鶴を折る
私のクラス、私の席の前には、学園の生徒会長サマがいる。
彼は、絶対君主のような態度をとっていますが、実は思いのほかに優しいのです。
それを知ったのは、ある日のこと。
2時限目の数学の授業が終わって、休憩時間になった途端、
「なにやってんだ?」
いかにも大儀そうに振り返る彼。
生徒会長サマこと、新見徹。
「折り紙をねー、折ってるの」
手元から視線も上げないで簡潔に答えると、彼は少しだけ苛立たしげに息をはいた。
「なんで授業中もカサカサコソコソ、ンなことやってんだよ?」
言外に気が散って仕方がない、といわれて。私はそこではじめて顔をあげる。
淡褐色、とでもいうのだろうか?
少しだけ緑色が強い、色素の薄い瞳が珍しそうに私の手元を見つめている。
「なに折ってるんだ?」
「つる」
みたことなーい?と聞くと、彼は素直に「ない」と首を左右に振った。
そういえば、この人はトンデモナイお坊ちゃまだったっけ。思い出して、一人で納得する。
「折ってみる?」
問い掛けると、一瞬瞳を輝かせて私を見た。けど、すぐにどこか不貞腐れたような顔になって(後に私はその表情が彼の照れ隠しなのだと知るのだけど)プイとそっぽを向く。
「……だから、なんでンなもんを折ってるんだ?」
「病院に寄贈するためー」
「あ?」
意外な答えだったのか、そむけていた顔をコチラへ向けてマジマジと見つめられてしまう。穴があきそうだという比喩を体験したと言っても過言ではないくらい、本当に凄く見つめられた。
「病院だ?」
「いえす。びょーいん。ほすぴたる。」
「なんで?」
普通に問い掛けられたから、普通に答える。
「弟がねぇ、入院してるんだー」
「弟?」
眉を寄せながら首を傾げられて、私は苦笑交じりに事情を話す。
なんてことないような口調で。
「しんぞーに、しっかんがあるんだって」
両親から詳しい説明をされていない私が知っていることは、それだけ。
ある日、突然、病院から帰ってこなくなった弟。
母親の泣きはらした瞳。
父親の疲れきった表情。
「だから、千羽鶴。折るの。弟が早く元気になりますよーにって。」
なにも出来ない私は、病院に詰めっきりの母親の代わりにできるだけの家事をして。
お姉ちゃん子だった弟にも、寂しくないようにできるだけ会いに行って。
今まで以上に働くようになった父親の負担にならないように特待生枠でこの学園に入学して。
「元気になったら、また一緒に遊ぶんだー」
だから千羽鶴折ってるんだよ、と付け足す。
「…ふーん」
「あ。でも、授業中うるさよね。もう授業中に折るのは止めるねー。」
ごめんねぇ、と付け足すと彼はまた不貞腐れたような顔になって、無言で私の机の上にあった折り紙を一枚手に取った。
「どしたの?」
「教えろ」
「なにを?」
「………鶴の折り方」
「なんで?」
さっきまで全く興味がなかったのにどうしてだろう、と思って首をかしげる。
「俺も手伝ってやるよ」
ボソっと聞こえた声は、少しだけ気まずそうな声。
私はちょっとだけ意外な彼の反応に目を見開いたけど、すぐに嬉しくなって、折り紙を長方形の形に折っている彼へ微笑む。
「ありがとぉ、新見くん」
「………ふん」
鼻を鳴らして、不貞腐れたような不機嫌な顔をする新見くんの耳が、少しだけ赤くなっていることに、この時の私はまだ気づけなかったけど、彼は周りが言うほど自分勝手な人なんかじゃないんじゃないかなっと思えた。
尊大な態度が印象的な彼は、周りの言うとおり「オレサマ」な性格だったとしても。
彼が、実は優しい人なのだと感じた。
そんなある日のできごとでした。