次々に戦いへの波が押し寄せてきます。※
雲長は、ぐずる興を抱き締め、あやしながら移動する。
後ろを歩くのは項垂れた索である。
「何で、ここに来た……!? 」
「……じいちゃん、死んだから。今まで貯めたお金を持って出ていこうと思って……そしたら、統と広がおじいちゃん探して旅してて……一緒に来た」
「統と広と言うのは……」
「趙子竜って言うじいちゃんの孫だよ!! それよりもあんた、俺の父親だろ!? 」
索は叫ぶ。
「普通子供に会ったら、何で来たとか言うか!? あんたが俺の親父じゃん!! 会いに来て悪いのかよ!! 」
「うるさい。ぎゃんぎゃんわめくな。品がなく、育ちの悪い!! 」
その言葉に索はカッとする。
「それじゃぁ、あの関平って言う姉ちゃんが、品がよくて育ちがいいのかよ!? 琉璃姉ちゃん苛めて、そして悩んで苦しんで泣いてる顔を見て喜んでるのが、品がいいのか!? どこがいいんだよ!? あんな最低行為、教えたのは誰だよ。言ってみろ!! 」
「そ、それは……」
「しかも、俺を育てもしてねぇあんたが、じいちゃんの事を罵るな!! このくそ親父!! 」
索のポンポンと飛び出る言葉に耳を押さえる。
「何なんだ……これは……」
江夏に向かい兵を借り、ここに陣を設けさせた。
そこまでした自分に待ち受けていたのは、妻は死に、娘は周囲に災厄を振り撒く復讐の魔性と化し、存在すら忘れかけていた不義の子が現れ……どんな悪夢だと、覚めるのなら覚めてくれと祈りたい程である。
それなのに……。
口すら聞いてくれなくなった益徳が、黙ったままある幕をめくる。
入れと言うことかと中に入ると、冷たい眼差しが雲長と索を射る。
「……来られても、迷惑なだけなんですがね」
子仲の冷たい声に、横で涙をぬぐっていた子方が叫ぶ。
「雲長どの。幾ら、幾ら、愚かで馬鹿な所もあったけれど、私たちの妹を殺すなんて……酷いじゃありませんか!! 私たちが何をしたんです!! 返して下さい、返せ!! 」
「わ、私が、殺した訳では……」
「貴方の娘である関平どのですよ? 殺したのは。違いましたか? 」
子仲が冷たくいい放つ。
「それに、貴方のいない間、しんがりとして、趙子竜将軍として孔明どのは戦って、一騎討ちをしたり策略を練ったり、必死にここまで来たんですよ? その方の子供を取り上げる……‼ 貴方は、自分の子供をどうやって育てたんですか? しかも……」
関雲長が持っていた書簡を奪い取り読んだ子仲は、嘲るように吐き捨てる。
「自分のあの愚かな娘を、嫁? しかも、相手は諸葛孔明どの……バカですか? あなたは。あんな娘を嫁に、誰が欲しがるんです? 」
「と言うか、私も先渡されただけで……」
しどろもどろになる雲長を冷たく見つめる。
「関平どのの暴挙に、置き去りにされた阿斗さまを救いにいった元直どのは、曹孟徳に捕まりましたよ」
「なっ……!? 」
「貴方は悠長に考えているのでしょうが、そう簡単に私たちが許すと思いますか? 貴方の管理不行き届きです!! 簡単に思わないで下さい」
キッパリ言い切った子仲が、表情を歪ませる。
「あの、馬鹿な妹でも……ただ一人の妹。甘夫人様に感化されず、もっと凛と、拒否、拒絶できる。言い切れる強さがあれば……そうすれば、こんなことにはならなかった!! それよりも、貴方と甘夫人様が、密通など……しなければ!! それよりも、貴方が止めるべきだった!! 麗月様を殺した現場に立ち会っていたのは、貴方でしょう!! 」
「えっ! そ、そうなのか!? 」
初耳の事に、益徳が雲長と子仲を見る。
「わ、私はな、何も……していない……」
「ただ、助けてくれと懇願する麗月様を放置して出ていったんですよね? 雲長どのは」
奥から姿を見せるのは、公祐と憲和、士元。
「へぇ、長い間つるんでたってことか……お前と絳樹は。で、糜夫人に子供を生ませないように、不妊の薬を金を使って取り寄せたり、麗月様のように殺したり……してたって訳だ!? ほぉぉ。絳樹が産んだ子供の何人がお前の子だろうな? まぁ、ここにいるのは一人、阿斗さま以下は曹孟徳の所にいる。その内何人が本当の玄徳の子だろうな? 」
「そ、それは……ち、違う!! 私はそんなことは断じて!! 」
「現に生まれてるじゃねぇか!? 索が」
士元は呆れ果てたように、雲長を見る。
「諦め悪いと、鬱陶しいだけだぞ? でかくて役立ってないんだから、あんた。ほら、とっとと喋れよ」
士元にどつかれ、口を開く。
「……子供を、作れないと……絳樹様が、言った」
「どういうこった? 」
憲和は促す。
その隙に公祐が索の耳を塞ぐ。
「麗月どのを亡くしてから……兄者の夜の呼び出しがないと……。余りにも数が少ないので、他の夫人、妾にも探らせたが、そちらにいっている様子がない。でも、子供が生まれないと、自分はもうすでに実家がない。後から入ってきた糜夫人は、兄二人もやり手で金持ちだ。兄者に捨てられたら、生きていけない……と泣かれた……」
「で、関係を持つようになったと……んじゃぁ……お前、ちょっと待てよ!? 」
憲和は目を見開く。
「おい!! 琉璃の後に生まれた娘から、ほぼ毎年女の子を、生んでたよな!? その全員……!? 」
「……さ、いしょの方は違う……それから、後は……」
口ごもる雲長に、周囲はうんざりとした顔になる。
「何度も、止めたいと言った……が、共犯だと……言われ……、それからは甘夫人様から、子供の出来ない糜夫人様を慰めろと……」
「自分達が不妊の薬を飲ませておきながら、よくものうのうと言えましたね!! 貴方は!! 」
子仲が激怒する。
「では、阿斗さまは!! 貴方の子ですか!? 」
その言葉に、雲長は黙り込む。
「どちらですか!? 」
公祐が身を乗りだし、問い詰める。
「……兄者の子供……」
ほっとする周囲に、ポツリと……。
「だと思う、多分……」
「な、何だと!? 」
益徳が怒鳴り付ける。
「て、てめぇ!! 何考えてんだ!! 何が多分だ。てめぇ、自分が何やったか解って話してるのか!? 主の奥方と不倫したと、しかも、生まれた自分の子供を、主の跡取りとして育てさせてた!? 何考えてんだ!! 」
「だ、だから……多分……」
「多分とか言うな!! 馬鹿が!! おかしいだろ!? 普通でも、おかしいだろ!? 」
益徳は雲長の襟首を掴み、揺すりあげる。
と、
「おやおや……賑やかな所に行けば、劉皇叔にお会いできると思っておりましたが……。へぇぇ……そんな重大な……」
声が響き、周囲が振り返ると、細身でのんびりとした印象の……。
「げっ、魯子敬どの」
士元は昔の小遣い稼ぎの相手を見、顔色を変える。
「久しぶりだね。士元。で、泥沼化した不倫騒動は聞き飽きたから、劉皇叔に会わせてくれない? それと、諸葛孔明を」
新しい戦いが幕を開けようとしていた。




