武将参謀の層の厚い孟徳軍は、軍略会議中です。※
「へぇ……そう言う訳だったのねぇ……」
椅子に座り足を組んだ孟徳は、傷の手当てをする二人を見つめ、呟いた。
「あらあら、本当に暴れ竜ってことだったのねぇ……ふぅ~ん。それに負けちゃったと」
「す、すみませんっ、俺が……子孝の言うことを聞かなかったばかりに!! 」
頭を下げる子廉に、
「あらぁ……良いのよぉ? 代わりに良い情報を持って来てくれたじゃないの」
「情報? 」
次に戦場に向かう予定の妙才に李曼成(-典-)、楽文謙(-進-)等が、首を傾げる。
「今、玄徳の傍に、主だった武将はいないってことよ? 解らないの? 」
孟徳は机に広げられた地図を示す。
「城門の北で、子孝ちゃんは女の子の趙子竜ちゃんと一騎討ち。でも、女の子の子竜ちゃんは出産後で、きっと夫である諸葛孔明ちゃんが、側近兼参謀として傍にいた筈よん。で、南は益徳ちゃんがいたのでしょう? で、子廉ちゃんは別の門ってことで、東門に回ったら男の子竜ちゃんである孔明ちゃんも回って来てて、一騎討ち……」
「はい、そうです」
子廉は頷く。
「今の所、劉備軍には主だった武将は益徳ちゃんと子竜ちゃんたちしかいないのよぉ、実は」
「は? 」
「か、関雲長は? 」
曼成と文謙が問いかける。
「それがねぇ……」
孟徳はくくっと笑う。
「孔明ちゃんと雲長ちゃんってば、先日の事件以降、ずっと仲違いしてるのよ。孔明ちゃんの方が見るのが嫌。雲長ちゃんの方は恐ろしくて近づきたくないらしいわ。そして、益徳ちゃんと雲長ちゃんも。それにねぇ、雲長ちゃんってば孔明ちゃんにほら、前に大怪我を負わされてたでしょう? まだまともに武器を扱えない状態ですって」
「えっ!? 」
「まだ!? 」
武将はざわめく。
「えぇ、だから、まだ娘が戦場だそうよ? でも、余りにも軍律違反に脱走、別部隊を指揮する女の子の子竜ちゃんの所に押し掛けて、暴言に暴行を働こうとしたりしてて、孔明ちゃんかなり怒ってるらしいわ」
「それに、玄徳どのの奥方たちも良い噂を聞きませんわね……」
瓊樹こと、荀文若がおっとりと口を挟む。
「先日の瑠璃さまのお話しの時に伺いましたのよ。瑠璃さまが妾に貶められたのは、奥方たちの策略とか? 最初側室として上がった関雲長の今の奥方を度々城に呼んで、瑠璃さまの過去を触れ回ったそうですわ。で、その方は、実家である商家の者にその噂を広げ……噂によって自分の自尊心が傷ついたとか言って、丁度息子も生まれたからと関雲長は慌てて瑠璃さまを妾に貶めたのですって」
その言葉に、武将は呆れて首を振る。
「で、妾の子となった関雲長の娘は、玄徳どのの奥方に散々いびられているそうですわ。自業自得とは言え大変ですわね。瑠璃さまは、色々と教育を施そうとしていたにも関わらず、父親は当時溺愛する余り、娘がついた嘘を信じ込み、次々と老師を追い払い、読み書き、家事全般や刺繍に礼儀作法、舞踊に歌、ありとあらゆるものの出来ない娘に育ったと悔いておられましたわ。それもあって、関雲長も嫁に出せずに軍に入れたのでしょうね」
「か、顔は良いんだろう!? 文若……どの」
妙才の問いに、
「顔は瑠璃さまに瓜二つらしいのですけど、性格は父親にそっくりだそうです。で、趙子竜を名乗るお嬢さんは逆に、素直で愛らしい方で、家事全般に舞踊に歌、楽器演奏、そして旦那様やそのご友人に『孫子』、『六韜』、『墨子』に『荀子』に、『春秋』……を習い、とても賢くて礼儀作法も完璧にこなすそうですわ。生まれも育ちも逆……普通なら、やけになってしまってもおかしくないのに、本当に不思議ですわね……でも、殿? おかしくありません? 」
急に、何かを思い出したといった風に、瓊樹は主を見る。
「なぁに? 瓊樹ちゃん」
「武将が少ないのに、どうして益徳どのと、子竜どのたちが合同で事に当たったのでしょう? 参謀と軍師は一緒にいてもおかしくありませんが、それなら二人の子竜どのでやり抜く筈です。それなのに……」
「そうそう。瓊樹ちゃんは賢いわねぇ……」
参謀ではなく、後方支援を中心とする内政担当の瓊樹の言葉を誉める。
「多分、前が進めてないのよ。玄徳はとっとと逃げ出してるし、新谷の民も先を急いでいる。でも……と言うより確実に、玄徳の嫁たちがあれこれ理由をつけて、足止めしているのよ。危険が迫っているって周囲は焦ってるのに、そんなことは自分たちには関係ない。自分は玄徳の息子を生んだとか思って思い上がっている……思い違いをしているのよ。雲長ちゃんとおんなじに。うちで雲長ちゃんがいた間に、あたしは雲長ちゃんや玄徳の家族を手厚く扱ったわよね? 覚えているかしら? 」
その言葉に武将参謀たちは頷く。
あの時の、孟徳の余りにも強い雲長への手厚すぎる扱いに、話を聞いていた元譲は兎も角、親族や古参の武将は内心怒り狂っていた。
「ウフフ……あれはね? 策略だったのよ。うちで手厚く扱うことで、どれだけ雲長ちゃんが増長するか、もしくは玄徳を裏切るか……どっちもってことがあると思わなかったわ」
「どっちもというと……」
曼成は、問いかける。
「あら、知らなかった? 雲長ちゃん、玄徳の嫁たちと不倫関係だったのよ。しかも一人は子供を産んだって話。子供はどこかに捨てたか何かしたのでしょうね。玄徳が知ったらどうなるかしら……知ってるかもしれないわねぇ……」
それはそれで楽しいわ……。
と、呟く孟徳に、ゾッとする部下たち。
「そ、そんな恐ろしいことをしておいて、よ、よくのうのうと傍にいられるな……俺なら絶対出来ねぇ……」
妙才の言葉に、頷く周囲。
「まぁ、という訳だから、子孝ちゃんはしばらく静養。他の部隊はそれぞれ出陣!! 狙うは玄徳の妻女たちの馬車。妻女たちと子供を奪い取りなさい!! 」
「張益徳や趙子竜とかは? 」
妙才の問いに、
「戦って勝てるならやりなさい。窮鼠は猫を噛むのよ」
孟徳の言葉に、武将は了承の合図を送ると、それぞれ歩き出した。




