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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
赤壁への道は遠すぎず、又近くもないようです。
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喬ちゃんは、不信感を完全に露にしています。※

 公瑾こうきんの案内で一室に落ち着いた琉璃りゅうりきょうは、孔明こうめいと共に作った地図を広げる。


「船の中で、喬ちゃんは……」

「はい、途中通った赤壁せきへきです。小さい頃、一度だけ父上……伯父上が言ってました。ここは水軍の駐屯地から近い上に、こちら側に自軍を置けば、敵はあちらに陣を構えるしかない。それに情報とすれば荊州けいしゅうの軍を吸収したそうですが、曹孟徳そうもうとく軍は水軍には慣れていません。ですので荊州、蔡家さいけの武将を頼るでしょうが、ここ江東こうとうに比べ、船の戦は全体的に不慣れな者が多い筈です」


 6才ながら実父や父、士元しげん元直げんちょくに習った戦術に、情報を知識として利用出来る少年。


「そうなのね……では、明日は、情報収集の為にお出掛けしましょう。風の向き、どれ位の規模で陣が組めるか調べてみないと……」

「はい。僕も行きますからね」

「お願いね。喬ちゃん。喬ちゃんと来れて、お母さんは安心してるの……」

「僕もです。とうこうがいるのでお父さんは大丈夫ですよ」


 慰めるように微笑む。


「じゃぁ、お母さん。お休みしましょう」




 何時ものように、喬と琉璃は同じしょうに横たわる。

 何時もは母が牀の奥、そして滄珠そうしゅと喬に父。今は母の横を統、そして広に喬に父になる。

 しかし、今回は喬を守りたいのか、喬を壁際にしている。

 父の孔明もそうだが、母の琉璃も精神的に不安定になると、しくしくと一人で泣いていることがある。

 今回も、父にはまだ体調が万全ではないが、賢い弟の統とやんちゃで甘えん坊の広がいる。


 向こうは大丈夫、味方も多い。

 しかし、こちらは味方が少ない。


 喬の実父である子瑜しゆが機嫌が悪いのは、父が参謀としてではなく武将として戦い、大怪我を負ったことなどが原因だろう……。

 琉璃に非はないが、それでも実父は多分どころか完全に八つ当たりも込めて、滅多うちにする勢いで、作戦をたてさせ、それの穴を追求しまくるに違いない。

 これ以上琉璃を傷つけない為にも、喬は共に今まで学んだ知恵と僅かではあるものの、戦場での経験、星見など全てを用いて、補佐をする気である。


 琉璃は父、孔明や兄弟がいなくて淋しいのか、もしくは滄珠がいなくて哀しいのか、声を圧し殺し泣いていたが、喬を抱き締めようやく眠りについた。

 時々、ひっくひっくとしゃくりあげるのは、滄珠を奪われてから思い出して泣いている証拠である。

 喬も大人しく、目を閉じようとしたが、部屋の外がざわつく。


 屋敷に滞在させてくれた公瑾だろうか?

 しかし、公瑾はこの屋敷の主であり、このような夜も更け明かりを消した時に、遣いも送らずにやって来るほど無粋ではない。


 誰だ!?


 喬は息をひそめ、様子を窺う。


 外には警備の私兵もいる。

 すぐに立ち去る足音もしたので、安心したその瞬間、


 そうっと扉が開かれ、


「……うん、寝てる……」


 呟く声に、喬は眉を寄せる。

 聞いたことがある声。

 ……しかし……あり得ない。

 ……いや、どう言うことだ!?


「あ~あ、可哀想に。旦那と引き離されて、一人泣き寝入りとは……牀が冷たいのかな? 」


 スルッと、牀に入り込む気配がして、喬はおぞましさを覚えた。


「じゃぁ、俺が暖めてあげよう……」


と、遠慮も何もなく、母の体を抱き締めようとした男の手首を掴み、喬は叫ぶ!!


「侵入者だ!! この屋敷の客人を襲おうとした!! 誰か!! 誰かいないか!! 」

「え、えぇ!? ち、違う、俺は……!? 」


 その声に目を覚ました琉璃は、見知らぬ耳元に届く声に、


「い、いやぁぁぁ……!! だ、誰か……助けて、だ、旦那様!! 喬ちゃん!! 」


 悲鳴をあげ、侵入者を蹴り飛ばし息子にすがり付く。

 母を抱き返し、大声をあげる。


「誰か!! 既婚である女性の部屋に忍び込む、不埒な輩がいる!! 誰か!! 」


 バタバタと騒々しい物音と共に、長い夜の幕が開いた。




「で? 何しに来たんです!? 」


 眠ってはいなかったが琉璃たちと同じく戦略を考えていた公瑾は、眉間をグリグリと押さえながら、義弟を見る。

 部屋は先程の、琉璃と喬の眠っていた部屋。


 しかし、二人は木蘭もくらんによって別の部屋に移っている。

 だが、琉璃は衝撃の余り号泣し、医者を呼び心を落ち着かせる薬を処方されてようやく落ち着いたと、連絡が来た所である。


「えっ!? えーあの……」

「えーあのーじゃないでしょう!! 君は誰!? ここはどこ!? 」

兄貴の家。俺は孫仲謀そんちゅうぼうで、兄貴んちに来た!! 」


 えっへんと胸をそらす主を、緊急にと自宅から呼び出された子瑜と子敬しけいは殴り付ける。


「馬鹿ですか!! 公瑾殿の屋敷の、ここは何処です!! 」

「あぁ、主が馬鹿だと苦労するね……もう仕えるの辞めようかなぁ」


 子敬は呟き、公瑾を見上げる。


「ねぇ、公瑾どの。出仕する前、伯符はくふさまと君に貸した倉の中身返してくれない!? もう、嫌になっちゃった。こんな馬鹿殿に必要ないでしょう? 」

「え、えぇぇぇ!? そ、それは……」


 公瑾は蒼白になる。


 魯家ろけは、江東でも豪族として力を持った一族の一つで、当主の子敬は出仕するだけでなく出資もしてくれている。

 その子敬にそっぽを向かれては、まだ発展途上としか言い様のないこの江東が保てない。


「援軍になるかどうか解らないけれど、折角、曹孟徳そうもうとく軍の情報を知っている、参謀をわざわざ私が呼んできたんだよね……? その参謀どのは、そこそこ使い物になりそうだったので、安心して中立派である公瑾どのの屋敷に預けた訳? この意味解る? 小猿の殿」


 子敬が怒っている……とてつもなく、怒り狂っている。


 そして、バタンっと扉が開き、喬がツカツカと近づいてくる。

 喬は実父の前に立つと、


「この江東では夫ある身の女性を主に差し出して、論議を有利に進めるという計略がまかり通るのですか!! ち……伯父上!! 母を差し出して、開戦派を有利にしようと思っていたのですか!! 」

「……そうだったとすれば? 」


 淡々と無表情のまま返す、子瑜に強い眼差しを向け、


「そうですか、諸葛家は『有言実行、無言でも実行。恩は二倍返し、仕返しは100倍返し』。傷ついた母を自分の主に差し出そうとするような伯父は、私は認めません!! 貴方は、江東は敵です!! 母と共に、すぐさま父の元に戻ります!! 」

「……逃げ帰るのかな? お前は」


 子瑜の言葉に、


「母と共に幾つかの策略を提案しようと参りましたが、こんな客人を守る為に置いた私兵が、金を掴まされるだけで持ち場を離れ、江東の主が悠々と縁戚とは言え屋敷内で客人を襲うような所に誰がいられますか!? 帰ると言うのを止める方がおかしいと思いませんか!? 」


 喬は実父に叫ぶ。


「僕は、貴方に相談もあって来ました!! 母は必死に戦ってきた。父に甘えてきた訳じゃない!! それを解って貰う為に、そして滄珠のこともあって会いに来た。でも、貴方は母を売った!! 自分ではそう思っていなくても、母を自分の主に売ったようなものだ!! 許さない!! 実の父とは言え、許さない!! 僕の大事な母を、尊敬する父を馬鹿にした!! 僕は絶対に江東を許さない!! 」


 その気迫に、子瑜だけでなく子敬も公瑾、仲謀も息を飲む。


「……喬ちゃん」


 か細い声に、喬は振り返り駆け寄る。


「お母さん!! 駄目だよ!! 寝てないと!! 」

「喬ちゃん。お兄様……伯父様に謝りなさい。伯父様が、そんなことを考える方ではないこと、一番喬ちゃんが解っているでしょう? 」

「でも、でも!! 」


 母親を守るように、ぎゅっと抱き締め4人の男を見回す。


「信用出来ない!! そうでしょう!! 江東の当主がフラフラと夜を出歩き、部下であり義兄弟の屋敷に、客人の、女性の部屋に侵入し、襲うところだよ!? お母さん!! もし一人だったらどうなってたの!? 想像するのも嫌だよ!! 」

「大丈夫だったでしょう? 喬ちゃんと一緒に寝ててよかった……」


 言葉は柔らかく落ち着いているように見えるが、喬を抱き締める手が震えている。


「大丈夫……」

「強がらないで!! お母さん!! 辛いことが続いたんだから……我慢しないで!! 」

「強がらないと…お父さんに心配かけてしまうわ。それに、我慢しないと……頑張っていた統ちゃんと広ちゃんに笑われちゃうわ」


 哀しげに微笑む。


「……お父さんの所に戻ろうと頑張らないと、お兄様に見限られちゃうわ……それでなくても……」

「何で!! お母さんは季常おじさんに利用されて、軍に戻らされたんじゃない! それに関平おばさんに苛められて、益徳伯父さん以外の他のおじさんたちにも無視されて、それでも頑張ってたじゃない!! 何回も流産しかかって、それでも滄珠を生んだでしょ!! その滄珠を取り上げられて!! それなのに、こんな所まで来させられて、こっちでも苛められるなんて許せない!! 嫌だよ!! 帰ろう!! 帰ろうよ!! 」


 母親に訴える。


「お父さんの所に帰ろう!! こんな、夫のいるお母さんを襲おうとした当主の治める国なんて、助けなくていいでしょ!! 」


 息子の示す人を、哀しげに見つめる。


「もう、諦めてるわ。自分は女で、見下されているのだって解ってる。でもね、お父さんと約束したの……戦いが終わったら、一緒に元の生活に戻ろうねって……その為に頑張るわ」

「お母さん……」

「その為には、頑張らないと……お兄様に認めて貰えないわ……。喬ちゃん。別の部屋に公瑾どのが部屋を準備して下さったの……一緒に寝ましょう? お母さん、一人だと眠れないの」


 もう一度抱き締めて、微笑む。


「……では、皆様……申し訳ありません。失礼いたします」


 頭を下げ、息子に手を引いて貰い、部屋を出ていく。




 4人はその背を見つめていた。

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