エピローグ
―――それぞれの物語―――
「私ね、連れて行かれる前に一度、リュードに会っていたの」
あれから数日後、騎士団の裏庭で、クゥア・ハルフィローズとゼクス・グローレンスは座り込んで話をしていた。
無言で景色を眺めていた中、そんな風にクゥアが話を始めた。
「私、あなたに助けてもらいたい気持ちと、巻き込みたくない気持ちがあって……素直に、助けてって言うことが出来なかったの」
「……気付けなくて、悪かった」
俯いたゼクスの耳に届いたのは、クゥアの笑い声。何を笑っているのかと思い顔をあげると、いつの間にか立ち上がっていた彼女が覗き込むようにゼクスを見つめていた。
「もう謝らなくていいよ。だって、ゼクスとこうして、普通にいられるようになったから」
微笑を返したゼクスに、クゥアは何かを言おうとして、口を閉じる。それをしたのは、今日二度目のことだった。
その動作に首をかしげ、ゼクスはクゥアの言葉を無言で待つ。
やっとのことで、クゥアが口を開いた。
「ねぇ、ゼクス。覚えてる?」
「何をだよ?」
「いなくなる前の、私の言葉」
「……ああ」
クゥアが覚えているかと聞いた言葉は、恐らくあのことだろうと思いつつ、そう返事をすると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
花のような笑顔で、真っ直ぐゼクスを見てクゥアは言った。
「ゼクスはずっと、私と一緒にいてくれる?」
なぜその言葉を今言われたのか理解できず、ゼクスはただクゥアを見つめ返した。
数秒、沈黙が流れ、クゥアの言葉が何を意味しているのか理解したらしく、がばっと勢いよくゼクスは立ち上がった。
「な……おまっ……つまりそれ……!」
「ねぇ、返事は? オッケーだよね? 当然そうなんでしょ?」
「え……っとだな…………あっ! やばい仕事を思い出した!」
突然駆け出したゼクスに反応できず、一足遅れてクゥアも駆け出した。
「ちょっと!! 仕事の方が大事だっていうの――っ!?」
◆
「えー……このたびは、まあ、なんというか、おめでとうございます。緋隊新隊長フレアさん」
騎士団長がいつも座っていた席に、今ではハルヴィル・フェーリスが座っている。その前ではフレア・サルフィットが、微妙な表情をして立っていた。
嘆息を漏らしながら軽く頭を掻いて、フレアはハルヴィルから紙を受け取る。
「素直に喜べないんだよねー…。ロスティが死んだって決まったわけじゃないのに、私が新しい隊長なんてさ」
「まあまあ、いいじゃないですか」
「にしてもハルヴィル、君、意外とやるねぇ」
悪戯っぽく笑ったフレアに、何のことか分からないというようにハルヴィルは首を傾げる。
先ほど受け取った紙……緋隊隊長になったという証明書を、フレアは容赦なく四つ折にする。
「…普通そういうのって折らずにとっておくものでは……」
「そんな細かいこと気にしてたら早死にするよ? で、聞いたんだ。新しい騎士団長様の評判をさ~。貧困に喘いでいる村に食料を送ったり、困ってる人に積極的に手を差し伸べるいい騎士団長様だー、って評判だよ? よかったねー、やっと君もモテる時期が来たんじゃない?」
「なんですか、その今まで私がモテていなかったかのような言い方は…」
「え、事実じゃ…」
笑いながら言うフレアに、ハルヴィルは急に真顔になった。
フレアはきょとんとして、先ほどハルヴィルの真似をするように首を傾けた。
「どうしたんだい、いきなり真剣な顔して。表情筋を鍛えてるの?」
「フレアさん。もし、あと二年してもロスティさんが帰ってこなかったら」
「……なにその嫌な仮定。まあいいや。で?」
真剣な表情でハルヴィルがフレアに差し出したのは、手のひらだった。
片膝をついて猫帽子の乗った頭を下げ、手だけを真っ直ぐフレアに差し出す。
「私と付き合ってください」
「…………は?」
ハルヴィルがふざけていないことは普段はしないような行動の端々から伝わってくるが、フレアはぽかんとしたような顔で彼を見つめていた。
フレアの笑い声が聞こえ、ハルヴィルは顔を上げる。フレアは微笑んで彼に言った。
「やだね。私は信じ続けるからさ。どれほど時が経とうが、彼が帰ってくることを」
その答えを予想していたのか、ハルヴィルは驚かず、立ち上がった。
「あなたらしいですね」
◆
「……」
「どうだセイクリッド、うまいか?」
煌雅がよく行く酒場で、セイクリッドはケーキを食べていた。
コップを持った煌雅の右手には手袋がはめられておらず、甲にあったはずの魔法陣はなくなっていた。リュードとの戦いのあと、魔法陣は消えて、力を使えなくなっていたのだ。
そんなことなど気にせず、セイクリッドが無言でケーキを食べ進むのを笑って見つめる。
「……ん。煌雅、さすが。おいしい」
「よかったよかった。欲しいもんなんでも言えよ。出来る限りならくれてやるから。今日はお前の誕生日なんだから遠慮すんじゃねぇぞ?」
「……他、いらない」
ケーキをフォークで刺して頬張ると、セイクリッドはフォークをいきなり煌雅に向けた。
驚く煌雅に、相変わらずの無表情でセイクリッドは食べながら喋る。
「こーががいれば、それでいい」
それだけ言うと再びケーキを食べ始めた。
ふっと笑い、煌雅はセイクリッドのケーキ皿の端に除けられていたイチゴに手を伸ばし、口に入れた。
「ったく、俺がいるだけじゃ普段と変わらねぇじゃねぇか」
「いつもと同じ、それでいい。煌雅、いなくならなければ、それでいい」
「そーかそーか……って…あぶねぇな何すんだよ!?」
目潰しをするかのようにセイクリッドのフォークが向かい、座る椅子を慌てて煌雅は引いた。
僅かに不機嫌そうな顔をしてセイクリッドはテーブルをバンと叩く。
「イチゴ……食べるの最後。食べたかった」
「……あ…わりぃ」
「……馬鹿」
「ったく……」
頬杖をついたセイクリッドの手を煌雅が無理やり引いた。
驚いて煌雅を見つめたセイクリッドに、煌雅は笑う。
「食べ物なんかよりいいモンあんだろ。俺がいい景色の場所知ってる。案内してやるよ」
手を繋いで走りながら、セイクリッドは俯いた。その顔は、嬉しそうに綻んでいた。
「…………うん」
◆
「……なんで…こうなるの…………? 死なないでって…言ったのに……!」
騎士団から少しはなれたところにある花畑で、シェラ・メルティはオカリナを握り締めたまま泣いていた。
ふと、駆けてくる足音が聞こえ、シェラは涙を拭う。
振り返ると、駆けてきたのはゼクスだった。
「シェラ? こんなとこでなにしてるんだ?」
「ゼクス…さん……」
ゼクスに背を向け、墓のように置いた大きめの石を見つめる。
「イオンと…約束、したんです。思い出したのに……もうあの人は、この世にいない……。また、あの曲を聞かせてくれるって……約束したのに……いないんです…。……イオンは……もう…っ!」
「…………」
ぽんと、優しく、ゼクスの手が頭に置かれた。
ゼクスの方を見ると、ゼクスはイオンの墓を見つめていた。シェラに向き直ると、笑って口を開く。
「いるよ、あいつは。この世にいないなんて、寂しいこと言うなよ」
「ですがっ…!」
「俺らが…お前が忘れない限り、あいつはこの世から消えたりしないさ」
「……!」
泣かないつもりでいたのに、シェラの瞳からは涙が零れ落ちる。
「シェラ、そのオカリナで、約束した曲を吹いてくれよ。きっと、イオンにも届くから」
「っ………はい…」
オカリナを両手で持って、シェラは空を見上げた。
「イオン……聴いてて。『二つの空』……私…あなたに届くように演奏するから……」
少女は涙を流しながらオカリナを吹いた。
少年は目を閉じて、その曲を聴いていた。
空か、心の中か、どこかで見ていてくれるであろう大切な人に、少女は曲を送る。
きっと届くことを信じて。
――広がる青空には、太陽と、月が昇っていた。
最初から最後まで稚拙な文でした。文章力を上げるため頑張りたいと思います。読んで下さり、ありがとうございました。




