表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界料理道 --外伝集--  作者: EDA
前伝 黎明の森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/15

05 希望の芽

 それから一年後――ジバ=ルウが十一歳となった年に、長兄に新たな子が誕生した。

 ずっと失意に沈んでいた長兄の伴侶もダビラの薬草の発見によって希望を見出し、新たな子をつくろうと決意したのだ。それで念願かなって、跡継ぎたる男児を生み落としたのだった。


 この一年の間に、血族では数名の新たな子が生まれている。そうして赤子の内に『アムスホルンの息吹』を発症したならば、乳をやる母がダビラの薬草を口にして――それで、一命をとりとめることがかなったのだ。


 また、すでに乳飲み子から脱していた幼子の中でも三名が発症し、一名だけが魂を返すことになった。

 やはりダビラの薬草を口にしても、すべての子供が助かるわけではないのだ。

 ただし、これまでであれば魂を返す人間のほうが多かった。それに、ダビラの薬草を口にした幼子は熱さましであるロムの葉だけを口にしていた幼子たちよりも、明らかに安楽そうな様子であったという話であった。


「これはまさしく、希望の光だ。お前はとてつもなく大きな役目を果たしたのだぞ」


 ある夜、ジバ=ルウの寝所にやってきた父はこれ以上もなく優しい表情で頭を撫でてくれた。それで、もう決して泣き伏したりはしないと誓ったジバ=ルウも、目を潤ませることになったのだった。


 だが――やはり世界には、数々の試練が待ちかまえていた。

 新たな子を生み落とした二ヶ月後に、赤子ではなく長兄の伴侶のほうが病魔に見舞われてしまったのだ。


 もとより彼女は産後の肥立ちが悪く、いつまで経っても床に伏していた。そうして赤子がすくすくと育つ反面、どんどんやつれていったのだ。


「どうか、この子だけは健やかに……もしも『アムスホルンの息吹』に見舞われてしまったら、必ずダビラの薬草を……」


 最後まで我が子のことを案じながら、長兄の伴侶は息を引き取った。

 ジバ=ルウは死力を尽くして涙をこらえたが、長兄は人目もはばからず泣き声をあげていた。すでに十七歳となって立派な狩人に成長した兄が泣き崩れる姿にこそ、ジバ=ルウは胸を引き裂かれるような思いであった。


 そうして母を失った乳飲み子は、余所の家に預けるしかない。ちょうど分家にも同じ年頃の赤子を抱える女衆がいたので、長兄の子はそちらに預けられることになった。


「お産っていうのは、本当に命がけなんだね。俺たちも命がけでギバを狩っているけれど、女衆も赤ん坊もそれに負けない試練に見舞われているんだ」


 そんな風に述べていたのは、十四歳となった次兄である。そちらはいまだに見習いの身であったが、大きな手傷を負うこともなく順調に力をつけていた。


 そして、ラック=ドグランである。

 ついに十三歳となった彼も、見習いの狩人として森に出ることになった。


 この一年で、ラック=ドグランはさらに背がのびている。

 以前よりもしっかりと肉がつき、すっかり森辺の若衆という貫禄だ。いっぽうジバ=ルウは成長しているのかしていないのか、ますます背丈の差が広がるばかりであった。


「ジバ=ルウは誰よりも賢いんだから、身体の大きさなんて気にすることはないさ。赤ん坊を授かった人間は、みんなジバ=ルウに感謝しているはずだよ」


 そんな風に語るラック=ドグランは、どれだけ逞しくなっても優しい性格のままであった。

 燃えるように赤い髪をなびかせるその姿は、勇ましさを感じるほどである。しかしその青い瞳には、いつもやわらかな光が灯されていた。


「しかし余所の氏族では、ダビラの薬草を買うこともままならんようだ」


 その年の家長会議から戻った父は、厳しい面持ちでそんな風に語っていた。


「族長の言葉を疑う人間はいなかったようだが、銅貨がなければ薬草を手にすることはできんからな。食料を買うだけで銅貨が尽き、薬草にまでは手が回らないという氏族が、まだ半分以上も残されているようだ」


「半分以上もか……確かに俺たちも、そこまで余裕があるわけではないもんね」


 そのように答えたのは、次兄である。伴侶を亡くしたばかりである長兄は、以前よりもずいぶん寡黙になっていた。


「こればかりは、すべての狩人が力を尽くすしかない。俺たちも、まずは血族の健やかな行く末を一番に考えるのだ」


 父の言う通り、ルウの血族の行く末も決して希望に満ちているばかりではなかった。この一年でようやく魂を返す幼子が減ったものの、それまでの被害が色濃く尾を引いているのだ。


 ルウの血族に限らず、森辺の民はモルガの森に辿り着くまでの間に多くの幼子を失った。千名に及ぶ民の中で、五歳未満の幼子というのはほとんど存在しなかったのだ。


 さらにその後の五年間でも、新たに生まれた子供の数多くが魂を返してしまった。その影響は、十年から十五年の後――今の幼子たちが婚儀を挙げる齢に達したときに、はっきりと示されることだろう。こうまで幼子が減ってしまうと、次の世代からは先細りになっていくのが必定であるのだった。


 さらに森辺の民はもう一点、大きな問題を抱えている。

 過酷な旅は幼子や老人ばかりでなく、女衆も数多く奪っているのだ。モルガの森に到着した時点で、女衆の人数は男衆の半分しか存在しなかったのだった。


 ものすごく大雑把に考えるならば、若い男衆の半数は婚儀の相手がいないということになる。

 そこでさらに幼子の大半が魂を返してしまったため、いっそう危機的な状況に陥ったわけであった。


 親筋のルウ家でしかも本家であるならば、優先して婚儀の相手が準備される。しかし、伴侶を失った長兄に新たな伴侶をあてがう算段は立っていなかった。


「まあ、兄さんも今は新しい伴侶を迎えることなんて考えられないだろうからさ。それよりも、生まれた子供をきちんと育てあげることに力を尽くすべきだろう」


 父や長兄がいない場で、次兄はジバ=ルウにだけそんな言葉をこぼしていた。


「いっぽう俺も、来年には十五歳だけど……それよりもまず、一人前の狩人を目指さないといけないからな」


「うん。兄さんだったら、大丈夫だよ」


「ふふ。ジバが安心してドグランに嫁入りできるように、俺も頑張るよ」


 そんな言葉を告げられると、ジバ=ルウは返す言葉が見つからなかった。十一歳となったジバ=ルウは、いまだ婚儀というものに実感を持てていなかったのだ。


(だけどまあ、数の少ない女衆は、必ず婚儀を挙げることになるんだもんな)


 そして、ジバ=ルウにとってもっとも齢が近いのは、二歳年長であるラック=ドグランとなる。それよりもさらに年長であれば、婚儀の相手がいない男衆もどっさり控えているのかもしれないが――そちらはいっそう実感の持ちようがなかった。


 しかし何にせよ、ルウ本家の家人であるジバ=ルウにはもっとも相応しい伴侶が準備されることだろう。

 ルウ家は四つもの眷族を家人に迎え入れたことで、血が薄まったと見なされている。血統を重んじる森辺において、本家の責任は果てしなく重いのだった。


「族長もようやく新しい子を授かったようだが、伴侶もすでに齢を重ねているために、これ以上は難しい。しかも、眷族たるペッシが氏を捨てることになってしまったし……決して安穏とはしていられまいな」


 父は厳しい表情で、そんな風にも言っていた。

 族長は三十四歳の父とさほど変わらない齢であるという話であったので、伴侶も同程度の齢であるのだろう。無論、その齢でも子を生すことは可能なのであろうが――何にせよ、その子が育つ頃には族長も五十前後の齢になってしまうのであった。


 そして眷族も、残すはリーマひとつである。この時代には、もはや三つ以上の眷族を持つ氏族も存在しないのかもしれなかった。


「ドムなどは、ついにすべての眷族を失ってしまったようだからな。ガゼが力を落とした際には、ドムこそが次代の族長筋になるのではないかと言われていたものだが……なかなか、ままならぬものだ」


 そんな具合に、森辺の集落にはまだ澱んだ空気がくっきりと残されていた。

 ダビラの香草からもたらされた希望よりも、不安や焦燥のほうがまさっているのだ。しかもそちらには、具体的な解決策も見つからなかったのだった。


「俺たちに必要なのは、力だ。数多くのギバを狩り、誰もがダビラの薬草を手にできるような豊かさを守るしかない」


 ルウの血族においては父たる家長のそんな宣言によって、心をひとつにまとめあげていた。

 女衆であるジバ=ルウは、懸命に家の仕事を果たすしかない。長兄の伴侶が魂を返してしまったため、もはやルウの本家は名実ともにジバ=ルウがたったひとりの女衆であるのだ。大切な家族たちが何の不足もなく過ごせるようにと、ジバ=ルウは力を惜しまずに働き続けた。


 そうしてさらに、日は過ぎて――ジバ=ルウが十二歳となった年に、一人前の狩人に成長した次兄がドグランの分家から伴侶を娶ることになった。

 相手は三歳も年長であり、かつてはドグラン分家の家長の伴侶だった。その家長が昨年に魂を返してしまったため、また髪をのばして新たな伴侶を求めることになったのだ。


「でも、あの女衆は前の伴侶との間にも子ができなかったんだよ。それはしかたのない話だけど……ルウの本家の人間には、もっと見込みのある嫁をあてがいたかったところだよねぇ」


 かつてジバ=ルウとともに宿場町まで下りたルウ分家の女衆は、暗い面持ちでそんな風に言っていた。

 きっとその女衆を責めているつもりはなく、ルウ家の行く末を案じているのだろう。しかし、こうまで不安や焦燥の空気が蔓延していなければ、そんな心ない言葉は思いつきもしないのではないかと思われた。


 ともあれ、ルウ本家はひさかたぶりに新たな家人を迎えることになったのだ。

 次兄の伴侶となった女衆は、とても物腰のやわらかい温和な人柄であった。もとを辿ればアレクの家人であり、それが氏を捨ててルウ分家の家人となったのちにドグランの分家に嫁入りしたという、いささか複雑な出自であった。


 ジバ=ルウとしては、女衆の家族ができただけで安らかな心地であったのだが――しかし、周囲が心配していた通り、次兄との間にはなかなか子が生まれなかった。


「こればかりは、授かりものだからな。原因は俺のほうにあるのかもしれんのだから、あいつを責めないでやってほしいものだ」


 心優しい次兄は、陰でそんな言葉をこぼしていた。

 そして、それを聞く役割となるのはジバ=ルウである。立派な狩人となった現在も、次兄は何かとジバ=ルウと二人きりで語る時間を作ろうとしていた。


「俺が知る限り、血族でもっとも聡明なのはジバだからな。困ったときは、ついジバを頼りたくなってしまうんだよ」


「いやだなぁ。あたしはそんな大層な人間じゃないよ」


 しかしジバ=ルウにとっても、次兄と二人きりで過ごす時間は大切であった。ジバ=ルウはすべての家族を分け隔てなく愛していたが、自分ともっとも似たところがあるのは次兄なのではないかと考えていたのだ。


(小さな頃から、兄さんはあたしに色々なことを教えてくれたしな)


 黒き森で最長老の面倒を見る機会が多かった次兄は、他の人間が二の次にしそうな漠然とした話をたくさんわきまえているのだ。今にして思えば、ジバ=ルウがダビラの薬草について考えが至ったのも、そういう話をたくさん聞き及んでいたおかげであるのかもしれなかった。


 ともあれ――ルウの血族を含む森辺の民は、モルガの森にやってきてから七年の歳月が過ぎても決して満ち足りることなく、健やかな行く末を求めて懸命に力を尽くしていた。


 ジバ=ルウにとって大きな転機となったのは、それからさらに三年後の話である。

 この地で十年の歳月を過ごし、ついに婚儀を挙げられる十五歳になった年に、ジバ=ルウは大きな希望と絶望を同時に手にすることになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ