公瑾さんは中間管理職で、大変苦労しているようです。※
9人はゆっくりと歩きながら、子瑜の屋敷に向かう。
一応、月英夫婦は宿を取ると言っていたのだが、子瑜が家に泊まると良いと勧めたのである。
ちなみに、公瑾と子敬は……特に子敬は、面白そうだと遠慮して帰ろうとした公瑾を掴み、着いてきていた。
「ねぇねぇ、確か『臥竜』どのだっけ? 」
子敬の言葉に、振り返った孔明は首を振り答える。
「いえ、私は諸葛家の次男、孔明と申します。年は25です。魯子敬どのと周公瑾どのですね? 」
「……ふぅ~ん、普通? 」
子敬は、つまらなそうに呟く……その表情に、孔明は首を傾げる。
「子敬どの。最近、何者かに襲われたのですか? その、動きは少し傷が痛むか、化膿してますよね? 」
その言葉に、子敬が一瞬表情を強ばらせる。
「……どうして、解ったの? 君が暗殺者を放った? もしくは、子瑜の言ってた『白眉』が犯人? 」
「いえ、船に乗る前に星が。兄達に災いがと出ていたので、兄を確認したら全く怪我一つしていないので……もしかしたらと……」
孔明は淡々と答える。
「それに、血や膿の臭いには敏感なんです。公瑾どのは失礼ですが、さっぱりとした薄手の衣、子敬どのはこの暑さなのに、きっちりと着込んでいらっしゃるので」
「……一目で見破られるとは、腹が立つ程知恵が回るね、君」
ムッとした顔で子敬は、孔明を睨み付ける。
「えっ? 本気で怪我していたんですか!? 子敬」
公瑾は子敬を見下ろす。
「……この間の襲撃で……ちょっと。子瑜にしかばれてなかったのに! 」
「だから、言ったでしょ? 亮には見破られるよって」
子瑜は自慢げにニヤニヤと笑う。
「だが、星と言うのは……」
「だから、亮は星見だよ。夜だけじゃなくて昼間も見るんだよ。ね? 亮」
「……まぁ、そうです……父には、気味悪がられましたが……」
兄の言葉を否定するのが億劫で、頷く。
「星見!! 君が!? 」
公瑾が声を上げる。
「昼間も見えるのかい? どうやって!? 」
「どうやって……? いえ、普通に空を見てたら見えます。兄には余り周囲に言わないように言われてましたが……イナゴの害に、盗賊に城を襲われることとか、実母が産後の肥立ちが悪くて、亡くなることとか見えてしまって……父に何度か殴られたり、家を追い出されたり……」
苦笑する。
「兄と母が、父にこっそり家に入れてくれて……それからは、余り」
「でも、今日はどうして? 珍しいね、亮」
「というか、今日は危険探知機と化してます。兄上、あれ……」
孔明が示した先を追った子瑜は蒼白になる。
子瑜の屋敷らしい門前で、真っ赤な顔をしてぎゃぁぁぁーと大泣きしている幼子と、上から枝でつついたり、叩いたりしてからかい、悦に入っている幼児。
「バーカ、バーカ。何してるんだ。泣いても母様来ないぞ!! 泣き虫、喬。馬鹿のクセに」
「こら! 恪!! 」
珍しく表情を変えた子瑜が駆け寄り、恪と呼んだ年上の幼児から枝を引ったくる。
「お前は何をしているの!! 喬は体が余り丈夫じゃないのに……わぁぁ!! 喬!! 」
地面に倒れ込もうとした幼子を、受け止める孔明。
「大丈夫? 」
抱き上げ、よしよしと頭を撫で、頬の涙をぬぐい笑いかける。
少し頬や額が熱いのは、泣きすぎたせいか、もしくは熱があるのか。
ともかく、孔明は幼子が怯えないようににっこりと笑いかける。
「こんにちは。お名前は? 叔父さんは、君のお父さんの弟の亮叔父さんだよ。よろしくね? 」
「おとーしゃん」
「お父さん? お父さんはあちらでしょ? 」
「おとーしゃん、おとーしゃん」
きゃっきゃとはしゃぐ幼子は、孔明の耳を引っ張り、髪をくしゃくしゃにする。
「あ、兄上? この子、私をお父さんって言うんですけど……な、何をしてるんですか? 」
振り返った孔明は、兄の姿に唖然とする。
「この馬鹿息子!! 喬に何をしたの!? 」
「わぁぁん!! 父上、ごめんなさい!! ごめんなさい!! 」
お尻をパンパンと叩く子瑜に、恪は悲鳴を上げる。
「だって、だって……喬が、地面に落書きしてたの!! 変な落書きなの~‼ だから聞いたのに、教えてくれなかったんだもん!! 恪は悪くないもん!! 」
「変な落書き? 」
「ほら、ここだよ!! 」
父親に尻を叩かれつつ示す。
地面には不可思議な模様にも見える何かが描かれており、子瑜は首を傾げるが、喬を抱き上げたまま近づいてきた孔明は目を見開き、呟く。
「星です。星宿が描かれています。いびつですが、それでも……」
「えっ? そうなの!? ただの落書きじゃないの!? 」
子瑜は脇に恪を抱えたまま、そして、大人たちは恐る恐る近づき、歪みに歪んだ落書きにしか見えないものを見つめる。
孔明が示す。
「これが、北を示す北斗。そして、こう、右回りに星が……あ、これは兄上の星ですね。へぇ……兄上、重要な仕事を任されるようですよ。忙しくなるそうです。で、公瑾殿は無理は禁物。子敬どのは、逆襲はやめた方が良いとの事です。喬……だっけ? 凄いねぇ。良く星を見るの? 」
腕の中の子供に話しかける。
「あい、にょ。おとーしゃん」
「お父さんは、あっちでしょう? 喬? 」
「むー、と? ち、……ちーうえ! 」
実父である子瑜を指差し、声を上げる。
「ちーうえ、の。おとーしゃん」
「喬~!! お父さんは私でしょう? どうして、亮がお父さんなの‼ 」
近づこうとすると、喬は苛められた兄をちらっと見て、孔明にしがみつきぎゃぁぁぁーと再び泣き始める。
「ど、どうしたの!? お父さんが嫌い!? 」
ショックを受ける子瑜に、孔明は、
「兄上の事が嫌いじゃないようですよ。先まで苛められてたので怖いようです」
「それなら良いけど……所で、喬? どうしてここにいるの? 」
「おとーしゃん。おかーしゃん」
孔明と琉璃を指差す。
「おんかえしゅうの」
「父の私のお出迎えは、一度もしてくれないのに……亮と琉璃のお出迎えに来るなんて……! その上、お父さん、お母さんなんて、ズルい!! 亮!! ズルすぎる!! 」
「と言うか、初対面でここまで気に入られるなんて知りませんよ。その上、お父さんなんて呼ばれるとは、想像も……」
「ズルい!! 亮のけち!! うちの子にそこまで気に入られるなんて、喬は特に人見知りが激しいし、お話すらしてくれなかったのに!! お父さんは悲しい……」
拗ねる子瑜に、子敬は、
「子供って敏感だから、実の父親が腹黒だって解るんじゃないの? 」
「そちらにもそっくり返してあげるよ、子敬どの。息子に怖がられているんだって? 良かったね! 」
「怖がられているんじゃなくて、尊敬されているんだよ。君とは違ってね」
「言ってろ、根性悪、性格悪、言葉使いも悪い、三大悪の魔王のクセに」
「腹黒、弟大好き変人に言われたくないね」
子瑜と子敬が睨み合うのを、何故か腹部を押さえながら公瑾が口を開く。
「頼むから、二人共……道の真ん中で嫌みの応酬は、やめないかな? 」
「良いんだよ。子敬どのは魔王だから」
「子瑜は変人だから大丈夫」
二人は声を揃える。
「あの……兄上。この子少し熱いんですけど。熱があるのか、眠たいのか、だと思うんですが……」
孔明は口を挟む。
「それは大変だ。じゃぁ、屋敷に行こうか、あ、子敬どのは、来なくていいよ」
「それは熱烈な歓迎と取って良いのかなぁ? じゃぁ、行こうよ、公瑾」
子瑜の屋敷に、静かに一行は入っていく。




