身に潜む毒 2
「───あの。水を差すようで悪いんですが、」
「どうしたテオ」
気まずそうにおずおずと手を挙げたテオに視線が集まる。
「ミリーの体の不調、もしかしたら魔物が関係しているかもしれません」
「………魔物って、あの……?」
「はい。あの、魔物です」
テオが冗談を言うタイプじゃないのは知ってる。だけど、どうしても受け入れにくかった。
思わず顔を見合せたわたしたちにテオはゆっくりと口を開いた。
「───エイダンが勇者になる前の勇者が魔王討伐戦をしたのが今はもう二百年前の話。……というのはご存知ですか?」
「……う、うん。聞いたことがある」
兄さんが読み聞かせしてくれてた本がうっすらとそういう内容だったような気がする。
いや、それよりももっと前、たしか小説の導入部分がそんな感じだったかもしれない。
「その時は今よりも魔物が人を襲う事件が多発していました。前の勇者が魔王を討伐してからは聞かなくなりましたし、魔物を見たことがない方も多いと思います」
わたしも例に漏れず、魔物を見たことがない。
「でも、また魔物に襲われる事件が発生している。それに乗じた輩が街の治安を悪化させている……なんてこともありますけど。重要なのは魔物に襲われた場合、その魔物の魔力が少なからず残るということです」
「それって……わたしの体に魔物の魔力があるってこと?」
「………はい」
固く目を閉じて掠れ気味の声で頷いたテオに、兄さんやルイスが息を呑んだのが伝わった。
わたしは魔物に会ったことなんて一度もないのにどうして……。
呆然と自分の手を見つめるわたしに、ルイスの声が届く。
「ミリーは魔物に襲われたことなんて無いが」
「それが不思議なんです。通常、魔物に襲われない限りありえないはず……」
「だが、それならどうして俺らが気付かない?」
「……それは、わからない。でも二人がミリーの体調不良の原因について気付かなかったのは多分ミリーの体内にある魔物の魔力がほんの僅かだからだと思う」
「………っ、」
誰かが息を呑む気配が伝わってくる。
……わたしどうなるんだろう。魔物になっちゃうの?それとも、このまま死んじゃうのかな。怖い。怖いよ……。
「───っこんなことあってたまるかよ!」
拳を壁に叩きつけ吠えるように叫んだ兄さんに、涙腺が弛む。
「エイダン……」
「……兄さん」
そのまま俯く兄さんの顔は窺えないけど、怒りに肩を震わせているのが見えていた。眉間に皺を寄せるルイスが固く腕を組んだまま、テオに視線をやる。
「テオ。どうにか治せるか」
「………正直、難しいと思う」
「っクソ……!」
「でも、もしかしたらソフィアなら何か知っているかもしれない」
「ソフィアが……」
ソフィア……?どこかで聞いたことがある気がするけど思い出せない。
「ソフィアに会いに行こう」
「……いや、ジェシカの方が先だ」
「エイダン!!」
「っルイス、落ち着いて」
声を荒らげたルイスに思わず肩が跳ねる。テオが宥めているものの、ルイスは今にも兄さんに掴みかかりそうな勢いだった。
ベッドを下りて転がるようにしてその広い背中に抱きつくと、ルイスはぴたりと体の動きを止めた。
「………ミリー?」
静かに落とされた声はさっきまでの荒々しい声じゃなく、いつもの優しい落ち着く声。ぐりぐりと頭を寄せて小さく頷けば、ルイスの体から力が抜けていくのがわかった。