011話 圧倒してやりました
当て馬エリックの挑戦。
ウォルフ君の必殺技が出てきませんが、使うと相手が死んじゃうので自重してます。
重さ長さの単位はグラム、メートルです。
しっくり来る物が思いつかなかったので。
そのうち、良いのを思いついたら差し替えるかもしれません。
場所は変わって、ファーナム屋敷裏手の森。
そこには先程の部屋のメンバーに部屋を退出させられたエリック、そして何故かシルフィーナとメヒティルトもいた。
「あのな、メヒティルト。今からやるのは試合とはいえ、一応魔導術の使用も許可しているから危険なんだが…」
グレンが最愛の妻と娘の身の安全を慮って、避難を促す。
「あら、あなた?折角のウォルフの晴れの舞台なんですもの。私たちだけ仲間外れというのは酷くありません?」
「いや、しかしだな…」
「ちょっとくらいいいでしょう?」
「おとうさまぁ」
妻と娘の上目遣い攻撃にタジタジとなるグレン。
ちなみに今までこの技を使ってきた妻にも娘にも全戦全敗である。
「うむむ…しかし観るならばせめて結界を張れる様な人間がいないと…」
「あ、それでしたら私が張ります」
しかし、そんなグレンの最後の抵抗も、騎士団第3小隊長、アリサ=オーバーマイヤーの言葉に打ち砕かれる。
「私の結界なら余程のことがない限り、奥方様の安全は保証できます。」
「そ、そうか…ならば、頼む…」
心なしか元気のなくなったグレンだった。
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「それでは、ウォルフ=ライガルドと黒狼騎士団の試合を始める!」
試合のルールは
1.相手を戦闘不能または降参させた者を勝ちとする。
2.あらゆる武器の使用を認める。ただし毒などの使用は禁ずる。
3.相手を死に至らしめる類の魔導術の使用を禁ずる。
4.戦術魔導術の使用を禁ずる。
主にウォルフから提言したもので、自らの選択肢を封じる物になっている。
ちなみにこれを見たエリックがまた怒り狂ったのは言うまでもない。
「ウォルフ=ライガルド、黒狼騎士団エリック=ベルガンザ、両名前へ!」
グレンの紹介で二人が近づく。
片や銀髪碧眼の白磁の様な肌を持つ、平均的5歳児の体格を持つ絶世の美少年。
片や金色の短髪に小麦色の肌をした、大柄で精悍な青年。
ウォルフはブロードソード、エリックは所謂十文字槍を手にしている。
身長差約1m、体重差約100kg。見た目だけだと完全にイジメである。
「このガキ!あんな決まり事を持ってくるとはな!」
「いやー、だって戦略魔導術なんて使ったら一瞬で終わっちゃうじゃないですかー」
誰がどう見ても明らかに挑発である。
だが只でさえ喧嘩腰だったエリックはその挑発に容易く乗った。
「貴様ァーーっ!!」
「こらっ!ウォルフも挑発するな!エリック殿も大人げないぞ!」
グレンの叱責に形だけ両者は矛を収める。
「それでは、第1試合、始めっ!」
合図と同時にエリックが距離を詰める。
「礼儀知らずのガキには躾をしてやるっ!」
「きゃーこわいー」
「てめぇえええぇええええぇえぇ!!」
一撃必殺の威力を籠めた十文字槍が襲いかかる。
誰もが串刺しになったウォルフの姿を脳裏に浮かべ、腰を浮かす。
が、現実にはそうはならなかった。
一瞬エリックの姿が掻き消え、次の瞬間には無手のエリックが逆さまになって宙を舞っていた。
十文字槍はウォルフの手の中にあり、エリックは自分が宙を舞っているというその事実に目を丸くしていた。
そして逆さまの状態のまま大地に落下。樹に衝突するまで転がって行った。
「ぐっ…バカな…!」
「あ、すいません、槍取っちゃって。」
ウォルフが十文字槍の柄をエリックに向けて、受け取るように差し出す。
「くそっ!ちょっと油断しただけだ!」
再び槍を手にしたエリックは、今度は慎重にウォルフから距離を取る。
そして距離を保ったまま、ウォルフの周囲を回り始める。
先程の交錯で何をされたか理解できず、中々飛び込めないでいるようだ。
「うーん、来ないのなら…」
ウォルフはそう呟くと詠唱を省略した陣付きの魔導術を発現する。
「火球」
詠唱省略に見学者からは感嘆の声が挙がる。
しかもその数は10近く。
一瞬にしてそれだけの数を発現したウォルフの力量に、エリックは目を見張る。
「へぇ、やるじゃねぇか…だが!」
飛来する火球に対して、十文字槍を楯の様に回転させるエリック。
それによって火球はエリックにかすり傷ひとつ負わせることなく防がれてしまった。
しかしそんなことで動揺するウォルフではない。
「ならこれはどうでしょう?雷光」
続けざまに今度は幾閃もの雷属性の魔導術を放つ。
流石にこれは防げないのか、横っ飛びで回避するエリック。
だがウォルフの術は途切れることなく、まるで雨霰のようにエリックに襲いかかる。
途切れることのない雷を避け続けるのに業を煮やしたエリックが、術と術の僅かな隙をついて襲いかかる。
そして再び両者が交錯し、両者の動きが止まった時、試合の決着が着いていた。
「まったく、化け物かお前は…」
エリックは試合前とは打って変わって清々しいとも言える笑顔で言い放つ。
「いえ、最後の一撃は、本気だったら僕もやられてましたし、僕が化け物だったら相打ちのエリックさんも化け物になりますよ?」
ウォルフの喉元30cmのところに十文字槍の穂先が突きつけられていた。
「バカ野郎、お前手を抜いてただろ?それでこの様だ。俺の負けだよ。完敗だ。」
そう言うエリックの喉元には皮一枚切ったところでウォルフのブロードソードが止まっていた。
エリックにはウォルフがいつ抜刀したかまったくわからなかった。
最後の一撃を放った時、体勢の整っていないウォルフを見て勝利を確信した。
だが結果は自分が寸止めされ、しかも相手は自分の身長ほどもある剣を片手で振ったのだ。
その一撃だけで相手と自分と間の圧倒的な力量差を感じて、エリックは潔く負けを認めた。
まぁ、そもそも最初の一撃で槍を奪われた時に勝負は決していたのだが。
「まったく、末恐ろしいガキだぜ。俺はエリック=ベルガンザ。さっきは済まなかったな。」
「いえ、こちらこそ大変失礼な態度を取りました。ウォルフ=ライガルドと申します。」
どちらともなく手を差し出し、固く握手をする。
「俺は普段は王都にいるんだ。王都に来た時は騎士団詰所に寄ってけ。また手合わせしようぜ。」
「その時は是非。楽しみにしています!」
エリックの提案に、ウォルフは年相応の幼い笑顔で応えたのであった。
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「信じられん…」
見物席ではグレンと黒狼騎士団の面々が呻き声を挙げていた。
だが、その言葉に籠められた意味は違う。
グレンは「5歳児としての異常な力」に驚愕し、騎士団の面々は「人としての異常な力」に慄いていた。
グレンは若騎士と握手を交わす、友人の息子の身を案じる。
(強すぎる…)
幼子にしてこれほどの力。
力に溺れ、悪しき心に支配されはしまいだろうか。
その力を周囲に利用され、潰されてしまわないだろうか。
こんな時に彼の両親がいてくれたらどれだけ心強いか。
しかし、今彼らは王からのある依頼を受け遥か遠い大地へと旅立ち、既に3年の月日が経つ。
それを今さら嘆いても仕方がない。
それに、彼をこの家で預かり始めて4年になる。もう自分の息子も同然だ。
ならば我が息子の為に自分は為すべき事をしよう。
この子が自分を見失わず、自分の意志で事を為せる様に。
自分の持ちうる全てを以て、彼の行く先を照らしてみせよう。
グレンは若騎士に向けて太陽のような笑顔を見せる「息子」の未来に思いを馳せ、決意の表情を浮かべるのであった。
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アントニオはその尋常ならざる力に恐怖を覚えていた。
(強すぎる…)
エリックを投げ飛ばしたその動きは、辛うじて何をしたかわかった。
突き出された槍を掴み、突き出された槍の回転とは強烈な逆の回転をかけて槍をもぎ取る。
そして体勢の崩れたエリックの胸倉を掴んで、突撃の勢いのまま投げ飛ばしたのだ。
だがその体術を目に捉えることができたのはそこまでだった。
最後の一撃、あれは理解不能だ。
あの体勢から剣を間に合わすなど、いくら身体強化をしたところで不可能だ。
オーガ族やエルダードワーフ族並の怪力があれば別だが、彼は人間族の、しかも幼子だ。
―――あの力は危険だ。
今はまだ幼い。だが時を経て、この国に仇なす存在になるかもしれない。
そうなったとき彼を止める事のできる者がいるだろうか。
今ならばまだ倒せるかもしれない。刺し違えれば、の条件が付くが。
アントニオはエリックと握手を交わす幼子に、脅威の可能性を見出し、険しい表情を見せるのであった。
―――ちなみに。
その後、その場にいた他の黒狼騎士団の面々とも手合わせをした結果、全員が瞬殺された。
アントニオの表情が更に険しくなったのは言うまでもない。
~幕間~
シルフィーナ「ウォルフ凄い!かっこよかった~」
メヒティルト「あらあら。フィーナ、そう思うのなら絶対に手放しちゃだめよ?」
シルフィーナ「うん!めろめろにして一生私のものにする!」
メルティヒト「じゃあそれまで悪い虫がつかないよう、気を付けないとね♪」
母娘「ふふふ…」
アリサ「なにこの母娘こわい…」
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メヒティルト母様は結構黒い人です。
旦那が真っ直ぐな分、バランス取るんでしょうかね。
ちなみに危ない知識を教え込んでるのも母様。娘をどうしたいのか…
次回、第1章完結。
主人公は(多分)出てきません。
読んで下さってありがとうございます。