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本編。
クッキー。
バターに砂糖と卵黄を加え混ぜとかし、さらに小麦粉を加え、だまにならないように軽くまぜて練る。それを冷蔵庫で一時間ほど寝かし、取り出したら麺棒で伸ばしていく。
多少の厚みを残したところで、型で切り抜き、さらにお好みでドライフルーツ等をくっつけてオーブンへ。
もう何度も作っているので、特に失敗はない。俺が砂糖と塩を間違えたり、オーブンの火加減を間違えてまるこげにした所で誰も喜ばない。
寧ろに怒られ呆れられ嫌われてしまうだろう。それだけは避けねばならない。
「たい兄まだー?」
オーブンを見ていたら、居間から小学生らしい幼さの残る声がかけられた。勿論みとのものだ。
居間といってもキッチンとほとんどつながっていて、間には流し台がある。目を向けると、みとはソファで横になりながらスマホをいじっていた。いくら五月とはいえ、短パンにシャツじゃ風邪をひかないか心配だ。
「もう少しだ。そんなに俺が待ちきれないのかー」
口は動かすが、目は妹から動かない。
膝も隠してしまうほど長い靴下は足のラインを強調させる。よく喋るくらい元気なだけあって、さほど長くないセミロング。髪型の左右が非対称なのは、なにかのこだわりなのか。それとも美容師が失敗したんだろうか。可愛いからよしとしよう。
「違うよ。馬鹿。あたしが待ち焦がれてるのはクッキーだってば。絶対焦がさないでよ。たい兄のさくさくで甘めのクッキーに苦味なんていらないんだから。まったくもう」
貶しているのか、褒めているのか。
小学六年生にしてはメリハリのないすらりとした体型だが、別に欠食児童というわけでも、それでクッキーをぎぶみーしているわけでもない。
今日みたいな月初めに俺の手作りお菓子を食うのには理由がある。みとがそれを知っているのかは微妙なところ。本人はただ好きで食べているのかもしれない。
「大丈夫だって。もう何度も食ってるだろう。んー、来月は何にしようかな」
「気い早すぎるでしょ。大体何さっきからじろじろ見てるのよ。ちゃんとオーブン見てよね」
兄の家族愛的な視線に気づき、身体の向きを変えた。そのおかげで肩甲骨あたりが服越しに見えたが、仕方なくクッキーに目を戻す。
「やた。レアきたー。フロント変えようかな。でもまだレッスンしてないし。ああ、レッスンの素材が切れてるんだった」
何やらひとりごとを言っている。スマホでプレイしているゲームのことだろう。
子供らしくすっかりハマっていて、俺が結構な頻度で見る限り、結構な頻度でプレイしている。
やがてクッキーが焼け、鍋つかみを装着しオーブンから取り出し、皿にからからと盛り付ける。市販のものとはちがい芳醇な焼きたての匂いが立ち込める。
高一の男子とファンシーなクッキーの組み合わせは客観的にみてどうかとおもうが、すぐにそれが似合う所へ運ぶのだからいいだろう。
「わーい。ん、今日のはチョコチップじゃないんだね」
「ああ、俺は日々進化するからな」
「進化じゃなくて変化でしょ。変態化かも。どれにしようかなー。あれ、飲み物は?」
実の兄にひどいことを言う。しかし我がクッキーを前に頬をゆるませ目元を柔らかくしているので、何を言っても可愛いものだった。
「おっと、忘れてた。何がいい?」
決して他のことに気を取られていたわけではなく。
「じゃあ紅茶。ミルクでね。熱いのはやめてね。かといってふうふうしたりしないでよね」
先手を打たれてしまった。こう言っているが、しかしアイスティーをご所望というわけではないことは、長年の付き合いでわかっている。
お湯の温度が上がり過ぎないようにしつつ、専用の入れ物で茶葉を開かせていく。
さらにティーカップに移し、白いミルクを注ぎ込む。勿論市販の植物性のもの。
「ほいよ。兄特製の紅茶」
見ればもうクッキーは半分になっていた。湯を沸かしていたのもあるけど、手が早いものだ。
別に俺も食べたいわけではないが、食べている姿を半分見れなかったのは残念といえる。
「何が特製よ。全部店で売ってるものでしょーが。んー、良い香り」
俺のものよりかなり小さいその手で、カップを口へ寄せる。ひび割れも剥けた皮もなくぷるんとして綺麗なものだ。
「味はどうだった?」
「そりゃあ美味しかったよ。小麦と砂糖とバターと卵の混ざり合った味。この中ではパインが入ってる奴が良かった」
「おかしいなあ。半分は愛情ってくらい注入したのに」
「ああもう、変なコト言わないでよ。食べづらくなるでしょーが」
といいつつ、また一つ口へ運ぶ。ドライレーズン入りだ。少しだけ膨らんだ頬がゆらゆら動き、さくさくという音がこちらまで聞こえてくる。最初は怒ったような目を向けていたが、しだいにふへへという声が聞こえてきそうなくらいとろんとした表情に変わる。
全く、本当に見ているだけで胸が満たされる。
この光景が見れるなら月一といわずもっと作ってやるのもいいかもしれないが、しかしそれをするとみとの美肌、美体型が崩れるくらいしてしまいそうなので、ちゃんと留めている。
今の必要にかられて作るくらいがちょうどいいのだ。
すぐに幸せな鑑賞タイムは終了し、俺は食器を片付けていく。みとはまたスマホへ。なんでも、決められた時間ごとに回復する何かを使って何かを育てているらしく、定期的に手間がかかるらしい。
しかもそれは、みとのような資金のない子供にとってはかなり重要なことらしい。
資金。
ゲームをプレイするだけならば、お金がかからず端末さえあれば誰でも気軽に始められる。しかし、攻略を効率よく進めたり成長を楽にさせるためには課金というものが必要なようだった。
アナログな俺にはいくら無料のゲームとはいえ、実態の無いものに金を払うというのはどうにも。
という話をクラスで一番仲の良い奴にしたら、『時は金なり、ならば時間の短縮に金を使うことは当然の事だよ。まあ、そのために身を削るのは論外だし、そもそもゲームの時間を短縮してどうするんだとぼくは思うけれどね』と言っていた。相変わらず良い事なのか変な事なのかを言う奴だ。
みとが何を好きになり何を楽しむかはあまりとやかく言うつもりはないが、いや、愛情余って言ってしまうこともあるかもしれないが、それはともかく。
こんな可愛い妹のちょっとした問題は、
「ねえ、たい兄。ちょっとお金貸してくれない?」
だった。
「だめだ」
「えー、いいじゃん。高校生だからあたしよりお小遣い貰ってるでしょ? ね、今キャンペーン中でさ、課金できたらお得なんだよね。あ、もしかして見返りを求めてるの?」
「み?」
見返り? というのはもしやあんなことやこんな。いやいや、今考えるべきことはそんなことじゃない。天使の誘惑に乗せられず、反論の言葉を忘れないようにせねば。と思っていたら、頬をつつかれた。背の高さが違うので、当然腕を上げる動作になる。当然、下を見れば何かがちらりと。
「ちょっとだけなら、言うこと聞くんだけどなあ。なんでもってわけじゃないけど、たい兄がいつも言ってるような妙なコトや変なコト」
俺いつも何言ってたっけ。
誘惑のせいか、脳が一瞬真っ白になっていてすぐに思い出せない。しっかりしろ。大事なとこだ。その内容によっては、みとの姿があれなことになったり、これなことになったりする。
つまり誘惑にのることもワンチャンスありという可能性も……。
いや、いやいやいや。
「駄目だ。駄目駄目だ。小学生は小学生らしく、分をわきまえて身の丈にあった遊びをしなさい。俺と同じようなことは、俺と同じ年齢になってから楽しむんだ」
大体みとは俺の妄想にあるようなものをプラスしたりマイナスしたりしなくとも、今のままで十分可愛いではないか。それが答えだ。
しかし高一のみとか……。
「もーいい。せっかくの譲歩だったのに。逃した魚は大きいんだからね。ふんっ」
難しい言葉知ってるなあ。そんな捨て台詞を吐いて、二階の自分の部屋に戻ってしまった。みとの美体型はどこも大きくはないが、それでも逃した魚は大きいというやつだったかもしれない。
……。
仕方なく俺も自分の部屋へと戻る。この喪失感は、アルバムでも見て埋めるとしよう。
階段を上がり、可愛らしい名前入りの飾りのついたドアの反対側を開ける。ベッドや本棚やクローゼットや窓のある、ごく普通の自室だ。壁やシーツや枕カバーに写真がついていたりしない。やろうとして止められたことなど、断じて無い。
そのまま夕食までぼんやりと過ごした。
明日は学校か。めんどくさい。
鞄を担ぎだらだらと歩きながら高校へ向かう。もう舞い散る桜は消え失せ、路上をももいろで染めることも無くなった。
来月には衣替えか。そろそろ暖かいからちょうどいいだろう。校門をくぐり、活発な運動部が使用中の校庭を横目に昇降口を通り、教室へ。
一ヶ月もすれば交友グループが生まれていて、それでも俺は広く浅く挨拶をする程度。
「やあ都斗裏くん。いつも通りの時間だね。もはや習慣といってもいい」
「おす、巳巳巳。お前は相変わらず早いんだな」
席につくと、すぐに隣の女子に声をかけられる。別にもてもてというわけではなく、ただこいつとはどういうわけかよく話すだけ。この一ヶ月こいつ以上に喋った相手はいない。みとがこの高校に通っていたら話は別だろうが。
耳が隠れるくらいのショートで、前髪の一部をまとめるような髪飾りをつけているが、喋り方のおかしさに比べれば普通である。
しかし体型は普通じゃない。クラス一ちびなくせに、クラス一胸が大きいのは一体どんな突然変異だというのか。ブレザーの上からでもはっきりわかるのが凄まじい。
「人より少しだけ寝ていないだけだよ。まあ学校に早く来るなんて、『時間とは、我々が最も欲しがるものだが、最も下手な使い方をするものである』と言いたくなる学生もいるだろうがね」
「そんな事言う学生はお前だけだろ」
これである。普段の会話の中に、偉人だか聖人だか天才だかの言葉を引用し盛り込んでくるのだ。もう慣れたし、聞くだけで頭が良くなったような気がしないこともないので、別に止めたりはしない。ちなみに一番好きな言葉は『大は小を兼ねる』らしい。
何が何を指しているのかは深く突っ込んでいない。
「ふふ。そういえば転校生が来るそうだよ。廊下や教室で噂しているのを耳にした。あとひと月はやく来ていれば、そんな属性もなく普通にクラスメイトだったのにね」
別に転校生だからって、そこまで特別扱いはされないだろう。そいつの人間性しだいだ。
「転校生か。何歳なんだろうな」
なんとなしにぽつりとつぶやくと、巳巳巳はまた元気に喋りだした。見た目大人しそうなのに、口が回るやつである。
「おいおい、何歳ってぼくらと同じくらいに決まっているじゃないか。もしかしてあれかい? 君の妹さんがうっかり転校してこないかな、なんて思ってるのかい? 残念ながら日本ではそんなこと起きはしないよ。髪を二つに分けている天才少女でもね」
具体的なものをイメージしているようだが、それが何のことかはわからなかった。たぶん漫画のキャラか何かだろう。女子にしてはよく読んでいるようだ。
「定番なのはまず性別だろうに。女子なのか男子なのか。女子だったら可愛い子が良い。なんてね」
「はは。そうそう転校生が可愛いなんて展開あるわけないだろ。転校生が来たってだけでもう宝くじの五等があたったようなもんだ。それにいくら可愛いといったって、みとほどじゃないだろうし」
五等がどれくらいの倍率かとかは勿論知らない。
「君は本当にシスコンだねえ。まあ今さらではあるけどさ。会って一日でわかるくらいだったけどさ。ところで、そんなシスコンの君から見て、ぼくなんかはどうなんだい? 友人として忌憚のない意見を聞かせてくれよ」
とそんな風に言って、椅子とともに身体をずらし誇らしげにこちらを向く。
「だからシスコンっていうなって」
みとほどではないにしろ綺麗な肌、整った顔立ち、普段の笑みや今の表情は猫のように愛嬌がある。他の奴らとはどこか違った瞳や、その頭脳。さらに二つの……。
「ま、まあ良い方なんじゃないか? 友人として? 忌憚のない意見を言わせてもらえれば?悪くはない」
しかし何故突然こんな事を言い出したのか。こいつの言動はよくわからんことがある。
「そうかい。思っていたよりも高評価だね。やはり妹さんにはないこの二つのもちがポイントだったりしたのかね」
「か、関係ねーよ。そんな二つの、もち? 餅」
聞いているのかいないのか、もちもちと自分の物を触っていた。そのせいで揺れ動き形を変えている。重量感があり、しかし柔らかそうである。
そんなもちっとしたやりとりをしていたら、チャイムが鳴った。
転校生とやらのおでましだろう。




