諸葛家の長男は、色々裏工作をしています。※
久しぶりに孔明は、家で一人のんびりと書をしたためていた。
孔明が持っているのは竹簡。
竹を切り割って文字を書き記す、今で言う紙の代わりである。
実は今日は、ようやく行方がわかった兄や義母に便りを書いていた。
二人に、特に苦労が多かったであろう義母に安心して貰えるよう、近況……姉二人はそれぞれ嫁ぎ、子供が生まれたことと、弟の均も婚約が決まりそうだと言うことも書き記した。
均の婚約……これがどうしてトントン拍子に進んだのか……女装はどうなっているかは、兄宛の書簡には記さないでおく。
でなければあの最強の兄でも卒倒しかねないかもしれないからだ。
一端筆を置き、墨を乾かすのと同時に文面を読み返す。
都合の悪い、兄が混乱して騒動を起こしそうな話題は削り取らなければ、あの兄のことである。
周囲を破壊しまくり大暴走もあり得る。
出来る限りの細心の注意を払わなければ……。
何が起こるか恐ろしい。
孔明の回りには天才児の季常に、破壊魔の姉二人。
月英に完璧とお墨付きを貰った女装家の弟と、あの、人をおもちゃにしてからかう士元がいる。
義兄弟の元直と月英がまだまともの域の為、普通に生活できるが、もしあの頃の兄のまま現れたら、孔明の生活は崩壊の危機だろう。
「瑾は本当に『てんさい』だね」
「そうねぇ……亮は普通の秀才なのに、瑾は『てんさい』だわ」
と、両親は良く溜め息を吐きながら言っていたものだが、今思えば、兄は『てんさい』は『てんさい』でも季常のような『天才』ではなく、『天災』なのだ。
あの『天災』の兄を主君、孫仲謀に紹介したのは、魯子敬といい、ここ荊州で言う黄承彦のような江東でも有数の豪族の当主。
あの周公瑾と言う名参謀兼名将も頭が上がらないと言うことは……もしかしたら『第二の天災』の可能性もある……。
と、つらつらと考えていた孔明は、段々恐ろしくなる想像にハッと我にかえると、自分を納得させるように、呟く。
「いやいや……兄上のような人が二人もいたら……しかも、本人には全く被害が及ばないのに、その被害を一手に引き受けてしまう、違った意味の『天災』の人が…いるなんて……いない……よ、な……」
顔がひきつるを通り越し、青ざめる。
「……怖い……あり得そうで怖い。もしかしたら、その『天災』引き受け人が、あの周公瑾殿だったりしたら……」
孔明は祈る。
『天災』の被害を一手に引き受けてしまう体質の人が、江東に居ないことを。
ちょうどその頃、江東のとある場所で軍事演習を行っていた周公瑾こと、文字通り被害を一手に引き受ける羽目に陥った不幸な『天災受難者』は、痛むこめかみを指でグリグリとしていた。
「どうしましたか?周将軍」
部下の問いかけに、彼の凄絶とも言われている整った美貌が僅かに陰り、ふっと吐息を漏らす。
その悩ましげな溜め息に、気が遠くなりかけた男は必死に立ち直り、再び問い掛ける。
「な、何か、ありましたか? 」
「……あぁ、いや」
無意識だろうか、色気を撒き散らしながら微笑んだ公瑾は、首をすくめて見せる。
「子敬殿と子瑜殿は本当に色々と楽しい方々だね。子敬殿のご家族にはお会いしているけれど、今行方不明だと聞いている子瑜殿のご家族に、会ってみたいね……是非とも」
「そ、そうですか……? 」
軍事の方に関わる職務に着く彼だが、政務を担う友人が何人もいる。
しかも、その彼らが揃えて口にするのが、
「魯子敬と諸葛子瑜という二人の軍師は、危険性の高い『天災』だ」
ということ。
本人たちに悪気はなくとも、動けば何かが破壊、もしくは粉砕。
口を開けば目の前の人の野心や、主、孫仲謀の暗殺計画を公表。
見つけた裏切り行為は数知れず。
まだ一応、魯子敬の方が現実的だが、諸葛子瑜の方は天然記念物並に夢見がちで言葉がふわふわ理解不能の時もあるらしい。
あの、黄巾賊の乱から董仲穎の圧政の間に、遊学先から大きな馬車に書物を積んで、武器どころか最近まで猛毒が塗ってあると信じていた、書簡の書き直す為の小刀だけを手にスルッと逃げ出したという話は当初、眉唾物などと言われていたが、最近真実だとまことしやかに囁かれている。
「いや……ね?最近まで知らなかったけれど、子瑜殿は今いる妹殿以外にも、兄弟が多いらしい。すぐ下には二人の年子の妹殿。7歳下と、その4歳下に弟殿たち。一応別々に別れたけれど、叔父君のところに行った後行方不明と聞いて、調べてみたんだよ」
「そうなのですか……」
彼は、そんなに『天災』がいるのかと気が遠くなりかける。
「そう。で調べてみたら、荊州の襄陽に4人共に住んでいたらしくてね」
公瑾は、考えるように腕を組む。
「上の妹殿は荊州の4家の1つ馬家に嫁いで、その下の妹殿は同じく龐家に嫁いだ。そして、7歳下の弟殿は黄家の一人娘と結婚の約束を取り交わしている上に、司馬徳操先生の塾生として『臥竜』、『伏竜』と呼ばれているそうだよ」
「えっ? 」
「その下の弟殿も4家とは少し格は落ちるけれど、習家の令嬢と結婚間近だそうだ。しかも、この強固な繋がりを作ったのは子瑜殿の7歳下の弟殿……らしい」
組んでいた腕をほどき、顎に拳を当てる。
「子瑜殿に相談して……それだけの手腕を埋もれさせるのはどうか……提案するのも、いいかもしれないね」
「無理ですよぉ~? 」
突然のんびりした声が響く。
「り……孔明はぁ、私が幾ら誘っても着いてこなかったですし、元々参謀の素質はありません。うちの一族は、戦闘不得意です!! 」
おっとりとした小柄で天然系の子瑜が、突然真顔になる。
「孔明は普通の子なので、無理ですよ。あれこそ、黄家との繋がりを絶って平和な……穏やかな暮らしをさせてやりたいものです。あれは主君にまみえたとしても、この私が出仕を握り潰します。何としても……です。もしそれでも、孔明を所望するなら……こちらにも覚悟を決めさせて戴きます」
にぃっ……。
唇を歪め、公瑾を見つめる。
「私が馬鹿なふりをしている間に、とっとと働いて貰いたいね。先代のみならず先先代の威光をかさにきた田舎者どもが、軍師のみならず主君を見下して天下を取った気になっている。唯の、広大な国の南東の一部を手に入れただけの分際で……」
はっ……っと吐き捨て、凍りつくような冷めた眼差しで公瑾を見る。
「……お前も、権を馬鹿にするなよ……アイツは、孫家の当主。そしててめえらの主だろう?権を先代とやらに託されたんなら、放り出すんじゃねぇ。アイツをこの地域の代表だと内外に示し、てめえが補佐として形ばかりでも忠誠を誓いやがれ!! 」
「……も、もしかして」
顔をひきつらせながら、公瑾は問い掛ける。
「それが、素デスカ? 子瑜殿」
「悪いか? これでいたら、り……上の弟に大泣きされたんだ‼」
「弟殿……好きとか…? 」
「当然だ!! 孔明は、私の大事な大事な、可愛い可愛すぎるくらいいい子な弟なんだ」
何故か一瞬とろけるような笑顔になったが、すぐに真顔になり言い切ってくれる。
「他のは死のうが、何しようが気にもしないが、孔明だけは誰にもやらん!! 嫁も来るな!! 孔明は私のもの‼」
子瑜の恐ろしい一面を目の当たりにした公瑾は、重すぎる愛を現在受け取らずにすんでいる、孔明という青年の肩を叩いてやりたくなった。
それと、子瑜を絶対に敵に回さないようにしようと心に誓ったのであった。




