009話 ぶっ飛ばしました
決着編。
今回はグロい表現はないので安心してお読みください。
黒い砲弾が小さな影と交錯し、激しい衝突音が木々を揺らす。
しかし圧倒的質量差にも関わらず、小さな影はその場に踏みとどまり、砲弾を受け止めていた。
黒い砲弾は魔獣《貫くもの》パルラーク、小さな影はウォルフ=ライガルド。
両者の戦いの火蓋は、切って落とされた―――。
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「くっ、流石に重たいな…!」
パルラークの一撃を全力の身体強化を使って受け止めたウォルフは、その一撃の重さに辟易する。
だが、言葉とは裏腹にその小柄な体躯はしっかりと大地を踏みしめ、魔獣の巨体を押し返そうとしていた。
一歩、左足を踏み出し、おもむろに巨体から右腕を放して振りかぶる。
「うおおおおおおりゃあああああああああ!!!」
腰の入った右ストレート。
しかもその拳は何か力場のような物が覆っているのか、歪んで見える。
ドッゴォオオオッ
5歳児の小さな拳が巨体の顔面にぶち当たった瞬間、小山ほどもあるパルラークの巨体が地面と水平にすっ飛んで行く。
そして50メートル程飛行した後、更に30メートル程転がって動きを止めた。
「お、おおー…すげー飛んだな…」
殴った本人が一番びっくりしているというのは締まらない話である。
「昔マンガで見た技だったんだけど、やってみるもんだなぁ」
原理は簡単。魔導力を拳に集中させて殴ったのだ。
ただそれだけなのだが、人並み外れた魔導力を持つウォルフが籠めた力は凄まじく、触れただけで大岩をも砕く威力になる。
「ただこれ、結構魔導力食うんだよなぁ…」
今の一撃に籠めた魔導力で、残存魔導力は2割程まで減っていた。
「うーん、今の一撃で倒せてれば問題ないんだけどな…」
そんなウォルフの願望も虚しく、視線の先では吹き飛ばした魔獣が起き上がろうとしてるのであった。
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魔獣は混乱していた。
最初の獲物を仕留めた時はいつも通り楽な狩りだと思っていた。
だが2匹目の獲物は自分の知っている小さな生き物ではなかった。
小さな生き物は肉の量は少ないが、狩るのには苦労しない為、魔獣は気が向いたときには住処としている山から下りることにしていた。
以前はこの森に近づくと危険だと本能が警鐘を鳴らしていた為、狩り場からは外していたが、久しぶりに訪れたら嫌な気配はしなかった。
意気揚揚と新しい狩り場へとやって来たら、小さい生き物が4匹。
4匹のうち2匹には逃げられてしまったが、初めての狩り場で獲物を得られることが幸運だと知っている魔獣は、その2匹で腹を満たすことにした。
そう、簡単な狩りのはずだった。
だが2匹目の小さな生き物の攻撃は、今まで魔獣が受けてきたことのない威力だった。
お陰で初めての空中飛行をすることになり、未だに地面に倒れ伏したまま起き上がれないでいた。
魔獣はプライドを大いに傷つけられた。
――このままでは済まさない。
魔獣は目の前の小さな生き物を「獲物」から「倒すべき敵」へと認識を変え、震える脚に力を籠めて、立ち上がるのであった。
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「まぁ、そう上手くは行かないか。いかにも堅そうだしなぁ、あいつ」
ただ先ほどの一撃は効いているようで、太い後ろ脚が産まれたての小鹿のように震えていた。
「一撃で倒せないなら、ちまちま削って止めの一撃ってのがボス戦でのセオリーだよな」
気軽に呟き、今度はウォルフから距離を詰める。
「火球」
まるで散歩に行くような軽い足取りで接近しながら、牽制の火属性魔導術を叩き込む。
虚空に火の玉が浮かぶ、その数は50を超える。
一撃毎に通常の火球の3倍近くの威力が籠められているウォルフの火球。
その一撃だけで人里近くに現れるような魔獣であれば容易に消し炭に出来るであろう。
それらが一斉に魔獣へと降り注ぐ。
「GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」
魔獣が咆哮すると、眼前に迫っていた火球がまとめて消えた。
「んー、この威力じゃ牽制にもなんないか。んじゃ、爆炎球」
先程の火球とは比較にならない大きさと熱量を持つ火の玉が、100程ウォルフの周囲に現れる。
流石に危険を感じたのか、魔獣の目に怯えが浮かぶ。
「ほれ」
ウォルフが魔獣を指さすと、爆炎球がまたも一斉に襲い掛かる。
魔獣が再び咆哮。しかし今度は搔き消されることなく、全てが標的に届く。
爆発。
着弾時の閃光と轟音にウォルフの五感が麻痺し、衝撃波と熱にウォルフの髪を乱し、肌を焦がす。
「―――――――AAAAAAAAAAAA!!!」
五感が回復すると、立ち昇る煙の向こうから苦悶に満ちた咆哮が聞こえる。
煙が晴れると、そこには毛皮のあちこちが焼け焦げ、膝を大地に付けて四つん這いになった魔獣の姿が目に入る。
「こんだけ削れば、あと一発かな」
ウォルフは自分に残る魔導力を確認する。残り1割半というところか。
「よし、これで決める…!」
足に魔導力を籠めて、駆ける。
一歩目。踏み締められた大地が割れ、加速に入る。
二歩目。更に加速し、人の目では捉えられぬ領域へと突入する。
三歩目。音速を超え、衝撃波を放ちながら敵へと向かって行く。
魔獣の懐に潜り込み、勢いを殺さずに放つアッパー。
音速を超えたその一撃が魔獣の腹に突き刺さり、巨体が宙に舞う。
その一撃は、魔物の命を断つには十分すぎる威力を持っていた。
「マッパハンチ、ってね」
パルラークが感じていた嫌な気配とは勿論ライガルド夫妻のことです。
嫌な気配がなくなったぜヒャッハー!と森に来たのが運の尽き。
戦闘中に自慢のドリルを使うことなく、消毒されてぶっ飛ばされましたとさ。
ちなみに最後の「マッパハンチ」は某格ゲーの技です。
本来はストレートですけど。
本作品でもパン一になるのは初期設定上だけの話になりました。
読んで下さってありがとうございます。
2012/09/09修正
×おもむろに巨体から左腕を放して → ○おもむろに巨体から右腕を放して