第5話
どうでもいい話だが、初体験が公衆トイレでした、というのは最近は結構あるらしい。
声が漏れないよう、携帯で会話してやるそうだ。
まあ、その賛否をいうつもりは毛頭ない。
だが、自分のことでは、断固否定させてもらおう。
何故に公衆トイレの必要があんね。
どうせなら、青姦の方がまだ……いや、非常識度では変わらん気もするが。
「…………軽蔑はしない。
けど、望んだ通りにはしてあげられない」
「遠慮はしなくてもいいぞ……
私はもう……」
「なら、その後どうする気だ?」
「どうって……子供ができる心配でもしているのか?」
「違う。その後、親父さんとしっかり話し合うのか、って聞いてるの」
ない、だろう。
彼女は昔から賢かった。一度、親父さんが話してくれたのだが、3歳の頃から彼女の母親が“いけないこと”をして、自分を“すてて”出ていった事を理解していた。
だから、彼女にとって、自分というものの存在は、母親から押し付けられた、父親の“枷”であり、父親の行動は全て“偽善”に見えるのだ。
彼女が信じられるのは“勝ち取った”僕の愛だけだ、と彼女は言っている。
けれど、それで良いわけはない。
親父さんはいい人で、少なくとも彼女を娘として愛している。
「正直、愛を信じてくれなかったのはショックだけど、今、言わなきゃいけない事は一つ。
親父さんと一度話し合え」
「君が口を出すな!」
唐突に、優花が怒鳴る。そうして、荒々しく上着を羽織り、服を着はじめた。
切羽詰まった相手に説教をするのは、少々、失策だったかもしれない。
けれども、これをしなくてはならないのは、僕だ。
「待てよ。
……逃げるな」
僕以外の誰にも、この責任を渡さない。
「……っるさいっ!
君に私の何がわかる!今、私を抱いてくれないのも、他に好きな人がいるからだろ!
怖いからだろ!」
「いない。あと、怖くない」
「じゃあ、私を好きじゃないからだ!
もう、触れんな、話し掛けんなっ!誰とだって好きな人と付き合え、浮気者っ!」
言いたいだけ言って、優花は女子トイレから走り去っていく。
反射的に追いかけようとして、体がふらつく。怒りが沸いてきて、思うように体が動かない。
恋人とは、愛する二人の人間だ。
お互いを尊重しあい、あくまで原則対等なはずだ。それなのに、あんな一方的に言うなんて……
息が上がっているような感じがして、体がダルくて堪らない。
(馬鹿か僕は……今、余裕がない、あいつが僕の事を考慮できるわけがないじゃないか
そんな時こそ、支えて――せめて見守ってやんないと)
僕は駆け出す。彼女が頭を冷やして、もう一度親父さんと話そうと決意するまで見守ろう、と。