012話 密談
第一章最終話。
暗闇の中、蠟燭の灯りが二人の人物を照らす。
「それで、どうだったかな?」
長髪を背で結わいた男が正面の短髪の男に問う。
「彼は危険です。あの力は異質なんて言葉では足りません。」
そう言い放つ短髪の男に、長髪の男は眉を顰める。
「異質、かね…?」
「それでは足りぬと申しました。」
短髪の男はそこで息をつく。
「若干5歳にして、期待の若手騎士の必殺の一撃を軽々とかわし、中位属性魔法を無詠唱で連続使用。あまつさえ王国最高と名高い黒狼騎士団の幹部でさえ眼で追い切れぬ剣を振るう。」
「なかなかの実力だろう?」
「本気ですか?」
ニヤリと笑う長髪の男に呆れ声を投げかける短髪の男。
「まぁ冗談はともかく、私もあの力は危ういと思っている。」
その言葉に自分とは違う意思を感じる。
「私はね、心配なのだよ、彼の事が。」
長髪の男は溜め息をつく。
「あの子の力は強大だ。この先鍛錬を重ねていけば、伝説と謳われるまでになるだろう。」
その点に関しては短髪の男にも異論はなかった。
あの子どもは独力であの強さを得たという。
より良い教育者がいれば、更に力をつけるのは間違いない。
「だがあの子はまだ子どもだ。まだ善悪の区別もついていないだろう。しかし、そこにつけ入る輩は多いだろう。」
どこの国の貴族にも、権力なき武力を我が物にし、その地位を守ろうとする者は多い。
その為なら自分と家族以外の人間など、路傍の石程にも興味を持たず、虫けらの様に叩き潰すことに一欠けらの躊躇も見せない。
「私はあの子に自らの意志で、自らの道を歩いてもらいたい。その為に私は自分の持つ全ての力を持って彼を守ろう。」
―――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「あの子が9歳になったら、娘と共に王都の学術院にやろうと思う。あの子は図抜けた力を持つが、このままではその力のせいで孤独になってしまうだろう。同年代の子ども達の中で気の置けぬ友人を作ってほしいと思う。」
長髪の男はそこで一息つく。
「しかしやはり学術院に通っている間にも何かよからぬ事を考える者たちの手が伸びてくるかもしれん。そこでだ…」
短髪の男はそこまで聞いて自分がこの場に呼ばれた意味を理解した。
「アントニオ殿、ウォルフが王都に赴いた際には、彼のことをお願いしたい。」
「失礼ですが、何故私に…?」
「君は我が国一の騎士団の長だ。力もある。それに人格者としても名高い。実際に会ってみて、信用のできる人物と私は見た。」
「随分と買い被られたものですな」
アントニオは苦笑を洩らす。
「それに…」
「それに?」
笑みを漏らし、言葉を止めた長髪の男――グレン=ロジェ=ファーナムに、アントニオは続きの言葉を促す。
「それに君自身、あの子の成長を見てみたいと思ってはいないかね?」
「っ!……まったく、敵いませんな…」
アントニオは自分の心の内を見透かされて、降服、とばかりに諸手を挙げる。
ウォルフとエリックの試合の後、彼自身もウォルフと戦った。
結果は惨敗。
渾身の一撃はさも当然と言わんばかりにいなされ、お返しとばかりに放たれた一撃には成す術なく、文字通りぶっ飛ばされて意識も飛ぶところであった。
アントニオはあまりの力量差にいっそ清々しい気分にすらなった。
同時にその危険性も再認識し、それらが合わさって何とも複雑な感情を抱くことになったが。
「了解しました。謹んで御受け致します。」
グレンの望む未来は、アントニオが危惧する未来とは逆の方向を向いている。
それがわかればアントニオにこの申し出を受けこそすれ、断る理由などどこにもなかった。
「ありがとう。宜しく頼む。」
グレンは王都内での力強い味方を得たことに満足し、アントニオに握手を求める。
二人はしっかりと手を握り、その後は他愛無い話を肴に酒杯を交わして盛り上がる。
そうして、黒狼騎士団のファーナム領滞在期間、最後の夜が更けていった。
~幕間~
グレン「ほう、アントニオ殿にも娘がいるのかね?」
アントニオ「はい、シルフィーナ様と同い年になります。」
グレン「それではひょっとしたら学術院で同輩になるかも知れないな。」
アントニオ「かもしれないですね。」
グレン「4年後が楽しみだな。」
アントニオ「えぇ、本当に。」
――――――――――――――――――――
ちなみにウォルフ君は剣より拳の方が強いです。
黒狼騎士団の幹部の中ではアントニオだけが素手で相手してもらいました。
あと黒狼騎士団がクレディフ一の騎士団と言われていますが、同格の騎士団として白鷹騎士団という人たちがいます。
基本的に役割も規模も能力も同等なのですが、実績で黒狼騎士団が優っている為、そちらが国一番という評価を得ています。
読んで下さってありがとうございます。
第一章は幼年編、これにて終わりです。
第二章は学園編になります。
引き続き宜しくお願い致します。
2012/09/12修正
×気の置ける友人を → ○気の置けぬ友人を