星降る夜に
一番星は大地に突き刺さった。
夜空にいるはずの光が、ゆっくり、しかし確実に落ちてくる。
僕はランドセルから理科の教科書を取り出した。
“星は何億光年の彼方にある恒星”
そう書いてある。
「そんな遠くから、こんな音もなく落ちてくるわけないじゃん」
つぶやきながら顔を上げると、街の人たちは傘を差し、雨粒みたいに星をはじいていた。
傘に跳ね、つたって落ちる星。
地面に砕けて、黒いものをにじませる星。
星は本当に雨みたいに落ちてくる。清掃員がその星屑を淡々と集めていく。
でも、誰も驚いていない。
それが僕には、いちばん変だった。
星が降るたびに、夜空のどこかが少しずつ空いていくように見えた。
僕は教科書をしまうと、両手を伸ばした。
ひとつの星が手のひらに跳ねて、じんわりとぬくもりを残した。
「やっぱり、雨なんかじゃないよ」
手のひらに残った温度の奥から、小さな宇宙の黒がゆっくりと滲み出していた。胸のどこかが、ひそかに“届く”と囁いた。
雲一つない夜空はいつもよりも暗く、淡い光に包まれていた。
すると遥か彼方の月が静かに傾きはじめていることに気付いた。僕は周囲を見渡す。誰も気づいていない。それどころか、夜空に見向きもしていない。僕の背中は熱くなる。
「このままじゃ……でも、どうすれば」
そのときだった。僕の頭の中に光るものが突き刺さった。
何億光年も先の星が地球に届くなら、僕の手だって空に届くはずだ。
だって、さっき確かに“受け止められた”のだから。
「こっちからも、届いて!」
伸ばした手に、ふっと重さのようなものが触れた。確かな感触でなく、世界の片隅が僕を押し返すような感覚。その感覚は、ぼくがまだ知らない世界全部の重さみたいだった。
ゆっくりと、月は元の位置に浮かんだ。周囲の空気が一度だけ息をのむように変わり、月の輝きがいつもより増したように見えた。僕の掌に残る温度は、小さく確かに夜空を支えているように感じられた。
星屑の清掃員がこちらを一瞬だけ見て、かすかにうなずく。僕は誇らしくなって、星降る夜の街を靴を鳴らして歩いた。
僕の手のひらの温度だけが、まだどこかで夜空を支えている気がした。




