよあれよと部屋を追い立てられ、気がつけば私はひとり廊下に立っていた。試しにドアノブを握ってみたけれど、案の定、内側から鍵を掛けられていた。なんという行動力。
まさか、このまま一晩中締め出すつもりはないだろうけど、こうなったら母さんはしばらく扉を開けてくれない。私は肩を落として溜息をついた。
「――せっかく宮廷まで来たわけだし、散歩でもして時間を潰しますか」
仕方なく、私は灯の揺れる長い廊下を歩き出したのだった。
☆ ☆ ☆
絨毯の敷き詰められた廊下を歩き、窓の外に広がる灯篭で照らされた庭園を眺めたりしながら、なんのかんの散歩を楽しんでいたその時。
「あんなこと言って、どういうつもりだ? 」
声の主を認識した瞬間、踏みだそうとしていた足を反射的に引っ込めて柱の影に飛び込んだ。そっと柱からのぞき見ると、やはりというか、リゲルがユフィリアさんに詰め寄るところだった。
二人がいるのは、日中であれば太陽の光をうんと取り込めるようなドーム型の窓に、白で統一されたテーブルと椅子が置かれた部屋だ。たぶん、サロンと呼ばれる場所なんだろう。
ユフィリアさんの方はというと、ゆったりと背もたれに身を預けて、完全に寛いでいた。貴族のお嬢様のように美しい仕草でティーカップを傾け、満足気に睫毛を伏せた。
「言葉のままの意味ですの」と、カチャリと音をたててティーカップを受け皿に戻しながら、ユフィリアさんが穏やかな声で答えた。
「我がアーカード商会にお迎えする旦那様として、リゲル様以上の適任はいないと、そう判断したまでのこと。あなた様にとっても、悪いお話ではないと思いますの」
「何、勝手なこといってんだ」
一向にペースを崩さないユフィリアさんに、リゲルがいらいらと組んだ腕を指で叩いた。
「はっきり言うが、俺が一緒にいたいのはミアだけだ。今だけじゃない、この先もずっとだ。なんと言おうと、お前の気持ちに答えることは出来ないぞ」
真顔でなんてこと言ってんの、あんた。
堂々と告げられたこっ恥ずかしい台詞に、私は柱を飛び出してリゲルの口を塞ぎたい衝動にかられた。なんとか留まれたのは、ユフィリアさんが指先で髪を弄びながら、かなり冷めた目でリゲルを一瞥したからだ。
「リゲル様は勘違いをしていますの。わたくしは、あなた様に恋煩いを抱いておりません。恋だの愛だのとは関係なしに、将来を共にするのが最善の道だと提案していますのよ」
「はい……? 」
リゲルが弾かれたように振り返って、慌てて私は自分の口を押さえた。
驚きの余り、うっかり声に出てしまっていた。息を潜めてじっとしていると、リゲルもそれどころではなかったのか、くしゃりと前髪を掻き上げ、すぐにユフィリアさんに向きなおった。
「悪い、俺の頭でも理解できるように、順序だてて説明してくれ」
「仕方ありませんのね」
ストロベリーブロンドの髪をはらりと後ろにはらってから、ユフィリアさんはこれから商談でも始めるかのように、小さな手を絡めて顔の前で組んだ。
「単純なことですわ。わたくしはアーカード家の一人娘。伴侶として迎える者は、商会にとって理のある方であるのが必須。では、商会が必要としているものは何か。それは、絶対的な広告塔ですの」
呆気にとられるリゲルの前で、ユフィリアさんは優雅な仕草で指を掲げてみせた。
「製品の良さを伝える方法、それは第一に、日々の信頼の積み重ねですの。幸いに、その点で商会に不足はありません。ですが、一つの『ブランド』として押し上げるには、いまいち説得力が欠けますの」
そこで、とユフィリアさんがリゲルに手を伸ばす。
「王立ギルド最年少で頭角を現し、わずか一年で王国に名を轟かせたリゲル様を商会の顔に、それも結婚というインパクトを持って迎え入れることが出来れば」
「――使い勝手のいい、客寄せになるってか? 」
リゲルの低い声をききながらも、ユフィリアさんは形の良い唇を緩やかにあげるだけだ。
なんというか、ある意味すごい度胸だ。
「あなた様にとっても、いいお話しですのよ。もちろん、リゲル様には冒険者を続けていただきます。その活躍は、宣伝になりますもの。冒険者の立場は変わらず、強力なスポンサーを得ることができる。……最高の立場が手に入ると、そう思いません? 」
――思います。が。
思わずうなずきかけて、私はあわてて首を振った。
いけない、いけない。これはビジネスの話じゃなくて、リゲルとユフィリアさんが結婚するかどうかの話をしているんだった。
リゲルはどんな反応をしているかと恐る恐る視線を移すと、うん、完全に口がへの字に曲がっている。とりあえず、大喜びで賛同しているわけではなさそうで安心していると。
「ここまでくると、いっそ清々しいな」
突然、澄んだアルトの呟きがすぐ近くから聞こえて、私は静かに飛び上がるという偉業を成し遂げることになった。
軍司令ともなれば、気配を消すなど朝飯前なのか。いつの間にかすぐ後ろに立っていたゼノ様は、その額にくっきりと縦の線を刻んだまま、私についてくるようにと促した。




