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_  作者: 藍染三月
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第七章 月姫と魔剣クレイモア

「…………〈ヒール〉」


 森に吹く風が、青年の右目を隠す包帯と色素の薄い金髪を揺らす。


 イオンは冷たい真紅の瞳で、倒れるゼクスを見下ろしながら回復魔法を唱えた。光が倒れる三人を包み込む。


「……う」


 ゆっくりと瞳を開け、イオンを見上げるゼクスから彼は目を逸らす。


「…お…前……は……」


「……無様だな。何も守れなかったのか?」


 敵意を向けて立ち上がろうとするゼクスを、イオンは微かに笑う。剣を掴み、よろめきながらも構えるゼクス。


「…言っておくが、俺はもうお前と戦うつもりはない」


「何……? どういうことだ…?」


 質問に無言を返し、イオンが『境界』を二つ開いた。その一つに足を踏み入れ、振り返る。


「第一世界への道を開いておいてやる。それを使え。シェラやクゥアを救いたいと思うなら、な」


 そう言い残し、『境界』の奥へ消える。イオンの言ったとおり、もう一つの『境界』は開いたままになっていた。


「………っ」


 やっと調子が戻ってきた身体を動かし、目を閉じたままの煌雅とセイクリッドに駆け寄った。


     ◆


「これは…………」


 迷いの森(ラビリンスフォレスト)の神殿内で、フレアは壁に植物でくくりつけられている杖に手を伸ばす。


「っ!」


 バチッと、強い痛みが指先を走り、触れた手を押さえた。抵抗するように光を放った杖は、その一瞬文字が刻まれていることを示した。


「…やっぱりこれ……『神器(ディオアルマ)』か」


 どうやって持ち帰るか悩み、その場に数分立ち尽くす。神器は、使用者を選ぶ。だがそれでも持ち運ぶことは出来るはずだが、この杖は触れることさえ出来なかった。


「…なるほど……持ち運べないから騎士団もここに結界石を置くしかなかったのか……。んー…どうしようかなあ……」


 無意識に、先ほどとは逆の手で触れた。すると杖は、強い光を放ち出す。


「…!?」


 眩しさに目を細める。カラン、という音に目を向けると、杖は自ら植物を消し、地面へ落ちていた。


「……さっきは駄目だったのに……なんで……」


 呟きながら、フレアはふと触れた手を見る。シェラからもらったブレスレットの宝石に、ヒビが入っていた。


「…まさか……ブレスレットに込められたシェラ君の魔力を……?」


 杖に手を伸ばし、掴んでみる。先ほどの抵抗が嘘のように、容易く杖を持つことが出来た。


「……一度騎士団に戻って……この杖は、シェラ君に渡そうか…」



     ◆


 ベッドで眠る少女を、クゥアは心配そうに見つめる。


 ―――完璧に心臓を貫いた。彼女が日姫(ニキ)なら、そろそろ心臓が再び動き出すはず……。

 彼女の血液に触れた月姫(わたし)の感覚からして…シェラ・メルティが日姫であることは確実。それでも……彼女の目が覚めるまで、私の不安は消えてはくれない……。

 もし日姫じゃなかったら…私は……ゼクスにも、イオンにも…どんな顔をしてあったらいいか…分からない……。


 扉が開く音にはっとして、赤い瞳をそちらへ向ける。リュードが入ってきたのかと思ったが立っていたのはイオンだった。


「……ごめんなさい」


 顔を逸らしたクゥアがしたのは、謝罪。驚いたようにイオンに見つめられたが、彼よりも自分自身のほうが驚いていた。


「…なぜ、謝るんだ?」


「……分からないわ」


 下を向いていた瞳を上げ、イオンに向ける。珍しく、悲しげな瞳を。


「ただ……確認のためとはいえ、私と同じ苦しみを味あわせるのは……つらいのよ。あんな苦しい思いを…私以外にさせるなんて……」


「……優しいんだな」


「!」


 イオンの手が、シェラに触れようと伸ばされた。だが、躊躇うようにその手を握りしめ、身体の横に下ろす。


「触れてあげたらいいじゃない。意識がなくても、そっちの方が嬉しいはずよ」


「……必要ない。俺は、シェラとはもう、会えない気がするんだ」


 無言で首を傾けるクゥアに、イオンは顔を向ける。微かに微笑んで、彼女の頭に手を置いた。


「!」


「…ありがとう、クゥア。俺は、覚悟が出来た」


 誰かにそうしてもらいたかったのか、優しく頭を撫でられるクゥアの瞳から無意識に涙がこぼれる。


「覚悟…なによ、それ……」


 驚いたイオンが手を離しても、涙は止まらない。記憶の中の少年と、イオンが不思議と重なって見え、泣くことをやめてくれない。


「…リュードと戦う、覚悟だ」


 涙をひたすら拭うクゥアから、イオンは目を逸らした。


「死なないで、勝ちなさいよ」


 ――リュードが死んでも、世界は私と日姫が…この手で壊すから。


     ◆


「やあハルヴィルー、戻ったよー……あれ?」


 人気のない蒼隊(セレスト)の中をゆっくり進む。注意深く辺りを見回すが、それでも誰も見当たらない。


 フレアは困ったように頭を掻いて、入り口の転移装置の方へと向かう。


「ったく……あいつどこに――」


 転移装置の目の前に来た所で、転移装置が使われた。フレアの前に立ったのは、ハルヴィルだけでなく、疲労しきったゼクス達だった。


「おや、お帰りなさいフレアさん」


「……シェラ君は?」


 ハルヴィルには何も返さず、フレアは問う。その場の空気は重くなり、皆が下を向いた。


「……守れ…なかった…」


「……そっか」


 俯いたまま告げたゼクスの声は、僅かに震えていた。拳を強く握り締めるゼクスに、フレアは優しく微笑みかける。


「ゼクス、……自分だけを責めるのは」


「――俺はまた!!」


 ゼクスが壁を思い切り殴りつけ、セイクリッドは言い終えることなく口を閉じた。彼に向けていた目を逸らし、やはり下を向く。


「守れなかったんだ……あの日も…今回も……! 俺は何も…守れてないんだ…。クゥアを奪われて……シェラも…目の前にいたのに守ってやれなかった! 俺は…何してんだよ……これじゃあ! 何のために騎士団に入ったのか…分からないじゃないか!!」


「だったらよ」


 肩に手を置かれ、ゼクスは顔を上げた。煌雅の視線が、ゼクスを真っ直ぐ見ていた。


「せめて、助けてやれよ。クゥアも、シェラも。あいつらが待ってんのは他でもないテメェだろうが。テメェ以外に、あいつらを助けてやれる奴なんていねぇだろ。ここで後悔してる暇があんなら、とっとと休んで次の戦いに備えろ」


「……」


「誰だって、一人じゃ出来ねぇことがある。だから仲間がいるんだろ? セイクリッドも言ってたが、自分だけを責めんじゃねぇよ。俺らにも責任はある」


 無言のままのゼクスを置いて、煌雅は歩き去る。マントを軽く引っ張られ、ゼクスは顔を向ける。


「…セイクリッド?」


「……煌雅、言い方きつい。けど、ゼクスのこと、みんなのこと、ちゃんと思いやってる。それは私も、みんなも同じ」


 なぜセイクリッドがこう言ったのか、考えてすぐに答えは出た。煌雅の言葉にゼクスが無言だったことと、終始俯いたままだったことを気にしているのだろう。


 力なくゼクスは笑って、


「分かってるさ。あいつもお前も、フレアもハルヴィルも、みんないい奴だ」


「……ん。ゼクス、もう蒼隊の医務室で休んで。大分疲れてる」


 軽く頷いたセイクリッドが、ゼクスの手を引いて医務室へと向かっていく。


「……で、フレアさん。それなんです?」


「?」


 ハルヴィルが聞いているものが何か、フレアは自分の周囲を見て、これかと言うように杖を掲げた。


迷いの森(ラビリンスフォレスト)にあった『神器(ディオアルマ)』さ」


「…本当にあったんですね。『神器』は全部で七つですから……私の鎌、フレアさんの刀、煌雅さんの槍、セイクリッドさんの刀、その杖……あと二つ、ですか」


「そうだね。私も疲れて寝たいからゼクス君たちの所へ行って来るよ。じゃあね」


 にっこり笑って歩いていったフレアに会釈をしたが、はっとしたように医務室の方へ駆け出した。


「私も休みますよ!? そこは一緒に行こうって言う展開じゃないんですか!? ちょっとフレアさん!!」


     ◆


「………あと二度…か…」


 リュードの独り言が、誰もいない部屋に響く。


 戦争で力を使いすぎ、『境界』を開くことにも限界が近付いて来ていたのだ。


 ―――まあいい、終わりは近い。紅い月が昇る前に、月姫(ツキ)日姫(ニキ)を連れてくることができた。あとはこの世界に、教会を持ってくるだけでいいのだ。


 無意識に笑っていた口に、コップを近づけた。だが中身を飲むことはなく、そのまま動きを止めて目だけを動かした。


「……」


「…何のつもりだ?」


 無言でリュードの首筋に剣を添えるイオンに、声をかける。


「……日姫を…いや、シェラ・メルティを貴様に使わせはしない。彼女は…俺が守る。これ以上…彼女を苦しませはしない」


「ほう……私と戦う、と?」


「ああ」


 イオンの剣は、一瞬でリュードの剣と交わった。交差する刃を先に引き、後方へ跳んだイオンは、切っ先をリュードに向ける。


「来い。俺は、どんな覚悟も出来ている」


 ―――時間稼ぎだけでもいい。こいつと出来るだけ長く戦えば。…だから、早くシェラとクゥアを救いに来い。ゼクス・グローレンス……。


     ◆


 医務室のベッドの上で目を開けたゼクスの頭に、パサっと紙束が乗っかった。まだ眠いのか気だるそうな動きで、その紙を手に取って身体を起こす。


 ぼうっとしたように紙束を眺めるゼクスの横で、煌雅がため息混じりに口を開く。


「ユーレスト村が、消えたんだとよ」


「……は?」


 眠気で閉じかかっていたゼクスの目が、大きく開かれる。食いつくように資料を見つめ始めた。


「…なんで……ユーレスト村が…」


「知ってるところなのか?」


 ゼクスの呟きが聞こえたらしい煌雅にうなずき、資料を返す。


「…俺とクゥアの故郷だ」


 その資料がもう要らないかのように、煌雅は空いているベッドの上に放り投げ、医務室の扉の方へ歩き出す。


「ゼクス、やったのはそのクゥア達だと思うぜ。村の消え方が少し前の…木が減っていく事件と同じだ。目的は知らねぇけどよ。ユーレスト村は、多分第一世界に持ってかれたんだろうな」


 煌雅が出て行き、ゼクスはそのままの体勢で俯いていた。少しして、ゼクスはベッドから降り、壁に立てかけられている剣を手に取って、枕元に置いていたマントを掴んだ。


 会議室に行くと、既に四人が集まっていた。


「ゼクス君、もう大丈夫かい?」


 フレアの問いに、ゼクスは強く頷く。


「ああ。だから、俺は救いに行く。クゥアも…シェラも……!」


「お供しますよ」


「騎士団、どうする?」


 椅子から立ち上がったハルヴィルの猫帽子をセイクリッドが引っ張る。そのせいでずれた帽子を整えつつ、ハルヴィルはセイクリッドに視線を向けた。


蒼隊(セレスト)で信用できる人物に話をしておきました。まあ、話といっても多少、ですが。で、騎士団の方はその方々にお任せします」


「じゃ、行くか。イオンって奴に開いてもらった『境界』に入ればいいんだろ?」


 歩き出した煌雅に、皆が続く。転移装置を使って、騎士団の外へと転移した。


     ◆

 

 森に開かれたままだった『境界』の中に入ると、薄暗い、塔の中に出た。魔物が棲み付いているらしく、殺気を強く感じる。


「…気をつけて行こう。こんな所で倒れてはいられない」


「そうですね」


 周囲を気にしながら歩くゼクスに頷いて、ハルヴィルは鎌をマントの中から取り出す。石像が突然攻撃してきたことに驚きもせず、その鎌で受け止めた。


「…ガーゴイルか」


 煌雅が槍を振るう。そのタイミングで翼を動かし飛ぼうとしたガーゴイルを、ハルヴィルの鎌が切り裂いた。首部分が切断されたガーゴイルは地へ落ち、ただの石と化す。


「…楽な魔物で良いんだけどさ…さすがに沢山いられると面倒だね」


「見つけ次第倒せばいい」


 刀を抜いたフレアとセイクリッドが寄ってくるガーゴイルを切り捨てていく。


 後ろから殺気を感じ、ゼクスは剣を薙ぐ。落ちていく石の音の方へ目を向けず、歩く早さを僅かに早めた。この先に、早く行きたいという感情がなぜか湧いてくる。


「ゼクス?」


 そう言った煌雅の声すら聞こえていないのか、ゼクスは走り出していた。見つけた長い長い階段を、ただひたすらに駆け上がる。仲間達を置いて、ゼクスは階段の上へ向かう。


 あと少しという所で、嬉しそうな、けれどどこか悲しげな、少女の声が聞こえた。


「待ってたわ、ゼクス」


 石で作られた玉座から立って、クゥアは微笑む。歪んだ笑みを浮かべて、一枚に見えた数枚のトランプを扇のように広げた。


「私はあなたを殺さなければならないの」


「俺はお前を救いに来た」


 真剣な表情で告げるゼクスに、クゥアは笑いを返す。手ではトランプを弄んでいた。


「知ってるかしら。私達月姫(ツキ)日姫(ニキ)は、生きているだけで大量のノアを消費するのよ」


「…ノアを……?」


「ノアがなくなってしまえば人間は魔法を使えなくなるだけだけれど、私達は存在することが出来なくなってしまう。少しでもノアが不足した状態になると精神状態は不安定になってもう一つの人格を作り出すこともあるみたいよ」


 その発言に驚いたように息を飲んだゼクスに、クゥアはトランプを燃やして捨て、空いた手で自分を指差した。


「私があなたの知っているクゥア・ハルフィローズではないと思ったのは、そのせい」


「二重人格……」


「ゼクス!!」


 追いついた仲間達が、呟いたゼクスの後ろで立ち止まる。クゥアの姿があるからか、それ以上は何も喋らずただゼクスを見守るように見つめた。


「ねぇゼクス、私達がノア不足に陥っていて…世界からノアが消えそうになっている原因、分かるかしら?」


「原因……」


 世界からノアが消える。フェニックスの言葉が脳裏を過ぎった。自分が気になっていた、人間がノアを消そうとし世界を破滅に向かわせている、という言葉。


「やっぱり…人間、なのか…?」


「いいえ」


 その考えはあっさりと否定された。腕を組み、珍しく無表情でクゥアは口を開く。


「魔剣クレイモアよ」


「魔剣…クレイモア……?」


 初めて聞く名前に首を傾げるゼクスに、クゥアは頷く。再びどこからかトランプを取り出して理由もなく切る。


「第二世界には、魔王によって『魔の光』が三つ放たれたのよ。二つは私達が浴びた。もう一つは、捨てられていた剣が浴びたと言われているわ。その剣が、魔剣クレイモア。存在しているだけで少しずつノアを吸収し、消していく……」


「じゃあその剣を壊すなりすればいいんじゃないか? 俺も手伝う。それでお前やシェラが苦しまずに済むなら」


「だから、あなたを殺すのよ」


「なに……?」


 そう問いつつも、ゼクスは自分の中で答えが出てしまっていた。認めたくないという思いと、そうかもしれないという思いがぶつかり合って、震えだしそうな手を、強く握りしめた。


「魔剣クレイモアは、その名の通り魔の剣。ノアを吸収して魔力を得て、知能も得て、人型になった。自分が魔剣だということを忘れて、人になったのよ。時が巡るたびに何度も記憶を消し、何度も年齢をリセットして今も人として生きている」


 予想が、クゥアの言葉で確信に変わる。受け入れるしかないと思い、話の続きを待った。


「私達を苦しめている原因――魔剣クレイモアは、あなたなのよ? ゼクス・グローレンス」


 自分の後ろで、ハルヴィル達が驚いているのを感じた。ゼクスは、下を向いていた目を上げ、真っ直ぐにクゥアを映した。


「俺は死んでやれない。クゥアもシェラも、俺が助けるんだ。魔剣クレイモアじゃない、俺が、お前らを助ける。そうしたら…」


 この状況で微笑んだゼクスに、クゥアは目を見開いていた。


「――そうしたら、俺が魔剣クレイモアを消す」

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