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_  作者: 藍染三月
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第一章 紅隊

 この世界には、ノアという魔力の源となるものがある。


 魔力は魔法を使うのに必要な『材料』、ノアは全ての自然と、自然に宿る目に見えない存在…精霊から放たれ、命あるモノ全てが魔力を宿している。


 だが、ノアや魔力は魔物をも生み出す。稀に動物や人が、高い魔力を保持してしまい、肉体がその魔力に耐え切れなくなった時に、そのモノは変化し魔物と化す。


 この世界は、そんな魔物と人間が存在している世界――――。



 …―――――――――――――――――――…


 暗い森の中、吹き抜ける風と振り向く動作で少女の炎のような赤い髪が揺れる。


「もー、ゼクス! 一緒に勉強しよう、って私言ったよね? それなのに一日中そうやって…」


 呆れたような少女の声は少年の顔を向かせただけで、彼の剣を振るう手を止めることは叶わない。


「してるだろ」


「してないよ! それなんの勉強?」


「剣だよ、剣。俺は絶対に強くなって、騎士団に入るんだ!」


 強い決意。少女は少年、ゼクスからそれを感じた。彼の瞳の奥で、炎が揺らめいて見えたからだ。


「…なんで、騎士団なんかに」


 少女は表情を歪ませる。この国の騎士団は本来、国をまとめる組織で、国民を助ける組織でもある。


 だが現在の騎士団は無益な国民は助けず、有益な者だけを助けている。そのことはゼクスも知っていた。


「クゥア、お前には関係ないだろ。俺は騎士団を変えてやるんだ!」


「…なんで、って私は聞いてるんだよ? なんで、そんなところに? 魔物は危険だよ? ゼクス死んじゃうよ? 行っちゃ…やだ」


 まるで駄々をこねる子どもを見ているようで、ゼクスはつい笑ってしまう。小さな笑い声だったが、彼女に届いたようだ。その証拠に、彼女はむっとしたように眉を吊り上げた。


「何がおかしいの!? 私はゼクスが心配なだけだよ!」


「心配するなよ」


「っ…!?」


 頭に手を置かれ、クゥアは赤い瞳を見開いた。その目に映る、彼の優しい微笑。


「俺、死にたくないし。俺はただ、守りたいモノを守るために強くなりたいだけだからな。安心しろよ」


 そんな彼を見ていると、頬が微かに染まる。顔が、熱を帯び始める。


「まっ…守りたいものって?」


 頭に置かれているゼクスの手を、クゥアは恥ずかしいからか振りはらった。少し顔を背けて、ほんのりと赤い頬を押さえる。


「秘密に決まってんだろ?」


「…ゼクス」


「ん?」


 再び剣を振るい始めたゼクスは、先ほどと同じように顔だけを彼女に向けた。


「私も剣の修行する! 私も強くなるよ! …そうしたら……」


 不安げにうつむいていくクゥアの言葉を、ゼクスは無言で待った。剣を振るう手も、自然と止まって行った。


「そうしたら…ゼクスはずっと、私と一緒にいてくれる…?」


 彼女の消えてしまいそうな声を聞いて、ゼクスはただ戸惑った。どうしたらいいのか、分からなかった。


「…なんでもないよ! ゼクス、明日修行しよっ! 今日はもう遅いから町に帰ろー!」


 ――ぎこちなく笑う彼女に、俺がしてやれることは何も見つからなかった。


     ◆


「クゥア、遅いな…」


 誰もいない朝の森の中、ゼクスのつぶやきは大きく聞こえる。剣の修行を一緒にしようと言ったクゥアは、まだ来ていない。


「家にはいなかったんだけどな…まぁ、気長に待つとするか」


「彼女はこない」


「――!」


 黒い空間が、ゼクスの目の前に現れた。空間は大きくなり、やがて扉のような長方形をかたどった。


「…っ」


 その中から足音が響き、ゼクスは警戒して様になっていない構えで剣を持つ。


「…クゥア・ハルフィローズという名の少女は、ここには来ないぞ。二度と、な」


 空間を歩いてくる、仮面で顔を覆った長髪の男。男が森に足を踏み入れた瞬間、空間は消えて森の風景へと戻った。


「どういうことだよ…あんた誰だ! クゥアをどうした!?」


 男から感じる力にゼクスは震えを隠せない。恐怖を紛らわすかのように、感情が抑えられないかのように、叫ぶ。


「あいつに手を出したら俺が許さな――…っ!」


 一瞬で男の手が腹に食い込み、ゼクスは膝をつく。しかしがくがくと震える足は、膝立ちすらも許さなかった。草と土の上へ、体は倒れていく。


「お前……っ…クゥ…ア…を……かえ…せよ……っ」


 力が入らず立てないままのゼクスを彼は無言で見下ろしていた。が、ゼクスから興味をなくしたように、手をかざして再び出現させた空間へと帰って行った。



『そうしたら…ゼクスはずっと、私と一緒にいてくれる…?』



 彼女の声が脳内で再生され、ゼクス・グローレンスの意識は途切れる。


…―――――――――――――――――――…


     ◇


「……ここ、かな…」


 騎士団本部の転移装置を使って紅隊(クリムゾン)に来たはいいんですけど、一階が広すぎて迷ってしまいました。結局一階には何も無かったし…。二階はこの部屋だけみたいだから、絶対ここに紅隊隊長さんがいるはず…!


「すみませーん、失礼しまーす!」


 ノックをして、部屋に入ります。…よし、礼儀正しさはばっちりのはず…って、あれ?


「…すみませーん…えっと……?」


 嘘…誰もいないなんて…ないですよね?


     ◇


「っ!!」


 騎士団紅隊の部屋で、ゼクスは目を覚ました。


「クゥア…」


 六年前の、記憶。最悪な記憶。彼女を助けたくて強くなった。けれど、彼女の居場所は全く分からない。


 ゼクスはただ、クゥア・ハルフィローズを守りたかった。だが守れなかった。


 彼女は、消えてしまった。


「くっ…そ……」


「……みませ~ん! すみませーんってば!! 隊長さ~ん、いらっしゃらないんですかぁ~!?」


 苛立ったような少女の声が、扉の外から聞こえる。


「なんだよ…朝っぱらから…」


 気だるげな動作でベッドからおり、書斎部屋に繋がる扉を開けた。


「…何か用か…?」


「隊長さんですか…? ひどいですよ! 私ずっと呼んでたのに!」


 銀髪の少女にいきなり怒鳴られ、ゼクスはつい固まる。まるで知り合いに対して話しているのかと思うほど、遠慮や礼儀というものが無い。


「…悪い、寝てた」


「何してるんですかっ! まったく、もうお昼ですよ!? あなたは夜行性ですか!?」


 少女の声が起きたばかりの頭に響き、耳を軽くふさぐ。自分に非があることは理解したため、彼女に対して苛立ちが募るものの、怒ることはしない。


「だー…うるさいな。寝起きの奴に怒鳴るなよ。で、何の用だ」


「用…? えっとー…なんだっけ。えーっと……」


「帰れ」


 ゼクスの声を無視し、彼女は笑顔でポンと手を叩いた。それからきちんと気を付けをして頭を下げる。


「私、シェラ・メルティと言います! これからよろしくお願いします!」


「分かったから声量下げろうるさい。って…は? よろしく?」


 シェラは、ばっと一枚の紙を自慢げに広げた。


「えへへー、私、すごいでしょう!」


「…」


 紙を受け取り、じっくり眺めるゼクス。


緋隊(スカーレット)所属シェラ・メルティを、緋隊隊長の命で紅隊(クリムゾン)へと移動させる。確認のためここに印鑑を押して騎士団長へ提出していただきたい』


「…お前……何したんだ、緋隊で」


「えっと、失敗ばかりでしたが精一杯頑張ってました! 頑張りが認められたのか、大変だと噂の紅隊への移動ですよ! すごくないですか!?」


「お前は紅隊についての本を読め」


 面倒くさそうに紙に印鑑を押し、シェラに渡す。にこにこしたままの彼女を呆れたように見て、小さな溜息を漏らした。


「仕事が来て、俺の気が向いたら連絡する。それまでは勝手にしててくれ」


 それだけ言ってゼクスは出て行ってしまった。


「あ…私、まだ隊長さんの名前聞いてないのに……まぁいっか! 騎士団長にこの紙出してこないと!」


     ◇


「騎士団長~!」


 私の声で騎士団長は私の方を向きました。


「シェラ・メルティ…だったか?」


 頭全体を覆う兜の中からする声は、少し不機嫌にも聞こえます。けど、いつもこんな感じなので私は気にしません。


「はい! 紙に印鑑をもらって来ました~!」


「……紅隊所属、おめでとう」


 感情の感じられない声で言われても…。そう思いつつ、私はふと、聞きたかったことを思い出します。


「あの、紅隊ってどんな隊なんですか?」


「知らないのか? ……この本をやろう。そこに書いてある」


「あ、はい。ありがとうございます」


 本を受け取って頭を下げます。騎士団長の部屋から出て、紅隊に向かうために歩き出しました。


 …本のタイトルは……『騎士団とは』ですか。少し足を止め、紅隊のページを開いて読み始めます。


 ――紅隊とは、他の隊に後回しにされたまま放置されている仕事、他の隊が完遂出来なかった難しく危険な仕事など様々な仕事が回ってくる。所属希望を出す人間は少なく、所属人数が紅隊隊長一人だけという時が多い。他の隊で多くの失敗をした者は、騎士団長やその隊の隊長の命令で紅隊に所属させられる。拒否して騎士団を辞める者も多い。


 って…つまり私……役立たずだからここへ送られてきたってわけですか!? 入団したばかりで役立たず扱いされるのは気に食わないですよさすがに…。いいですよ、今に見てなさい! 私、紅隊で大活躍してやりますから!


 そうこうしているうちに、紅隊につきました。


     ◇


「隊長さーん、ただ今戻りましたー!」


「ああ」


 適当に返し、ゼクスは書類を眺める。紙をめくりながら、彼女に声をかける。


「仕事来たし、行くか?」


「はい! 行きましょう、隊長さん!」


 隊長さんと二度も言われ、あ、とゼクスは気付いた。椅子から立ち上がり、書類を机に置く。


「ゼクスだ。ゼクス・グローレンス。隊長さんはやめてくれ、シェラ」


 名前を教えてもらったのが嬉しかったのか、名前を呼んでもらえたのが嬉しかったのかシェラは花のような笑顔を咲かせた。


「…はいっ! ゼクスさんっ!」


     ◆


 着いたのは、森。草木の生い茂る周囲をきょろきょろ見回しながら歩くシェラ。その手には、杖がしっかり掴まれていた。


「あのー、ゼクスさん。仕事内容はなんですか?」


「ネックレス探しだ」


「ほぇ?」


 どんな仕事でも来いと思っていたシェラだが、つい足が止まる。


「騎士団には貸し出し用の武具があるだろ? その中の一つなんだ。こないだ借りた奴がこの森で落としたらしい」


「落とした本人が探してくださいよ…」


 初仕事がネックレス探しということで、シェラの気分は下がる。それに比例するように歩く速度も遅くなった。


「ま、文句言わずに探すぞ。魔物も出るから気をつけろよ。自分のことは自分で守れる…よな?」


「いえ、私、回復魔法は得意ですけど攻撃は全然ダメです!」


 自慢げに言うシェラに、ゼクスは数秒の沈黙を落とした。出会ってまだ間もないが、自慢にならないことを自慢する彼女に呆れていた。


 ため息を吐かれても、シェラは全く気にする様子など見せない。


「じゃ、魔物は俺が倒す。お前は俺が守る」


「へっ…?」


「だからお前は、回復に専念してくれ……って、聞いてるのか?」


 ぼーっとしていたシェラはゼクスの声ではっとする。そしてなぜか、杖を持っていないほうの手で敬礼した。


「はっ、はい! しっかり聞いてましたよ! ゼクスさんは私を守ってくれるんですよねっ!」


「…お前は、回復に専念してくれ」


 ゼクスの言葉にシェラは満面の笑みを浮かべながら大きく頷いた。


「じゃ、探すぞ」


「はいっ!」


 しゃがんだり、草を掻き分けたりしてネックレスを探すゼクスを、シェラは何もせずに見つめる。


 ただひたすら、見つめる。


「…シェラ」


「なんですか?」


「お前もネックレス探し手伝えよ…」


「私は魔物が来ないか見張っておきますのでネックレス探しはゼクスさんに任せます!」


 シェラに会ってから何度目かになるため息をゼクスは吐いた。彼女を見ていると、先が思いやられる。


「…ネックレス探しを手伝ってくれ」


「…分かりました」


 不満そうにシェラは草の中を探し始め、すぐにあっと声を上げた。


「ゼクスさんゼクスさんっ!」


「…なんだよ」


「これっ、ネックレスですよね?」


 シェラがゼクスに見せたのは、金色のネックレスだった。ゼクスの頭の中で、資料に書かれていた特徴とそれが一致する。


「…でかしたぞシェラ!」


「はいっ! 私やりました!」


「よし、こんな森とっとと帰ろう」


 ネックレスをシェラから受け取り、帰ろうと歩き出したゼクスの手を彼女が掴んだ。


「…なんだ?」


「せっかく来たんですから、もっと楽しんで行きましょうよ!」


「森で何を楽しむって言うんだよ!?」


 正直ゼクスは、森の景色があまり好きではない。どの森も似たような景色で、過去の記憶と重なるからだ。


 真っ直ぐゼクスを見つめるシェラの目は、真剣だった。


「だって……ゼクスさんが私を守ってくれるって行ったのに魔物が出てきてないんですよ!?なのでまだ帰りません!」


「意味が分からん! 帰りたくないなら勝手にしろ。俺は帰るぞ!」


 シェラの手を振り払ってゼクスは再び歩き出す。


 ――面倒なやつ…。


「きゃああああああっ!!」


 彼女に対してそんな思いを抱いた直後、背後からシェラの叫び声が聞こえた。


「!」


 振り返ると、彼女の前で大きな竜が翼を広げていた。


「あ……あ……」


 戦闘経験があまり無いのか、恐怖で動けずただ竜を見つめるシェラの方へ、ゼクスは駆けた。


「グオオオオオオッ!」


 竜の口から赤い光が漏れる。それを視認した直後、竜から放たれた炎がシェラへと向かった。彼女の青い瞳が、恐怖で大きく開かれていく。


「―――!」


 ――…私、終わるの…? こんなところで?


 硬く、目を閉じた。痛みを覚悟して。


「――シェラ!」


「…え?」


 声が聞こえて、まぶたを持ち上げる。ゼクスがシェラを抱えて走っていた。


 自分の体に視線を落とすと、傷一つない。そこでようやく、彼が助けてくれたのだと気がついた。


「ゼクス…さん…? なんで…」


「なんでだと? ふざけるな! 目の前の人間を見捨てるわけないだろ!」


「!」


 驚いたように、シェラは瞳にゼクスを映す。竜から離れた場所でゼクスはシェラをおろした。


「お前はそこにいろ。俺はあいつを倒す。もし俺に何かあったら…」


「…分かっています。私が…回復をします。私にはそうすることしか出来ないので…」


 シェラの言葉を聞き、ゼクスは無言で竜のほうへと駆けていった。片手で持っていた剣の柄を、両手でがっしりと握る。


「はああああああっ!!」


 竜に向かって剣を振るう。だが、その剣は竜を切り裂くことはなく、金剛石のように硬い爪により防がれた。


「ゼクスさん!」


 シェラの叫びでゼクスは振り返り、向かってきた竜の尾を跳んでかわす。素早く剣を構え、竜の額に向けて剣を振り下ろした。


 刃が、竜の鱗のような皮膚を引き裂く。そして、深く額に突き刺さった。


「グオオオオオッ!」


 剣を抜かれて血が飛び散り、竜は悲鳴を上げて倒れる。それでもまだ戦意はあるのか、炎を吐こうと口を開いた。


「…恨みはないんだが…」


 ゼクスは再び竜へと剣を振り下ろす。剣は竜の口を貫いた。


「…悪いな」


 竜につぶやき、剣を引き抜く。死んでしまったのか、竜は広げていた翼を力なく地へついた。


「ゼクスさんっ!」


 駆けてきたシェラを振り返りながら剣を腰に収める。


「すごいです! こんな竜を…こんな速さで…!」


「…この竜はまだ子どもだったんだよ。できれば殺したくはなかったんだが…」


「そう…だったんですか?」


「帰るぞ」


 来た方向へゼクスが歩き出す。数秒遅れてシェラが彼を追っていった。


「待ってくださいよーっ!!」



 騎士団に戻ってネックレスを騎士団長に渡し、報告を終えたことにより、シェラ・メルティの紅隊(クリムゾン)初任務が終わったのであった。

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