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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
長阪坡の戦いになる事を食い止める術はありません。
160/428

仲達さんは孔明さん研究に余念がないようです。※

 出仕しゅっしを打診された時、当初、司馬仲達しばちゅうたつは迷っていた。


 元々面倒は嫌いな性格である。

 自分が大人しく出仕して、大人しく仕事をこつこつ出来るとは思ってはいなかったし、それよりも書簡を読み研究したり、情報屋に金を掴ませ、色々な地の情報を集めるのが面白かった。


 ちなみに、何度か情報を売りに来た龐士元ほうしげんとも、やり取りをしたことがある。

 初対面の時から、士元は自分と同類の臭いがした……。

 その為深入りはせず、話し合いだけで済ませていたのだが、淡々と情報を伝える士元がただ一つの話題にだけは、何故か表情を出した。


「ん? あぁ……アイツ? 『臥竜がりゅう』、『伏竜ふくりゅう』って呼ばれるの嫌ってるぜ」


 首を竦める……。

 まるで、弟が我儘を言っているのを横で見てるといった印象である。


「嫌ってる? どうして? 主を得たら空を駆ける竜。最高の評価ではないのか? 」

「はぁ? 仲達どの、そんな根も葉もない噂、信用してんのか!? アイツは起こしちゃいけない竜なんだよ。起こしたら国が滅ぶ。伯父貴も水鏡老師すいきょうろうしも口を揃えてそう言ってる。俺も思う。アイツは眠らせておく方がいい。もしくは『龍珠りゅうじゅ』を与えて、大人しくさせておくべきだ」

「させておくべき……!? 」

「あぁ、アイツは天性の破壊魔。と言うか、あの性格がなければとっくに狂って、徐州じょしゅうの大量虐殺者である曹孟徳そうもうとくと敵対して手当たり次第殺しまくるぞ。それに、誰かに依存してないと……いや、頼られてないと生きていけない弱い奴だ」

「依存……と頼られる……? 」


 全く逆の言葉のような気がして、仲達が首を傾げるのを見て、士元は背伸びをする。


「だから孔明は、元々弱い。気は優しいし、勤勉、努力家。7才上の兄が『墨子ぼくし』や『六韜りくとう』、『孫子そんし』、『荀子じゅんし』、『春秋しゅんじゅう』等々を修めた天才で天災。二人の姉は武術系天災で、4才下の弟も規模は小さいが天災に近い。そんな個性派揃いの中で平凡な普通の秀才。それが諸葛孔明しょかつこうめい

「普通の秀才? それがどうして『臥竜がりゅう』!? 」

「仕方ねぇだろ……優しすぎるんだ。そして完璧主義者。兄弟がいかんせん、天災揃いだったせいもあって後始末に駆け回る。兄貴に物心つくかつかないかで徹底的に『墨子』や『六韜』、『孫子』を、姉たちには拳術、きゅう連弩れんど、棒術、剣術……ありとあらゆる武術を叩き込まれ、それ以外は全く出来ない兄弟の代わりに炊事、洗濯、掃除に、裁縫、畑仕事に、買い物や、家屋敷の修理何かも得意だな。馬の世話に……あぁ、刺繍も好きらしいぜ。嫁の愛馬のくらに刺繍したり、嫁の花嫁衣装は全て弟孔明が図案を考えて、刺繍してて……嫁も手伝ったんだと、自慢してたな」


 呆気に取られる仲達に、


「ん? 何だ? 嫁の事か? 12才年下だぞ。もう、孔明がデレデレに溺愛してるから、取るなよ? 」

「と、取るか!! 12才年下の嫁って、幼女趣味? 」


 恐る恐る聞くと、

 はぁぁ……と呆れたような顔をする。


「そんな訳ないだろ。アイツの足枷あしかせ、『龍珠』の役割だよ。さっきも言っただろ? アイツは起こさない方がいい竜だって。俺が孔明に会ったのは、18……孔明が16の時だ。12の時に兄貴たちと別れて徐州から逃げ、4年あちこち転々としてた。荊州けいしゅうに着いた時には半分白髪、だぞ? 半分。16でどんだけの苦労してきたのかって伯父貴は絶句するし、水鏡老師も驚いてた」

「16で白髪……」

「そんでな?必死にあちこちつてもないのに、回って挨拶をして行き遅れになっていた姉二人を嫁がせ、4才下の弟も手が離れる……。頼られる事が生きる術の一つだった孔明は、20になる頃には迷いかけたんだよ。そんな時に嫁になる子供を拾った。迷いかけてた……暴走しかかってたのを止めたのは嫁。だから、伯父貴に老師、黄承彦こうしょうげんの伯父貴は嫁にした。嫁を孔明の『龍珠』に足枷にしたと」

「暴走ってどんな……」

「そんなの知るかよ。まぁ、孔明を怒らせるなってのが、塾での不文律だったぜ。一回、年上の身分を鼻にかけた奴らが、他の塾生をからかってたのを、鬱陶しいからって徹底的にやり込めて……そいつら、塾に出入り禁止と言うより、孔明に怯えて逃走したらしいぜ」


 首を回し、


「まぁ一言言うと、孔明は物心つく頃には戦の事を学んで理解していて、徐州から逃げ出して荊州に来るまでに戦争体験をして、戦いの愚かさに空しさを知っていて、ただ口先だけで弁は立つが、本番じゃ役に立ちそうもない人間が嫌いだってことだな」

「……そ、そうなのか」

「あぁ、塾に通ったのも何かを見つけろって事だったが、書簡が読めて良かった。ってな位で、余り……あぁ、後輩に授業をする仕事で、僅かだが金が稼げるのと、珍しい書簡を借りて写せるからそれもいいって、それ程感謝感激はない奴だったな」

「……」


 あの、水鏡老師の塾に行き、書簡が読めて良かった程度とは、どう言うことだ……!?


「まぁ、天才で天災たちと育ってるし、実戦経験者だからだろ? 」


 あっさりと告げ、立ち上がる。


「と言うこった。あんたは俺と同類の臭いがする。『臥竜』を起こしたらどうなるか、ワクワク眺めてみたいってつらしてるな」

「なっ!? 」


 バレた!?


 咄嗟とっさに口元に手をやる仲達に、にやっと士元は皮肉るように笑う。


「ほ~ら、あんたも楽しげだ。でも、『臥竜』は起きない方がいい。俺もそう思ってる。アイツは地に伏して『龍珠』を大事に大事にしつつ、平凡な家庭を作って暮らすのが一番だ。手を出すと逆にひどいしっぺ返しを受ける。死にたくなけりゃ、やめておけってことだ。今回はただで『臥竜』の情報を流してやったんだ。今度はもっと金を請求するからな。あんたは、孔明のように平凡に普通には無理だ。乱世を上手く乗り越えられるしたたかな人間だ。とっとと出仕して金をこっちに流せよな。じゃぁな」


 ヒラヒラと後ろ手で手を振り立ち去る士元に、出仕ものらりくらりとかわしてきた理由までも見通されたようで、少々不快だった。


 だが、一応理由と言うよりも言い訳としては、長兄の伯達はくたつ(-ろう-)が出仕していたから実家を守る為、次男である自分が残ったのである。

 兄は軍を指揮することは余り向かないが、その代わり文若ぶんじゃくのように、政略、政務をとるのに向いている。

 その為、『司馬家しばけ八達はったつ』の長子として、漢王朝を一応上に戴いている曹孟徳そうもうとく幕下ばくかに入った。


 兄は、公正な人間である。

 自分の弟たちを……手当たり次第周囲に声をかけ、コネを利用して出仕させようとはしなかったし、弟たちもコネではなく、それぞれ自らの能力に応じ、出仕していった。


 そんな兄弟の為に、あれこれコネやつてを使って情報を得ていたのだが……。


 『荊州けいしゅう馬家ばけ五常ごじょう白眉はくび最もよし』と聞いてはいるが、『白眉』……四男の季常きじょうはそれほど優れていると言う噂は聞かない。

 それよりも『臥竜』、『鳳雛ほうすう』……『臥竜』は徐州出身の諸葛孔明、『鳳雛』は荊州出身の士元は、優秀だと聞いたし、士元当人に会って、自分と同程度の食えない人間だと理解した。

 士元はあちこち放浪し、情報を集めその情報を研究し、あちこちに売りさばいていると言う。

 いや、情報を売りさばくと言うよりも、情報をまとめ、持論を展開し、それを結果に繋げるように仕向ける。

 多少強引かもしれないが、自分の能力を自覚している。

 そして、自分の能力を最大限に生かせる主を探していたようだった。


 しかし『馬家の五常』により、放浪を止めさせられ、劉玄徳りゅうげんとく軍に赴いた。

 嫌々だったらしいが、仲の悪い『白眉』に悪意のある立て札を立てられ、今まで趣味と実益を兼ねたその仕事が続けられなくなったのだと言う。

 その代わり、劉備軍に入り、劉備軍の関雲長かんうんちょう付きの参謀に大抜擢されたらしい。

 そして、諸葛孔明……『臥竜』は、趙子竜ちょうしりゅう付きになったらしい。


 いや、正確に言うと違う。

 正しくは趙子竜の言う存在は、諸葛孔明と黄琉璃こうりゅうりと言う、荊州の元豪族、黄家こうけの養女である少女が二人で一役……諸葛孔明も二人が交互に演じているらしく、つまり趙子竜と諸葛孔明を二人が演じ分けていると言う。

 しかも、先日の戦闘では二人は二人とも対照的な一騎討ちをしたと言う。


 女性の趙子竜は、細く華奢な体を生かした俊敏で子孝しこう将軍を翻弄し、飛び上がって体重をかけ叩きつけた。

 逆に男性の趙子竜は、8尺の長身と細身だが怪力と、少々乱暴な方法で一騎討ちを終わらせた。


 面白い……あれ程、士元は起こしてはならない竜と言っていたと言うのに、現れた『臥竜』。

 是非、今回見てみたい。

 自分は武闘派ではないので、遠くからでもいい。


 そして、知りたい。

 眠っていなければならない竜の訳を……。




 そして、自分にも一応野心はある。


 しかし、曹孟徳の瞳の奥の強い何かが、野心を見せてはならないと……いや、野心ではない自分の才能を隠し通せと思わせる。


 曹孟徳は人材収集家だ。

 参謀に武将、政務担当等ありとあらゆる層を集め、議論を戦わせ、より良い策や情報を選びとる。

 そしてそれは最強の作戦となり、周囲を滅ぼし、政務は整い、田畑も潤おうとしている。


 しかし、良く解らない。


 徐州では大量虐殺者と恐れられ、又ある時は、有能な政策実行者。

 そして、策略家で武将として戦場にたち、漢詩や芸術に親しみ、『孫子そんし』の注釈までいれる。

 ありとあらゆるものが彼には揃っている。


 漢王朝を滅ぼし、皇帝になることですら容易い筈である。


 それなのに、動かない……いや、動けないのだろうか……?

 何を待っているのか?


 それが解らない。


 だから……それも見つけてみたい。




 仲達は、これからの事を頭の中にまとめつつ、劉玄徳軍の後を追う部隊に着いていくのだった。

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