さすがは黄承彦さん。大商人の貫禄たっぷりです。※
がらがらと馬車が門の前に止まる。
通常、黄家程の屋敷ならば客人を乗せたまま門の中に入れる。
いや、入るのが普通だが、黄家には困ったことに、普通の盗賊ではなく、身分権力をかさにきて屋敷内の物を取り上げる親族がおり、馬車の入場を拒否している。
そして、黄家は馬車はなく馬も飼っていない。
外の者から、馬車から降りてほしいと言う声に、
「どうしてここで降りなければならないの!! そのまま中に乗り込みなさい!! 」
馬車の中から感情的な甲高い声が響き渡る。
「奥方様。この屋敷は馬車が入れません」
「何を言っているの!! 入れろとこの私が言っているのです!! 命令を拒否するのならば、夫……いいえ、弟である蔡将軍を呼び、お前たち等、命令違反で殺されてしまうのですよ!! さぁ、いくのです!! 行かなければ……」
「ですから……」
必死に訴えようとする警備の武将に、馬車の窓を開けた『そう』は、飲んでいた酒をぶちまける。
「うるさい!! つべこべ言わずに入れろ!! 入れないなら門を叩き壊せ!! それくらい考えろ、馬鹿どもめが」
「……っ! 」
一瞬、表情が変わりかけた武将だが、すぐに無表情になり答える。
「……門まで、人一人が通れるほどの道しかございません。馬車どころか馬もようよう通れる程度ですが? 通られますか? 」
「何だって!? 」
「両脇はびっしりと獣の置物があり、噛みつく用意をしておりますが? それでも、よろしいですか? 」
その言葉に親子は目を見張り、馬車から外を覗く。
広かったはずの黄家の門前は、人一人がようやく通れるほど狭くなっており、前は1頭だった獣の置物が4頭に増えている。
「これでも入りますか? 」
「……くっ」
二人は渋々馬車を降り、門に近づく。
「何なの、これは!! 」
「おや、どうしてこの様なところにまで、お越しになられたのかな? 」
門から、長身の従者らしき青年に支えられながら現れた黄承彦は、微笑む。
「何が、おや? だ。お前の家のお陰で、父上に怒鳴られ、ここに行けと言われたのだ!! 今すぐ、このがらくたを退け、私たちの馬車を入れろ!! 」
きゃんきゃんとわめく、『そう』に、黄承彦は、
「申し訳ありませんが、それは無理ですなぁ? 実はうちには、親族であること、権力者であることをかさにきて、屋敷に入り込み財宝を奪い取る。悪どいものがおりましてな……その上、わしのこの怪我は、どなたがさせたのでしょうな? それだけでなく、息子は両腕を痛め、娘は手助けを拒否された上に手を切り、困っておるのですよ。本当はわしも、体が痛いので先程まで休んでおったのですよ……で、どのようなご用件で? 」
自分は怪我人で、早く休みたいのだと言わんばかりに、頬をさする黄承彦に、
「お……いえ、そちらが、うちの息子の度の過ぎた行為に怪我をして、嫌がらせのために城内を……いえ、怪我をしたと聞いたので、し、謝罪に、来ましたの。入らせていただけるかしら? 」
顔をひきつらせながら、蔡氏が告げるが、黄承彦は、
「いえいえ、結構です」
「では、許していただけるのかしら? 」
パッと笑みを浮かべる元嫁の姉に、黄承彦はにやっと笑い、
「謝罪等今さら、いただいても許せるはずがありません。受け入れるつもりはありませんよ」
「な、何ですってぇ!! 」
「は、母上が謝っているのにだぞ!? 」
『そう』の言葉に、黄承彦ははて? といいたげに首をかしげる。
「どこが謝っているのです? 謝罪に来た、といっているだけで、頭も下げておられない。その上、謝罪に来るなら、それなりのもの……そうですなぁ、今まで盗んでいった品々を耳を揃えて……ついでに慰謝料を少々付けて返していただけませんかなぁ? あぁ、蔡瑁どのにもお金を貸しているのですよ、それも耳を揃えてお返しください。そうすれば、謝罪をしていただいても受け入れられますなぁ」
「な、な……」
「あぁ、壁に打ち付けられた背中がうずきますなぁ……私は、戻りますので……では」
背中をさすりながら、中に入っていこうとする黄承彦に、『そう』は、
「お前、私たちを馬鹿にしているのか!! 私は、この荊州牧劉景升の妻と後継者だぞ!! 」
その声に振り向いた老獪な商売人が、ぎらっと鋭い眼光で二人を見下すように言い放つ。
「先に、こちらを馬鹿にしたのは、そちらが先だろうが!! 小僧!! この黄承彦を、馬鹿にした罪は大きい。今回の謝罪とは名ばかりの謝罪は、受けとりはせぬ!! 即刻お帰りください。そして、明日、宮城に出向くつもりではありましたが、体が痛むので出向けない、とそうお伝え願えますかな? 」
では、と、後ろを向いた黄承彦は、従者と共に門扉の向こうに消えていった。




