諸葛家の育児法は、近代的なもののようです。※
その日の夜……。
「だから、琉璃のすることはなるべく自由にさせてやって欲しいんだ」
ぐずぐずぐずる琉璃を寝かしつけた孔明は、食堂となっている部屋で南方からもたらされた『茶』と言う乾燥した葉を湯に入れて煮出した薬湯を飲みながら、月英と均に母親が子供に言い聞かせるように語りかける。
「琉璃は解っていると思うけれど、戦場で育ってる。違う。戦場に放り出された……子供なんだよ。月英や私達の常識は、あの子には常識ではないんだよ。だから、それを間違っているとか思わずに、『これはこうしてみると良い』って学ばせるの。叱ると怯えたり萎縮すると思うんだよ。『凄いね!! 偉いね!! お利口だね‼ 』って言うと喜ぶから。大袈裟でもいいよ。そうしてね? 『でも、こうやってみるのもいいんじゃないかなぁ』とか、『こうしてみようよ』って促すの。琉璃は今、何でも初めて見る、聞く、触るっていう感じの、何もかもが目新しい赤ん坊みたいなものだからね。何でも見たい、やりたい、お手伝いしたいって思ってるから」
月英と均は苦く、独特の味をした茶はハチミツや干した果物等を次々入っているが、孔明は勿体ないとそのまま口にする。
「で、でもな……」
一人っ子で、兄弟のいない月英は琉璃にどう接していいか解らない為に、渋い顔になる。
「怖いんだよ~。ふにゃふにゃしてて。転んだらとか、オレの作業部屋に入って、怪我とか嫌だし……ぐわぁぁ……苦いっ。どうやったら蜜無しで飲めるんだ!? 孔明っ!! 」
ハチミツの入った壺や小さく刻んだ乾燥果実の入った器から、茶器に次々いれていく月英。
元々甘党であるが、どうしても茶葉の入ったままの茶は飲めない。
「どうやったらって、普通ですよ。薬ですから、苦いのは仕方ないでしょう」
「葉まで食ってる!! 絶対お前おかしい!! 味覚が変だ!! 」
「ですから、葉も薬でしょう? 味見をして欲しいからとお父上から戴いてきたのは、月英じゃないですか。まぁ、薬効があるから味以外にも舌触り、後味なども報告でしょう? きちんと味見しておかないと、売れませんよ」
「そ、それは、そうだが……」
口ごもる。
「ですから、何もいれない方の報告は私が、甘口にした方を二人が報告しましょう」
「そ、そうさせてくれ……」
頭を下げる。
孔明は薬草を育てていることもあり、薬などの造詣が深い。
その為、舌で味を確認することが多い。
それよりも長年の貧乏性で、ハチミツや干した果実が、勿体なさ過ぎて口にするのが惜しいのだ。
一応、月英がお試し品の茶と共に持ってきたものだが、自分が食べるなら、まだ痩せ細った琉璃に食べさせたい。
「う~ん、兄様。ごはんと混ぜてもいいんじゃない? 色々混ぜても美味しいかも」
均は、孔明が色々準備していた物を黙々と口にしている。
「どれが美味しい? これからは琉璃の薬にも気を使いたいからね」
「う~んと、そうねぇ……」
「おーい!! お前ら。茶は良い。それよりも、だ。琉璃はどーするんだ!? 」
月英に、兄弟はくるっと振り返り、
「普段通り、ですよ? 」
「そうそう。師匠、そんなにピリピリしなくても、普通にしてれば平気よ~? 姉様たちに比べれば、十分可愛い程よ、ねぇ? 兄様」
「均よりもましだな。琉璃はお利口だから」
孔明は、茶に再び干した果実を入れようとした月英から、器を引き寄せる。
「食べ過ぎですよ。琉璃の分が無くなるでしょう。終わりです」
「ま、待ってくれ!! あと少し!! 」
「入れすぎては、味が解らなくなるでしょう。ダメです。ということで、今日はもう寝ましょう」
孔明は、果実やハチミツなどを仕舞い込む。
「では、明日から、琉璃のことはいいですね? 」
「はーい」
「……オレのナツメ……」
月英は拗ねつつも、最後に、
「……了解、でいいだろ」
と答える。
「では、よろしくお願いしますね」
にっこりと笑い、立ち去る孔明。
その後も、
「苦い!! 」
と言い続ける月英に、にっこりと兄と同じ笑みを浮かべた均は、月英の鼻をつまみ強引に流し込む。
「はい、終わり。今日は片付け私なの。何時までもぐずぐずしないで、ね、師匠? 」
「ぐわぁぁ……鬼、鬼だ!! せっかく、完璧な女装の方法を教えてやったのに……」
「これとそれとは別問題。さっき飲んでみて解ったけれど、時間が経つ程苦くなるのよ。早目に飲み干すのが一番なのよ。兄様はすぐに飲み干していたでしょう? 」
「あっ!! 」
目を丸くする。
「だから、これでおしまい。師匠、今日は作業部屋に籠るんでしょう? じゃぁ、頑張ってね」
均は、食堂から追い出し、片付けを始めたのだった。




