関平さんも必死に努力しています。※
関雲長が、伊機伯と共に江夏に向かう頃……。
甘夫人絳樹と、糜夫人淑玲は、慣れた様子で夫の妾たちや侍女、そして主君、劉玄徳の命令で、夫人たちの警備に当たるようになってしまった季常と関平にあれこれと命令を下す。
「あぁ、それは置いていきましょう。その代わり、そちらの衣は持っていって頂戴。それで宜しいでしょう? 絳樹さま? 」
絳樹の息子である阿斗を抱いた淑玲は、媚びるように振り返る。
「そうね。そうしましょう……あぁ、何をしてるの!! それは、殿に頂いた大事な物なのよ!! お前のような者が軽々しく触れる物ではないわ!! 」
絳樹は、装飾品を片付けていた関平に怒鳴り付ける。
「誰がその女に、大事な物を触らせろと命じたの!! 綺麗に磨き直して仕舞いなさい!! 」
その剣幕に侍女が駆け寄り、関平から奪い取る。
「……本当に……殿は何を考えているのかしら!! 馬家の御曹司の季常どのは兎も角、この女に私……いいえ、阿斗の警備をさせるなんて!! 阿斗に何かあったらどうするのかしら!! お前、出ていきなさい!! 警備なら外ででも出来るでしょう! 顔を見るのも嫌だわ。外に、見えない所に行きなさい!! 」
「そ、それだけは……。龐士元参謀の命令で、皆様のお手伝いを……命令違反は厳罰が……」
関平は日々叩き込まれる軍務、武将としての心得等々に必死に頭を下げる。
「丁寧に……触れてはいけない物は触れません。ですから……」
「全て、触れてはいけない物なのよ。お前のような者にはね‼ 」
絳樹は念を押すように告げる。
「お前のような者が、触れてはいけない大事な物なのよ? 」
淑玲は、クスクスと笑う。
「だから、出ていって頂戴。龐士元と私、どちらの命令を優先すべきか、解っているでしょう? それとも解らない? 」
「解らないのなら、どこまで愚かなのかしら? ねぇ、絳樹様」
ほほほ……
フフフ……
あちこちから笑い声が漏れる。
床で遊んでいた、幼女……劉玄徳の妾の子供たちが、関平を見上げ、
「あなた、うすよごれたきたないおんなのこなんでしょう? 」
「じゃぁ、きたないからちかくにこないで。こっちがよごれちゃう。それとも、おやつをあげる」
と……投げつけられたのは、泥団子である。
どこで準備していたのか……。
それよりも、どうして子供たちが……。
混乱する関平の頬を泥団子がかすめ、淑玲の足下に当たる。
「きゃぁ! お前、何をするの!! 阿斗様に当たったらどうするつもりなの!! 」
淑玲の悲鳴に、立ち上がった絳樹は、つかつかと近づき関平の頬を張った。
「出ていきなさい!! 汚ならしい!! 阿斗に何かあったらどうするの!! 今すぐ、季常どのと共に龐士元に報告に行きなさい!! お前が私たちに無礼を働いた。警備を変えろと!! お前でなければ誰でもいいわ!! さぁ、早く!! 」
「奥方様!! 」
膝をつき必死に訴えようとする関平に近づいた、季常は耳元で囁く。
「……関平どの。奥方様の命令です。下がりましょう。そして、龐士元どのに……」
「……」
項垂れ、しかし頭を下げたまま退出する。
そして、二人は士元に報告にいく。
「……へぇ……殿のご夫人共に追い出されたと……あのご夫人たちも暇だなぁ? 」
二人の顔を見ず、何か書類を書き付けている士元は、面倒臭いように言い放つ。
「新谷から逃げ出すってのに、物見遊山気分か? あちこちフラフラ放浪してたってのにずいぶんな余裕だなぁ……で、お前ら、何しに来た? 」
「ですから……私たちを、ご夫人たちの警備ではなく、別の任務を……」
かしましい女性たちの陰湿な関平への嫌がらせに、女嫌いになりつつある季常である。
「んなものあるかよ。それ以外の重要任務、お前らのような初心者に任せられるか!! それに、甘ったれんなよ!? 関平。お前が昔やってた事をされたからと尻尾巻いて帰ってくんなよ。お前も琉璃にやってたんだろ? 同じことされたって泣いても因果応報ってことだろうが。おら、俺は忙しいんだよ!! お前の泣き言を聞く気はねぇ。ついでに、孔明は琉璃と城の中の準備に駆け回っているし、元直は益徳兄貴と、軍の再編で忙しい!! 幼常と子方どのは、まだ頼りない軍の訓練に余念がない。邪魔したら、厳罰!! 」
顔もあげずに言いきり、
「おらっ、とっとと行け! 時間がねぇんだ!! ついでにご夫人方の荷物は必要最低限で行かせて貰う。これは、殿に了承を得てるからな!! それもいっとけよ‼ 」
「で、でも、入ってくるなと……」
「殿からの命令だといっとけ!! 殿の命令でここに来ていますので、命令に背くと奥方様が罪を負ってしまう事になります。それが心配なのです。とでも言っとけ‼ それに、私はご夫人がたと共に逃げる事になっています。どのように逃げたらいいのか、どういう風に皆さんを安全に逃がせるか、考えているつもりです。ですからお願いします。とな。それでもごねるなら、護衛となる武将は我々以外おりません‼ 益徳どのも子竜どのも、しんがりとして後方となります。危険な所です。安全な場所にいて逃げられるように考えておりますので……とご夫人方を心配してます……と言うようなことを言えば良いんだ!! それでもごねるなら、奥方様の命令で警護はいらないと言われたと、殿に言いに行きますと言え!! 」
士元は、しっしと二人を追い払う仕草をする。
「おらっ、忙しいのを邪魔すんな!! 行ってこい!! そんで、喧嘩吹っ掛ける位になりやがれ!! 」
二人は仕方なしに戻り、士元に言われたように言うと、渋々絳樹は納得する。
しかしこの出来事が、後に恐ろしい事件となって自らに降りかかることを、絳樹たちは知るよしもなかったのだった。




