06 正しき道
「しばらくは、あたしが家長の座を預かろうかと思う」
ジバ=ルウがそのように告げると、その場に寄り集まった人間の大半が驚きの声を響かせた。
ジバ=ルウが三人の家族をいっぺんに失った日の、翌朝である。その場に集められたのは、ルウ本家の家人である父子とルウの分家の家長たちと眷族たるシュティファの家長――そして、まだ五歳のドグラン=ルウであった。
「そ、それはどういうことなんだ? 女衆が家長になるなんて、聞いたこともないぞ?」
「そ、そうだよ。本家には、立派な男衆がまだ二人も残されてるじゃないか」
分家の家長たちが声をあげると、本家の家人である父子の父親のほうがそれに答えた。
「でも俺たちは、もとをただせばドグラン分家の家人だった。そして俺はこいつしか子を残せなかったし、こいつはいつまで経っても嫁をもらうことができなかったんだ。そんな人間に、ルウ本家の家長が務まると思うかい?」
「で、でも……女衆が家長になるなんて、許されないだろう?」
ジバ=ルウが静かな声で「誰が許さないんだい?」と尋ねると、分家の家長たちは首をすくめた。
「だから、それは……族長とか、他の氏族の家長たちだよ」
「そんなのは、聞いてみないとわからないさ。だからその前に、血族であるみんなに話を通したかったんだ」
そう言って、ジバ=ルウはその場にいる面々の姿を見回した。
「まず、血筋を考えると、次の跡継ぎに相応しいのはこのドグランだ。もうルウ本家の血を継いでいる男衆はこのドグランと次兄のモーティしかいないからね。だけどドグランはまだ幼いから、この子が立派に育つまでは誰かが家長の座を預からないといけない。……あたしに代わってその役目を引き受けようって人間はいるかい?」
「…………」
「それじゃあ次は、本家を余所に移すっていう方法だ。本家で跡継ぎが見当たらない場合は、分家にその座を譲ることもある。この中で、本家の座を受け継ごうっていう人間はいるかい?」
「…………」
「それじゃあ最後は、森辺でもあんまり聞かない話だけど……眷族に親筋の座を譲るっていう方法だ。きっとおたがいに納得できれば、余所の氏族から文句をつけられることもないだろう。眷族たるシュティファは、ルウから親筋の座を受け継ぐ気があるかい?」
シュティファの家長は無言を通さず、覇気のない声で「いや……」と応じた。
「シュティファはルウの助けがあって、ようよう氏を捨てずに済んでいるんだ。親筋の座を受け継ぐなんて、できるわけがない」
「そうかい。それじゃあ、あたしが家長の座を預かることに反対する人間は、それよりも上等な案を出しておくれよ。あたしだって、無理を通そうなんて気持ちはひとつもないんだからさ」
すると、分家の家長のひとりがおずおずと声をあげた。
「そ、それじゃあ……余所の氏族と血の縁を結ぶっていうのはどうだろう? ルウは余所より豊かな生活を送ってるって話なんだから、案外歓迎されるんじゃないか?」
「そ、そうだな。ルウは先代家長の時代から、レイやルティムと絆を深めていたんだろう? それなら、見込みがあるかもしれないぞ」
他なる分家の家長も、そのように追従する。
しかしもちろん、ジバ=ルウはその道も模索した後であった。
「でも、懇意にしていたのはおたがいの家長同士だけで、あとはせいぜい家長会議で供を務めていた人間が顔をあわせていたぐらいのはずだよね。それでこっちは家長と跡継ぎを失っているんだから、血の縁を結ぶとしても親筋の座はレイかルティムに譲るしかないと思う。みんなはそれで、納得がいくのかい?」
「あ、ああ。それはもちろん、口惜しいところだけど……背に腹は代えられないさ」
「そうかい。まあ、あたしも先代家長である父さんから眷族に下る氏族を見下してはならないって教え込まれているからね。その道を否定するつもりはないよ」
ジバ=ルウがそのように答えると、その場の張り詰めた空気が少しだけゆるむ。しかし、ジバ=ルウが取り沙汰したいのはその後の話であった。
「ただ余所の氏族の眷族になるとしても、ルウは本家の家長を立てる必要がある。その条件なら家長の座を担ってもいいという人間は、名乗りをあげておくれ」
分家の家長たちは、惑乱した顔を見合わせる。
それでけっきょく誰も声をあげようとしないため、ジバ=ルウはあらためて発言した。
「そう。たとえ眷族の身になろうと、本家の家長っていうのはルウの家人のすべてを導かないといけないんだよ。今の分家の家長っていうのはおおよそかつての眷族の血筋なんだろうから、そんな重責を担うことはなかなか想像がつかないと思う。だから、女衆でも本家の家人として生きてきたあたしが、その責任を担うべきだって思いたったのさ」
「…………」
「それももちろん、このドグランが育つまでの間さ。ドグランが一人前の狩人に認められたあかつきには、すぐさま家長の座を受け継いでもらうつもりだよ」
「で、でも……そのドグラン=ルウは、何歳なんだっけ?」
「ドグランは、先ごろ五歳となったところだね」
ジバ=ルウの返答に、皆々はまたどよめいた。慌てていないのは、昨晩の内から話を通していた家人の父子のみである。
「そ、それじゃあどんなに早くても、あと十年もあるじゃないか。そんな話は、きっと誰にも認められないよ」
「だから、それは族長たち本人に聞くしかないだろう? ちょうどもうすぐ家長会議だから、その場で聞いてみりゃあいいのさ。でもその前に、まずは血族で心をひとつにしなきゃいけない。族長たちにおうかがいを立てるのは、その後だよ」
ジバ=ルウは気を立てることなく、そのように言い放った。
「他にいい考えがあるなら、あたしもそれに従う。でも、他に道がないなら、あたしが力を尽くすよ。あたしはギバを狩ることもできない女衆だけど、父さんや兄さんが立派な家長として振る舞う姿を間近から見届けてきた。あたしはすべての血族が健やかな行く末を迎えられるように、死力を尽くすと約束する。……どうだい?」
分家の家長たちが押し黙ると、本家の家人の若い男衆が声をあげた。
「俺と親父も十年以上前から、家長の立派な姿を見届けてきた。その上で、自分たちには務まらないと判じたんだ。自分の無力さが口惜しいが、今のルウで一番家長に相応しいのはジバだと思う」
「俺も、そう思ってる。このジバを上回る覚悟を持っている人間だけが、新たな家長として名乗りをあげてくれ」
父親のほうも、毅然とした声でそう言った。
すると、分家の家長のひとりが意を決した様子で頭をもたげる。
「ジバ=ルウは女衆だが、これまでもルウの血族に大きな幸いをもたらしてくれた。ジバ=ルウがダビラの薬草を見つけだしたことで、俺はようやく新しい子を育てあげることができたんだ」
「……そして俺たちも、これまで以上の力を身につけることができた。それも、ジバ=ルウが正しい食事を教えてくれたおかげだ」
と、別なる分家の家長も声をあげた。
「ギバ狩りの仕事の取り仕切り役だったら、俺が受け持とう。でも……俺にも本家の家長は務まりそうにない」
「俺もだ。ジバ=ルウに大変な役目を背負わせてしまう代わりに、これまで以上のギバを狩ってみせよう」
「俺も、皆に賛同する。これまでの家長たちに負けない魂を持っているのは、ジバ=ルウだけだ」
その場に、ふつふつと熱気がわきたっていく。
昨日の広場と、同じような様相である。彼らは不安の思いをねじ伏せるために、熱情を振り絞っているに違いなかった。
(まあ、女衆に本家の家長を任せるだなんて、不安に決まってるからね)
しかしそれが、ジバ=ルウの選んだ道であった。
あらゆる道を考えた上で、これがもっとも正しい道であると判じたのだ。家長と跡継ぎをいっぺんに失ったルウの血族が健やかに生きていくためには、誰が家長となるべきか――その答えが、これであった。
(それなら自分がと奮起する人間が出てくる可能性も考えてたけど……やっぱり、無理だったか)
さきほどジバ=ルウ自身が述べた通り、分家の家人のおおよそはかつての眷族を出自としているのだ。なおかつ彼らはひとつの氏族として存続することも難しくなった上で、親筋たるルウにすがった身の上なのである。そんな来歴である面々に本家の家長の座を担えというのは、あまりに酷な話であった。
「それじゃあこの話を持ち帰って、それぞれの家族と心ゆくまで語らっておくれよ。その上で家長の座を担ってもいいっていう人間が出てきたら、またしっかり話をさせてもらうからね」
「わかった。きっと反対の声があがることはないだろう」
「ああ。本当に、ジバ=ルウには申し訳ない限りだが……どうか、これからもよろしく願う」
シュティファの家長と分家の家長たちは、奮起した面持ちで家を出ていく。
また、本家の家人たる両名もそれに続いたため、家に残されたのはジバ=ルウとドグラン=ルウの二人きりだ。戸板がぴったりと閉められたのち、ジバ=ルウはドグラン=ルウの小さな手を取った。
「ドグラン、ひとつだけ言っておくよ。あんたは、ルウの血に縛られる必要はないからね」
ドグラン=ルウは幼子らしからぬ気迫をあらわにしながら、いぶかしそうに小首を傾げる。ジバ=ルウは胸中を駆け巡る激情を懸命に押し殺しながら、その手をぎゅっと握りしめた。
「家長である兄さんも、あたしにそんな言葉を遺してくれた。その上で、あたしは一番正しいと思える道を選び取ったんだ。あんたが一人前の狩人になるまで、あたしがルウの家を守る。でも、あんたがルウの家長になったあかつきには、あんたが一番正しいと思える道を進むんだ。ルウの氏を捨てても、余所の氏族の眷族になってもかまわない。ただ、自分と家族と血族にとって、もっとも正しいと思える道を選び取っておくれ」
「……おれはまだ子供だから、むずかしい話はわからない。ただおれは、立派な母さんを見習いたいと思ってる。……それじゃあ何か、足りないのか?」
ドグラン=ルウのそんな言葉にも、幼子らしからぬ力強さが満ちている。
その事実に胸を詰まらせながら、ジバ=ルウは言いつのった。
「それも、この十年間で学んでおくれ。あたしもあんたの手本になれるように、しっかり力を尽くすからさ」
「母さんは、立派だ。もしかしたら、父さんよりも家長に相応しいぐらいかもしれない」
そんな言葉を口にしながら、ドグラン=ルウの青い目に大きな透明の粒が盛り上がった。
その顔は、気迫に満ちたままである。ドグラン=ルウは怒っているかのように幼い顔を引き締めながら、ぽろぽろと涙をこぼした。
「涙をこぼすのは、これが最後だ。おれは父さんみたいな立派な狩人を目指し、母さんみたいな立派な家長を目指す」
ドグラン=ルウのそんな言葉が、ジバ=ルウの胸をいっそう激しくかき乱した。
ジバ=ルウもドグラン=ルウと同じ五歳の頃に、母と弟と妹を失い――もう泣いているいとまはないと懸命に覚悟を固めることになったのである。
それから二十年以上の時を経て、ジバ=ルウの子が同じ覚悟を胸に抱いている。
ジバ=ルウは何も答えることができず、ただ愛し子の小さな身を抱きすくめた。
ジバ=ルウの目もとからも、どうしようもなく熱い塊が噴きこぼれていく。
ジバ=ルウとドグラン=ルウは、愛しい家族を失ってから初めて涙をこぼすことができたのだった。
2026.2/28
今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。




