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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
長阪坡の戦いになる事を食い止める術はありません。
171/428

元直さんは新しい生活を始めるようです。※

 元直げんちょくはお金を稼ぐ為に、昔からあれこれ仕事をしていた。

 その為、阿斗あとの世話も、さほど苦もなく手早くオムツの取り替えや何かを済ませる。


 そして、馬に乗れる元直には苦痛に近かった馬車での移動は終わりを告げ、昔の襄陽じょうようにも勝るとも劣らない許昌きょしょうに到着した。


 曹孟徳そうもうとくの温情か、投降を決めた潔さのお陰か、手枷てかせ等はなく、そのまま馬車で移動し、役所のような場所に連れていかれる。

 いや、普通、広間のような場所に送られる筈だが、連れてこられたのは個人の執務室……。

 目の前で、一心不乱に書簡を読みふけっているのは、年齢不詳の男。

 昔は、元直も白髪頭は年寄りと偏見を持っていたが、孔明こうめいが16の時には半分白髪、最近に至っては全て白髪となったのを間近に目にしてしまっては、見方を換えざるを得なくなった。

 しかし、この目の前の人は何を先から悩んでいるのだと、そっと書簡を覗き呟く。


「……それは、荊州けいしゅうで流行している恋歌と言うより……遊び歌をもじった暗号文ですね」

「何!? 」


 顔をあげると理知的な鋭い眼差しが元直を射る。


「これのどこが、そうなるのだ!? ただの……」

「そう見せかけているだけで、これは右から横に読んでみて下さい。『荊州けいしゅうは磐石だった基盤を失い、江東こうとうか、もしくは中原ちゅうげんか選ぶことになった。曹孟徳のいない間に、我等、涼州りょうしゅうの豪族が皇帝を奪い取り、長安ちょうあんを都とするのは、如何か? 』と読めます」

「……むっ。で、では、これは!! 」


 差し出された書簡をざっと読み、そして再び広げ示す。


「これは、左からですね。これはそんなに重要なものではなくて、仕事の進度を確認のものです。あぁ、これは一文字開けて、読みますね。どうしたんですか? こんな暗号文ばかり集めて……? あ、すみません……捕虜が勝手を言いました……」


 頭を下げる。


「捕虜?では、貴方が『臥竜がりゅう』? 『鳳雛ほうすう』? 」

「いえ、徐元直じょげんちょくと申します。一応、『臥竜』の敬兄けいけいではあるのですが……敬弟けいていには敵わず」


 深々と礼儀にのっとった拝礼はいれいをした後に、困ったと言いたげに苦笑する。


劉玄徳りゅうげんとく様の参謀として采配を振るっておりましたが、戦場に立つことが苦痛になり、逃げ出した臆病者です。と……友人の子供を連れていて……どうして、ここに連れてこられたのでしょう? 」


 困惑する元直に、目の前の男は溜め息をつき立ち上がると拝礼を返す。


「私は荀公達じゅんこうたつ。参謀ではなく内政担当の官吏として、漢王朝に仕えている。で、申し訳ないが、殿……曹孟徳様から何かを預かってないかな? 」

「あ、はい。これですか? 」


 懐に押し込んでいた書簡を差し出す。

 それに目を通した公達は、一気に眉間にシワが寄る。


「そ、そんなこと出来る訳がないでしょうが!! あの殿はぁぁぁ!! 」


 部屋どころか官舎じゅうに響き渡るような怒鳴り声に、ピョコンと顔を覗かせるのは、文官の衣が似合わない童顔で大きな丸い瞳の少年……!?


「どうしましたか? 公達兄様。あ、だ、旦那様からですの? 元気って書いてますか!? 」


 目をキラキラ輝かせる。


「旦那様、旦那様と。元譲げんじょうどのは毎日そなたに書簡を送ってきているだろうが!! 私の元に、間違ってもそなたへの書簡が届くか!! 」

「……兄様の意地悪……」


 くしゅん、としょげる男装の美少女に、おろおろとする元直。

 その様子に公達は、


「元直どの。気にするな。これは、私の7才下の叔母に当たる荀文若じゅんぶんじゃく。これでも孫持ちだ」

「……え、えぇ!! 」


 目を見開く。


「ま、孫!? 」

「そうだ。夫は夏侯元譲かこうげんじょうどの。そして、これの一番仲の良い友人は黄承彦こうしょうげんどのの奥方の趙瑠璃ちょうるりどのだ」

「い、一番……孫がいると言うのが驚きました……。いえ、化粧がどうこうではなく……努力されているのだなと……」


 ぼそぼそと言い訳めいた発言をする元直に、


「この顔は昔からだ。シワもシミも白髪もない。化け物と呼べる域に達している」

「失礼ですわ。兄様。私を化け物だの孫持ちだの……散々な言いようではありませんこと? 」

「本当のことだ。それのどこが悪い」


 叔母甥の言い争いに、ポツリと、


孔明こうめいは……一晩で髪が真っ白になったそうです。元々若白髪だったんですが……琉璃りゅうり……嫁が行方不明になって一晩で……。私はそれを知らなくて……新谷しんやにいました。あの日、益徳えきとくどのに呼ばれて門に出向いて、感情を失った、全てに絶望した琉璃を見ました……。そして、それとほぼ同じ時に、琉璃の別れの便りを読んだ孔明は……」


 項垂れる。


「どれ程の衝撃だったのかと、今でも胸が痛みます。そして、敬兄と呼んで慕ってくれた孔明や、琉璃を見捨てて……逃げ出した自分の愚かさに腹が立ちます。それなのに……嫌わないで欲しいと望んでしまう浅ましさに……」

「いいと思いますけど? それのどこが駄目ですの? 」


 あっさりと告げる文若こと瓊樹けいじゅ


「道は一つじゃありませんし、敬兄だからとか絶対と言うのはないですわ。人の生きる道には同じ道を行くこともあるでしょうけれど、生まれも育ちも違うんです。全部一緒なんてあり得ませんのよ? だから、私たちは、明日会えるとしても『再見マタアイマショウ』といってお別れするんです。元直どのは違うのですか? 敬兄として敬弟の『臥竜』どのに、一緒に道を行くことを強要なんてしてませんよね? 」

「し、していません!! 」

「なら、いいではありませんか。少し離れてしまったけれど、道は違っても、敬兄として敬弟の『臥竜』どのに出来ることをするのが、敬兄としての役目だと思えば良いのですわ。違います? 」

「ち、違いません!! 」

「なら、悩むことなんてありませんし、有意義に生活を満喫して、『臥竜』どのの情報を調べて、何かあった時には、殿にお願いしなくちゃいけないと思いますけど、『臥竜』どのの元に駆けつける。それに、ついでに殿に言うことを聞かせたかったら、有力者と縁続きになっておくべきですわねぇ……」


 考え込む瓊樹の横から、公達が書簡を突きつける。


「殿からだ……一応……とは書いているが、多分絶対、元譲どのは知らない」


 受け取った瓊樹は書簡を読むと、


「あらぁ!! あらあらあら……まぁまぁ……これはいいかもしれないですわね。所で、元直どのは結婚されてて? 」

「は? ……えと、仕事一筋で、そう言う相手はいません……」

「じゃぁ、読書好きの真面目だけど不器用で口下手な子と、口が達者で器用で華やかなことが大好きな子は? 」

「……? えっと……自分がこういう性格なので……押されると引くと思うので……読書好きの方が……えと、これは仕事ですか? 」


 首を傾げ問い返す。

が、瓊樹の口から驚きの一言がぶちかまされ、絶句する。


「いいえ。元直どのを家の婿に来て貰おうと思って」


 瓊樹は頬に手を当てる。


「だって家の息子たち、旦那様にも私にも似ずにお馬鹿さんばかりなのよね。でも、旦那様の姓を継ぐのよ。でも、荀家の方を継いでくれる賢い子って言うのは、一人しかいなくて……その子の旦那様になって頂戴な。そうすれば、その赤ん坊も面倒見られるしいいと思うの。どうかしら? 」

「……えっ!? 旦那……様ですか? 旦那様って……」

「旦那様。義理の息子になって頂戴ね!! 嬉しいわ!! 玉樹ぎょくじゅの婿のことを一番旦那様が気にしていたのよ。これで安心。お家が爆発とかなくなるわぁ。嬉しいわ」

「ば、爆発と言うのは……」


 きゃぁきゃぁと喜ぶ瓊樹を前にして、元直は公達に訊ねる。


「……文字通り爆発だ。瓊樹に一番似た性格をしている。不器用で動く度にスッ転び壁に穴を開け、書簡を読み始めると時を忘れ、じっとできないからウロウロ動き回っているので我に返ると迷子。書簡で見つけたと言う変な衣を作ったといっては破り、壊し、で又何か良く解らない物を作っては爆発させる。黄月英こうげつえいどののように何か大それたものを作るのではないのに、爆発の余波で髪はチリチリ焼け焦げ、汚れた衣のまま動き回っている。瓊樹には元譲どのがいるから何とかなっているが、先程の殿からの書簡には『荀家ではこれ以上変わり者の瓊樹の暴走に、玉樹の日々の爆発報告を聞くのも辛いだろう。元直は真面目で正当で真っ当な青年なので、安心して婿に貰うといい。手間賃はただだ』……つまり、元直どのは殿に荀家に売られたんです。可哀想ですが、諦めて下さい」


 ポンポンと肩を叩かれ、呆然とする元直なのだった。

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