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彩―SAI―  作者: 旦那
第一章 おかえりとさよならの物語
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第七話 空白の日



 ノワールは大盛りの丼を大きな一口で削っていった。ローマスは米はうまいが小麦はいただけない。タレの染みた米を最後に一気に掻きこんで、噛んで、飲み込んだ。『色』は大食らいだというが、別に大食らいだから『色』だと疑われることはないだろう。戦場で隠すことはあっても、好きな食事で耐えるのは許せなかった。


「ごちそうさま」


 小さくだがしっかり手を合わせ、つぶやいた。さて、と顔をあげたところで厨房の奥にいる女と目が合った。ノワールの齢以上もの間ずっと軍部食堂で働いているらしい中年の女だ。


「指揮官さんはよく食べるねえ。刺身はうまかったかい」


 器を運ぶと笑顔で受け取られた。毎日あたりまえのように繰り返すことではあったが、古びたエプロンには名前が刺繍してあった。それには今まで気づかなかった。


「はい、……いや、うまかった。あんたが捌いたのか、マシュー」


 皿を洗い出した女はほほほ、と笑うだけ。がっしりと筋肉質な印象さえ覚える腕が繊細に白い器を洗うのが不思議だった。だが、彼女が笑ったのが、自分の問いに対してのはぐらかしでも肯定否定でもなかったことがすぐにわかった。


「敬語、抜けんねえ。決まりってのは大変だねえ」

「……まあな」


 三年来の付き合いでもぱっと言葉が出せなかった。なんとなく気恥ずかしくなって、ノワールはすぐにその場を離れた。またねえ、と背後で声がかかったのに振り向いて頭を下げる。

 指揮官は威厳を保つため上層部の人間以外に敬語を禁止する、なんて誰が決めたんだ。苦い思いを喉に飲み込んだ矢先、ふとノワールは疑問が浮かぶのを感じた。

 あの女、マシューなんて名前だったろうか。

 人の名を覚えるのは苦手だった。しかしあまりにも違和感が強くて、かといってなぜ違和感を覚えるかもわからず、彼女の『マシュー』以外の名が思い当たるわけでもなかったから、ノワールはそのまま自室に向かうことにした。

 止める足はない。今日も今日とて、仕事は山積みなのである。





 第七話 空白の日





 昨日は暗部に訪れた。


「では、お気を付けて」


 無機質な少女の声で見送られたのだったなあ、と、今は閉まった扉を見上げて思い返す。門番は今日は男だった。用事があるのは別の方向であるから、必要性を感じなくてそのまま通り過ぎた。腹の傷はまだまだ完全には癒えない。安易に振り向くこともできないから、状態と視線の向きはいつだって一緒だった。


 今日の仕事は先日からノワールの中では溜まっていた仕事だ。政部指揮官であるユーリ=ハイエルから、新規で購入する武器を提示するための資料を受け取ろうとしたら「まだその仕事の順番じゃない」「若いのに気張りすぎだ」などと妙な反感を買い、結局資料を受け取れなかったという経緯がある。確かに期限は随分と先だったし、政部の忙しさは他の比ではないことは周知であったから、ノワールは反省だけしておいた。

 城の通路を歩き、一面真っ白な世界に足を踏み入れた。雪ではない、硬質な石の壁だ。

 政部の入口、経済管理室はあいも変わらず止まっている人間がいなかった。白いローブがあちらへこちらへ、紙を持っては希に怒号が飛び、よくわからない単語と数字の叫びがどこかの誰かに受け取られた。


「すまん」


 その中でもゆったりと歩いていた男に声をかける。軍服が黒くて目立ったのか、そもそも自分が自分であったからか、男は目を丸くした。


「はい、ノワール指揮官ですね」

「そうだが、ユーリ……政部の指揮官から資料が届いていないか」

「それでしたら、指揮官室の方に来てくれとの連絡がありました」


 しかし丁寧に男は足を止めて、説明してくれた。情報は行き渡っていたらしいがこの場で手に入る様子ではなかった。なにも指揮官直々に受け取る資料でもないだろうに。小さく頷くと共に落とした肩を男は見逃さなかった。


「あの方は結構気まぐれですから」


 苦笑混じりの顔は、とても無愛想なユーリの部下には見えなかった。


「エド、城下への支援金配分はどうなった?」

「あ、すぐに持ってくる。……すみません、僕はこれで失礼します」


 男は恭しく一礼すると、積み上げてあった書類をひと束抱え、声を飛ばした同士のもとへと駆けていった。すぐに耳は周りの喧騒を拾い出す。吐いた溜息も、バタバタと忙しい職場では紙が擦れる音にも負けた。何度もぶつかりそうになる部員と、その度に頭を下げ合う。

 これはここにいる方が邪魔だな。

 ノワールは気こそ乗りはしなかったが、さらに奥へと進むことにした。





 音が完全に遮断された廊下に、扉を叩く音はおかしなほどに染み渡った。聞いていて心地よいほどに。軍部とも暗部とも違う、機械のように冷たく無機質な政部は、ノワールには常に真新しいものに見えた。

 少しして、ドアノブが回された。気味の悪いことに、部屋の主自らが出迎えた。


「悪かったな、存外早く会議が終わったんだ。あとは俺が集計さえすればいいことになったから、自室で出来るだろうと思ってな」


 おまけに謝罪ときた。

 若干裏があるのではないかと疑いながら入室するも、すっかり仕事が終わったつもりでいるらしいユーリは、重いローブではなくラフなシャツを着て機嫌も良さそうなだけ。仕事については無言ながらも、机から紙束を取り上げこちらに差し出す。普段の彼なら勝手に探せとでも言うだろうに。


「どうした、変な顔だぞ?」


 あんたが変だからだよ。

 流石に口には出せなかったが、紙束をほんの気持ちだけ荒くぶん取ってやる。ユーリはそれも咎めず席についた。ノワールの部屋にあるのと同じ、重量感のある木製の机だ。

 俺の仕事もこれで終わりでいいんだろうか。


「以前よりも購入量を増やすのか?」


 眼鏡越しの瞳は文字をなぞり続ける。しかし、不意に立ったままのノワールをとらえ「座っていいぞ」と促した。なんなんだ今日は。白を基調とした指揮官室の、白いソファにガラステーブル。黒づくめの自分が近付くとやはり不釣り合いだったが、どうにも断りづらく、ソファに腰を沈めた。ノワールの部屋のものより硬く、ああこれじゃあアルヴィーが寝られないと文句を言うな、と思った。

 ユーリの自室に訪れたことはないにしても、ここまで長く居座ったことはなかった。

 深緑の長髪を結ってまとめた、普段は見ぬラフな姿のユーリは、その脳内の数式を時折口にしながらペンを走らせていく。その妨げになってしまうのでは、なども考えたが、応えないのも癪に障るだろうと頷くことにした。


「そのつもりだ。前回は隊員数しか頼んでいなかったから」

「武器庫にある残量はどうなんだ」

「それももう少ないから、今回は補填も兼ねる。予算が足りないというなら、別に俺の給料をいくら切ったって構わない」


 資料を見ながら、各部隊長に武器の保有や購入希望の詳細を聞かねばならないな、と心に決める。その内には、青の傭兵に壊された自分の銃のかわりもおそらく書き込むことになるだろう。罪悪感も混じった台詞だったのだが、再び冷たい瞳がノワールを見上げる。


「……若輩のくせに欲がないな」


 ユーリはかたりとペンを置いた。年相応な、どこか品さえ感じる仕草は、彼が長年の時を過ごしてきたのだと思い出させる。下手をすれば、彼はノワールの2倍にも近い歳のはずだ。


「なんだ、今日は何かおかしいぞ、あんた」

「そうだろうか。まあ、まともな休みが来るのも幾日ぶりなのでな」

「はあ」

「妹の誕生日が10の月の20番であったから、なんだ一ヶ月ぶりか。疲労がひどいものだと思ったがそう長くないな」

「愚痴の聞き相手なら部下にしてくれ」

「そんな簡単な話ではない」


 話はあるということか。


「……まあ、かといって対した話でもないんだが」


 刺すような視線を向けていたからか、ユーリは緩く首を振って、天井を仰いだ。


「お前は3年前、何をしていた?」

「3年前って……」

「『空白の日』、その日だ」


 3年前、ローマスを中心に起こった、大多数の記憶障害者を生んだ原因不明の事故。失われた記憶がなんだったのか、ノワール自身もほかのだれもわかっていない。今では通常と近い生活を遅れているからと、『空白の日』そのものも忘れられかけているというのに。しかしある者は急性のショックから神経や脳に異常をきたし、ぽっかりと、なにかがあったはずの穴を抱えたまま寝たきりが続いているという件もあった。


 唯一はっきりしている穴は、事故のその日には少なくとも、王と軍部指揮官の席があいていたこと。

 任期が終了する時期でったから違和感のないことではあったが、直前まで誰がそこにいたのか、知るのは資料しかない。人々の記憶には、そこは誰もいなかった。失われた記憶はおそらくそこだ。だが、誰もそれを知らなくても、生きていた。引きずられるようにほかの記憶を失ったり、後遺症をのこした例外はあれど、もはや忘れたという事実を忘れ生きていた。


「俺は……軍部の、訓練学校にいた。たしかすぐに指揮官の就任試験を受けたんだと思う」


 ノワールは指揮官になって3年目だった。

 各部の指揮官は、毎年希望者をつのり試験を行う。試験の最優秀者が指揮官として選出され、原則として任期は一年。続投する場合も試験を受け、優秀な成績を残さなければならない――というのが指揮官の規則であったが、ノワールが指揮官試験を受けた時は、前述の通り空席だった。そこで叩き出した成績は過去最高、かつ最年少だともてはやされたものだ。

 ユーリは静かに腕を組んだ。


「なるほど。俺は3年前も今のように仕事をしていた」

「ああ、あんたはたしか……政部指揮官は今年で5年目だったか」

「よく覚えているな」

「学校で習ったよ、そんなもの」


 ユーリに素直に驚かれ、きっぱりと付け足した。すると彼は落胆のように眉を下げ。


「……そうか、分かるならば話は早い」


 引き出しからガラリとある巻き紙を取り出した。鍵さえもかけられていなかったが、ユーリの台詞からそれなりに価値のある資料だとわかった。


「今までの全指揮官と王の代数をまとめた年表だ」


 王の代数を見るのは初めてだった。ノワールが所持していない資料であるということは、やはりまだ実績が足りないということか、と少しだけ悔しく思った。ノワールは興味から机に近づいた。広げられた紙にはローマス王国が成立した122年から、実に877年。いくつもの線が伸び、いくつもの名に繋がり、また別の名に続く。その最後、996年にノワールは目を留めた。


「俺の名前もあるんだな」

「当然だ、それよりも問題がある。この表の、軍部と国王の同時期の、ここだ」


 ユーリの長く白い指が、ノワールと現国王――名前は書いていない――の箇所に伸びる線上を滑る。どちらもその到着する先は、996の文字。


「別に、移り変わる時期が重なるのは珍しくないだろ。それに、そのときは『空白の日』が起こって席が空いていたし」

「事実の話はもういい、そこを考えてもどうにもならん」

「じゃあ」

「感覚の話だ。それが分かるのはお前くらいしかいないと思っている」


 らしからぬ台詞を吐かれ、ノワールは正直動揺した。どういうことだ、と問いただす前にユーリは続けざまにまくし立てる。


「お前、前代の指揮官の名は覚えているか」

「……トワイト=グリモアだろ。」

「奴は3年前に病で死んだ。984年から少なくとも『空白の日』の前まで奴はずっと軍部指揮官で有り続けたことになる。ここまではいいな?」


 ノワールは頷くしかなかった。トワイトは老齢の指揮官であったが、ノワールにはあまり彼の記憶はない。彼が指揮官として働いていた頃、ノワールはまだ学生だったから違和感のあることではなかった。


「俺は正式な軍部の指揮官の穴ができたのがいつなのか知らないが、『空白の日』の前まではいたんだろ」

「とにかく、トワイトは10年間ずっと『いた』ってことだな」

「それがどうした」

「お前、トワイトの印象はどうだった」

「俺はその人をよく知らない」


 ユーリは手で顔を覆ってしまった。疲労というよりは、まるで恐ろしいものに出くわしたような、恐怖に満ちたような。 

 ノワールはただひたすらに待った。分かるのは自分くらいしかいない。そう言われたが、ユーリが悩む理由が見つからず、紙を見つめたまま、時にして5秒ほど。それだけの有余を持ってしても、やっと政部指揮官の唇が紡いだ内容は理解できなかった。


「俺はトワイトと仕事をしたことがない」


 



「……どういうことだよ」


 問わずにはいられなかった。彼の任期は5年。トワイトの任期は10年。見下ろした紙には並行して線が重なっていた。この男が言ったのは、事実と異なったことである。

 ――事実?

 己の考えに問いが浮かんだ。

 今、俺は、何を根拠にユーリを否定した。紙切れか?それとも自分の記憶か?

 そこでノワールは戦慄した。

 曖昧どころではない、トワイト=グリモアに関してその名以外の記憶は一切『なかった』。顔も、声も、残った写真や資料ではなく、自分の中には、何もかも。軍部指揮官の勤めには己の部下となる軍部学校への見回りなども含まれており、いくら老齢の病持ちであっても、少なくとも年に一回は顔を出すはず。そもそもそんなこともできない状態で軍部指揮官を勤められるはずもなかった。

 それなら、何故自分はトワイトを知らない。

 彼のことを忘れたのか?

 いや違う、即座に否定が入った。ほかでもない自分からの。

 何か、なにか、ほかのことを忘れている。


「何故今までなんとも思わなかったのか……俺は2年トワイトと任期が重なっている『ことになっている』。だが、今のお前にするように資料も手渡したことがないし、通信もしたことがない。おまけにトワイトは俺と重なっている2年は、すでに病のために病院にいた記録まであってな」


 ユーリが再び紙を睨み、一瞬、ちらと黒い男を見上げた。


「それが俺『だけ』にある欠落なら、なんでもない話なんだがな」


 顔には出ていたらしい。黙っていたノワールは心地が悪そうに歯噛みした。


「……俺は、軍部学校に入ったのは13のときだ」


 学校であるといえど、軍部にいる以上は指揮官を目視するのは必須。

 

「5年前か、えらく戦闘の実績は浅いんだな」

「でも、そのときにはトワイトを見たことなんてない」

「では誰を見た」

「……わからない」

「ああ、俺もそうだ」


 ペンが握られ、トワイトとノワールの間に決して消えない黒を引いた。


「トワイトは病で死んだ。正式な死亡日時はおそらく『空白の日』の直前ほどで、資料がごたついていてよくわからん。だが、病を抱えながらできる仕事ではないだろう、指揮官は」


 993年。そこに引かれた黒い線を、ユーリは隠すように叩いた。


「指揮官がいない期間は、指揮官試験の直後に失脚したとして、最長で1年。2年目には必ず穴が埋められるからな。ならばトワイト=グリモアの正式な失脚年数は991年。お前が着任したのが993年――1年は『ほかの誰かがいたことになる』」


 ノワールは、もしかしたらユーリも、もうなにもわからなかった。

 紙は、記録は自分たちを否定した。だが自分たちはそれを否定したかった。しかしそれはできなかった。どれが正しくて、間違っていて、一体何を考えていたのかさえも、記憶の隅から白が侵食する。忘却という白だ。それはなぜか無色透明ではなく、形をもって侵食した。


「……部下にできる愚痴じゃないな」


 全てを吹き飛ばす思いでノワールが嘲笑すると、ユーリも口角を上げた。


「ああ。それに加えて、杞憂になるかもしれんが、お前と同時期に交代をしている国王も目につけておかないといけないだろう」


 3年前はあっさりと忘れてしまった事件を、今この瞬間覚えているのはきっとこの部屋の二人のみ。なんでもないこと。それが恐ろしかった。

 何故記憶が欠かれているのか。何故忘れたということすら忘れていたのか。

 ノワールは悪寒を覚えずにはいられなかった。

 違う、これはそうじゃない。

 もっと奇妙な――なぜかそれには覚えのある――違和感だった。





「ようマダム・アン。まだ余りもんとかあるかい?」


 もう薄暗がりの食堂にはまだ人影があった。唯一電気のついていた厨房を覗き込み手を振ると、中年の女性であるアンが振り向いてくれた。ジオは歯を見せて笑ったが、彼女はまるい頬を引き上げて上品にほほほ、と笑う。


「わたしが持って帰って食おうと思った切れっ端ならあるよ」

「この時間に食うのかい?そりゃあ女性の大敵じゃあないか、どれ、俺が手伝ってやりましょうか」

「冗談だよ、しがないサンドイッチの端っこさ。金はいいから持ってきな」


 そういうとアンは冷蔵庫から小さな包みを取り出した。あばいて見えたのは、まだ茶色の耳のついたサンドイッチ。カウンターに運ばれたそれをすぐに摘んでかぶりつく。数は予想していたよりも多く残っており、アンもそのひとつを手に取っては齧りだした。


「あんたこそこんな時間にどうしたんよ」

「ん?いやー、ちと職務がねえ」

「隊長ってのは大変だねえ」

「なに楽しいよ」


 ジオは2つ目。その頃にまだアンはひとつめの耳を齧っていた。耳から食べるのだな。ジオは遠慮なくレタスとベーコンをまとめて噛みちぎる。ややしんなりとしたそれはむしろ食べやすかった。

 カウンター越しの体をふと見下ろす。見慣れぬエプロンだと気づいたのちに、ポケットの刺繍に気づく。


「そういや娘さんの容態はどうなんだ」


 淡い桜色のエプロンはジオもよく知る彼女の娘のもの。国お抱えの軍部に入って20年も近いジオはすぐに気づいた。マシューの姿は、もう3年見ていないが。


「ほほほ、それがね言っていなかったけど、もうすっかり退院済みさ」

「え、マジで。また食堂に戻ってきてくれたりする?娘さん美人だからよ、やっぱこう、精が出るし?」

「あんた失礼だねえ」


 ばしんと太い腕に肩を叩かれ、ジオはけらけらと笑う。昔はマシューをからかっては同じように殴られたものだが、と思い出した。

 『空白の日』の記憶障害のショックから、マシューは入院した。一時期は言動も親以外の記憶も不安定だったそうだ。ショックがほかの記憶をも蝕んだ、そう少なくはない病状の例。ジオは目を細める。アンは、ようやくふたつめを摘んだ。


「もう料理のつくり方もずいぶん思い出してきてね、まだたまに発作が起こるから安定剤は手放せないんだけども」


 はむ、とすぐに食まれたせいで、食べる数をアンに追いつかれてしまった。固くもないレタスを噛むささいな音が食堂に響く。無性にそれが、冷ややかだった。


「……そうかい。よろしく言っておいてやってくれ」


 3つ目を手にして、ジオは足を踏み出した。今更ながらにエプロンを替えた女の心を思うと、この場から離れることは、何よりも難しいことだった。






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