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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
長阪坡の戦いになる事を食い止める術はありません。
152/428

夫や実家の権力を振りかざしても、戦場では通用しません。※

「……本当に、大丈夫でしょうか……」


 戻っていった関平かんぺい季常きじょうの消えた先を、度々振り返る琉璃りゅうり


「皆さん、怪我をしていないと良いのですが……」


 昔いたぶられ散々苛められたと言うのに、その被害者である琉璃が、ほぼ上司命令を無視し戻っていった関平たちを心配し、度々後ろを確認する。


「ほっとけ!! あんなのに気をかけてどうするよ。それよりちんたらと走っているあの馬車を見やがれ!! 」


 その優しさを誉めるよりも、士元しげんは琉璃が心配する相手たちに怒り狂っていた。


 甘夫人かんふじんもそうだったが、糜夫人びふじんも同じく物見遊山気分であれこれ侍女に命令している。

 ちなみに今命令しているのは……。


スープが飲みたいわ。今すぐ、作って頂戴」

「奥方様。ここは馬車ですので、火を使えません」


と、侍女は必死に訴えるが、


「じゃぁ止めて、降りて沸かして頂戴」

「そんな暇があるなら、さっさと進め! 」


 士元と憲和けんわが怒鳴り付けるが、


「あらぁ、だって。絳樹こうじゅ様はまだ着いてきていらっしゃらないじゃないの。それなら大丈夫。それに、皆様。この阿斗あと様を放置したりしませんわよね? 殿の息子ですもの」


 ほほほっと笑う淑玲しゅくれいに歯噛みする二人の横で、あっさりと、


「皆、死に物狂いで逃げようとしていると言うのに、その自覚がない方は放置しますよ!? 」


と言い放つのは、右手を怪我した孔明こうめいである。


「先程も、甘夫人様は逃げろと説得する我々の再三の忠告、お願いにも無視をされましたので、放置してきましたが? 」

「な、何ですって!? 」


 ぎょっとする淑玲に、真顔で孔明は、


「死にたければ、ここに残り、侍女どのとめかけどのに一緒にいて貰って下さい。その代わり、阿斗さまの御身おんみはお預かり致します。さぁ、阿斗さま。参りましょうか? 」


 手を伸ばす孔明の手に、慌てて淑玲は身をよじる。


「何をするの!! この方を面倒見ているのは私なのよ!! それに貴方、新米の一介の参謀の癖に、図々しく私に触らないで!! けがらわしい!! 」


 その言葉にムッとするのは孔明の周囲……。


「な、何だとぉ? 孔明のどこが穢らわしい!? 」


 食って掛かる憲和に、


「穢らわしいじゃないの!! その若白髪に、ずっと畑仕事に賃仕事、その上、嫁はあのめかけの子……汚泥おでいにまみれていた……」

「どこが穢らわしい!? えっ!? 働いて暮らして、どこが悪い」


 特に、士元が怒る。


「堅実に働くことの何が悪い!! そうやって働く人間がいるから、お前たちのような勘違い人間が飢えずに生きていけるんだ!! 感謝こそすれ、あざけるな!! それに……」

「私をあなどるのは勝手ですが、琉璃を……趙子竜ちょうしりゅう将軍をいやしいなどと、暴言を吐くのは止めて戴けますか? 貴方の方こそ汚れた言葉を吐くだけで、自分が偉いと思い違いをされているのではありませんか? 糜家びけの出身? ここ荊州けいしゅうでは、糜家の名前など何の意味もないんですよ!! 荊州の豪商だったのは黄家こうけ……趙子竜将軍は、その黄家の娘ですよ。それに、人を穢す言葉を吐く人間ほど、穢れているそうですよ。その通りのようですね」


 孔明の珍しく嘲るような表情に、顔を青黒く染め怒鳴り付けようとした淑玲に、近づいてきたのは、


「軍に守られて逃げている最中に、妹とはいえスープとはいい身分だね、お前は!! 」


 子仲しちゅうが珍しく目をつり上げ、怒鳴り付ける。


「兵士や参謀、武将の者が必死に戦い、命を落としたり、怪我を負ったりしているのに優雅にスープとはね!! 恥ずかしい!! 孔明どの、士元どの、憲和に琉璃、きんどの!! こんな女は、殿の奥方にふさわしくない!! 阿斗様を盾に、軍の進路妨害をしたと伝えましょう!! 」

「な、お兄様!? どうして私なのよ!! 怒るなら阿斗様を盗もうとした……」

「黙れ!! 口先だけの女など、妹でも何でもない!! 言うことを聞けないのなら、そのままここにいなさい!! 御者!! 馬車から馬を外しなさい‼ 護衛も必要ない!! 阿斗様には申し訳ないが、女たちは放置して先を進め! これは命令だ」


 子仲の言葉に御者は命令に従い、馬を外し子仲の言葉に従う。


「では、進め! 」

「はっ! 」


 子仲に返事をした兵たちは、後ろも振り返らず進んでいく。


「も、戻りなさい!! 私を見捨てるなんて!! 阿斗様を見捨てるなんて、何を考えてるの!? それに、えっ!? 」


 見ると、淑玲以外の妾や侍女も馬車から降りて、早歩きで軍に追いかけて行くではないか!?


「な、何だと……私を、誰だと思っているの!? 」


 癇癪かんしゃくを起こす淑玲は、馬車を降りることなく、再び侍女や護衛たちが戻ってくるのを信じて疑わなかったのだった……。




 そして……。

 次に訪れる恐ろしい地獄絵図を、その身に及ぶとは、知ることになるとは思いもよらなかったのだった。

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