007話 大地、揺れました
前話から更に2年経ちました。
ヒュン!ヒュン!ヒュヒュッ!
静かな森の中に風切り音が響く。
ヒュン!ヒュン!ヒュヒュッ!
それは一定のリズムを刻みながら断続的に聞こえている。
ヒュン!ヒュン!ヒュッ―――
「―――ねぇ、ウォルフ~!まだ終わらないの~?」
それを遮る様に不満そうな少女の声が挙がると、風切り音がピタリと止まる。
「フィーナ…暇なら導術の鍛錬でもしたらどうだ?」
「そんなこと言ったって、私陣紡ぐの苦手なんだもん!」
「シルフィーナ様、苦手だからこそ鍛錬を欠かせないのでは…?」
「もう!セバスは黙ってて!」
ウォルフと呼ばれた少年は、先ほどまで振るっていた自分の背丈と然程変わらない長さの剣――ブロードソードを地面に突き刺し、自分を呼んだ少女に声をかける。
フィーナ――シルフィーナの愛称である――は切り株に腰かけて足をぶらつかせている。
呆れ顔の少年には拗ねた様に、隣に立つ物腰の柔らかい初老の男性には威嚇する様な視線を向けている。
初老の男性は名をセバスチャンという。ファーナム家で執事長をしており、グレンの信頼も篤い。
長年男爵家に仕える執事は、主の愛娘からの、威嚇と言うにはかわいらしい視線にも動じず涼しい顔をしている。
ここはファーナム家の領地、トーラ村の外れにある森の中だ。
この森には普段人が入ってくることはあまりない。村の近くにはこれといった何かがあるわけでもなく、深く入りすぎれば凶暴な魔獣が徘徊している。
この森に入る人間と言えば、この森の中に居を構える“竜殺し”夫婦一家と、彼らを訪ねる友人くらいのものだ。
そして“竜殺し”夫婦が王国からの依頼で村を離れている今、この森に足を運ぶ者はいない。
はずだった。
今この森にはウォルフ、シルフィーナ、セバスチャン、そしてアリーの4人がいた。
ウォルフは剣と魔導術の鍛錬の場に自分の生家を選んだ。
ここならば人の目も少なく、心置きなく自らの特殊な魔導術を鍛えることができる。
また、どれだけ激しく動いても人の迷惑にならない為、剣の鍛錬にも都合がよかった。
シルフィーナも同様に特殊な魔導術、そして世間一般の魔導術の鍛錬に訪れている
尤も彼女の場合は単に幼馴染と同じ時間を過ごしたい、というのが最大の理由ではあるが。
セバスチャンとアリーは二人の護衛をグレンから命じられている。
セバスチャンは王直属の密偵であったが、ある出来事をきっかけにファーナム家に執事として仕えるようになった。
元密偵ということもあり、戦闘能力は非常に高く、ファーナム家において彼を超える腕を持つ者はいない。
アリーも魔導術の使い手としては優秀な方で、出自はただの村娘だが、その能力をグレンに見出されてファーナム家に仕えている。
単純に戦闘能力という面で彼女に勝る者は他にもいるが、火属性の魔導術を得手としている為、シルフィーナの魔導術の教師としての役割もある。
最初は魔導術の鍛錬はウォルフの自室で、剣の鍛錬は屋敷の裏手でひっそりと行われていたが、ウォルフが3歳の時にアリーにそれが見つかり、グレン公認となってからは場所をこの森の中に移すことになった。
そんな4人は最早日課になった鍛錬の時間をいつもの様に過ごしていた。
「フィーナはやればできるんだから、もっと真面目に陣付きの導術を鍛えるべきだよ」
「えへへ、できる子だなんて~、ウォルフったら~」
「そこだけ!?耳に入ったのはそこだけか!?」
このやり取りも何度繰り返したことか。
一時期諦めてツッコミをやめた事があったが、反応が薄くなるとシルフィーナの機嫌が悪くなる為、いつの間にかここまでの流れが一つのお約束となってしまっている。
「まったく…いつも言ってるけどさ、詠唱と陣は魔導術の基本なんだからさ…」
「だ~か~ら~、私は陣なんてなくても導術使えるんだからいいのっ!」
「お嬢様、ウォルフ様のおっしゃる通りですよ~。……それに、あまり我が儘が過ぎるとウォルフ様に……」
「っ!!」
アリーがシルフィーナに顔を近づけて何か囁いたが、ウォルフには聞こえなかった。
だがシルフィーナにとってそれは衝撃的な内容だったようで、顔を青くしてアリーとウォルフの間で視線を行ったり来たりさせている。
「………フィーナ?」
「えっ?あっ?そっ、そうよねっ!基本は大事よねっ!さぁ、アリー!鍛錬を始めましょう!」
「ええ、お嬢様。不肖アリー、全力でお嬢様に魔導術を教えて差し上げますわ!」
明らかに挙動不審なシルフィーナに疑問を覚えずにいられないウォルフだったが、敢えて深入りすることは避け、再び剣の鍛錬に励む為に地面から剣を引き抜いた。
その時、大地が揺れた。
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「シルフィーナ様!!」
最初に動いたのはセバスチャンだった。
風のようにシルフィーナに駆け寄り、抱き上げ、慣性を無視した急転回。
その人間離れした動きにより、シルフィーナは救われた。
直後、シルフィーナのいた位置に巨大な刺が生えた。
否、それは刺ではなかった。刺のように見えたそれは高速回転する円錐だった。
そして前世の記憶を持つウォルフには、その正体に心当たりがあった。
「……ドリル……?」
突然の事態にウォルフはそう呟くことしかできない。
ウォルフが自失している間に円錐は地面に沈んでいく。
それが視界から消えても、ウォルフは呆然と地面に空いた穴を見つめたまま動けないでいた。
そして再び大地が揺れる。
「っ!ウォルフ様っ!!」
その揺れの意味を理解したアリーが大地を駆け、ウォルフを突き飛ばす。
その行為によりウォルフは危機を脱し、アリーは脅威に対して無防備になる。
地より生える円錐。
それがアリーの胴を貫き
紅い華が咲いた。
アリーさん…
読んで下さってありがとうございます。
2012/09/17修正
×ファーナム気に仕えている → ○ファーナム家に仕えている