第6話 転移と陣
学校の昼休み――購買の前は、生徒でごった返していた。
売っているのは、パンやおにぎりなど、ごくごく在り来たりな物ばかり。
しかしコンビニで買うよりも安いため、生徒から需要は高く、長蛇の列が出来ている。
ざっと見渡して、80人位だろうか。
1学年が大体120人。3学年合わせて360人。
全校生徒の、4人に1人が利用しているのだ。
康介もその利用者の1人。
あまりの人の多さに、うんざりした様な表情をしながら列んでいる。
「人、多過ぎ。飯くらい持ってくればいいのに」
順番待ちをしながら小さく毒づいているが、自分の事を棚に上げるとは、まさにこの事だろう。
康介の今の位置は、前から2番目。
つまり、すぐにでも順番が廻って来る位置いる。いるのだが、康介の前にいる男子生徒は、かれこれ5分くらい前から呆然とした様に立ち尽くしたまま、動かない。
痺れを切らした康介が文句を言おうとすると、その男子生徒は突如振り返る。
「ご飯奢って!財布忘れてお金がないんだ!」
「……は?」
縋り付くかの様に懇願して来る男子生徒。康介は、いきなりの事に眉をひそめる。
「お願い!ホントに財布を忘れちゃったんだ!」
「なんで俺が。食わなきゃいいだろ」
「腹減りすぎて死にそうなんだよぉ」
弱々しい声で、男子生徒はお腹をさする。
どうやら本当にお腹が減っているようだ。
そんなやり取りをしている間にも、列の後ろはどんどん詰まっていき、なかなか進まない2人に鋭い視線が浴びせられる。
「くそっ」
その視線を感じとったのか、康介は慌ててサンドイッチを何個か手にとり、会計を済ませて列から離れた。
「ほら」
「ご飯だ!」
買ったサンドイッチの半数を男子生徒の前に突き出す。
すると男子生徒は、とたんに笑顔になり、それを受け取る。
すると、それ以上関わりたくないのか、康介は足早にその場を離れていく。
向かう先は屋上。何故か人が少なく、康介お気に入りの場所だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
屋上に着くと、サンドイッチを食べ始める。
そう――いつもと変わらない、1人で静かに過ごす昼休み。
そのはずだった。
しかし、康介の前には先程の男子生徒がいた。
「……まだ何か用か?」
その生徒を見ながら、目を細める。明らかに鬱陶しそうな態度だ。
「まだお礼してなかったから。さっきはありがとう!」
爽やかな笑顔で言う。とても高校には見えない様な幼い笑顔。童顔と言うのがピッタリだろう。
「そうか、じゃあもう用はないな」
「そんなこと言わずにさ。俺の名前は折田翼、2年A組だよ。」
シッシッ、と手を振る康介に構わず、自己紹介をする。
そして康介の返事を待たずに、話しを続ける。
「俺の事は翼って呼んでね。よろしく、和田康介君。
あ、ちなみにこれから康介って呼ぶから!」
大人しそうな見た目だが、意外と勝手な性格の用だ。
「2年……だと?」
康介は驚き、目を見開く。まさか、自分と同い年だと思わなかったのだろう。
折田翼、そう名乗った少年は、確かに2年生には見えない。下手をすれば中学生に見えるくらいだ。
そんな反応をした康介に折田翼は、心外だ、と言うような表情をする。
「酷い!?いくら童顔だからって……。
これでも発情期なんだから!」
「……」
折田翼の発言に、康介は無言になる。
「あれ?なんで黙るの?」
「……思春期の間違いじゃないのか?」
「何か違うの?」
折田翼は、康介の問い掛けにキョトン、とする。
「いや、なんでもない。
……さ、もう用は済んだだろ」
康介は眉間を抑えながら、力無く言う。
するとその時、屋上の扉が勢い良く開かれる。
「翼!こんな所にいたの?探したよ!」
そう言いながら入って来たのは、1人の女子生徒。
肩につくくらいの黒髪。顔立ちは、下手なアイドルよりも、よっぽど整っている。
「あ、瑞葉。こっちこっち」
どうやら折田翼と知り合いの用だ。親しげに手招きをしている。
瑞葉と呼ばれた女子生徒は、それに応じる様に近づいてくる。
「あれ、隣にいるのって、和田康介?」
視界に康介を見つけると、少し驚いた様な表情をする。
「さっきの折田もそうだか、なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「まあ……ある意味有名だからね」
康介の疑問に女子生徒は、歯切れ悪く答える。
「ある意味?」
「和田君って人との間に壁作ってるじゃない?それでいて成績優秀、能力も強い。
だから周りから、お高く止まってるって思われてるわけ」
少し言いづらそうにしならがら、女子生徒は説明する。
要するに康介は、周りからの嫉妬の対象なのだろう。
するとそこに、折田が口を挟んでくる。
「けど、実は康介っていい人だよ。さっきはご飯奢ってくれたし!」
「あれは奢らされた、に近い状態だろ。不本意だよ、不本意」
康介はため息をつく。
「へぇ、話してみると普通だね。私は佐藤瑞葉。よろしくね」
「佐藤瑞葉って……『陣』の?」
佐藤の自己紹介で康介は、少し驚いた顔をする。
「あ、知ってるんだ?」
「ああ、『陣』って言ったら有名だからな」
「そんなに目立つことしてないんだけどなぁ」
陣の能力、とても珍しい能力で、空間にすら干渉できる可能性があると言われている。
基本的には結界を張ったりするらしいが、その能力者は佐藤しかいないかため、詳細は定かではない。
佐藤は、そんな能力の持ち主だ。有名になるのは当然の事だろう。
「ん?じゃあ折田って『転移』か?」
「そうだよ!」
康介が何か思い出した様に聞くと、折田は得意げに返事をした。
何故康介が折田の事も知っていたのか。
それは佐藤の相棒が転移の能力者、と言う有名な話しがあるからだ。転移も希少な能力。その能力者の名前を思い出したのだ。
「『陣』の佐藤瑞葉と『転移』の折田翼。噂の悪魔のタッグか」
「『陣』の結界で相手を閉じ込め、『転移』で結界内部に攻撃を飛ばす。まさにワンサイドゲームね」
不意にそんな声が聞こえる。
康介達が声のした方を向くと、そこにはいつの間にか翔太と氷上の姿があった。
「康介、こんなとこにいたのか」
「ホント、探したわよ」
「探したって、なにか用か?」
順に言う2人に康介は問い掛ける。
「用はない!暇だったから探してみたんだ!」
「俺は暇つぶしの道具か?」
胸を張って堂々と言う翔太。そんな翔太に康介はため息をつく。
2人がそんな会話をしていると、佐藤と折田が声を掛けてくる。
「尾崎君と氷上さんだよね?私は佐藤瑞葉。よろしく!」
「俺は折田翼だよ。よろしくね」
「ああ、俺は尾崎翔太だ!」
「私は氷上彩香よ、よろしくね!」
4人は互いに自己紹介をした後、談笑を始めた。
先日の翔太の模擬戦での話しや、氷上に凍り漬けにされそうになった話しなどで盛り上がっている。
「はぁ……」
そんな中、康介は静かに過ごしたかった昼休みが、騒がしくなってしまい、ため息をついていた。