もったいない精神を思い出した冷遇大公妃は離宮を満喫したい
巨大な魔法石が大広間の暖炉を占領しているのを見た瞬間、私は思わず息を飲んだ。必要以上に大きい。
それを見て思い出した。
日本人の祖母がいつも口にしていた「もったいない」という言葉。
ついでに前世も思い出した。
気付きたくなかったがついでに気付いたのは私が今『身代わりの花嫁はどうやら聖女だったので領地改革します』というウェブ小説の主人公アマリリスその人であるという事実だ。
前世の記憶によれば、私は家族に虐げられ義姉の身代わりとして王国と公国の和平の為にこの凍てつく北の公国に嫁がされた。
ここでも義姉の悪評のせいで食事もろくに出されず、部屋を温める魔法石も空っぽにされる嫌がらせを受け死にかけたことで聖女の力が目覚めるはずだった。
そしてその力で庭に春を呼び自給自足を始めると、形だけの夫が通りかかり「いつ頼って来るかと思ったら自給自足か。面白い女だな」と言ってくる。
実は彼は、私が身代わりであることや実家での境遇にも気付いていて、私が頼ればすぐ助けることで「頼れる人間がいる」ことを理解させようとしていたらしい。そこから領地改革をしながら仲を深めていく——そんな物語だ。
そんな事より目の前の「もったいない」事が目に余り過ぎた。
この国は凍てつくと評されるレベルの極寒の地だ。
民の中には毎年寒さを極める時期には凍死するものも出ると聞いている。
にもかかわらず!
あのでかい魔法石を余剰分だけでも砕いて配ったら民がどれだけ助かると思っているのか…
この無駄に高い天井や広い空間全体を空気の循環も窓断熱も何も無く温めようとする事がまず無駄でしかない。
王国から来た人間に権威を示そうとしたのだとしたらおあいにく様、ろくに外にも出られず王国の一般レベルが分からない上に貴族としての教育もまともに受けていない女に伝わる訳がないですよ。
残念でしたね。
その残念行動の為にどれだけ無駄遣いしたんですかね!?
「あぁあああ…」
大広間からの移動中もひたすらにもったいないが溢れ過ぎて周りに聞こえない様に小さな声をもらす。可能なら地団太踏みたい心境だ。
なんだろう。前世?暮らしてた頃はきっとここまで気にならなかったのに。
1度もったいないと思ってしまったらあれもこれも全部もったいない気分になってしまった。
ここに来るまで家族からは冷酷無比な暴君としか聞いていなかったが脳内で奴の顔に無能と貼り紙しておこう。
もったいない過多許しがたい。
おまけに嫁に貰った女を死にかける状況に追い込みながら、助けもせず「いつ頼って来るか」などと言う夫のクズさも許しがたい。
何が頼れる人間がいる事を理解させるだ。どんだけ上から目線だ。相手を言葉を分からない動物だとでも思っているのか。生き延びる特殊技能が無かったらそのまま死亡ENDだ。
和平を結んだ途端に和平の象徴を餓死だか凍死させて和平破棄だ。戦争まっしぐらだ。
死なない最低限は確保しているつもりだったとか?実際聖女になっていなければ死んだのだからその「確保しているつもりだった」すら出来ていない。出来ていたところで、だけど。
「よし」
私は離宮——ぼろぼろの別棟に追いやられたその部屋で、決意を固めた。
夫の名声を上げる領地改革など一切しない。この離宮を快適にし、この国での私自身の地位を確立することに専念する。
夫の力を使わないとなれば最初はろくな事は出来ないだろうけど、じわじわ活動してそのうち比較であの無能の無能っぷりが露呈したら万々歳だ。
原作アマリリスと違って私は性格が悪いのだー!
と心の中だけでライオン気分の猛獣ポーズでがるると吠えてみる。
「とりあえず甘ったれ現代っこだから兵糧攻めとか激弱だし。1日だって拒否したーい…いや休みに1日ネトゲしてた日は飲み物しか飲まなかったっけか?あれはノーカンで」
原作の物語では聖女の力に目覚めた私が聖女の力で春を呼び食物を作って民に配ったりもしていたけれど。
あと何が出来たんだっけ。
原作の聖女はそれどうなの?という感じで万能だった。
聖女にありがちな治癒とか浄化とかもあったけどメインで使っていたのは極地的に春を呼んだり動植物の育成促進したりの力だった。ほんと万能だな。
でも聖女の力で改革を進めても、私がいなくなれば継続できない。
聖女の力が遺伝するか分からないし、そもそも子供を作る可能性は無いし。
原作にはその辺ふれてなくてアマリリスしんだらどうするの?と思ってはいたのだ。
それに!この国は!聖女の力が無くてももったいないを撲滅すれば普通に回っていける!
私が居なくても回るシステム——適材適所ともったいないをなくす改革を目指す。
ついでにこたつだとかこたつだとか私の欲しい物も作って貰ってWin-Winだ!
離婚?それはこの結婚の意味を理解していない夫と同じレベルに堕ちることだ。
だが、形だけの結婚以外彼に利を与える気はさらさらない。
「まっててね〜愛しのこたつー!」
******
初日、まぁ思っていた通り冷え切ったお部屋である。
人が来る気配もこの部屋を警備してる気配すら皆無である。
人が居ないのをいいことに廊下を歩き回って発見したトイレからくすねて来た小さな魔法石の入ったカゴの様なものを手にフットベンチに布団をひっかけ即席こたつを作る。
トイレが水洗で良かった。
いにしえのヨーロッパ方式とかだったらメンタル大打撃だったよ。
あとどうやらこのカゴの中に入れておくと熱を発した魔法石を触ってあっちっ!!って事が無い様だ。
天板になるものが無かったので布団を被せただけ。
そのうち絶対ちゃんとしたこたつを作ってやろうと思いながら今後の方針を考えつつ夕飯の時間を待つことにした。
「やっぱ来るわけないかー!なんなのこの国の人間。和平の為の婚姻軽く考え過ぎじゃない?そんなのとは無縁で生きててちらっと小説で読んだ程度の私の方がまだ重みを理解してるとかヤバくない?」
夜更けまで食事が運ばれてこないことを確認すると、私は調理場へ直行した。
まぁ直行と言っておいてあれだけど場所を知っていたわけじゃないので匂いを頼りにうろうろ歩き回ったけども。
中に人の気配を確認すると勢いをつけて扉を開け放つと同時に言い放つ。
「この城の人間は、和平のための婚姻の意味を理解していないのね」
まかないすら片付け終わろうとしているところだったらしき料理人たちが固まるのを横目に、私は続けた。
わざと、高慢な言い方に気を付ける。
弱気な部分を見せるわけにはいかない、緊張で震える手はばれない様に手近な台をバシッと叩く。
「ここで食材も渡さないというなら、全員の名前を把握して母国に報告するわ。自分たちが原因で戦争が起こるのだと心しておきなさい。原因となった名前は、この国の国民にも公開するようにしておくから。これから戦争が起こってあなたたちの親や兄弟や隣人が死ぬのは全部あなたたちのせいよ」
言われている事を理解する頭は一応あったらしく恐怖に震える彼らを尻目に、私は必要な食材を「強奪」して離宮に戻った。
次の朝、料理人達に訴えられたらしい夫ダリオスが訪ねてきた。
部屋に入れる気も無いので、部屋の外に出て対応する。
「開戦を盾に料理人を脅したそうだな」
こちらを見下ろしながらそう告げる彼の冷たい声に私は静かに聞き返した。
「料理人が何をしたのかも把握しないでここに来たのですか?自分の部下を統率できないどころか正しい事態すら把握出来ないのですね。もし部下がやっていることに気付いていながら放置した上でそんな事をおっしゃっているのなら部下だけでなく大公までも根本的に『両国の和平のために結ばれた結婚』の意味を理解していない無能なのですね」
イラっとした心のままに、先程料理人達にした様にわざと高慢な令嬢の様に溜息混じりに告げる。
私の言葉に、彼の目がわずかに見開かれた。
「開戦を望んでいるなら、初めから和平のための婚姻などしなければ良かったのに。こんな回りくどくて無駄なことをしなくても。それとも、うちの国を攻撃できない腹いせに、味方もなく一人やってきた女を嬲って楽しもうとでも思ったのですか?」
「…侮辱するのか」
彼の一段と低い声には怒りが込められていた。
続けた言葉に彼の表情が動くのを分かっていながら、最後まで言い切ってわざと小首を傾げて見せたのだ。
「事実。和平の為に来た女をまともに会話する事も無くぼろぼろの離宮に放り込み、この吹雪の中、防寒服も部屋を暖める手段も与えず、食事も与えないではありませんか。何か事実と違うことを言っていますか?」
並べられた事実に今更ショックを受けたとでも言う様に彼は固まったがすぐに立て直したのか口元に手をやりながら答える。
「…私に頼れば良かっただろう。仮にも夫なのだから」
「仮にも夫である人本人がやらせているのに?」
即答すると言い返された事が不快だとでもいう様に眉を上げて見下ろす視線は義姉の言う冷酷無比にぴったりの見た目かもしれない。
「俺の指示では無い」
怒りを隠せない様子で続ける様は冷酷無比というより機嫌を損ねたちびっこだけどね。
「あ!これは夫の指示じゃないわ!と、まともに会話した事もない私に気付けと?それに、指示でないのならすでに指示に従わせられていないじゃないですか。頼ったら急に指示に従わせる事が出来るんですか?」
なんだか売り言葉に買い言葉じゃないけど言うつもりの無かった言葉まで追い詰める様に出てしまったけど、口に出してしまったものはしょうがない。
言い返す言葉が見つからないのか固まった相手にこちらも多少居心地の悪い気分で「そういう事ですので」などと言いながら部屋に逃げ込んで扉を閉めた。
部屋に入れたら即席こたつを見られるところだった。
どうでもいい事だけどなんだかちょっと恥ずかしかったからよかったよかった。
震える手は気のせいだ。
大丈夫。
こんなの、なんともない。
寒いだけ。
******
それから数日後、ダリオスが再び離宮を訪ねてきた。
前とは違う、どこか疲れた様な様子で。
「アマリリス…すまなかった」
そう言う彼に、この人は謝れる人だったのかと少し驚いた。
前回同様部屋のドアの外で立ち話なので、見上げる視線になるのだが、どこかこの前より一回り小さく感じる。
「君を、殺そうと思っていたわけではなかったのだ。城の者が何かしようとしているのは知っていたがまさか死ぬ程の事はしないだろうと高を括っていたし、今までの君の境遇を知っていたから城の者の不手際を理由に頼ってくれれば頼れる人間がいる事を理解させられると思っていたのだ。『理解させられる』などと、傲慢だった。死ぬ目に遭わせたと知ったのにすぐに非を認める言も出来なかった」
おや、と思った。
この人は謝れるだけじゃなくて私の主張をちゃんと聞いた上でこの数日でそんな風に思ってくれたのかと。
「あれから調査をして、君にまともに対応しなかった者達は罰則と共に全て入れ替えた。今後二度とあの様な事は起こさせない。」
彼の言葉に、それは気付いていた。と心の中で答える。
あの日昼前には、私専属だという愛想の良い侍女が来てくれて部屋の温度の保たれる魔法石も与えられ食事も三食出てきているし、他の城の者も会えば皆良くしてくれている。
初日とは天と地の差だ。
全ての後始末が済んだから今日来た、という事なのだろう。
「ありがとうございます。勢いよくタンカ切りましたけどご存じの様に母国に開戦指示出来る様な権限は無かったのであのまま放置されなくて良かったです」
「そんな事は…!絶対にしない」
ぺろっと脅迫がただのハリボテだったと告白すると、慌てた様子で否定してくれる様子に本当にこの人は本物だろうか…と頭を過ってしまう。
「本当にすまなかった。反省しているし二度と繰り返さない。だから…もう1度、機会を貰えないだろうか。1から夫婦として始める機会を」
彼の目は真摯だった。だが、私は首を振った。
「私は、今の待遇で充分です。元々身代わりの身です。贅沢を言うつもりはありません。改善していただいた分この国の力になれる様尽力はしますのでその反省は、側妃さんだとか愛妾さんだとか、次の奥さんに生かしてください。」
しかしダリオスは諦めなかった。
毎日のように離宮を訪れ、公国内の「もったいない」状況を改善した報告を持ってきた。
魔力の浪費をなくす必要最小限の魔法石の運用。
食材の適切な流通システム。
無駄な人員配置の見直し。
平民でも取得可能な小さな魔法石で使用可能な電気毛布や電気カーペットの様な範囲限定暖房器具。
どれも、私の「もったいない精神」を反映したものばかりだった。
私が彼から与えられた権限の範囲で行った「もったいない削減」や、共にする様になった食事の際の会話を真摯に受けて改善してくれて、その上で削減から出た余剰を必要なところへ再編するところまで考えてくれている事に内心喜びを感じずにはいられなかった。
内側に入って初めて分かる事もあるわけで、この国がこれだけもったいない過剰だったのはこの寒さに加えて出る魔獣対策で生きていくだけでいっぱいいっぱいだったからだった。
そんなことも知らないで偉そうな口を叩いたよそ者にダリオスはよく知りもしないくせに、とは一度も言わない。
彼の真摯な態度に答えたくて、私も民が誰も凍死しないで済む為の方法として微かにある前世の防寒対策を元に知恵を絞って案を出した。
まぁ専門家ではなかったので「空気を多く含んだ綿の様な素材を壁の内側に挟むと冷気が伝わりにくい」とか地面からの冷えを防ぐとか3首を温めるとかそういったものだけど。
あとは待望のこたつは実装された!
ありがとう。ありがとう。
そんな日々をこつこつ積み重ねてこの国に来て初めての寒さを極める季節を、凍死者2人で乗り越えた。
2人は山で遭難してしまったらしい…
私は山の事故には無力だ…いつかそこも改善していけたら素晴らしいと思う。
「アマリリス、君の指摘は全て正しかった」ある日、ダリオスはため息混じりに言った。
「君が城に来た際の対応だけでなく、今までどれほどの無駄を放置してきていたのか日々思い知らされる」
彼の目にはかつての高慢さはなく切実な眼差しで、その目に思わずたじろいでしまう。
彼は私の前で膝をつき、両手で私の手を包んだ。
その手は、前回会った時よりずっと粗くそして温かかった。
自ら現場に出て改革に携わっている証だろう。
「このまま別居しているのも…もったいない、と思ってくれないだろうか」
その言葉に、私は思わず笑ってしまった。彼が私の口癖を覚えていたのだ。
「あなた、勉強したのね」
「君のすべてを知りたいと思った。俺のすべても知って欲しい」
彼の目は、まるで捨てられた子犬のようだった。上から目線などどこにもなく、ただ切実に、私を見つめている。
まさか…子犬系が好きなのを見破られている!?
内心で思わずそう考えてしまう自分がいた。
前世から、私はふわふわした小さな犬に目がないのだ。
そんなところまで勉強しなくていいです!と言えたらどんなに楽か。
「…その目は卑怯です」
「ああ、卑怯だ。君を失う恐怖が、私を卑怯にさせた」
彼の手が、微かに震えていた。それは演技ではない。
この冷徹な公国で、彼自身もまた孤独とプレッシャーに凍えていたのだろうか。
部下の行動の意味も、結婚の意味も、そして自らの無力さも、全てに気付き打ちのめされて、それでもそこで終わらないこの人も。
『大公』では無い『この人自身』を本当の意味で初めて見た気がした。
「私が気付かなかったこと、統制できなかったこと、全てが私の責任だ。だが、教えてくれたのは君だ。この国を、『もったいない』という観点から見直すことを。ならば——」
彼の声が詰まった。けれどその手は離れないままだ。
「この結婚をこのまま無駄にすることだけは、やめてほしい。和平のためだけでなく、私たち二人のためにも」
冬の陽光が離宮の窓から差し込み、彼の横顔を柔らかく照らした。
その瞬間、私は思った。
もったいない——確かにこの人を、この機会を、このように変わり始めた可能性を、無駄にするのは「もったいない」と。
この人をもったいないなんて、言える立場では無いんだけど。
私はゆっくりと息を吸い込み、そっと目を閉じた。そして開いた。
「…少しづつですよ?」
私の答えにぱっと表情を明るくする様さえ、しっぽをぶんぶんと振る犬に見えてしまってもうだめだった。
「ゼロからのスタートですからね!?急には本当の夫婦にはなれないかもしれないですよ?それでもいいんですか?」
彼は深く頷き、そして初めて見るとても晴れやかな顔で笑った。
「ああ。たとえこれから何十年かかっても」




