次男坊は、身を固める覚悟を決めたようです。※
「はぁ? 何を言ってるんですか!? 」
突然の言葉に、孔明は姉2人に食って掛かる。
「何を言いました? 今、何を!? 」
「だから、亮も身を固めなさいよ~って」
「言ってあげたでしょ? 年貢の納め時よって。聞こえなかった? 耳遠くなったの? 大丈夫? 」
年子の瓜二つの姉達は、4年前を彷彿とさせる衝撃の言葉を言い放つ。
「嫌だわ~。あの丘で厭世生活してる間に年取っちゃったんだわ。どうしましょう。その髪染めてないでしょうね? 」
「それより、ハゲは? 大丈夫? 」
「何で、20になったばかりの弟の白髪やハゲを心配するんです!! えっ? 」
頭を気にして襟首を掴もうとする晶瑩から逃れ、服装を正す。
「ハゲはあった? 」
「ううん、無さそう」
扇の陰で囁くと言うより、聞こえるように話す姉達を睨む。
「ある訳ないでしょう!! 」
「でも、白髪はちらほら……」
紅瑩の指摘に、
「そもそも、私の若白髪の原因は、兄上と!! 姉上達と!! 均が!! 主な原因です!! 」
と、孔明はきっぱりはっきり告げる。
「全く、ハゲとか白髪とか連呼しないで下さい!! 姉上達のその言葉に衝撃を受けているのは、徳公様と義兄上と承彦殿ですよ!! 」
弟のその指摘に、二人はオホホホ……と笑う。
しかし、全く反省の色がないのはいつもの事である。
「で、月英も一緒に、何のおふざけですか? それより月英、どうしました? 昨日家を出た時は、女性物の衣でしたよね? 」
今、側に座っている月英は男装である。
「んー? オレ、家に戻ることにするな~? 」
「は……? 家って」
「実家だ、実家。あの義母ってのはとっくの昔に逝ったけど、親父はまだ目ぇ光らせてるおばはんの手前、妾も作れないからな~、オレしか跡継ぎ居ないんだと。だから帰ってやって、商売の手伝いすることにした」
「えっ……」
絶句する。
弟の均がよく手伝っていたとはいえ、孔明は暇さえあれば小まめに母屋の部屋に行き、実験や出来上がった道具を見ていた。
「こういうものは作れないか?」
と、相談したこともあったし、共に数日間不眠不休で創作したこともある。
月英に、何かしてしまったのか?
自分は無意識に……。
余りにも悲壮な顔をしていたのか、ぶっと吹き出した月英は横で指を指している姉達と共に大笑いしながら口を開く。
「何て顔してるんだよ。孔明。家だけはと言うか、形だけ戻るに決まってるだろ♪ オレはお前の親友で、あそこの居候っての気に入ってるんだからな。それに妹を嫁にやるんだから、兄貴として出入りして何が悪い? 」
「は? 月英の妹? あれ? 月英は一人っ子でしょう? 」
「だから、妹」
孔明の横にと言うより、手にしがみついている琉璃を示す。
「はぁ? い、妹って……琉璃は……」
「親父が娘だって認知した。だからオレの妹だろ? 妹!! で、親父は、どうしてもお前と縁続きになりたいんだと。オレは身なりはあれだったが男で、お前に縁付けられないと嘘泣きしやがるし、オレも思ったんだよな~。変なところの娘を嫁に貰って、家に出入り出来なくなるより、オレの妹を嫁にしてくれたら、今まで通り出入り自由だろ? それにこーんな可愛い妹愛でて、着せ替えしまくり!! そして、礼儀作法も教える!! 」
その言葉に、孔明は蒼白になる。
月英は天才的な技術者であり、特に美しいものを愛でるのが好きだ。
特に礼儀作法や見苦しい格好には厳しく、姉達と均は徹底的に礼儀作法を叩き込まれたし、擦れていようが、古かろうが着られればいいと思っていた孔明の衣を全て捨ててしまった。
可愛い、そして綺麗な装飾や衣などを琉璃に譲ってくれるだけなら、本当に! 本当に!! 嬉しいが、あの礼儀作法の時の月英の恐ろしさは見せたくないし、泣くのは絶対に困る!!
「何を考えてるのか解るぞ? 孔明」
「い、一応……お願いしますが、姉上達の礼儀作法のやり直しは徹底的に、お願い致します……‼ でも、琉璃にあれは、あれだけはやめて‼ ……本当に!! お願い!! 」
「はぁ? それか? 二人のは緊急にもう一度するが、琉璃にはする訳ないだろう? 二人は緊急に、ある程度、見れる位にしなきゃいけなかったからあれだが、琉璃にあんなのするか。琉璃は賢いし、六礼までの基本的な作法だけ教える。後は気長に傍で見ててやるんだから、大丈夫だ。それ以外は、うふふ、あははと遊ぶ。良いだろう♪ 」
「「えぇぇぇ!? 何で私達が!! 」」
叫んだ二人に、
「二人より琉璃の方がお利口だ、な? 琉璃? 後で兄さんのもう一つのお家に行って、可愛い衣を選ぼうな? それと、兄さんが小さい頃いつもしていた髪型にしよう。あの、お姉ちゃんたちは赤と緑だけど、琉璃には約束していた、あの優しい色にしよう。どうかな? 行く? 」
綺麗なキラキラした飾りを羨ましく見ていた琉璃は、恥ずかしいと思ったのか、頬を赤くしてウルウルとした目になる。
痩せこけていた時は大きい青い瞳が強かったのだが、傷を癒し、少しずつだが孔明たちに慣れて、食事もとれるようになると、変わり始めていた。
顔立ちは幼いが整っていて、しかし月英のように性別不詳の美貌ではなく、本当に愛らしい女の子に……。
その少女が半泣きになっているのに、月英の周囲はおろおろとする。
「琉璃……琉璃よ? お父様が何でも欲しいものを取り寄せるから、い、言いなさい……じゃない、言ってご覧? 」
いつもは威厳のある、ゆったりとした物言いをする承彦が、顔色を変えている。
その上、姉達が、
「誰か!! 琉璃ちゃんに、甘いお菓子を!! 」
「それに、何か……そうだわ!! 誰か、あの飾りを持って来て頂戴!! ……それよりも、琉璃ちゃんに合いそうな可愛いものを!! 」
と声をあげる。
孔明は、唖然とする。
あの破壊的な姉達が、琉璃の愛くるしさに堕ちた!!
「ほーら、見てみろ。それと琉璃? 兄さんが最初の贈り物。手を出して? 」
月英が、恐る恐る差し出された琉璃の手のひらに載せたのは、小さな指環。
白い丸い珠が付いたもの。
孔明は、その珠玉が何であるか理解した。
しかし、琉璃にはキラキラした綺麗なものとしか解らず、月英と孔明を見上げる。
「綺麗だろう? これは、『明珠(真珠)』。ここからあっちの方の海で採れるらしい」
「海? 」
「そう。兄さんと琉璃の瞳の色は、青いだろう? 青い瞳は兄さんの……兄さんと琉璃の亡くなったお母さんと同じ色なんだ。で、その青いのは空よりも濃い色で、その海から生まれる。青い海から浮かび上がるようにキラキラした珠玉。『明珠』の『明』。これは、孔明の『明』と同じ文字なんだ。だからこれは、兄さんと琉璃と孔明の事。一緒にいようってこと。解る? 」
琉璃は少し首を傾げたが、すぐに、
「んっと……あの字? 」
「あの字って? 」
優しく月英は問いかけると、
「げちゅえいにいしゃまのげちゅ。でね? こにょあいだ、きんにいしゃまに、おしょらのキラキラしたの……んっと……」
「星? 」
「ううん。んっと……はりぇてりゅ!! あにょね? 青い日って書くんだって、かいてくりぇた!! 覚えたよ!! えりゃい!! 青い日は、にいしゃまとにいしゃまとりゅうりのがいっぱい!! 」
琉璃の言葉に、皆は息を飲む。
理解度の高さに、そして美しい言葉を告げる可愛い声に……。
「偉い!! 凄いよ‼ お利口さんだ。琉璃は!! 兄さんも思い付かなかったよ」
「えりゃい? おいこう? 」
「あぁ!! じゃぁ、これは琉璃が大事にしてくれるかな? 出来る? 」
「あ、あいっ!! 」
ほーら、何て良い考えだろう?
こうやって覚えるんだよ。
と言いたげな月英の顔を見つめ、孔明はがっくりとする。
「あ、あのね? 月英。悪いけど、まずは、話を戻して欲しいんだけど? 年考えて欲しいんだけどね!? 私は20!! 琉璃は8つ!! 」
訴える孔明にニヤリと笑うと、顔を耳元に寄せ告げる。
「あぁ、それな? 形式婚に決まってるだろ? ……8才の琉璃に手出したら、ぶっ殺すし、親友やめてやる」
「だ、誰がまだ8才の琉璃に、そ、そういうことをする訳がないだろう!! 」
顔色を変え、大声を上げる。
その声に、しがみついている琉璃はきょとんと目を丸くする。
「そうそう。それで良いんだよ。いや、親父。良い婿でよかったなぁ? 」
月英の言葉に、黄承彦はうんうんと頷き、龐徳公と義兄、山民は顔を見合せ微笑む。
「じゃぁ、いつ式をしましょうか? 」
紅瑩は嬉しそうに微笑む。
最近辛いことがあった紅瑩の笑顔に、孔明は完全に自分は姉達の策略にはめられた事を自覚する。
しかし、昔のように血生臭い戦場や廃墟の町を彷徨い、飲める水や腐りかけでもいい、口に入れられる食べ物を探したり、野生の獣のいる森林地帯を息を潜め移動したり……。
自分の手が血にまみれ、恨めしげにこちらを見つめる死者の怨嗟の叫びに何度も飛び起きたりするようなものではなく、ほんの少し照れ臭く、幸せなもの。
憎まれ口を叩こうと思ったものの、口を開くと、
「ありがとうございます。黄承彦殿。いえ、義父上。これからよろしくお願い致します。そして、皆さん。今日のこの時を立ち会って戴き、感謝致します」
深々と頭を下げる。
「やったわ!! 亮の六礼よ!! 夢にまで見た、亮の花嫁さんよ! 嬉しい、嬉しいわ!! 」
涙ぐむ紅瑩に晶瑩は抱きつき、
「良かったわね、姉様!! まぁ、兄上はいなくて良いけれど、均がここにいないのは残念だわ。でも、亮!! これだけの人の前で宣言したのだから、途中でやっぱりやめますは認めないわよ!! 解ってる? 」
「解ってます。それに、言われる前に宣言します。琉璃を大切にします。泣かせるようなことはしません」
姉達、特に紅瑩を見て繰り返す。
「義兄上と姉上たちのように、温かい家庭を作ります」
その言葉に感極まったのか、何故か龐徳公と山民、黄承彦が泣き出し、ただ一人何も理解していなかった琉璃は首を傾げ、
「にいしゃぁ? おいちゃんたち、ないちゃったにょ? のして? 」
と、無邪気に問いかけたのだった。




