昔から琉璃ちゃんの戦い方はこんな感じだったようです。※
南門をようよう破り、火の海から逃げ出した軍を待ち受けていたのは、
「よーぉ。お早いお出ましだなぁ? ようこそって、頭下げてやろうか? 」
ポンポンと愛用の蛇矛の柄で肩を叩いた益徳がにっこり笑う。
「久しぶりだなぁ? 曹子廉将軍どの……ケチで有名だから、城内の酒やつまみを、全く気にもせずに飲み食いすると思ってたぜぇ? 旨かっただろ? 俺が厳選した酒に、もぐらが厳選した遅効性……と言っても、ある程度効き目のある眠り薬、探すのも大変だったんだぜぇ? 感謝してくれよな」
「なっ!? お、お前は張益徳!! お前たちが!? 」
「そうだっと威張りたいが、殆ど決めたのはもぐらと、鳳雛たちだ。俺は、折角の名酒を手放すのが惜しくて泣けて来たぜ……」
わざとらしく泣き真似をした益徳は真顔になり、蛇矛を構える。
「と言うこったぁ!! 皆、行くぜ!! 」
「はっ! 」
「元直、公祐、後は頼んだ!! 」
後ろを向かず言い放つ。
「解りました。皆!! 益徳どのに続け!! 」
元直は、扇を振る。
戦が始まる。
北で待機している孔明は、遠くから響く剣戟の音に、西にいる喬と東にいる索と統が心配になる。
「大丈夫です。多分、南ですよ」
琉璃は聞き耳を立て、囁く。
「どうして……解るの? 」
「喬ちゃんと一緒にいるのは均お兄様と、憲和どのです。連弩の音がしません。そして、子仲どのの方角は静かです。子仲どのは投擲武器や匕首の使い手です。多分準備していますよ? 」
「と、投擲って……」
孔明は問いかける。
「弓です。憲和どのよりも強い、強弓も扱えるんです。他に腰に巻き付けている縄を解くと近くの石を結んで投げたり……普通の石投げでも的中率は他の誰よりも、遥かに的確なんですよ」
「そ、そうなんだ……」
「はい。公祐どのや憲和どのも強いんですよ。私も頑張って強弓とか、扱いたいです」
「いや!! いや!! ……良いよ、琉璃はそのままで、大丈夫!! 強弓なんか扱える程、強くならないで!! 」
孔明は必死に首を振る。
自分も強弓を扱うが、かなりの膂力が必要である。
華奢で小さな体では、扱える筈はなく、扱う為には鍛え上げなければならない。
可愛い妻が今鍛えているのを見るのですら、泣きたい程なのに、これ以上鍛えられては泣くに泣けない。
「お願いします!! 琉璃は今で十分だから、これ以上良いから、お願い!! 」
「そ、そうですか? 私は今、矛が重くて……力が無くなったのかなぁとか……」
「いやいや……琉璃。それ、重いから!! 十分重いから!! あぁぁぁ……やっぱり、姉上たちに感化されてる……」
嘆く孔明だが、見守っていた門が揺れた音を聞き、振り返る。
「琉璃……いえ、子竜どの。準備は? 」
「出来ています。孔明さまは? 」
「こちらも大丈夫。安心して下さい。皆も落ち着いて事に当たって下さい!! 大丈夫です」
言いきると共に、がこんと門扉が外れ、敵兵が溢れ出す。
門を取り囲むように待機していた軍に、子孝は呻く。
「やはりここにも伏兵が……」
「曹子孝将軍ですね? 私は、趙子竜と申します」
白馬に乗って近づいてきたのは、金髪青い瞳の美貌の華奢な少女……。
元譲が言っていた趙子竜とは、似ても似つかぬ姿である。
「曹子孝将軍、一騎討ちを申し込みます。受けて戴けますか? 」
「女子供が、私を誰だと……」
「ですから、この私趙子竜と一騎討ちをして欲しいのですが、とお願いしていますが? 曹子孝将軍」
聞こえなかったのか?
と言いたげにキョトンと首を傾げ、隣を見る。
「あの……だ、『臥竜』どの。私の言葉に誤りがありますか? 解らない言葉でしょうか? それとも、聞こえなかったのでしょうか? 」
「十分聞こえていると思いますよ。子竜将軍」
「それならどうして……えと、お年のせいで、お耳が遠くなってしまったのでしょうか? 大変ですね!! 軍医に相談なさって下さいね? 」
真面目に心配する琉璃に、孔明とその後ろの部隊は、肩を震わせて笑いを堪える。
「な、何を!? 私は、まだ41だ!! 年寄り扱いするな!! 」
「あ、お話聞こえていたのですね。良かったです。お耳が遠くなると戦えませんから。では、一騎討ちお願いしますね? 」
丁寧な……と言うより久々の戦闘に緊張して、カチカチになっている為に、丁寧な言葉になってしまうのだが、それを知る筈もない子孝は、かぁぁ……っと怒りに顔を紅潮させる。
「そなた……私を馬鹿にしているのか!! この小娘ぇぇ!! 」
駆けながら、戟を振り上げた子孝の視界から琉璃は消えた。
琉璃は愛馬に動きを全面的に任せ、するりとすり抜け、子孝の背後を斬るのではなく柄で叩きつける。
華奢な手足では、落馬に追い込めなかったものの、平衡を崩した子孝は馬にしがみつき、ぎりっと琉璃を睨む。
「……やっぱり無理です。だ、『臥竜』どの。私には力が足りません。もう少し膂力を……」
「いりません!! 琉……子竜将軍は、その素早さがないと困りますよ!! 」
「そうですか……残念です。だって……」
琉璃は怒りに我を忘れ、突進してくる子孝を見て、光華の背を蹴り飛び上がると、子孝の首と肩の間を矛の柄で再び叩きつける。
今回は、体重をそのまま乗せた一撃。
その衝撃に気絶し落馬した子孝の様子を見ることなく、くるんと一回転すると光華の背に戻る。
「こう言う方法でしか、一騎討ち勝てないんです。『臥竜』どの」
「あ、あははは……」
子供を抱いているというのに、どれだけ危険な事をしでかすのだろう……。
顔を引きつらせる孔明の後ろでは、やんややんやの大騒ぎである。
「と言う訳で、皆さん。曹子孝将軍は倒れましたが、戦いますか? 」
小首を傾げ敵兵を見回した琉璃は、にっこりと微笑む。
「私たちと戦いましょうか? 」
その微笑みは見ようによっては蠱惑的である。
しかし、それは敵兵から見れば、恐ろしい微笑みにしか見えず、じりじりと下がっていく。
「あの……? 」
「ひ、ひぃぃ……」
後ずさり、逃げ出した兵の背中を見つめ、呟く。
「どうしたのでしょうか?子孝将軍を置いて帰られるなんて、余程焦ってたんでしょうか? どうします? 」
「捕まえておきましょう。誰か、頼んだ。じゃあ、子竜将軍。大丈夫ですか? 」
孔明は妻を抱き下ろす。
「琉璃? 無茶はしないようにね? 」
「はい、大丈夫ですよ。無茶はしません」
孔明はよしよしと背中を撫でる。
「それならいい……。私の奥さんで、滄珠と喬、統に広や索のお母さんでいてくれれば良いよ」
囁く。
戦いは始まったばかり……。




