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異世界料理道 --外伝集--  作者: EDA
前伝 黎明の森

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04 条件

 翌朝――約束通り、ジェノスの領主の使者というものがやってきた。

 そしてこのたびは、巨大な獣におかしなものを引かせている。大きな木の箱に、丸い輪っかをつけたような代物だ。どうやらそれが噂に聞く、車というものであるようだった。


「こ、こちらの車で、領主のもとまで案内をする! 責任者と付添人の一名のみ、参ずるがよい!」


 そのように告げるのは、また見知らぬ王国の兵士である。明るい日の下で見ると、その男はおかしなかぶりものばかりでなく、おかしな装束も纏っていた。物知りな次兄によると、それは甲冑というものであるようであった。


「あの甲冑というやつは頑丈で、敵の攻撃を防げるらしいよ。それにあいつらが腰にさげているのは、みんな鋼の刀なのかな……だとしたら、あまり見くびらないほうがいいかもね」


「ふん。それは大仰な物言いだな。あやつらは、ジャガルの兵士どもよりもひ弱であるようだぞ。見習い狩人の相手にもなるまいさ」


 モーティの家長がそのように応じると、次兄はにこりと笑った。


「でもそれは、きちんと力のある状態でのことでしょ? こんなにお腹を空かせていたら、本来の力を出すことも難しいんじゃない?」


「ああもう、お前は小賢しいな! 少しは兄を見習って、腕でものを語るがいい!」


「幼子を相手に、何を息巻いているのだ」と、父が苦笑まじりにたしなめる。

 父もモーティの家長も、いくぶん本来の活力を取り戻しているようである。まだその身は痩せ細ったままであるが、ひさびさに口にした新鮮な果実と、そして雄大なる森を眼前に迎えている昂揚が、心身に力を与えているようであった。


「では、俺とリーマの家長が出向くことにする。残された同胞は、ペッシの家長が取りまとめるのだ」


 そのような言葉を残して、族長とリーマの家長は車に乗り込んだ。

 さらに、放置されていたギバなる獣の亡骸も別の車に積み込まれる。それを運ぶ兵士たちは、みんな青い顔をしていた。


 そうして二台の車は立ち去ったが、こちらにはまだ三台の車が残されている。

 頭の天辺に鳥の尻尾のような飾りをつけた兵士が、険しい面持ちで声をあげた。


「それではこれより、領主様からのご温情をふるまう! この恩義を決して忘れることなく、身をつつしむのだぞ!」


 三台の車には、また食料が詰め込まれていたのだ。

 しかし、森辺の同胞は決して騒ごうとしない。まだこの兵士たちが敵か味方かもわからないためだ。しかし恩義は恩義であるため、取り仕切り役に任命されたペッシの家長が厳粛なる面持ちで進み出た。


「そちらの温情に、感謝する。我々は刀を向けられない限り刀を取ることはないので、どうか信じてもらいたい」


「ふん。お前たちを放っておいたら、近隣の村落を襲いかねないからな。千名もの難民に押しかけられるなど、迷惑なことだ。……お前らは、何故に西の領土まで押しかけたのだ?」


「ふむ。この地は、西の王国の領土であったのか。知らず内に、我々は目的の地に辿り着いていたのだな」


 ペッシの家長は厳粛な面持ちのまま、そう言った。


「昨日も伝えた通り、我々は南の民の資格がないと言い渡された。そうして東の王国は敵対国であり、言葉も通じないと聞かされていたため、西の王国を目指す他なかったのだ。北の王国は、西の王国の向こう側にあるのだという話であるしな」


「ふん。そのように浅黒い肌をしていれば、東の王国がお似合いであろうにな」


「うむ。しかしそもそも南の兵士たちが、東に向かうことを禁じたのだ。我々が東の兵士になることを恐れているのではないか……と、族長はそのように語っていたな」


 そのように語りながら、ペッシの家長は地面にうずくまる同胞たちを指し示した。


「しかし我々は、如何なる地においても人間と争う気はない。我々の望みはただひとつ、母なる森の懐で静かに過ごすことのみであるのだ」


 兵士は眉をひそめながら、森辺の民の姿を見回す。

 その顔は、常に厳しい表情であったが――狩人ならぬジバ=ルウでも、彼が恐怖の念を押し殺していることを察することができた。


(きのうのへいしたちも、みんなもりべのたみをこわがってるみたいだった。それに、ギバっていうけものをたおしたことにも、おどろいていたみたいだし……モーティのかちょうのいうとおり、もりべのたみよりもよわいいちぞくなんだろうな)


 ジバ=ルウは、ひとりそんな風に思案した。

 何も仕事を果たせないジバ=ルウは、その分まで知恵を巡らせようと決心したのだ。幼い弟を失ったことで、その決心はいっそう揺るぎないものになっていた。


 弟の亡骸は、離れた場所に保管されている。ギバとの戦いで二名もの狩人が魂を返したため、そちらとともに横たえられているのだ。森で暮らすことを許されれば、すぐに三名の弔いが始められるはずであった。


「……では、水と食料を配る。次の配給は夕刻になるので、決して粗末に扱うのではないぞ」


 そうして再び、食事が配られた。

 昨日も配られた緑色の辛い果実と、かちかちに干し固められた干し肉、そして木の椀に注がれた水である。果実でしか水気を取っていなかった同胞らは、その水を大事に飲み干した。


「水は、こちらの樽にも準備した。こちらの補充も夕刻なので、そのつもりでな」


 それだけ言い残して、兵士の一団は車とともに下がっていく。しかし立ち去ろうとはせずに、離れた場所から森辺の民を見張るようであった。


 森辺の民は黙々と、配られた食事を口にする。

 ジバ=ルウも無心で干し肉をかじったが、その思わぬ味わいに目を丸くしてしまった。


「こ、これはすごいあじだね。なんだか、へびやとりのちがしみこんでるみたい」


「うん……もしかしたら、これは塩というものが使われているのかな」


 次兄の言葉に、ジバ=ルウは「しお?」と小首を傾げる。


「うん。獣の血も人間の汗も、なめると同じような味がするだろう? それは生き物の身に、塩というものがふくまれているからなんだ。それで、その塩は生きていくために必要な滋養だから、外界では食べ物に塩が使われるらしいよ」


「……にいさんは、どうしてそんなはなしをしってるの?」


「俺はしょっちゅう最長老の面倒を見ていたからさ。最長老は、外界のことも色々と知っていたんだ」


 その最長老は森が燃える際に逃げ遅れて、魂を返している。

 ジバ=ルウは塩の味がする干し肉をかじりながら、次兄のほうに身を乗り出した。


「あたしも、いろんなことをしりたい。さいちょうろうのおはなしをきかせてくれる?」


「うん。これからは、こういう話も必要になるのかもしれない。それにジバだったら、俺よりもこういう話を役に立てるかもしれないね」


 次兄は穏やかに笑いながら、そんな風に言ってくれた。


「それじゃあ、まずは塩からだ。こういう塩気の強い味のことを、塩辛いだとかしょっぱいだとかいうらしいよ」


 そうして次兄は、さまざまなことをジバ=ルウに教えてくれた。

 外界は、四つの王国に分かれていること。外界では鋼の他に、鉄や銅や銀というものが存在すること。それらは金属と呼ばれて、石や骨よりも丈夫であるということ。兵士たちが乗っているのはトトスという獣で、鳥の仲間であるということ――そうして次兄の話を聞いている内に、ジバ=ルウがときどき耳にしていた言葉に確かな意味が備わっていった。


「それで、南と東が戦をしているように、西と北でも戦をしているんだってさ。西と南は仲がいいっていう話だったけど……だから、刀を向けられずに済んでいるのかな」


「ふうん……でも、あたしたちはもりのこだよね?」


「うん。でも黒き森が南の領土だったから、俺たちも南の民なんだってさ。それで、あのモルガの森っていうのが西の領土なんだとすると……南の民である俺たちが暮らしていくことは、許されるのかなぁ」


 次兄にわからないことであれば、ジバ=ルウにもわからない。

 しかし、わからないで終わらせてはいけないのだろう。ジバ=ルウはただ知識をつけるだけではなく、それを活かして力にかえるすべを学ばなくてはならないはずであった。


 その後もジバ=ルウと次兄が語る中、時間はどんどん過ぎていく。

 日陰もない野ざらしの地であるが、以前よりも陽射しはやわらかくなったようだ。それに関しても、次兄が知識を授けてくれた。


「南の領土っていうのは、この世界で一番暑いらしいよ。その反対側にある北の領土っていうのはとても寒くて、何重にも装束を着ないといけないらしい」


「ふうん……さいちょうろうは、どうしてみたこともないきたのはなしまでしってたんだろう?」


「さあね。たまには森に迷い込んでくる人間もいたから、そういう連中に話を聞いたのかな。あるいは……もともと森辺の民も外界で暮らしていて、その頃の話が語り継がれていたのかもね」


 何にせよ、最長老の遺した知識はとても有益であるように感じられた。森の中で暮らしていれば、まったく役に立たない知識なのであろうが――森辺の民は今、こうして森の外で過ごしているのである。それには、外界の知識も必要になるはずであった。


「族長たちが戻ってきたぞ!」


 そんな声が響きわたったのは、中天を大きく過ぎてからのことであった。

 トトスの車がやってきて、そこから族長とリーマの家長が姿を見せたのだ。二人の無事な姿に、多くの同胞が安堵の息をついていた。


「ジェノスの領主なる者から、多くの言葉を授かってきた。まずはすべての氏族の家長たちに、その内容を聞いてもらいたい」


 八十名に及ぶ家長たちが、族長のもとに集っていく。

 それから短からぬ時間が過ぎた後、今度は家長から家人に話が伝えられた。


 森辺が民がモルガの森で暮らしていくには、数々の条件に従わなくてはならない。

 まずひとつ目は、西方神の子となって、西の王国の法に従うこと。

 次に、ジェノスの領民となって、領主の命令に従うこと。

 次に、聖域たるモルガの山には決して足を踏み入れないこと。

 次に、モルガの森の実りには決して手をつけないこと。

 そして、最後に――害獣たるギバを狩る仕事を果たすこと。

 大まかに分ければ、以上であった。


「この近年、あのギバなる獣が森の外にまで出向き、町の畑というものを荒らしているのだそうだ。それを食い止めることができるならば、森で暮らすことを許す……という話であるようだな」


 父がそのように告げると、分家の家人がうろんげに声をあげた。かつて眷族たるロブルの家長であった、壮年の男衆である。


「しかし、森の実りを口にしてはならんとは、どういうことであるのだ? それではけっきょく、飢えて魂を返すだけではないか」


「昨日の兵士も語っていたが、森の恵みはギバのものであるのだそうだ。俺たちが森の恵みを口にすれば、いっそう飢えたギバが畑を襲う……ということだな」


「では、俺たちはどうやって腹を満たせばいいのだ?」


「ギバを狩って毛皮や角や牙を差し出せば、その代わりに昨日のような果実が授けられるのだそうだ。あとは、ギバの肉も食することが許されるらしい」


 父は厳しい面持ちで、そう言った。


「森の子となりながら森の恵みを口にできないというのは、いかにも釈然としない話だが……森の子たるギバを狩ることで腹を満たすことがかなうのであれば、さしあたって文句をつけることもできまい」


「では、族長はこの申し出に従うつもりであるのか?」


「うむ。この申し出に従わなければ、また旅を続ける他ないのだからな。もはや我々に、そのような力は残されておるまい。家長の中にも、反対する人間はいなかった」


「……そうだな」と、分家の家人は溜息をついた。


「どうにも納得のいかない部分も残されるが……これだけの森を目の前にして立ち去ることなど、俺にもできそうにない。これでまた、何ヶ月も飢えて過ごすことになれば……今度こそ、すべての幼子を失ってしまおうからな」


「うむ。我々が生命を賭してギバを狩り、生きる道をつかみ取るのだ」


 そうして森辺の民は、ジェノスの領主の申し出に従うことになった。

 すると今度は、族長とガゼの眷族の家長だけがトトスの車で運ばれていく。ジバ=ルウにはよくわからなかったが、南から西に神を移す儀式というものを行うのだそうだ。


 そして残された者たちは、ひたすら身を休めるようにと言い渡された。

 夜になったら移動をして、そちらで森に入るための準備を整えるのだという話である。現在のこの場所は西と東の王国を繋ぐ道の途上であり、ここから森に踏み入ることは許されないのだという話であった。


 ただし――魂を返した三名の亡骸は、こちらで弔うことを許された。

 森に入ってすぐの場所に、穴を掘って埋めるようにと言いつけられたのだ。


 魂を返した人間の家族である、ルウ、リッド、ギームの男衆らが森の端に穴を掘る。そのさまを、ジバ=ルウは兄たちとともに見守った。


(これでおとうとのたましいは、このもりにかえされる……かあさんたちのたましいも、このもりにまねかれるんだ)


 あとはジバ=ルウたちもこのモルガの森に魂を返せるように、この地で生きていく道を切り開くのみである。

 ジバ=ルウは涙をこらえながら、そんな覚悟を振り絞った。

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