仲達さんが泣いて逃げ出したくなるほど恐ろしい兄弟です。※
司馬仲達は、自分の幕舎に二人を引きずり込むと、周囲に席を外すように命じる。
そして、物音が聞こえなくなったことを確認すると、
「何しに……」
「しっ!……誰です?味方である筈の仲達どのの話を盗み聞きするのは!?」
孔明の声に、今度こそ立ち去った気配を確認し、
「駄目ですよ?貴方一応、士元の言う、切れ者でしょうに……」
「それじゃ、逆ギレ者になるよ?」
諸葛兄弟に哀れむように言われ、本気でキレかけたものの、何とか平常心を取り戻し、
「ど、どうしてここに!!」
「だから、投降ですってば」
「だよ?……ねぇ、兄様?この人本気で士元兄上と競る程、切れ者?うっそでしょ!!まぁ、今の士元兄上は、球琳さんがさぁ、身ごもっててボケてるけど、この人までボケてはないよ?」
均の言葉に、重々しく、
「一応、荀公達どのに見込まれて、夏侯元譲将軍の参謀に抜擢されて……確か、士元や元直兄と同じ年……う~ん……もうちょっと強くないと、戦場に立てませんよ?私たちのような悪どい人間に瞬殺ですよ?」
孔明が告げれば、均は隠し持っていた武器をスッと見せ、
「だよ?瞬殺される?」
「……っ!?」
硬直し、しかし何とか首を振り拒否の意思を示すと、
「残念!!でも、まぁいいかぁ……?兄様。この人の命運はまだあるんでしょ?」
孔明は仲達を見た後に、幕舎の天井を見つめ、しばらくさ迷わせると、
「そうだね……この人の命運はまだ長生き出来る……まぁ……?」
小柄な仲達を見つめると、暗い笑みを浮かべる。
「でも、それはまともに、機能すれば……ですよ?仲達どの?実は……私は一度、外しているんです……孫仲謀将軍の予知を……。本当は、長命で途中までは名君として名を遺す……しかし、最後は後継者争いを生み出し、子供たちや忠臣を殺す事になると……ですが、ふたを開けてみれば……」
「はーい!!僕が死に様を見てました!!周公瑾どのの奥方を殺そうとしていたので、救出した時に、もう味方はいないって、絶望したみたいでさぁ……持っていた刀をこうやって……」
均は、嬉々として仕草をして見せる。
その無理とも言える腕の動きに、仲達はつい、
「その腕の動きは自殺じゃなく、誰かに無理矢理腕をねじられ、胸に……」
「そうですねぇ……」
にっこりと孔明は笑い、均が自分を示す。
「そうなの。逆ギレは押さえられてるけど、仲達どのって迂闊?ねぇねぇ……兄様。この人殺しちゃおうよ?面倒だもん」
均のあっさりとした言葉に愕然とする仲達。
いや、一瞬逃げようとしたものの、孔明に捕まり、
「仲達どの?無駄ですよ?知りませんでしたっけ?諸葛家は暗殺者の一族なんですよ?一応、私も諸葛家の出来損ないではありましたが、16まで立ってますよ?死にます?」
「い、嫌だ…!!まだ死にたくない!!」
「でしょうねぇ……」
孔明の言葉に、均は武器をちらつかせながら、ゆっくりと告げる。
「じゃぁ、死にたくないなら、僕と兄様の言うことを聞くこと!!ついでにこの書状は本物なの。そっちから僕たちにそそのかしてきた戦略に、わざわざ乗ってあげてんだから、感謝してくれない?それにこの計略が成功すれば、あんただってそっちに恩を売れるし、中央に繋がりが持てるんだよね?その方が良くない?」
「だ、だが!!どこをどうすれば!!味方を策略に陥れ、船団全滅させる主君がいるんだ!?疑うのが当然だろう!?」
「まぁ、そりゃそうだけど、確か、この前半の文面は元直兄上で、家の兄様の敬兄なの……そして、そちらも知っての通り、夏侯元譲将軍。将軍とその娘婿の書簡。で、この軍の最高指揮官の蔡瑁が、メチャクチャ将軍のご夫婦に恨まれているんだって!!」
均の言葉に、仲達は何とか頭の中を整理して、
「そ、そう言えば、夏侯元譲将軍の娘を、蔡瑁どのの甥御の嫁にと……って、あの爆発姫を!?嫁にと考える方がおかしい!!」
「え、そう?僕の妹弟子だけど、かなり賢いって聞いたけど?」
「爆発している!!日々、屋敷の一角が爆発しているんだ!!で、結婚の話も持ち上がらなくて……」
仲達は口ごもる。
「でも敬兄は、奥方と仲良しで、幸せな生活を送っているのだと、ノロケの書簡が届いてますが?そちらの人間は、敬兄の奥方の素晴らしさ、凄さ、知識の深さを理解出来ないのでしょうね。だから、敵である私たちに、こんな取引を持ち出した……違います?」
孔明は冷たい眼差しで続ける。
「で、司馬仲達どの?この書簡の返事を聞かせて戴けますか?はい、いいえ、で結構ですよ?」
「まぁ、はいならそのまま作戦会議だけど……チッ!」
均の手が翻る。
「……が……はっ!?」
呻き声よりも一瞬早く、幕舎の外に突き刺さった細い小刀の周囲が見る間に真紅に広がっていく。
「内通者だね……で、返事は?いいえ、なら、即座にあれだけど?」
真紅のそれを指で示した均の一言に、仲達は蒼白になり……、
「……は、はい……よろしくお願いします」
と言うしか出来なかったのだった。




