初めてのお友達 1
柔らかな鳥の声が覚醒しつつある耳を擽る。頬にあたる微風にゆっくりと目を覚ますと、見覚えのない白いベッドにわたしはいた。
仄かに香る消毒液のにおい。それから風に乗って聞こえる聖歌。
………どうやらここは教会らしい。
兄さんたちはどこに行ったんだろう。わたしが教会にいるってことは、もしかしてわたしだけ連れ戻されたんだろうか。
悪い予感が過ぎって、ベッドをおりてふらふらと扉へ向かう。
誰でもいいから、誰かに会いたかった。
そして兄さんやルイスの場所を教えてほしい。
「っあ!まだ無理をしたらダメですよ!」
金色の目を見開いたそばかすの少年が、持っていた桶を置いて慌てたように駆け寄ってくる。
「兄さんやルイスは………?」
「すぐ隣の部屋で休んでますよ。ミリーさんは一応回復魔法はかけましたけど、まだ寝てないとダメですよ」
「回復魔法……」
「はい」
わたしよりも年下に見えるのに、潜在的な能力が特に大事な魔法と言われている回復魔法が使えるなんてきっとこの子は天才少年なんだろう。
「………ですが、」
そう言って目を伏せた彼の瞳はゆらゆらと揺れている。
「ミリーさんの症状だと僕じゃ力不足みたいです。……すみません」
初めて会ったばかりなのにどうしてこんなに、悔しいと言わんばかりに悲痛な顔をするんだろう。
「………優しいね」
「へ?」
「わたしのために、こんなになるまで手を握りしめてくれてる」
彼の固く握られた拳を両手で包み込んでその手を開けば、僅かに血が滲んでいて、やっぱりと顔を顰める。
「あ、あの……」
頬を染めて手を引っ込めようとする彼に、我に返って慌てて手を離す。もじもじとする彼につられてわたしの頬も熱くなるのがわかる。
「ご、ごめんね……!」
「あ、いえ……」
二人でわたわたとしているうちに、なにやら外が騒がしくなってきたかと思うと勢いよく扉が開く。
驚きに目を瞠ると、弾丸のように飛び込んできたのは兄さんとルイスで、名前を呼ぶ間もなく勢いのまま抱きしめられる。
「ッ!ミリー!」
「ええ?ど、どうしたの兄さん。ルイスまで……」
さすがに初対面の子の前では恥ずかしくて、兄さんの腕をぽんぽんと叩くも、抱きしめる力は強くなるばかりで離してはくれなさそう。
………本当にどうしちゃったんだろう。
「テオ」
「ルイス。ごめん、早く言いに行けばよかったね」
眉を下げて謝る彼にルイスは静かに頷いた。
「エイダンも。彼女はまだ病み上がりなんだから、寝てないとダメだよ」
「そんなに悪いのか!?」
「一応回復魔法使ったけど、効果はあるかどうか……」
「………どうして、ミリーばかり…」
兄さんやルイスの顔が悲痛に歪む。
わたしが原作とは違う未来を歩み始めたから、罰が当たったのかもしれない。
それとも、わたしが知らないだけでミリーは死んでいたのだろうか。
「兄さん。泣かないで、兄さん」
「………泣いてない」
「太陽が泣いたら寂しくなっちゃうわ」
「………泣いてないよ、ミリー」
顔を上げた兄さんは本当に泣いていなかった。だけど、泣きそうなくらい瞳には涙が溜まっていた。
「ふふふ。なら良かった」
それに気がつかないフリをして笑えば、ぎこちなくても兄さんやルイスの顔に笑みが戻る。
「……わあ、本当に女神様みたい……」
「え?」
「……っあ、」
思わず、と言ったように照れくさそうに口を抑えた彼に視線が集まる。
「テオ」
「……ご、ごめん……」
肩を落とした彼に、力が抜けるように笑った兄さんがわたしの背を押してベッドに寝かせると、すぐ隣に腰掛けた。
「ミリー、紹介するよ。この村についてすぐに倒れたミリーを診てくれたのがテオ。この村出身の貴重な回復魔法の使い手でサポート魔法とか後方支援が得意なんだ」
兄さんの紹介に、照れくさそうに灰色の髪をかきながら笑う姿は普通の男の子に見える。