滄海の珠とは、探し出すのが難しいものです。※
琉璃が目を覚ますと、くりくりとした大きな目の、喬よりも年下の男の子が部屋にいた。
「ねーたん。おあよー」
「お、おはようございます。えと……」
「苞らよ。ねーたん。おとしは、みっちゅ」
と言いながら、指は1本。
その可愛らしさに微笑みかける。
「苞ちゃん。よろしくお願いします。私は……」
「りゅーりねーたん。と~ちゃんがゆったぞ。りゅーりねーたんはおうちに居て、かーちゃんと一緒にあしょぶんだって。あ、元にいだー!! 」
「元にい? 」
振り仰ぐと微笑んでいたのは、懐かしい夫の敬兄……元直。
「元直お兄様……? 」
瞳を潤ませる琉璃を見て、穏やかな元直はおろおろと狼狽える。
「ご、ごめんよ!! 女性の寝室、しかも孔明の嫁の君の起き抜けなんて!! 」
「……し、心配していました。だ……皆様も……。わ、私の……」
琉璃の言葉に、元直は首を振る。
「私が甘かったんだ。幼常に誘い出されてね……まぁ、仕官先を探していたのを簡単に利用されたよ……駄目だね。孔明や士元に月英に何て馬鹿にされるか……」
苦笑する。
「元にい、ばかじゃないじょ。とーちゃんゆってたじょ? 」
苞は、元直を見上げる。
「元にいは、ばかじゃない、元にいをばかにしゅゆやつがばかなんだじょ。だかや、馬季常は、なまえにょとおり、ばかなんらって。だかや、安心しりょ!! 元にいと、りゅーりねーたんを苞が守ってやる!! 」
えっへんと胸をそらす苞。
「……苞は、お利口だねぇ。将来、良い男になるよ」
よしよしと元直は頭を撫でる。
「あ、あの、苞ちゃん……? お兄様の……」
「違う違う。この子は……」
「俺の子だ、琉璃」
部屋にやって来たのは、益徳とその妻の美玲。
「あっ。お……」
身を起こそうとした琉璃だが、不意に目眩を起こし牀に倒れ込む。
「琉璃!! 」
一番近くにいた元直が、抱き上げる。
「大丈夫かい!? どうかしたの……!? 」
近づいてきた美玲が、元直を押さえる。
「元直様。申し訳ないけれど、苞をお願いしますわ。苞は、お利口に育てたいんですの。それと貴方は、医者を。よろしくね? 」
年上の夫と客人を共にこきつかう当たり、嫁の鏡と言えよう。
3人を追い払い、美玲は首をかしげ問いかける。
「琉璃ちゃん。あなた、覚悟はある? 」
「か、覚悟……ですか? あ、あの……」
不安げに再び体を起こそうとした琉璃を、牀に押さえ込み上から告げる。
「子供を産む覚悟、育てる覚悟、よ。貴方は身ごもってるはずよ。私は苞を生む前、つわりが酷くて大変だったのよ。普通の嫁である私がそうだったのよ? 貴方は、夫の……益徳の部下として部隊に入ると言ったわね? どうするつもり? 子供を生む? それとも……」
目を見開いた琉璃は、即答する。
「生みます!! ……生みたいです……欲しいです……。だ、旦那様の赤ちゃん……欲しいです!! 息子に妹を生んであげたい……!! でも……」
軍の厳しさ、訓練のきつさ……その上、容姿故の、性別故の苛め……を思い出す。
しかし……。
「それが、どんなに苦しくても……生みたいです!! でも、それを虎叔父……益徳将軍……いえ、劉皇叔様は許して下さるでしょうか……いいえ、益徳将軍は認めて下さっても……劉皇叔様には隠せるだけ、隠さなければ!! でないと!! 」
殺されてしまう!!
血を吐くような叫びに、美玲はきつく抱き締める。
「解ったわ!! あなたがその覚悟なら、私が守ってあげる!! 大丈夫。私には力強い味方がいるのよ!! 」
益徳の屋敷には、怪我の多い益徳やその部下のための専門の医者が、在駐している。
武将の怪我だけでなく、美玲や益徳の屋敷の近所に住む人が気軽に訪れることが出来る。
益徳に担がれるようにして連れて来られた老齢の医者は琉璃を診察すると、美玲の推察通り妊娠を告げる。
「で、この嬢の旦那は? この髭か? もしくは……」
「俺じゃねぇよ、じいさん。この元直の敬弟」
「ん? 腹黒い馬季常か? 運が悪いのぉ? あんなのに目をつけられるとは……」
不憫がる老師に、元直は、
「違います、私の敬弟は『臥竜』です。……私が、季常と幼常に連れてこられたように……」
「苞とさほど変わらない息子がいるんだ。亭主やその息子をはじめとする家族を殺すと兄ぃと季常に脅されて、泣く泣く亭主と別れ一人で来た」
「……亭主は、皇叔の裏に気づいているだろうのぉ……逃げるだろう。可哀想に……子供は諦めた方が良い。一人でどうやって育てるんじゃ」
老師の一言に、琉璃は、
「む、息子に約束したんです!! 妹が欲しいって……滅多にわがままを言わない息子が、言ったんです!! 叶えてあげたいんです!! 」
そして元直は、老師に頭を下げる。
「お願いします!!敬弟は、やり遂げる男です。必ず、どんな方法を用いても、琉璃を迎えに来る男です!! 家族を守るために自分を捨てて生きてきた、そんな不器用な所もあった馬鹿な所もある敬弟です。でも琉璃と出会い、琉璃を愛して変わりました。自分を殆ど捨ててきた男が、琉璃と生きたいと、自分を認め、捨ててきたものを一つ一つ拾い上げるようになったんです。自分を大事にすることが琉璃を大事にすることと気づいたんです。お願いします!! 敬弟を信じて下さい!! そして、お腹の赤ん坊を!! 」
「……くるかのぉ……? 来れば地獄と、解っていても……」
呟く老師に、
「必ず来ます!! 『鳳雛』は来ないと思いますが、『臥竜』は来ます!! 」
元直は、言いきる。
「元直お兄様!! わ、私は、旦那様に行方を告げずに消えました……それに、来て苦しむのは旦那様です!! 私は……」
「甘いね、琉璃。あの孔明が『ハイ、そうですか』と、琉璃を諦めるような男だと思うかな? あいつは、草の根分けても、どんな手段を用いても、琉璃を見つける。待っててごらん? 琉璃が、広い滄海のなかの1つの珠だとしても……『滄珠』を必ず見つけるよ」




