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ミザル・ブルクの看板娘  作者: 枢 呂紅
[番外編] ふたりで紡ぐ、道の先には
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馬車に揺られて

 一年間の締めくくりの大掃除は、滞り無く進んでいた。ある程度すすんだところで従業員の皆さんにはお休みに入ってもらい、残りは私と母さんの二人で手分けして終わらせた。


 窓の外はすっかり雪になっていて、ミザルの町の特徴である赤い屋根に、雪の白がよく映えてきれいだ。普段は掃除しないような所もぴかぴかに磨き上げ、一年の汚れがすっかり落ちたころ、王宮からの出迎えがやってきた。


「って、なんでリゲルがいるの? 」

「おいおい、ミア坊。俺もいるんだぜ? 」


 私が呆れた声をあげてしまったのも、無理はない。だって、迎えの馬車から出てきたのは、リゲルとアーサーさんだったからだ。


「エーアガイツ団も、表彰式に呼ばれているんだ。で、ノエルとミア坊も来るっていうから、特別に俺達が迎えに名乗りでたんだ」


 二台の馬車を指し示し、アーサーさんがにやりと笑った。驚いたけど、ありがたい申し出だ。王宮から迎えが来ると聞いた時、正直、ちょっと窮屈だなと思ったのだ。だって、通常は王宮騎士とかが神妙な顔して隣に座るんでしょ。想像だけど。


「よし、荷物はこれで全部だな。案外少ないな。ちゃんと、晴れ着ももったか? と、ミア坊、お前はこっちの馬車だよ」


 てきぱきと荷物をさばきながらアーサーさんに小さい方の馬車を指さされ、私はきょとんと首を傾げた。そもそも、この人数に馬車二台はいらないだろう。


「ゆったり使えって王宮が言うからさ、タダでもらえるもん使って損はない。だから、ノエルと俺と荷物がこっち。ミア坊はリゲルとそっち。な、いいだろ」


 どうだ、とばかりにアーサーさんがウィンクする。つまり王都までの道のり、あの小さな馬車にリゲルと二人きりってこと? 私が慌てて振り返ると、リゲルがさっと目を逸らした。この反応は、二人で示し合わせていたな。


「いいじゃないか。私も、若い二人のおじゃま虫はごめんだからね」と、母さんも悪ノリして笑う。こうして、私たちは王都に向かって出発した。


 ☆ ☆ ☆


 ミアが王宮に来る。それを知った俺は、一もニもなく彼女を迎えに行くと名乗りでた。


 最後にミザルの町を離れてから自分も何やかんやと忙しく、ついでにミアの方も手紙で多忙であることが書かれていたため、彼女に会うのは一ヶ月ぶりだ。人はたった一ヶ月というかもしれないが、それでも俺は彼女に会いたくて必死だ。


 随分と余裕がないことだと、周囲にはよく笑われる。俺も自分がこんなにも、恋愛とやらに夢中になるタイプだとは思わなかった。けど、理由はわかっている。相手が恋人だからではない。相手が、ミアだからだ。


 ミアは言うまでもなく、モテる。ひどくモテる。

 天然の成せる業なのか、なぜかミアはそのことに気づいていない。その鈍感さに救われる反面、そこにつけ込む輩がでないかとこっちは気が気でない。


 彼女の友人、ザクの酒場のアンナが茶化すのも、半分は「ミアを手に入れたからといって、安心するな」という俺に向けられた警告だ。大きなお世話も甚だしい。


 俺が、ミアと気持ちを確かめ合ってから、安心したことなど一度もない。

 むしろ、彼女が俺の気持ちを受け止めてくれる度、ミアをもっと欲しいという気持ちが強くなり、自分を追い詰めていくようだ。


 ミアの前では少しでも余裕のある自分でいたくて、なんとか平静を保っているつもりだ。今だって、俺が彼女を腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動と戦っているのを、この恋人はわかっているのだろうか。


 ああ、こいつ絶対わかっていないな。きらびやかな馬車の内装にテンションをあげ、ふかふかのシートで跳ねて喜ぶミアを横目に、俺は頬杖をついた。


「どうしたの? 元気がないじゃない」


 俺の様子に気がついたミアが、無邪気に体を寄せてくる。彼女の銀の髪からふわりと花の香りが漂い、俺はますます渋い顔をせざるを得なくなった。それ以上近づいてみろ、キスするぞ。


「朝はやかったからな。ちょっと疲れた」

「そっか。とんぼ返りで、来てくれたんだものね」


 適当に答えると、心配そうにミアの眉が下がった。心なしか、落ち込んでいるように見える。俺は、何か彼女を不安にさせることを言ってしまったのだろうか。慌てて手を伸ばしかけた俺に、ミアは困ったように笑った。


「リゲルと二人きりになれて、少しはしゃいじゃったみたい。ごめんね、そりゃ疲れているわよね。少し眠って? 静かにしているから」


 は。

 おい。


 空中で手を止めたまま、俺はたっぷり数秒間沈黙した。つまり――、彼女は俺と二人きりになれたことを、嬉しいと思っているのか? 鈍感さの塊の、このミアが?

 なんだ、それ。めちゃくちゃ嬉しいぞ。


「……じゃあ、お言葉に甘えて」

「え? ちょっと! 」


 ミアの膝に倒れこむと、途端に彼女は慌てだした。この体制は、いわゆる膝枕というやつだ。顔を真っ赤に染め上げたミアに、俺はわざと意地悪く笑う。


「なんだよ。大人しくしてくれるんじゃなかったの? 」

「――っ! もう、勝手にすれば……っ」


 言葉に詰まったのか、ミアは頬を赤くしたままそっぽを向いた。今更ながら、馬車を二台用意してくれた王宮と、この席順を提案したおっさんに俺は心から感謝した。


 それにしても、ミアの膝はなんて心地よいのだろう。柔らかくて暖かいなんて素直に伝えたら、彼女はまた羞恥に染まりながら怒るだろうか。


 てっきり緊張して一睡も出来ないだろうと俺は踏んでいたが、馬車の緩やかな揺れが加わり、俺は穏やかな眠りへと誘われた。


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