第4話
実は、というと少しビビった。
初体験。
最近、この言葉を不特定多数の人から聞くようになった。
そりゃ、早い人は中学の頃から言っていた。
心地いい、とか最高だ、とか。
大人の快楽として扱われ、早ければ早い程いいという風潮まであるような気がする。
勿論、それはある程度事実なのだろう。
少年漫画にすら多少“性”を感じさせる過激な表現があるものもある。
僕の好きなネット小説にも事前と事後がのった作品がある。
同人誌といわれるものはエロオンリーのやつもあるそうだ。
それらは、僕達に面白いと感じさせる。
そして、早くここへおいで、と囁きかけている。
まるで、それがなければ恋人になったとは言えない、とでも言いたげに描かれている気がしたのだ。
だから、それを初めて見た、当時の僕は生理的に嫌った。
正確にはその在り方を否定したかった。
高尚な事を言うつもりはないが、
未熟な子供の微笑ましい恋愛だって、
熟成した大人の熱愛だって、
好きな人とあり続けたいと思う気持ちは同じ、だと思ったのだ。
走り続けた結果、指定の場所につく。
写真は公衆トイレの中で撮られていた。
ということは――
「ここか……」
幸い、昼間だというのに人通りは少なく、女子トイレに入る変態というレッテルは逃れられそうだ。
「……なんであんな痴女的な行為に走ったかも、問いたださないとな」
プライベートフォルダに保護までかけて、厳重にロックしたあのブツ。
噂程度に、自分の裸の写真を送り合うという変態カップルがいる、と聞いたことはあったが、まさか優花がやるとは思わなかった。
思わぬ収穫と云うべきか、はたまたややこしい事態になったと思うべきか。
こそこそ調べ、一ヶ所だけロックされた扉を叩き、優花の名前を呼ぶ。
「優花」
その瞬間、扉の内側に引き摺り込まれた。そのまま便座の上に、体を座らされる。
中には予想通り、優花が一人。薄い桃色の下着を上下一枚ずつつけて、泣きそうな顔で立っている。
「優花」
「……何かな?」
「服、着ろよ」
「私の肢体に魅力は感じないのか?
私には貴方しかいないのに」
そう言って、ぞっとする程儚く、彼女は笑う。目から流れ落ち続ける涙と相まって、それは恐怖を僕に呼び起こさせる。
けれど、優花だ。
「どうした?なんか変だぜ?」
「どうした、か。
くくっ、私はメンタルが以外にも弱い女らしくてな
親の愛が感じられなくなった」
「親父さんどうかしたのか?」
「幼い頃、母が……男をつくって逃げたのは知っているか?」
「馬鹿にするな。
5年前の3月14日。僕達が初めてキスした日に話してくれた秘密じゃないか」
ホワイトデーのあの日。僕は優花にバレンタインデーのお返しも兼ねて、告白したのだ。
親がどうであれ、彼女を、彼女として、受け入れる。
それが、最初の約束だった。
「ああ、君はやっぱり君だ。君はいつでも私を受け入れてくれる。
でも、父は少し違ったようだ」
「親父さんがどうかしたのか?」
「……再婚、するんだとさ
ははっ。そのために何日も家を留守にしてさ、挙げ句お義母さん、なんて」
彼女は涙を拭こうともせず、僕の頬に手を置いた。ひんやりとした感触が侵食していき、僕の顔を固定する。
ゆっくりと彼女の顔が近づいてくる。
でも、その瞳は、僕を写していない。小説みたいな、こんな言葉を初めて知った。
「僕には君しかいない」
その言葉に嘘はない。
何があろうと、彼女の気持ちが変わらない限りは、ともにあり続けたい。
「嬉しいよ。でも、今、私は不安なんだ。
胸に穴が空いたように空なんだ。
誰もが私を愛してくれない、そう感じるんだ」
「だから……?」
「君が……君だけが埋められる。私は君を求めている。
軽い女と軽蔑してくれて構わない。だから、私と……」