第8話 開校記念日 2
どれだけ話しこんでいたのだろか。陽すでに傾き、夕方になっていた。
「お腹減ったね」
佐藤が、お腹を摩りながら言う。昼ご飯も食べずに、ずっと話していたのだから、それは当然のことだろう。
その証拠に氷上と折田も、同じ様にお腹を摩っている。
「そうね、私もお腹すいたわ」
「俺もだよ、流石に何か食べたいね」
すると、ここぞとばかりに康介が口を開く。
「そうか!じゃあそろそろ解散でいいんじゃないか?」
その声は、心なしか少し弾んで聞こえる。早く解散してほしいのだろう。
こんな日も悪くない、さっきは確かにそう思ったが、基本的に康介は人と深く関わるのを拒絶している。
そんな理由から、長居されるのは好ましくないのだ。
康介がそのまま解散の流れにもっていこうとした時、翔太がその考えを壊すような発言をする。
「いや、解散はしないぜ!なぜなら、今日メインはこれからだからだ!みんなで祭に行こう!」
「そういえば、今日はお祭りやってたね。新政府誕生30周年祝いだかで。いいじゃん、行こうよ!」
折田が思い出したように話す。
今日、街ではお祭りをやっている。それは新政府誕生30周年の祝賀祭。
30年前に、前政府を今の政府が倒したことを祝うお祭りだ。
「良いわね、行きましょうよ!」
「うん、行こう!祭なら食べ物もいっぱいあるし!」
氷上と佐藤も、すでに行く気満々な様子だ。
翔太はその様子を満足そうに見ながら、康介に問い掛ける。
「康介も行くよな!?」
「行かない。4人で行ってくれ」
康介はバッサリと切り捨てた。
それでも諦めずに翔太は、説得しようとする。
「そんなこと言うなよ。皆で楽しもうぜ!」
「だから行かないって」
「康介も腹減ってるだろ」
「減ってるが、祭に行かなくても食えるからな」
しかし康介は、まったく折れる様子がない。
それはそのはず、今いる場所は康介の家だ。出かけずともご飯は食べれるからだ。
「そんなこと……言うなよ。一緒に飯、食いてぇじゃんか」
翔太は何故か、泣きそうな表情をしている。泣き落とす作戦だろうか。
そこに折田が口を挟む。
「じゃあさ、とりあえず4人で祭に行って、ご飯買ったら帰ってきて、ここで皆で食べればいいんじゃない?」
いつの間にか、祭で楽しむという目的が、康介とご飯を食べるという事に趣旨変更されたよだ。
「待て、なんでそうなる。祭で飯食って解散すればいいだろ?わざわざ戻ってくる意味がわからない」
康介にしてみれば、当然の疑問だろう。ご飯を買って戻って来るなんて面倒臭いだけだ。
「こっちが譲歩してるんだから和田君も譲歩しなきゃね?」
佐藤が康介に、諭すように話しかける。口調こそ柔らかいが、言ってる事は目茶苦茶だ。
「譲歩もなにも、俺はこれから予定があるんだ」
「そう、なら仕方ないわね」
残念そうに氷上は気を落とす。
「そうだな、じゃあ帰るか」
そう言うと、翔太は立ち上がり、帰り支度を始めた。
そんな翔太に、康介は話しかける。
「祭に行くんじゃなかったのか?」
「んー、ぶっちゃけ康介を誘う口実だったからな!」
「……それは悪かったな」
「いいって。今日は遊べて満足したから!」
そう話すと、翔太は3人を連れて玄関に向かい、扉の前でそれぞれ挨拶をする。
「それじゃあ、またな!」
「またね!楽しかったわ!」
「じゃあね!」
「また遊ぼうね!」
そして4人は家を出た。
「またな」
康介はその後ろ姿に小さく呟く。
そして部屋に戻ると、ソファーに腰掛けた。
「さて、何するかな」
どうやら予定があるというのは、帰ってもらう為の嘘だったらしい。
しかし、その表情はどこか淋しげに見える。
明らかに矛盾している。
だが康介自信はその矛盾に気づいた様子はない。
「散歩でも行くか」
そう呟くと、康介も家をあとにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
家を出て、しばらくしてから折田が口を開く。
「少しは仲良くなれたかな?」
今日の目的は、康介との距離を縮めることだったのだ。その目的を、果たして達成出来たのか気になったようだ。
それに佐藤が満足そうに答える。
「なれたんじゃないかな!」
感情の起伏に乏しい康介が怒り、皆で言い争いをしたのだ。 それは、距離が縮んだとも考えられる。
「んー、そうね。だいぶ強引だった気がするけど」
「けど、こうでもしないと康介とは遊べないぜ?」
氷上、翔太が話しだす。
「確かに、誘っても断られちゃうもんね」
そう言って佐藤は、苦笑いをしている。
4人はしばらくそんなことを話しながら帰り道を歩く。
すると分かれ道に差し掛かった。
「それじゃあ、私と翼はこっちだから」
「じゃあね!」
佐藤と折田は別れの挨拶をする。
「そっか、またな!」
「ええ、またね」
翔太と氷上がそう返すと、別々を道を歩いて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「もう暗くなっちゃったわね」
氷上が空を見ながら話し掛ける。
「そうだな、危ないし送ってくよ」
太陽は既に沈んでいた。しかし月が出ている訳でもない。所謂、新月だ。
そのせいもあって、辺りはいつも以上に暗い。
「ありがと。じゃあ学校の近くだから、そこまでお願い」
「はいよ!」
2人はそう話すと歩きだし、そう時間は掛からずに学校に到着する。
「送ってくれてありがとね」
「いいっていいって!」
2人はそう言うと、それぞれ帰ろうとする。
が、不意に氷上が口を開く。
「ねえ、今なにか聞こえなかった?」
「え、俺にはなにも聞こえなかったけど」
翔太は首を横に振りながら答える。
が、その時
――――。
確かに何か音がした。
「……校庭の方からだね」
「ええ、こんな時間に誰がいるのかしら?」
「ちょっと見に行ってみよう」
2人は音のした方へ向かう。 学校は休み、なおかつ陽も暮れている。生徒はいないはずなのだ。その学校内から、何か音がしたのが気になったのだ。
そして校庭に着くと、物音の原因らしき物が見えてきた。
「なんだ……あれ」
「ば、バケモノ……」
唖然としながら立ち尽くす。
そこにあったのは、いや、いたのは、見たこともない生き物。
ライオンの様にも見えるが、鋭い牙、長い爪、そして甲殻類の様な外皮。確実にライオンのそれとは異なっている。
バケモノと形容するしかないだろう。
「翔太君、逃げよう!」
氷上が声を上げ、急いでその場を離れようとする。
しかしバケモノは、その声で2人に気づいてしまった。
「う……あ」
バケモノと視線が合った翔太は、恐怖で硬直してしまう。
そんな翔太を目掛け、バケモノが襲い掛かる。
「翔太君!」
氷上が声を張り上げ、動く気配のない翔太の前に氷の壁を作り出すと、バケモノは突然現れたそれに勢い良く突っ込んでしまい、動きを止める。
それ見て、ようやく翔太が動き出す。
「逃げるぞ!」
そう言って、氷上の手を掴み、バケモノと逆方向に走る。
するとバケモノは唸り声を上げ、追いかけ始めた。
「――っ、速いっ」
「追いつかれるわよ!」
2人は懸命に走る。だが、バケモノは凄まじい速度で距離を詰めていた。
「くっそ!」
翔太は毒づきながらバケモノの方へ、手を横薙に振るう。
それと同時に突風が吹き荒れる。
しかしバケモノは、少し動きを鈍らせただけ。ほとんど影響を受けずに、鋭い爪を振りかざす。
それに光景に翔太は、思わず目を瞑ってしまう。
――やられる!
そう思った瞬間、ガギッという音を立て、爪が氷の壁に阻まれて止まった。
「ありがとう!」
翔太は、礼を言いながらバケモノと距離をとる。
氷上は翔太とバケモノが離れたのを確認すると攻撃を仕掛ける。
「これでもっ、くらえ!」
そう声を張り上げると幾つかの氷の塊が作り出され、バケモノに飛んでいき、鈍い音を立てて直撃する。
「そんな……」
氷上は呆然とする。
直撃したにも関わらず、傷1つついていなかったのだ。
バケモノは氷上に狙いを変えて勢いをつけて突進していく。
「彩香!」
翔太は呆然としたままの氷上のもとに走り出すが、その間にもバケモノは氷上を切り裂こうとしていた。
「間に、合え!」
風の力で加速し、バケモノが爪を突き立てる直前に、氷上のことを横から抱える様に飛び込む。
「きゃっ!」
突然の衝撃に氷上は小さく悲鳴を上げて、翔太と共に倒れ込んだ。
氷上は直ぐに体を起こそうとするが、翔太がもたれ掛かれる様に被さっているので、なかなか上手く動けない。
そして、どいて貰おうと声を掛けようとした時、翔太が血を流してぐったりとしていることに気がついた。
「し、翔太君?」
呼び掛けるが、ピクリとも動かない。
「ねえ!翔太君!嘘でしょ!?」
そんな2人に、再びバケモノが襲い掛かる。
「くっ」
その場から動けない氷上は、とっさに氷の壁を自分達を囲うように作り出し、突進を阻む。
しかし阻んだのも束の間、氷の壁に亀裂が入り始める。
バケモノが何度も何度も、体当たりをしているのだ。
そして、氷の壁が硝子のように砕け散った。
「そん、な……」
氷上は絶望の表情を浮かべる。それとは対称的に、バケモノは勝利を確信したかのように唸ると、鋭い爪を掲げ――振り下ろす。
氷上は、反射的に倒れている翔太を庇うように抱き寄せ、死を覚悟したように目を閉じた。
どのくらいたっただろうか。いや、実際には数秒した経過していないが、
――おかしい
氷上はそう思い、恐る恐る目を開く。
爪は確かに振り降ろされたはずなのに、痛みも何も感じなかったのだ。
そして目に映ったのは、バケモノの攻撃を素手で受け止めている、見知った人の後ろ姿。
その後ろ姿に声を賭ける。
「康介、君?」
「ああ、……大丈夫か?」
「康介君!翔太君が!」
酷く断片的な言葉。しかし康介は理解したように、沈痛な面持ちでそれに答える。
「凍らせて血を止めるんだ」
そう言うと、バケモノを蹴り飛ばし、それを追いかける。氷上達から引き離す為の行動だろう。
バケモノは、蹴られた怒りからか、雄叫びをあげる。
「グオァァァ!」
そして、凄まじい速度で康介に突っ込んで行く。その速度は怒りからか、先程よりも更に速い。
康介はそれを、上に跳ぶことで躱して見せた。そして空中から一条の雷撃を放つ。その雷撃は、翔太と戦った時とは比べ物にならない程、強力に感じられる。
その雷の如き雷撃は、
ドォォォン!
と爆発にも似た轟音を立ててバケモノに襲い掛かった。
辺りに煙りが立ち込める。
「……凄い、康介君凄いよ!」
翔太の止血を終え、戦いを見守っていた氷上が言う。
「いや、まだ終わってない」
康介はそう言いながら、バケモノがいた場所を凝視し続ける。
煙りが晴れると、そこにはバケモノが立っていた。ところどころに焦げた跡がつき、ボロボロではあるが、確かに生きていたのだ。
そして再び、康介に襲い掛かる。
それを見た康介は、忌ま忌ましそうに呟く。
「外殻が受け流したか……なら!」
言いながら電気を放出し、それが無数の矢を象る。
「内から焼き殺してやる!」
その声と同時に無数の矢がバケモノに降り注ぐ。固い外殻を穿ち、突き刺さり、内部に電撃が流される。
「ガァァァァ!」
バケモノは苦しそうな咆哮あげる。しかしその声は直ぐに聞こえなくなり、ドスン、と音を立てて倒れた。
それを見ながら康介は呟く。
「手を出した報いだ」
何に、とは言わなかったが、恐らく翔太と、そして何より氷上のことだろう。襲われていた氷上を、再びあの少女と重ねていたのだ。
康介は、動かなくなったバケモノを見下す。そして何か気づいたように小さく言う。
「これは……」
そこに氷上が駆け寄って来る。
「康介君!倒したのね!けどこんなバケモノがホントにいたなんて……」
そう言って考え込む。
噂の正体、それがこのバケモノだったのだろう。しかし本来なら存在するはずのない生物。発生源などは謎に包まれたままだ。
「それよりも、翔太の治療が先だ」
「ええ!」
康介のその言葉に氷上は思考を打ち切って、2人は翔太のもとに駆けていく。
「不幸中の幸いだな、傷はそんなに深くない。気を失ってるだけだ」
翔太の怪我を確認し、康介が言う。
「よかった……」
その言葉を聞くと、氷上は安堵の表情を見せた。
その時、不意に
パチパチパチと、拍手のような音が聞こえ来た。
2人がびっくりしたように音のした方を振り返ると、そこには、暗くてハッキリとはわからないが、近付いて来る男のような影があった。
2人は固唾を飲み、表情を堅くする。
互いが視認出来る距離になると、男は拍手を止めて、口を開く。
「いやー、まさか学生があれを倒すとは驚いたよ」
軽い口調で、ニヤリと笑いながら。




