冒険
「エーアガイツ団、これよりレグルス山遠征を開始する!総員、気張ってくぜ!!」
団長、アーサーの掛け声を合図に、男たちの叫びがこだまする。注目を集めるギルドとあって、沿道には女将をはじめとするミザル・ブルクの従業員の他にも、他のギルドや、宿屋の人間たちも出発を一目みようと集まっていた。
「がんばれ!!」
「名をあげてこいよ!!」
沿道からは、声援と共に花が次々投げ込まれた。エーアガイツ団は若干一名を除けば、団員は皆、レグルス山で功績をあげたことのある者だ。実力者だけを集めた、王国一の攻略ギルド。この冒険は、それを証明するための旅でもある。
王国中の期待が彼らの肩にのしかかり、足に震えを起す。だが、震えは興奮へと変わり、冒険への渇望を駆り立てる。冒険者と群衆、双方の熱が最高潮に達した時、ギルド一向は沿道に作られた花道を歩み始めた。
「あーあ。すんげえ、見送りじゃんか。王族か何かかっつうの」
団の中堅、デニスが周囲を見渡しながらぼやいた。それに、ハルが答える。
「それだけ期待されているということだ。俺たちがすべきは、役割を果たし、期待に応えることだけだろう」
「はっ、相変わらずお堅いねぇ」
「それくらいで丁度いい。今回目指すのは、大鷲の谷の奥だ。いくつものギルドが、谷の王者たる大鷲に阻まれ、道を引き返している」
「燃えるじゃねぇか。前人未到の危険区域、決して踏み入ることはできない大地を、俺の手で染め上げてやるってのは」
デニスがにやりと笑みを浮かべた。それには答えず、ハルは隊列の後方を見やった。ちょうど、リゲルがするりと観衆から抜け出し、隊に加わるところだった。
視線を移すと、女将が先頭に、ミザル・ブルクの従業員が手を振ってくれていた。だが、ハルが探す人物は、やはりその中にはいない。早朝に話して以来、ミアはなぜだか姿を現さない。そういえば、別れ際の彼女の様子は妙ではあった。
自分は、何かミアを傷つけてしまったのだろうか。
ハルは首を振った。いけない。今は大切な遠征の前だ。彼はロングソードの束を強く握りしめると、目の前の冒険に意識を戻した。
☆ ☆ ☆
山に入ってすぐは、森の中を緩やかな登り坂が続く。産業ギルドも通る山道で、どんな冒険の前であっても、ここを通るときは心が洗われるようだと冒険者は口々にいう。
隊列の後方を俯いて歩いていたリゲルの肩に、ふいに太い腕ががしりと回された。
「どうだ、リゲル!せっかくの景色だ。見ねぇともったいないだろう!!」
野太い声に、力の加減を知らない馬鹿力。なぜか後方に下がってきている団長に、リゲルは目を丸くした。
「おっさん?!なんでここにいんだよ。先頭いなくちゃダメじゃね―の?」
「あっちはハルとデニスにまかせてきた。エーアガイツ団一のちびっこが、冒険を前にチビってないか見に来てやったんだよ」
「俺はちびじゃねぇし、チビってもないっつうの!」
豪快に笑う団長にかみついた時、リゲルははじめて山の匂いに気が付いた。涼しげな風が樹や草の匂いを運び、隊を駆け抜けていく。心地よい風だ。
「ミア坊とは話せたか?」
「……なんで会いにいったのばれてんの?」
「そりゃあなぁ。ミアがいないって、朝からずっと落ち着きなかったもんな」
「そこまでじゃねーし!」
ぷいと顔をそむけたリゲルの横で、団長は人差し指を突き立てた。
「“冒険者は、ミザルの町に恋をする”」
「なにそれ?おっさんの口にはメルヘンすぎんぞ」
「はっはっは。いーじゃねぇか。これは、冒険者の言い伝えみたいなもんだ」
「言い伝え?」
「レグルス山は、お前が思っている以上に苛酷だ。身も心もすり減らし、ぼろぼろになって麓に辿りついた冒険者は、森の向こうにミザルの灯りを見つけた時、涙するんだ。温かい食事、寝床、何より人の温かさに、冒険者は惚れちまうんだよ」
「おっさんも?」
「ああ。俺だけじゃない。ここにいる全員が、同じ気持ちを味わったはずだ」
リゲルは首を傾げ、団長のひげ面を見つめた。勇猛果敢を体現したようなこの大男でも、そこまで追い詰められることがあるというのか。団長は何かを思い出そうとするように、木々の向こう、恐らくレグルス山を見やった。
「ミア坊の親父さんはな、俺たちの前で死んじまったんだ」
「……は?」
「昔のことだ。崖崩れで動けなくなったギルドがあってな。街に残っていたギルドと、街の男たちで捜索隊が組まれた。俺とハル、親父さんもそこにいたんだよ」
二日後に、行方不明になっていたギルドが見つかった。だが、怪我や衰弱で動ける状態ではなく、周囲をモンスターや魔物に囲まれた絶望的状況だった。
「手負いの冒険者を庇い、皆、必死に戦った。血の匂いはさらなるモンスターをひきつけ、ギリギリの戦いだった。……一瞬、俺が目を離した隙だった」
冒険者を飛び越え、怪我人にモンスターが牙をむいた時、すんでのところで割ってはいったのがミアの父親だった。その者が助かるかわりに、ミアの父は帰らぬ人となった。
「冒険者がついていながら、町人を死なせた。これほど、悔しいことはない。俺たちが殺しちまったようなもんだ。おかみさんにも、ミアにも申し訳がたたなくてなぁ」
「あいつは、全部知ってんのか?」
「もちろん。知った上で、宿を手伝ってんだ。親父さんが残した宿を守るため、ちっこい体で懸命に働いて、しかも、冒険者を迎えるのが好きだといいやがる。――親父さんはさぞ、今のミアを見て喜ぶだろう。見たかったろう。無念だったろう」
食事を運びながら冒険者たちと楽しげに会話を交わす、ミアの姿が浮かんだ。昨夜ミアと話した時、リゲルは素直にミアを恰好よいと思った。仕事に誇りを持ち、目を輝かせて語る彼女は、輝いて見えた。
「俺とハルは、親父さんに代わり、あいつの成長を見届けると墓に誓った。あいつは大きくなった。宿の娘として、立派にやっている。けど、まだ子供だ。落ち込む時もある。やる気がでないこともある。それを、責めないでやってくれ」
「……俺にはかんけーないし」
「ほぉ。わざわざ会いにいっといて、説得力ないのぉ?」
「うっせぇ!世話やき爺か、あんた!」
前が騒がしくなり、団長はからかう手を止め、大きな体でずんずん隊列を通り抜けていった。どうやら、前方にモンスターが出たようだ。ようやく解放されたリゲルは、かき回されてぼさぼさになった頭を振った。前にはハルもいるし、今から追いかけてもリゲルの役目はないだろう。
柔らかな風が、リゲルの前髪を揺らした。
風が吹き抜けた先に目を凝らすと、白い花に囲まれ、少女が手を振った気がした。だが、それに答えようとした時、少女の姿は消えてしまった。




