初めてのお友達 5
「───こんなところにいたんですね」
「テオくん」
すっかり日も暮れた頃。
建物の影で膝を抱えるわたしに声をかけてきたのは、眉尻を下げて笑うテオくんだった。
「心配しました。まだ体調も万全じゃないのに走るので」
「……っあ、ごめんなさい…」
「いや、えっと、責めるつもりはなくて……!」
慌てたテオくんが両手を胸の高さで大きく振りながら、ぎゅっと目を閉じてぶんぶんと首を振る。その仕草はなんだか子犬のようで思わずくすくすと笑ってしまう。ぱちぱちと目を瞬いていたテオくんだったけど、やがて同じようにふわりと微笑む。
「……よかった。ミリーさんが笑ってくれて」
「え?」
「ずっと浮かない顔をしていたから」
柔らかな眼差しにするりと口が開いた。
「………昏い瞳をしていたの」
静かに相槌を打つテオくんの横で、ディランの瞳を思い出す。
赤く爛々と輝いているのにどこか暗い色をしていた。
………この人の手を今離したらきっと後悔する。直感にも似た衝動でわたしは彼のお友達を提案した。
「あんな瞳をした人、きっと兄さんだって放っておけないはずなのに……どうして聖剣を向けたのかわからないの」
いつだって優しい兄さんだったら放っておけないはずなのに、どうしてだろう。
「……エイダンもきっとわかってると思います。ミリーさんの気持ちも……彼の事も」
「…………うん」
「もう少し時間が経てばきっと……」
そう言ったテオくんは、わたしよりも年上の男の人みたいだった。
どうして時間が必要なのかわたしにはわからないけど、テオくんは瞳を閉じていて教えてくれそうにない。
………わたしだけがわからないそれをいつか知る日は来るのだろうか。
「ミリーさん?」
突然立ち上がったわたしにテオくんがきょとんと首を傾げる。
「ミリーでいいよ。……なんだか、さん付けって慣れなくて」
「あっ。はい!じゃあ僕もテオで……!」
「テオ」
「っはい!」
「………兄さんたちのところへ帰ろう?」
「はい!……きっと泣きながら待ってると思いますよ」
「ふふふ。兄さんっぽい」
くすくすと笑うわたしにテオくんが「えっ」と顔を引きつらせた。
「………冗談だったのに本当なんですね……エイダン」
遠い目を見て兄さんの名前を呼んだテオに慌てて弁明するも、「いいんですわかってます」と言って取り付く島もない。
心の中で兄さんに謝りながら、ぽつぽつと家の明かりが灯る道を二人並んで歩いた。
「っミリー!」
最初にいた教会の端にある部屋に戻ると、弾丸のように勢いよく飛び出してきた兄さんに抱きしめられる。
テオと話していた通り兄さんの顔は涙でぐちゃぐちゃで、それを見たテオはさらに遠い目をしていた。俯いたままのルイスの表情はわからないけど、体の横の拳は固く握りしめられていた。
「この際、あの野郎が友達でもなんでもいいから兄さんたちから離れないで」
「あの野郎とか言わないで」
「うん、ごめん」
「………わたしも、ごめんなさい」
「いいよ。ミリーがいるならなんだって許すから、もう勝手に一人でどこかへ行くのはやめて」
強く抱き締められていて兄さんの表情は窺えない。縋るように抱きつくその頭に手を伸ばして、よしよしと撫でる。
「大丈夫。わたしはここにいるよ」
「……ん」
「───もういいだろう。次は俺の番だ」
気付いたら、兄さんを強引に押しのけたルイスの腕の中にいて、遠くで兄さんがギャンギャン吠えているものの気にしていないようにルイスはわたしを抱きしめる。
「………俺にも、あれをやってくれ」
「あれ?」
「エイダンにやっていただろう?……頭を撫でてお前がここにいると、俺にも教えてくれ」
「ルイス」
背中に回した手で、柔らかな銀髪を撫でる。
「大丈夫。わたしはここにいるから」
肩に額を乗せたルイスが僅かに擦り寄ってくる。その仕草がまるで猫みたいに見えてくすくすと笑ってしまう。
兄さんもルイスも、どうしてかわたしがいなくなることに過敏で、小さい頃にもこうやったのを覚えている。
「悪い夢を見ただけ」そう言うのに、顔は真っ青を通り越して真っ白で、震えていた。わたしを描き抱くように抱きしめる小さな背中に手を伸ばして、頭を撫でて一晩中言い続けたこともあった。