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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
長阪坡の戦いになる事を食い止める術はありません。
163/428

孟徳さんのヘッドハンティングが成功しました。※

 元直げんちょくが、4人の監視と共に連れていかれたのは、簡易式の幕舎の一つである。


「殿!! 劉玄徳りゅうげんとく軍の参謀の一人、徐元直じょげんちょくどのを連れて参りました」

「解った、入っていい」


 低い声が響く。

 その言葉に、


「徐元直どの、どうぞ」


 布を持ち上げ示され、恐る恐る入っていく。


 広い……劉玄徳軍には、ここまで大きな幕舎はない。

 小さな物なら幾つもあるが、ここまでの人間が収容出来る物はなかった。

 曹孟徳軍ならでは……なのだろうか……。


「こちらに……」


 中に入ると4人の男がいた。

 奥に座るのは細身の小柄な壮年の男。

 その傍には益徳えきとく並みの大柄でがっしりとした男が控え、元直を睥睨へいげいしている。


「その奥に、行かれるが良い」

「殿に失礼のないように」


 横に並んできた二人の男を見上げ、ボソッと、


「本当に張儁乂ちょうしゅんがいどのは頬の傷……に張文遠ちょうぶんえんどのは端正な顔立ちの方で、曹孟徳そうもうとくどのの傍から離れない人が……あれだけ士元しげんが言っていた……懐刀ふところがたな……許仲康きょちゅうこうどの」

「ほほう……情報収集は欠かしていない……と」


 呟くのは、文遠である。


「嫌だねぇ。変な情報漏らされたら困るぜ……」

「お前の情報は女好き位だ。安心しろ。ばれた方が嘆く女性が減る」

「何だとぉ!? 人を女好きと言うなら、お前はたらしだ!! 人妻から何やらに追い回されてる癖に!! 」

「私はきちんと断っている」


 文遠はそれをいなす。


「文遠ちゃんに儁乂ちゃん。貴方たちの恋愛遍歴は後でじっくり聞かせて貰うから。お客さんを連れて来て頂戴な? それとも、仲康ちゃんたちを巻き込んでお・し・お・きしましょうか!? 」


 奥から、男の声で聞こえるオネェ言葉に、一瞬真っ白になる。

 奥の二人以外に誰かいたか!?

 いや、いない筈……しかし、では……。


「初めまして、ね? 徐元直ちゃん……かしらん? 私は曹孟徳よ。よろしくね? まぁ、貴方とお会いできて良かったと言いたいけれど、敵味方って言うのは大変ね」

「曹孟徳様ですか? 」

「そうよ。普段はこんな喋り方をしてるのよ。執務とか宮中行事等は普通にね。でも、今日はこのまま行かせて戴くわ。よろしいかしら? 」


 その言葉に頷く。


「結構です。大丈夫です」

「良かったわ。じゃぁ、お話を聞きたいのだけれど、その子は劉玄徳の子供でしょう? 」

「友人の子供です。置き去りにされたのを、迎えに来ただけです」

「そうなの? どうして? 普通の子供なら、置き去りにしたって良いじゃないの。普通じゃないから、置き去りに出来ないんでしょう? 」


 足を組み、肘をおいて手のひらに顎を乗せた孟徳に、


「いいえ……友人の子供です。迎えに来たのと……逃げ出したかったのです。一瞬だけそう思い、友人や仲間を見捨て逃げ出したのです」


 元直は、淡々と告げる。


「逃げる? どういうこと? 」

「ここのもう少し手前……新谷しんやの城の近くの道に、3人の遺骸があった筈です。一人は関雲長かんうんちょうどのの奥方。二人は劉玄徳様の奥方の侍女たちです。殺したのは味方である筈の関平かんぺいどの。殺した理由は、奥方を見捨て逃げた執務放棄と、取っ組み合いや言い争いをしていたのを反逆者と、そう言って殺したそうです。その後、夏侯元譲かこうげんじょう将軍に取り囲まれ捕まった馬車には、糜夫人びふじんと数人のめかけの方々がいたのですが、糜夫人とあ……赤ん坊以外は私たちと逃走を……自分は身分のある人間だからと言っていたそうですが、誰も戻ってこないので、子供を置いて追いかけて来たらしいのですが、甘夫人を連れた関平どのに井戸に追い詰められ、斬られて落ちたと……」


 顔を背ける元直に、孟徳以外の3人は顔を歪める。


「うわっ……こえぇ!! その女、悪鬼どころじゃねぇじゃん」


 儁乂は腕を擦る。


「関平どのは、全てを憎んでいます。友人の嫁……琉璃りゅうりが戻ってきたのと入れ違いに自分が両親に見捨てられた事を、琉璃のせいだと特に憎んでいます。何をしでかすか……怖くなり……咄嗟とっさにこの子を救うと、言い訳をして逃げ出してきました」


 項垂れる。


「それだけじゃなく、関雲長将軍の隠し子が現れて……しかも、母親が……」

甘絳樹かんこうじゅでしょう? 玄徳の正妻。噂はうちにいた頃からあったのよ。子供までいたとはね。それは困るわ。そっちの軍の士気に関わるものね。あぁ、だから、その子供を取り戻しに来たのね」

「自分は……構いません!! この子の命は……命だけは!! お願いします!! 友に、お世話になった方に、全てを押し付けて逃げ出してしまった自分の……謝罪の代わりに……」


 地面に座り込み、頭を下げる。


「お願いします!! お願いします!! 友に……友の為に……それなら、命は要りません!! 」

「なーに馬鹿な事を言ってるの!? 死んで、その友人とやらに許して貰えると思ってる訳? 甘ったれんじゃないわよ!! 」


 孟徳は立ち上がり、つかつかと近づくと頬を張った。

 バチンッと勢いのある平手打ちである。


「許して貰いたいなら、生きて生き抜きなさいよ‼ 死んで逃げる……なんて最低な生き様だわ! あたしがあんたなら生きて、あがいて、もがいて……血へどを吐きながらでも、生き抜いて見せる! そうしなければ、許すもなにも、向こうには伝わらないじゃないの!! 解んないならただの馬鹿だわ!! 」

「……生き抜く……で、でも……」

「あんた、張益徳ちょうえきとくをある程度の知将に育てたんでしょ? うちは元々そういう仕事を参謀ではないけれど、荀文若じゅんぶんじゃくがやってたのよ。でも、今内政に忙しい事と結婚してるから、亭主に似合う衣装を作るのが楽しいそうなのよねぇ……だから、あんたやってみて。教えるのは先、元譲といた妙才みょうさいとこの儁乂しゅんがいに、この間の戦いのお馬鹿な子廉しれんを始めとする頭ガチガチおっさんどもだけどね。良いかしら? 」


 首を傾げる。

 どうして先まで敵味方だったというのに……投降した自分に何を言っているのだろう……!?


「あ、あの……先まで敵味方……」

「良いのよ。実際見て貰った方が早いし、使えるものは何でも使うのよ。あんた友人の子供育てるんでしょ? 仕事しなさいよ、と言うことでよろしくね~ん」


 元直は、いつの間にか曹孟徳に丸め込まれた事を知ったのだった。

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