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異世界料理道 --外伝集--  作者: EDA
前伝 黎明の森

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05 邂逅

 夜もとっぷりと更けた頃、森辺の一団は移動を開始した。

 王国の兵士が掲げる火の明かりを頼りに、二列になって道を進む。夕刻にまた干し肉と果実の食事を口にしたため、同胞たちの足取りは力強かった。


 まずは平らな道を西に進むと、北側の広大な森が尽きたところで、南北の道に行き当たる。そちらの道はいっそう立派であったため、四列になって進むことができた。


 右手の側に山の黒い影を仰ぎながら、進む格好だ。

 しばらく進むと、左手の側に人里と思しきものが見えた。この暗さでは判然としないが、ぽつぽつと家の影が立ち並び、そのいくつかから明かりがこぼれていたのである。


 これがきっと、村落というものであるのだろう。

 ジバ=ルウは少しばかり興味を引かれたが、立ち止まっているいとまはなかったため、黙って通りすぎるしかなかった。


 そうして何刻も歩いていると、また左手の側に人里が見えてくる。

 今度はさきほどよりも規模が大きいように思えたが、日没からずいぶんな時間が過ぎているため、もはや明かりもこぼされていなかった。


「間もなく、ジェノスの宿場町に到着する。すでに領民は寝静まっている頃合いであるので、決して騒がぬように」


 先頭を進む兵士から、そんな言葉が回されてくる。

 だんだん疲れの溜まってきた足を励ましながら、ジバ=ルウはかたわらの次兄を振り仰いだ。


「ねえ。しゅくばまちって、なんだろう? そんらくとは、ちがうの?」


「ああ。宿場町っていうのは……たしか、旅人が身を休める場所のことじゃなかったかな」


 森辺の民も長きの旅を続けてきたが、その地で身を休めることは許されないのだろう。そしてその旅も、この夜で終わるはずであった。


 そうしてしばらくすると、前のほうから動揺の気配が伝わってくる。

 兵士の言いつけで声をあげることはつつしんでいるが、多くの人間が心を乱しているのだろう。長い行列の真ん中あたりを歩いていたジバ=ルウも、やがてその理由を知ることになった。


 足もとの地面が、急に固くなったのだ。

 そして左右には、巨大な影が立ち並んでいる。それらはどうやら家であるようであったが、このように大きな家はこれまで目にしたこともなかった。


「に、にいさん。なんだか、じめんがいしみたいにかたくなったけど……」


「うん。これは石だね。きっと平らに削った石で、道を覆っているんだよ」


「いしを、たいらに? みちをうめつくすほどのいしをたいらにけずるなんて、できるわけがないよ」


「王国では、それができるんだよ。王国というのは、石と鋼の王国と呼ばれているんだ。外界の人間は石と鋼を自由に扱うすべを持っているからこそ、この世界を自分のものにすることができたらしいよ」


 確かにこれは、鋼の刀に匹敵するぐらいの驚くべき細工であろう。

 真っ平らな石の感触を足の裏で味わいながら、ジバ=ルウは胸を騒がせることになった。


(がいかいのにんげんはあんなによわそうなのに、そんなすごいちからをもっているんだ)


 外界の人間は誰もが鋼の刀をさげており、あんなに大きな獣を手懐けて、こんなに大きな家を建てている。それに、千名もの人間の食事を簡単に準備することもできるのだ。ジバ=ルウは、外界の民を見くびっていたことを恥じることになった。


(だからぞくちょうはがいかいのたみとあらそわないように、ずっときをつけていたんだ。きっとがいかいのたみとたたかったら、さいごにはあたしたちがまけてしまうんだ)


 ジバ=ルウがそんな思いを噛みしめる中、左右から家の影がなくなった。

 しかし足もとは、平たい石のままだ。そのまま進むと右側には森が現れて、左側には背の低い壁が現れた。


 一団が足を止めたのは、左側の壁が尽きて、しばらく経ってからのことである。

 壁が尽きると、次に現れたのは広々とした荒野だ。先頭の兵士は、その荒野のほうを指し示した。


「今日はそちらで身を休め、明朝から森に入る準備を整える。南側はトゥランの領地であるので、決して騒ぐのではないぞ」


 森辺の民は無言のまま、荒野に足を踏み入れた。

 屋根も何もない場所であるが、もう四ヶ月半もこうして過ごしてきたので、今さら嘆く人間はいない。ジバ=ルウはほとんど倒れ込むようにして地面にへたりこみ、痛む両足をもみほぐした。


「よく弱音を吐かずに、ここまでついてこられたな」


 と、頭に温かいものがのせられる。予想通り、それは父の大きな手の平だった。


「これぐらい、どうってことないよ。きのうから、たくさんものをたべているしね」


「しかし、まだまだ滋養は足りていない。お前の顔がもとの丸みを取り戻すまで、俺も力を尽くさなければな」


 父に温かい眼差しを向けられると、ジバ=ルウの鼻の奥がつんと痛くなる。

 しかしジバ=ルウは涙を見せることなく、「うん」とうなずいた。


「あたしも、がんばるよ。どんなしごとでも、はたしてみせるからね」


「そうか。ではさっそく、お前にひとつ頼みたいことがある」


 父が暗闇の向こうに手をかざすと、大きな人影と小さな人影が近づいてきた。

 誰かと思えば、ドグランの家長とその子供である。ドグランの家長は勇ましい顔つきをしていたが、子供のほうはしょんぼりしていた。


「ドグランの次兄、ラック=ドグランだ。お前も、顔ぐらいは見知っていよう?」


 五歳以上の家人は祝宴に参ずることが許されるので、ジバ=ルウもそういった際にラック=ドグランの姿を見かけた覚えはあった。ただし、いつも元気な兄の陰で小さくなっていた印象である。


「現在のルウの血族でもっとも年若いのは、お前とラック=ドグランということになる。幼き身で大きな試練を乗り越えた者同士、絆を深めるがいい」


 そんな風に言ってから、父はジバ=ルウの耳もとに口を寄せてきた。


「ここまでの道のりで兄と妹を失って以来、ラック=ドグランはずいぶん元気をなくしてしまっているのだ。どうか、お前の力を分けてやってもらいたい」


 確かにラック=ドグランは、今にも魂を返してしまいそうな目つきをしている。

 そこに弟の面影を見出したジバ=ルウは、奮起しながら「うん」と応じた。


「それじゃあきょうは、いっしょにねようよ。よろしくね、ラック=ドグラン」


「うん……」とかぼそい声で答えながら、ラック=ドグランは地面に座り込んだ。

 月明りに、赤い髪がきらめいている。しかし、その青い瞳は暗く陰っていた。


「ラック=ドグランは、なんさいなの? あたしは、ごさいだよ」


「ぼくは、七さい。……五さいなら、ぼくの妹と同い年だね」


 そのように告げるなり、ラック=ドグランの目に涙がにじむ。

 ジバ=ルウは「そっか」とラック=ドグランの手を取った。


「あたしのいもうとは、いっさいになるまえにたましいをかえしちゃったよ。それで、きのうは……いや、もうおとといになるのかな? このもりについたひに、さんさいのおとうとがたましいをかえしちゃったの」


「え……かわいそうだね」


 ラック=ドグランの目に浮かんだ涙の粒が、ますます大きくなっていく。

 ジバ=ルウは「うん」とうなずきながら、ラック=ドグランの手をぎゅっと握りしめた。


「でも、このもりでいきていくことができれば、みんなのたましいもいっしょになれるからね。みんなのために、あしたからもがんばろうよ」


「でも……たましいを返した人間には、もう会えないよ?」


「でも、みんなはどこかでわたしたちをみまもってるんだよ。だから、いきているあたしたちががんばらないといけないの」


 そんな風に語りながら、ジバ=ルウは自然に笑うことができた。

 ラック=ドグランの打ち沈んだ顔を見ていると、とても優しい気持ちになれたのだ。


「でも、がんばるのはあしたからだからね。そのために、きょうはやすんでちからをつけなきゃ」


「うん……」と答えながら、ラック=ドグランはもじもじとした。


「あの……手をつないだまま、寝てもいい?」


「いいよ」と笑顔を返しながら、ジバ=ルウは地面に横たわる。

 その手を握りしめたまま、ラック=ドグランもおずおずと横たわった。


 頭上には、青白い月が冴えざえと輝いている。

 そして、無数の星が天空に散りばめられていた。


「……あたしたちは、みんなじぶんのほしをもってるんだってよ」


「え? な、なんの話?」


「にいさんが、さいちょうろうからきいたの。ひとはじぶんだけのほしをもっていて、そのほしのとおりにいきるんだって。あたしたちのほしは、どれなんだろうね」


 ラック=ドグランは無言のまま、ジバ=ルウの手をつかんだ指先に力を込めてくる。

 やがてその力が弱まったとき、安らかな寝息が聞こえてきた。


 ジバ=ルウは首だけを傾けて、ラック=ドグランのほうを見る。

 ラック=ドグランは目もとに涙をにじませながら、すうすうと寝入っており――その幼い寝顔もまた、弟にそっくりであった。


(……だからあたしは、こんなやさしいきもちになれるのかな)


 ジバ=ルウもまた、明日に備えてまぶたを閉ざした。

 周りの兄や大人たちも、みんな寝入っているのだろう。千名もの人間が寄り集まっているにも拘わらず、その場は静寂に包まれていた。


 そうしてジバ=ルウは、いつになく穏やかな心持ちで眠りに落ち――

 それが、時ならぬ喧噪によって破られた。


「ギ、ギバだ! ギバが出たぞ!」


 一瞬で覚醒したジバ=ルウは、すぐさま身を起こした。

 声のあがった方向を見ると、ゆらゆらと火が揺れている。叫んだのは、見張りの兵士であったのだ。


 そしてそこに、物騒な音色も響きわたる。

 丸太で木の幹を殴打しているような、鈍い音色だ。ジバ=ルウが視線を巡らせると、南の方角に黒く巨大な影が蠢いていた。


 ギバである。

 昨日のギバと同じぐらい大きな図体をしたギバが、木造りの壁に体当たりをくらわせているのだ。壁はめきめきと音を立てて、今にも崩れてしまいそうだった。


「……なるほど。この壁の向こうに、畑というものが存在するのか。こうしてギバは、町の実りを荒らしているわけだな」


 そんな声とともに、細長い人影がギバのほうに近づいていく。

 その手もとから放たれる白銀の光が、その正体を明かしていた。


「誰も近づくな。こやつは、俺が仕留める」


 森辺の族長たる、ガゼの家長である。

 その接近に気づいたギバは地鳴りのような咆哮をあげながら、族長のほうに向きなおった。


 闇の中で、ギバの双眸が爛々と燃えあがっている。

 それと相対した族長は、鋼の刀をだらりと下げたままであった。


「な、何をしている! 死にたいのか!」


 見張りの兵士がわめいていたが、そちらはギバに近づこうともしない。

 そして――ギバが、族長に向かって突進した。


 ずんぐりとした体躯であるのに、おそるべき素早さである。

 そしてギバはその鼻面に、凶悪な牙と角を生やしているのだ。昨日もその体当たりによって、リッドの狩人が魂を返していた。


 そうしてギバの鋭い角が、族長の腹をえぐるかに見えたとき――白銀の閃光が、闇に閃いた。

 ぎりぎりの間合いで横手に跳びすさった族長が、下から刀を振りかざしたのだ。

 咽喉もとを断ち割られたギバはしばらく惰性で地面を駆け抜けたのち、ぐしゃりと突っ伏した。


 それと同時に、勝利の雄叫びが響きわたる。

 数百名に及ぶ狩人たちが、族長の勝利に祝福を捧げているのだ。そんな中、族長は刀を頭上に掲げてギバの血を頭に滴らせた。


「昼にも語った通り、我々は鋼の刀さえあれば、ギバを狩ることがかなう。ジェノスの領主にも、あらためて伝えてもらいたい」


 やがて歓呼の雄叫びが静まると、族長が兵士に語りかけた。

 兵士たちは子供のように身を寄せ合いながら、ぶるぶると震えている。ギバよりも強い族長に、さらなる恐怖をかきたてられたようであった。


「族長は、すごいね……ぼくもあんな立派な狩人になれるのかなぁ」


 ジバ=ルウのかたわらから、そんな声が聞こえてくる。

 ジバ=ルウが振り返ると、ラック=ドグランが食い入るように族長の姿を見つめていた。


「きっとなれるよ。ラック=ドグランだって、もりべのおとこしゅうだもん」


 ジバ=ルウがそのように答えると、ラック=ドグランははにかむように微笑む。しかしその目は族長の姿をとらえたままであり、そして、星のように明るくきらめいていたのだった。

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