008話 イメージしてみました
本日、もう1話投稿予定です。
大地を、そして獲物を貫いた円錐に続き、その持ち主の巨体が姿を現す。
5メートルを超える体躯。
全身をくまなく覆う、太い針金のような黒い毛並み
鉄をも噛み砕けそうな鋭い牙の並ぶ口
獰猛な本性を隠そうともしない血の色の瞳
そして両腕には全長2mはあるであろう、回転する円錐――ドリルがついていた。
その獣の名は《貫くもの》パルラーク。
二つ名を持つ魔獣と対峙するには騎士中隊クラスの戦力を必要とする。
正真正銘の化け物である。
太陽の下に姿を曝したパルラークは仕留めた獲物を一瞥する。
本能からか、経験からか、獲物を刺し貫いた後、そのドリルは回転を止めていた。
パルラークは周囲を一瞥し、立ち尽くしている小さな人間を次の標的と定めた。
そして狩りに邪魔な右腕の獲物を、標的の方向へ投げつけた。
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ウォルフは投げ飛ばされたアリーを見て、急速に自失から回復する。
そして全身に魔導力を満たし、身体強化を行う。
全力で強化されたウォルフの力は、大の大人5人分に匹敵する。
体格差を物ともせず、危なげなく彼女の力を失った躰を受け止める。
「アリーさん!」
「…よか、った…ウォルフ様、ご、無事で…」
幸いまだ彼女には意識があった。
しかしその傷は無惨なものであった。
ただ刺されただけじゃない。
高速回転するドリルに内臓を抉られ、誰がどう見ても致命傷以外の何物でもない。
大量の血を現在進行形で失っているアリーの目から、生命の光が急速に失われていく。
「お、逃げ…ゴホッ…くだ、さ、い…」
血の塊を吐きながらもウォルフの身を案じ、アリーは意識を失った。
(俺のせいだ…)
ウォルフは歯噛みする。
(俺がボーッとしていたから…)
自分で逃げていればアリーは傷つかなかった。
(俺には力があるのに…)
転生ボーナスと日々の鍛錬により、彼の戦闘能力はセバスチャンに迫るまで成長していた。
だが前世の記憶があるといっても、それを足してもまだ齢30には届かない。
ましてや前世では命が掛かった争い事とは無縁の生活を送っていたのだ。
身体が優れていても、そこに精神が追従していなかった。
(力…そうだ、治癒導術を…!)
彼が彼女に出来る最後の手段に、すべてを賭ける―――
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セバスチャン=ボーゲルは目の前の光景が信じられなかった。
―――パルラークがこの地に現れたこと。
この化け物がこんな人里近くに現れることは異常だが、可能性としてないことはない。
―――アリーがウォルフ様を庇って助かりようもない傷を負ったこと。
これも認めたくはないが、理解してしまった。
だが、今目の前で起きている光景は理解も納得もできない。
まして“可能性”なんて言葉は当てはまらない。ゼロどころかあり得ないないのだ。
目の前の光景を簡単に言うなら、
「ウォルフ様が魔導術でアリーを治療している」
その言葉通りなら彼もそこまで驚かなかっただろう。
無論、光属性が使えるという点には相応に驚いただろうが。
だが彼の今までの経験から言うと、目の前でウォルフ様使っているのは魔導術ではない。
人の範疇を遙かに超えた、神の御業。
ぽっかりと空いた腹の穴が見る間に塞がっていく。
本来、治癒魔導術はどんな傷をも治す万能なものではない。
人間が持つ自然治癒力を高めることで、身体を治すというのが治癒魔導術だ。
なので、人の治癒力を超えるような大きすぎる傷は魔導術では治せないのだ。
神に力を与えられた高位の神官が使う神術の中には、欠けた肉体を治すことのできる物もある。
しかしそれでも死の淵を超え、転がり落ちていく者を引き戻すだけの力は、ない。
今ウォルフ様が行っているのは、明らかに“死の淵を超えた者”を引き戻す行為だ。
アリーの傷が跡形もなく癒え、顔から死相が消えた今でも、未だにその光景が信じられなかった。
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「やった…!」
血色が戻って来たアリーの顔を見てウォルフは自分の治癒術が成功したことを確信する。
正直、一か八かだった。
陣を紡ぐ正規の導術には彼女の傷を癒すだけの力がなかった。
そして陣を介さない自分の導術には彼女の傷の治療法のイメージが足りなかった。
ウォルフの魔導術は陣を介さない。
一般的な魔導術は紡がれた陣により魔導力に方向性を与え、術を発現させる。
彼の魔導術は事象の詳細をイメージすることで、術を発現させる。
つまりウォルフ自身が事象の原理を知らなければ、術は発動しない。
例えば、元理系大学生のウォルフは「燃焼」という化学反応の原理を理解している為、その過程をイメージすることで火の魔導術を陣なしで使用できる。
しかし化学反応や物理反応を理解していても、流石に人体の臓器の詳しい仕組みや、治癒の原理を知ってるわけではない。
その為、陣なしで治癒導術を使うことはできず、書物に詠唱文が載っているような簡単な陣付きの治癒魔導術しか使えなかった。
そこで今回ウォルフは「傷が治る過程」のイメージではなく「傷が治ったアリー」をイメージした。
過程をすっ飛ばした、結果のみのイメージ。
以前火球を結果のみのイメージで発現しようと試したことがあった。
結果は導術の暴発。
導術に込める魔導力量を制御できず、火球なんてかわいらしい代物ではなくなってしまった。
要は導術の規模が制御できなかったのだ。
しかし、今回は導術の規模を絞る必要はない。
彼女の傷を癒せばれいい。
それだけを考え、魔導力を全開で込めた治癒術は、術者のイメージに忠実に、アリーの怪我を治したのであった。
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「ふう…これでアリーさんは大丈夫だな」
その呟きにセバスチャンは我に返り、ウォルフたちに駆け寄ろうとする。
「ウォルフ様!」
「来るなっ!!」
その拒絶の一言にセバスチャンの足が一瞬止まる。が、再び彼は駆け寄ろうとする。
「しかし…!」
「まだこいつは俺らの方を標的にしている!セバスさんはその隙にフィーナを連れて逃げろ!!」
「それではウォルフ様が…!」
「セバスチャン=ボーゲル!!」
「っ!」
普段は礼儀正しく、年上の者に対する敬意を欠かさない少年からの威圧的ともいえる恫喝にセバスチャンは今度こそ完全に足を止めた。
「セバスチャン、今貴方が一番に護らなければならないのは誰だ?」
「それは…」
「誰だ?」
「シルフィーナ様にございます…」
セバスチャンはその背に抱えたシルフィーナに目を向ける。
シルフィーナはアリーが貫かれた光景を見て気を失っている。
「なら、今何をすべきかわかるな?」
「はい…」
そう、ファーナム家執事長が今しなければならないことは、シルフィーナを無事屋敷まで連れ帰ること。
ウォルフやアリーの救助は、シルフィーナの安全が確保されてからだ。
「なら、早く行け!」
この会話の間にもウォルフとパルラークは睨み合っていて、ジリジリとその距離が縮まっている。
「くっ…ウォルフ様、御無事で…!」
そう言うとセバスチャンはシルフィーナを抱えて村の方角へと走り出した。
一刻も早くシルフィーナを連れ帰り、援軍を呼びに行くために。
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「さて…とは言ったものの、この状況はまずいな…」
セバスチャンが走り去ると、ウォルフは独りごちる。
自分に残された魔導力は、アリーの治癒に全力を注いだために、最大値の3割程度しか残っていない。
自分一人であれば逃げることは可能だろう。
しかし、今自分の後ろにはアリーがいて、未だ目を覚ましていない。
「絶体絶命、ってやつかね…」
こうしている間に魔獣はジリジリと距離を詰めてくる。
もういつ飛びかかられてもおかしくない距離になっている。
「んっ…」
「! アリーさん、気がついた!?」
背後でアリーが目覚める気配を感じて、声をかける。
「あ、あれ!?私、確か地面から生えてきた刺に刺されて…」
「アリーさん!今はとにかく逃げてくれ!このままだと二人ともやられる!」
「えっ!?あのっ、シルフィーナ様とセバスさんは…?」
「二人には援軍を呼んできてもらってます!いいから早く逃げろって!」
「はっ、はいっ!」
アリーは慌ててその場から移動し、家の陰へ隠れる。
「これで一先ず安心……っ!」
アリーが離れたことを確認して、気が抜けたその瞬間、魔獣が飛びかかってきた。
黒い砲弾となって、その巨体がウォルフに迫る―――。
次回、決着。
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