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_  作者: 藍染三月
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第六章 暗闇の彼方に

「一体どういうつもりよ。ゼクスを殺そうとするなんて……」


 玉座に座るクゥアは、鋭い視線をイオンに向ける。


「……月姫(ツキ)であるお前が歪んだ原因…それがゼクス・グローレンスならば、日姫(ニキ)であるあいつもいつかはお前のように歪む……そう思っただけだ」


「で、日姫を守りたいからゼクスを殺そうとしたの? まあ、私としても日姫は助けてあげたいけれど、何度でも言うわ。ゼクスを殺すのは私よ。だからゼクスを他の奴には殺させない。例えリュードであっても」


 真顔のクゥアを、イオンが珍しい物を見るような目で見つめた。


「…日姫を助けたいと、お前が思っているのか?」


 あどけない少女のように、クゥアは首を傾げる。


「おかしいかしら? 私がそう思うのは」


 不満そうに答え、どこからか取り出した五枚のトランプを眺める。


「……ああ。今のお前に助けたいものがあるとは思わなかった」


「フルハウス」


「何?」


 クゥアが大げさなため息をつきながら五枚のトランプを投げ捨てるように撒いた。


「なんでもないわ。……私が日姫を助けてあげたいのは、私と同じ苦しみを味わってしまう存在だからよ」


 言いながら再び五枚のトランプを取り出す。眺めたクゥアはにっこりと微笑んだ。


「ロイヤルストレートフラッシュ」


 トランプはクゥアの手に持たれたまま燃え上がり、紅く美しい火花で薄暗い部屋を彩る。


「ふふふふっ……」


 落ちていく炎を見つめ、微笑むクゥアにイオンは背を向けた。


     ◇


 思い出せなかった。


 あの人を知っているはずなのに、あと少しで思い出せそうなのに……思い出そうとすると他の記憶が邪魔をする。私にとって恐ろしい記憶が。


 住んでいた村が、魔物に襲われてみんな死んだ。小さな村だったし、戦える人もいなかった。


 騎士団から助けが来てくれて、私は助かって……なぜか、騎士団に保護されることを拒んだんだ。ここにいたいって、泣きじゃくった。…なんで私は………そうしたんだろう。思い出せない……。



     ◇


「…………ラ、シェラ!」


 頭を軽く押さえながら物思いに耽っていたシェラはゼクスの声ではっとする。いつの間にか、騎士団についていた。


「…シェラ君、大丈夫かい?」


 心配そうにフレアはシェラの顔を覗き込む。


「は、はい!」


「本当ですか~? 嘘はいけませんよ、嘘は」


「ほっ…本当です!」


 シェラの顔色をじーっと窺うハルヴィルをシェラは押しのけた。


「ま、とりあえず碧隊(ラジュワード)に行こうぜ。煌雅とセイクリッドに会いにさ」


 ゼクスは歩き出す。転移装置を使って四人は碧隊へ転移した。


     ◆


 碧隊に転移してすぐ、ハルヴィルが扉が開いている部屋を見つめる。


「あの部屋にいるんでしょうか?」


「多分ね」


 その部屋に向かってフレアが歩き出した。それを三人は追う。


「おーい、煌雅、セイクリッド。ちゃんと生きて戻っ――」


「煌雅!! 煌雅…!」


 ゼクスは固まる。セイクリッドの声を聞いて、血を流して倒れる煌雅を見て。


「煌雅さん!? 今、回復を…!」


 駆け寄ったシェラは素早く詠唱し、光が煌雅の傷を癒していく。


「……セイクリッドさん、何があったんですか?」


 しゃがんだまま煌雅を見つめるセイクリッドだったが立ち上がって、ハルヴィルの方を向いた。


「…騎士団長と煌雅が戦った。それだけ」


 再び煌雅に視線を戻したセイクリッドにフレアが近付く。


「それだけって……もう少し説明が欲しいな。なんで騎士団長と煌雅君が?」


「…シェラ、危ない。騎士団長、シェラを狙ってる」


「わっ、私……ですかっ!?」


 煌雅の治療が終わり、ゼクスに手伝ってもらって煌雅をソファに寝かせながら驚くシェラ。そのシェラにセイクリッドが頷く。


「そう」


「……騎士団長、悪い人じゃないと思うんだけどな」


 ゼクスのつぶやきに、ハルヴィルが反応した。刃のような目つきで彼を見つめる。


「なっ…なんだよ?」


「いえ、ゼクスさんが意味不明な発言をするものですから、つい。……で、ゼクスさん今なんてつぶやきました?」


「は……? 騎士団長が悪い人じゃないと思うって言ったことか?」


「………ははははははっ! なに言ってるんですかゼクスさん! あははは――…ふごっ!」


 ゼクスの発言で急に笑い出したハルヴィルをフレアが猫帽子もろとも頭を殴って黙らせた。


「この中で最年長のくせに、大人気ないよハルヴィル」


 呆れたように溜息を漏らすフレア。猫帽子を押さえながらうつむいていたハルヴィルは、がばっと顔を上げる。


「最年長ってなんですか! 私とフレアさんたいして変わらないですよね!? 私が相当、年取ってると思われるのでそういう言い方はやめてくださいよ!」


「質問いいですか? ハルヴィルさん、いくつなんです?」


 シェラがなぜか挙手をする。ハルヴィルは真顔でシェラを見つめた。


「二十六です。フレアさんと一つしか違わない……って、そんなことはどうでもいいんですよ。シェラさん、騎士団長に狙われる理由って何か思い当たります?」


「私は…特に……」


 視線を向けられたゼクスがシェラの方を向く。少し考えてから


「俺も分からないな」


「…なんでシェラ君、なんだろうね」


「『境界』関連……だろ」


 フレアの質問に答えたのは、煌雅だ。セイクリッドに支えられながらソファから上半身だけを起こす。心配そうにハルヴィルが煌雅の方へ近付いた。


「煌雅さん、大丈夫ですか?」


「問題ねぇよ…。…あの野郎……『境界』を使ってやがった」


 煌雅の言葉に、セイクリッド以外が驚きを示す。ゼクスがシェラを一瞥してから、眉を寄せた。


「でもなんでシェラが……。『境界』なら、シェラじゃなくて俺なんじゃないのか?」


「んなの俺にも分かんねぇよ…まあ、とにかくシェラは気をつけたほうがいいぜ。俺らはこれから騎士団長を探しに行くが…お前らも来るか?」


 ソファから降り、立ち上がった煌雅は四人を見回す。


「……なんでわざわざ騎士団長を?」


 フレアが腕を組み、煌雅を見つめた。床に落ちている槍をセイクリッドが拾う。


「騎士団長がいないと、騎士団内が混乱するかもしれない。だから探す。シェラのことも気になる」


「ま、そういうことだ。で、お前らはどうする?」


 セイクリッドから槍を受け取り、煌雅はコートの中に収める。悩んでいるゼクスの横を通り、笑ったのはハルヴィルだった。


「私とフレアさんは、騎士団内に残りますよ。混乱が起きないよう、我々で何とかします。そちらの方は、ゼクスさんとシェラさんとあなた方にお任せしますね」


 ハルヴィルの後方でフレアがため息をついた。


「あのさーハルヴィル、私何も言ってないんだけど……ま、別にいいけどね。じゃ、騎士団長のことはみんなに任せるよ」


「フレアさん」


 開いたままの扉から出て行こうとしたフレアを、シェラが引き止めた。振り返り、首を傾げるフレアにシェラは宝石のついたブレスレットを差し出した。


「シェラ君、これはなに?」


「ブレスレットですよー」


「うん、それは分かってるから」


 笑顔で見つめるシェラに、フレアは苦笑いを返す。やっと質問の意味に気付いたのかシェラははっとして、


「えっと、お守りです! フレアさんもハルヴィルさんも、回復魔法が使えないですよね? だから、ヒールをそのブレスレットに込めました。三回ほどしか使えないと思いますけど…役に立ってくれればと」


「そうか……魔法はそういった使い方も出来るんだね。ありがとう、もらっておくよ」


 シェラに礼を言い、扉からフレアは出て行く。軽く会釈してハルヴィルがそれを追った。その二人を見送ったゼクスは煌雅の方を振り返る。


「……じゃ、俺らで探しに行くか」


「でも、どこに行くんですか? 相手は『境界』を使ってどこにでも行けそうですよね」


「考える必要はないと思う」


 セイクリッドをシェラが見つめた。ゼクスの視線もセイクリッドに向く。


「騎士団長の目的はシェラ。だったら待てばいい。必ず来るはず。だからシェラは一人になるの、駄目。私達はシェラと共にいればいい」


「俺らは俺らのしたいことをすればいいってことだ。ってな訳で、ちょっと付き合えよ」


 煌雅の笑いに嫌な予感を抱いたまま、行き先を告げられるのをゼクスは待った。



…―――――――――――――――――――…


「…誰?」


 煌雅と名付けられた少年は、騎士となって初の任務で敵と向かい合っていた。だが、構えていた武器は、戦意がなくなったのか下を向いている。


「あなた、誰?」


 敵だと思っていた白い少女は言葉を繰り返し、無表情で煌雅を見つめた。白い髪に、白いワンピース。朱い瞳が、煌雅を映す。


「お前…まさかただの迷子か? 俺はここの奥にいる魔物を倒しに来たんだが」


 魔物は人のような姿をしていることもあると聞いていたからか、煌雅はその少女を魔物と勘違いしたようだ。


「…迷子…? 違う。私、ここが家」


「ここが…家?」


 少女に向いていた煌雅の視線は、薄暗い森の中を見回す。家のようなものは見当たらない。


「……お前、こんな森の中が家って――」


『小僧、椎流に何用だ?』


「!」


 近くで響いた声に驚き、煌雅は振り返る。そこにいたのは、白いローブを身に纏った美しい女性。けれど感じる魔力は異常だった。つい、煌雅は武器を構える。


「……魔物…?」


『誰が魔物か、この無礼者。全ての風の精霊の長である予を魔物と間違えるとはな。椎流から離れろ』


 鋭い視線で見つめられ、煌雅は後退した。四精霊の一人、風を司る者シルフ。


 精霊は火、水、風、地の属性を宿した四種類がおり、属性ごとに一般精霊をまとめる長がいると言われている。


「…シルフ、その人、私を迷子かと心配してくれた。怒らないで」


『……小僧、魔物退治に来たのか?』


 煌雅は椎流と呼ばれた少女の横に立つシルフを見つめ、無言で頷いた。


『…ならそれは、精霊から魔物へ堕落したあやつのことだろうな。……先に言っておこう。小僧、貴様では奴は倒せん。今の、貴様では』


「今の…俺では……?」


『倒したいか? 奥にいる魔物を』


「……当たり前だろ。それが俺の、任務なんだ」


『自分が苦しむことになったとしても、魔物を倒したいか』


 真っ直ぐ、煌雅はシルフを見据える。


「構わねぇよ。魔物を放っておいて、誰かが傷つくなら俺が苦しめばいい。…それだけだろ」


『…………椎流』


 見つめ合っていた視線を逸らし、シルフは椎流の方を向く。


「シルフ?」


『この小僧について行け。ここではない、外に出たいだろう? 世界を、見たいだろう? この者と共に、見てくるがいい』


「え?」


「は?」


 椎流と煌雅の声は重なった。少しの沈黙の後、煌雅がシルフに詰め寄った。


「どういうことだよ!? まさかこいつがいれば奥の魔物を倒せるのか!?」


 煌雅に指差される椎流は首を傾げながらシルフを見上げる。


『そんなわけあるか阿呆が。奥にいる魔物を倒す力は予が貴様に授けてやる。その代わり、貴様は椎流の面倒を見てやれ。椎流は人間だ。だから人間のもとで暮らしたほうが良いに決まっている』


「……こいつ、お前が育ててたのか?」


『ああ。椎流の親は魔物に襲われて死んだ。偶然見つけた椎流を予が育てた。それだけだ』


 どうでもいいかのように、ただ無表情のまま椎流は煌雅を見る。


「…あなたは、私を守る?」


「……何?」


「あなたは、私を死なせない? 守る? いなくならない? 私を一人にしない?」


 無表情の中に、微かな怯えが混ざる。突き放せば壊れてしまいそうな彼女に、煌雅は戸惑った。


「……俺は…………」


『…決めたか小僧?』


「は?」


 椎流に気を取られていた煌雅は、シルフに視線を移す。


『力を得るか、得ないか』


「…………」


 悩んで、椎流を一瞥して、シルフに視線を戻して……。煌雅は、ふっと笑った。


「よこせよ、精霊から堕落した魔物ってのを倒せる力を。椎流も俺がもらうぜ。相棒として、俺に守らせてもらう」


 その応えに、シルフは笑い、椎流は目を見開いた。


「いいの? 私、おかしい。たまに私じゃない。それでも、いい?」


 椎流の言葉の意味が理解できず、首を傾げる煌雅。


『椎流は、魔法か何かで一つの肉体に二つの魂を宿している。恐らく、死んだ者を蘇生させようとし、失敗したのだろうな。死んだ詠歌は椎流の肉体に蘇ったが、椎流も死ぬことなく同じ肉体に魂を宿している。二重人格、と思ってくれていいだろう。……まあ、双子らしいからな、大して違いはないが』


「……私が詠歌でも、あなたはいい?」


 シルフの説明に静かに頷いて、椎流は煌雅を見つめる。


「…俺が守ると決めたのは、『お前』だ。お前が椎流だろうが詠歌だろうが知らねぇよ。俺はお前の存在を守る。それだけだ。…シルフ、早く力をよこせよ」


 煌雅の右手を、シルフは掴んだ。驚いて煌雅はシルフを見る。


『予が今から授ける力は、魔物と化した精霊を殺すのではない。新たな命として生まれ変わらせ、救うための力だ。殺すことを恐れるのならば、この言葉を忘れるな。貴様は殺すのではなく、苦しむ精霊を救うのだ』


 そして、煌雅と椎流には分からない言葉がシルフによって紡がれる。歌のような、風のような……。


「……あ…が……っ!」


 右手の甲に激しい痛みを感じ、煌雅は倒れそうになるのをこらえ、光を纏う手を睨むように見つめた。


「ぐっ……あああああああっ!!」


 光と痛みは勢いを増し、散る。倒れかけた煌雅を、椎流が駆け寄って支えた。


「はあっ……はあっ……」


『…よく耐えたな。普通の人間なら失神しそうだが……。小僧。貴様、名は』


 魔法陣の刻まれている右手の甲を見つめていた煌雅は顔を上げる。


「……煌雅だ。…名字はねぇ。元々孤児でね、煌雅ってのも…付けられた名前さ」


 シルフを見つめる表情はまだ苦しげに見える。


『煌雅……か。…行け。倒したいのだろう、奥の魔物を。椎流を連れて、早く行け』


 シルフは煌雅に背を向け歩き始める。自分を支えてくれていた椎流の手を控え目に振り払って、煌雅も歩き出した。


「……行くぞ、椎流。俺について来い。俺の前で、死なせはしねぇよ」


 微かに嬉しそうに笑って、椎流は煌雅に駆け寄った。


『…いい目をした小僧だ。だが……微かに宿っている憎しみと怒りが、いつ暴走してもおかしくはない。予が授けたモノの真の力を暴走させれば…………いや、予は信じよう。何かを守ろうとする、貴様の思いを』


 去って行く煌雅の後姿を眺めていたシルフは、ゆっくりと瞳を閉じる。


『……人と触れ合え。感情を持て。お前は、人間なのだから』


 椎流に向けたかのような、シルフの独り言。それは風のように流れ、誰にも届かずに消えて行った。



…―――――――――――――――――――…


 騎士団に残ったフレアとハルヴィルは、退屈そうに蒼隊(セレスト)で読書をしていた。


「……ああ駄目だ。どうしましょうフレアさん、目を閉じたら文字の羅列が浮かぶ…!!」


「知らないよそんなの」


 本を閉じて立ち上がったフレアをハルヴィルは見上げた。


「…どうしたんです? いきなり」


迷いの森(ラビリンスフォレスト)に行っていいかな?」


「は?」


 そのままハルヴィルの視線はフレアの閉じた本へ。タイトルは、『神器(ディオアルマ)』。


「ディオアルマ……確か、神の肉体が七つの武器となったモノ…でしたっけ?」


「そう。神器は、この世界の各地へ飛び散った。そして、騎士団は神器が危険かもしれないと判断し、全てを回収しようとした」


「騎士団が……ですか?」


 机の上に置いてあった手袋をはめながらフレアは頷く。


「どうやら、私の刀も君の鎌も、神器だ」


「は……」


「武器のどこかに文字が刻まれている…それが神器の特徴だよ。私は刀身。君は柄」


「待ってください…」


 思い出すように頭を押さえたハルヴィルに、フレアは首を傾げる。


「何? どうかした?」


「煌雅さんの槍、セイクリッドさんの刀……どちらも、普段は見えませんが魔力を込めると文字が浮かび上がります」


「! ……神器は、既に四つあった…のか。つまり…あと三つ」


 フレアが閉じた神器の本を、ハルヴィルがぱらぱらとめくり始める。


「で、なぜ迷いの森へ?」


 マフラーを巻いていないフレアの口元は、楽しそうに笑った。


「騎士団長が結界石を置いた理由…もしかしたらそれかもしれないだろう? だから、騎士団は君に任せた! 信頼してるよ、ハルヴィル」


 沈黙の後、ハルヴィルが勢いよく立ち上がった。


「――私は一人でお留守番ですか!?」


     ◆


「あの……私っ……もう…無理……ですっ……」


 疲れたように座り込むシェラ。前を歩いていた煌雅が呆れたように振り返る。


「…ゼクス、シェラの体力の無さをなんとかしろよ……」


「俺が!?」


 うつむき座り込んだままのシェラに、近付く人影。ぽんと、優しく肩に手を置かれた。


「シェラ、あと少し。だから頑張れ」


 セイクリッドの声で顔をゆっくりとあげる。無表情で、親指だけを立てた右手をシェラに向けた。


「はい……あの…何をしにこんな所へ……?」


 シェラが立ち上がりながら見回す景色は、海岸。その奥にある森へ向かっている最中だった。


「海、きれいだな」


「…そうですね……」


 太陽の光を浴びて輝く海をゼクスは見つめていた。シェラも青い瞳に海を映す。


「思い出の場所……みてぇなモンなんだよ、あの森は」


「思い出の場所? 森がか?」


「俺とセイクリッドが、初めて出会った場所だ」


 ゼクスの方を見もせずに答えて、煌雅は森へ向かって歩き出した。


「……煌雅、多分シルフに会いに来た。それ以外、ここに来る理由ない」


「シルフ…? 四精霊の?」


「しせいれい、って何ですか?」


 面倒くさそうにゼクスがシェラに四精霊の説明を始める。止まって三人を待っている煌雅をセイクリッドは見つめた。そのそばでシェラが感嘆の声をあげる。


「なるほど、精霊の隊長、みたいなものですか!」


「……ああ、うん、それでいい」


 長々と説明をしたので疲れたのかゼクスはうなだれた。


「話は終わったか? 進むぞ」


 再び歩き出した煌雅にゼクスとシェラも続く。


「……シルフ…」


 森を眺め、シルフの事を考えていたセイクリッドだったが、はっとして煌雅を追った。


 砂浜を歩いてすぐに、森に着いた。


「魔物はいないんですね」


「海の中にいるんじゃないか?」


 通り過ぎてきた海を振り返り、そんな会話を交わすゼクスとシェラ。二人を見ながら煌雅はコートのポケットに手を突っ込んだ。


「森には魔物が出るからな。油断すんなよ。……ま、それよりも『境界』に気をつけねぇとな」


 ポケットから取り出した錠剤を口に含んだ煌雅をシェラが見つめていた。それに気付いて煌雅がシェラに視線を返す。


「……なんだよ?」


「いえ…煌雅さん、病気か何かなんですか?」


 シェラの言葉を聞いて、ゼクスも煌雅の方へ向く。問われた煌雅は視線を逸らし、森の中へ歩き出した。


「…………さあな」


 聞かないほうがいいと思ったのか、シェラは何も言わず煌雅に続いた。その後ろでゼクスがセイクリッドに声をかける。


「なあ、煌雅は平気なのか? 病気なら、あんまり戦わないほうがいいんじゃ……」


「…病気じゃない」


 煌雅に聞こえないようにか、セイクリッドの声は普段以上に小さい。


「シルフとの契約で得た力、魔力を沢山使う」


 契約で得た力が何のことか、ゼクスは考える。頭に浮かんだのは、煌雅の右手に刻まれた魔法陣。


「対象によって魔力の量が変わってくる。こないだの精霊、手強かったみたい。煌雅の魔力がその反動で異常な量回復して、体が耐え切れてない」


「……今、魔力が限界を超えそうなのか?」


 人は一人一人、生まれつき魔力を含める量が決まっている。その量を超えてしまうと、肉体または精神に悪影響を及ぼす。そして、魔物になることもある。


「そう」


 素早く抜いた刀で、セイクリッドは襲い掛かってきた昆虫のような魔物を切り裂いた。


「まだ限界は超えてない。けど、いつ超えるか分からない状態。あの薬、一時的に魔力の自然吸収を止めるための物」


「…ってことはあいつ、そんな体の状態で騎士団長と戦ったのかよ」


「本当、煌雅馬鹿。それでまた体調崩した」


 セイクリッドの言葉を聞きながら、ゼクスの視線は煌雅に向く。前を歩く煌雅は、いたって普通。体調が悪いようには見えない。


「……あまり無理はしないでほしいな」


 ゼクスのつぶやきに、セイクリッドは無言で頷く。


「倒れられても、迷惑」


「は…はは……」


 厳しい言葉にゼクスはつい苦笑した。ため息を吐いて煌雅が振り向く。


「テメェらな…全部丸聞こえだぜ。だいたいセイクリッド、お前俺が言わなかったことをわざわざ言ってんじゃね――」


 言い終わる前に、シェラに胸倉を掴まれた驚きで煌雅の言葉は止まる。


「ちょっと待ってくださいよ! つまり私だけ何も聞いてなかったってことじゃないですか! ひどいです! 今していた話、私にも聞かせてください!」


「なんで俺に言うんだよ…っ! 文句ならそいつらに言え! 話が聞きてぇんならそいつらに聞け!!」


「いいです、ゼクスさんに聞きますよ! 私、煌雅さんよりゼクスさんの方が好きですから!」


 手を離したシェラがゼクスの隣に駆け寄った。同時にセイクリッドが煌雅の隣へ歩いてくる。


「煌雅、傷ついた?」


「…何がだ?」


「シェラに、煌雅よりゼクスが好きって言われて」


 人形のような無表情で問うセイクリッドに煌雅は笑った。


「傷つかねぇよ。長い間一緒にいるお前に言われたら、多少は傷つくだろうがな」


 煌雅に向いていた視線を、困ったようにセイクリッドが逸らす。


「……ゼクスさん、本当…ですか?」


 心配するように煌雅を一度見て、シェラは再びゼクスを見る。


「セイクリッドから聞いたから、多分本当なんだろうな。あいつ、体調がよくない」


「…………」


 うつむいたシェラは、持っている杖を握り締めた。自分が煌雅にできることがないか、考えて。


「――シェラ!」


「え……?」


 はっとして顔を上げたシェラが見たのは、血。飛んできた剣のような何かが、シェラを庇うように立つゼクスの右肩を貫いていた。


「っ……」


「ぜ…ゼクスさん!?」


 膝をついたゼクスを支え、持っている杖に魔力を込める。


「〈ヒール〉!」


「…明らかにシェラを狙っての攻撃、だよな。今の」


 二人の横に立った煌雅の手には、槍が握られる。セイクリッドも二刀を鞘から抜いていた。


「……来る」


 セイクリッドがそう告げたのと同時に、煌雅の槍と漆黒の剣が交差した。


「テメェは……」


 剣の持ち主を煌雅は睨む。仮面をつけた長髪の、リュードと呼ばれていた男。けれど、感じる力は他の誰かに似ていた。


「煌雅! お前、今はあまり無理を――」


 シェラに回復してもらい、立ったゼクスは敵の攻撃を防ぐために素早く剣を抜いて構えた。


 リュードが煌雅の槍と交差した剣を片手で握り、空いている手で魔法を放ったのだ。


「〈閉鎖(メリヴィス)〉…!」


 セイクリッドが慌てたようにシェラと自分を結界で覆った。


「セイクリッドさん…これは……」


「結界。シェラは私と二人を見守るだけ」


「そんな……!」


 杖を握り締め、シェラはセイクリッドに詰め寄る。


「私は平気です! ゼクスさんと煌雅さんが私のせいで傷つくなんて、おかしいですよ! 私達だけ結界の中で安全なんて、嫌――」


 シェラの目は見開かれた。セイクリッドに、頬を叩かれて。


「……セイクリッド…さん…………」


「……あなたに何ができる?」


「!!」


 相変わらず、セイクリッドはなんの表情も表していない。けれどシェラは、微かな怒りを感じた。


「ここを出て、傷ついて、守ってもらうだけのあなたが外に出て、何になる? 邪魔なだけ。……違う?」


「っ……」


「私も嫌。あなたのせいで煌雅とゼクスが傷つくなんて。だからこうしてる。庇う存在がいたら、二人共無駄に傷つく。あなたが『境界』で連れて行かれたら、二人の心が傷つく。だから、連れて行かれないよう結界張ってる。それだけじゃない。…………私だって、あなたを守りたいから」


 涙の溜まった瞳で、シェラはセイクリッドを見つめた。セイクリッドはシェラから視線を逸らし、目の前で繰り広げられている戦闘を眺める。


「はあああ……っ」


 リュードから離れたゼクスは、強く剣を握り締め魔力を注ぐ。出来る限りの魔力を。


「……ぜああっ!」


 煌雅のふるった槍を、リュードは後退してかわす。それを追いながら何度も煌雅は槍を振るう。突くように向かった槍は、彼の仮面を地へ落とした。


 そこから現れた顔に驚きを隠せず、明らかに動きが鈍る。黒い剣から放たれた漆黒の波が向かい、煌雅を吹き飛ばした。


「っ……! …なんで……」


 呻きながらも、リュードを睨みつける。頬から血を流す彼の顔は、何度か見たことのある、額に特徴的な傷を持った騎士団長の顔だった。


「テメェ…騎士団は……どうすんだよ……っ!」


「……騎士団、か」


 立ち上がろうとする煌雅に、漆黒の刃が向けられる。


「騎士団長とはいい肩書きだった。国民のことや土地のこと……様々な情報がすぐに手に入ったからな。だが、もう要らん……!」


 振り下ろされる、黒い剣。刃が煌雅を貫く前に、リュードを紅い弧が襲った。煌雅に向いていた剣は地に突き刺さり、リュードが片膝をつく。


「肩書き目当てで騎士団長をやってたのかよ…あんたは!!」


 微かに紅い光を纏う剣を構えたゼクスを、リュードは無言で見据えていた。隙を付こうと思ったのか煌雅が槍を振るうも、避けられる。


「ちっ…」


 離れたリュードは、僅かに笑った。馬鹿にするかのような笑い。


「情報を得る以外、何のために騎士団長をやるというんだ?」


「…………ふざけるな…」


 再び、ゼクスは魔力を込める。怒りで、先ほどとは比べ物にならないほどの魔力を。


 その剣の刀身に、紅色の文字が浮かび上がったのを見て、リュードが顔色を変えた。


「…! それは……」


「情報を得る以外の理由が……分からないのか…! 助けを求めている人を救って、国を救って……多くの人を笑顔に出来るように自分の出来ることをするんだ!! それが、上に立つ者のすることじゃないのかよ!! 俺ら騎士団は、国民のために存在しているんじゃないか!!」


 激しく、紅い輝きを灯す剣を、リュードに向けて振るった。力強い一撃。だが、それは彼に傷一つ付けられなかった。


 ゼクスの剣に向けるように伸ばされた、リュードの手。結界を張ったのか、剣は淡く光る膜のようなモノに防がれていた。


「…!」


「ゼクス! 下がれ!!」


 煌雅の叫びは遅く、リュードの剣がゼクスの腹を貫いた。目を見開くゼクスから、容赦なく剣が抜かれる。同時に、彼は脱力したように前に倒れ、意識を失った。


「ゼクスさん!!」


「…ざけんじゃねぇよ……テメェ!! 〈ステイルメイト〉!」


 結界の中から駆け出そうとするシェラの手をセイクリッドが掴んで止める。


 紫紺の輝きを纏った槍を構えながら煌雅はリュードの元へ駆ける。横薙ぎに振るわれた槍をかわしたリュードは、地を蹴って高く跳ぶ。リュードが立っていた位置に、地面から紫色の刃が無数に突き出し宙にいるリュードへ向かうが、その途中で刃は消える。


「――!」


 リュードを見上げた煌雅は、素早く後退した。地面に剣を突き立て着地したリュードを見据えながら槍を構えるが、一瞬でその槍は宙に飛んだ。


 目の前に寄って剣を振るった彼の姿を、煌雅は目で捉えられなかったのだ。


 かわそうとする暇もなく、剣で貫かれる。


「っ……く…そ……」


 剣を抜いて背を向けたリュードを睨みながら、煌雅は膝を突いて、倒れた。


「煌雅さん!」


「…………っ」


 セイクリッドが結界に触れ、外に出る。向かってくるリュードを見ながら、腰に下げた二刀を抜いた。


「私も……!」


 出ようと歩き出したシェラを、結界は通してくれない。手で結界を殴るも、意味はなかった。


「セイクリッドさん!」


「シェラ、死んじゃ…だめ」


「!」


 駆け出したセイクリッドの姿を、シェラはただ見つめていた。回復魔法でなんとか援護できないかと試みるも、どうやら結界の外に魔法は届かない。


 杖を握り締め、顔を上げたシェラの目に映ったのは、こちらへ飛ばされるセイクリッドの姿だった。


「セイクリッドさん!!」


 結界のすぐ外で倒れたセイクリッドは、落とした刀に手を伸ばし、掴もうとする。その手は、刀の手前で止まった。


 はっとした時には、結界が消えていて、リュードが近付いてきていた。


「……!」


「シェ…ラ………逃げ……」


 言い終わる前に意識が途切れてしまったのか、セイクリッドは目を閉じる。ただ杖を握り締めてリュードを怯えた瞳に移すシェラに、彼は手を向けた。


 足元に『境界』が開き、シェラを落とす。伸ばされた彼女の手は、何も掴めず闇へと落ちていった。



    ◇


 ――何もない、暗闇。音のない静寂。


 前に一度入った時は、これ程長くなかったのに……落ちていくような感覚が、暗闇の中で続きます。私はただ怖くて…大切な人の名前を呼びました。呼んだ、つもりでした。開かれた口からは何も発せられません。誰にも、私の声は届きませんでした。


 はやく終わって。そう思ったのと同時に、私は背を地に叩きつけました。痛みにうめきながら起き上がろうとしても、体は動いてくれません。


 そこは、以前と同じお城のような場所でした。視界に、鮮やかな赤が映ります。


「………我慢して」


 そうつぶやいて、悲しげに笑った赤い少女は、十字架のような剣を私に振り下ろしました。



 ―――ゼクスさん…助けて。



 剣は、私の胸に突き刺さります。痛くは、ないです。ただ熱くて…苦しくて……涙が溢れました。



 ―――イオン、助けて。



 こんなときに、私は懐かしい名前を呼びました。まだ全部思い出せていない、記憶の中のあの人。


 どんなに叫んでも、どんなに思っても、誰にも、何も届かない。


 意識は消えていきます。暗闇の彼方に。

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