第3話 とある休日
土曜日、することのない康介は、街を歩いていた。
家に居ても考え事ばかりで、気が滅入ってしまう。その気晴らしの為だろう。
朝から、フラフラと服屋や、アクセサリーショップを廻っている。
「おっ、これいいな」
そんな彼は今、ショーケースの中のシルバーアクセサリーを見ていた。
「そぅそぅ、こんな感じのネックレスが欲しかったんだよな」
その視線の先に在るのは、クロスに羽が生えたデザインの、ネックレストップ。
「すみません、これください」
店員に声を掛ける。
「少々お待ちください」
店員が、そう言いながら、ショーケースからネックレスを取り出し、レジへと運んでいく。
「お会計、3万円になります」
「あっ、着けてくんで、そのままでいいです」
そう言いながら、財布から1万円札を3枚取り出し、店員に渡す。
「はい、丁度ですね。こちらお品物になります。」
ネックレスを受け取り、その場で着け、店を出る。
「ありがとうございました」
店員の声が後ろで聞こえる。
「んー、良い買い物できたな」
買ったばかりのネックレスを触りながら、機嫌良さそうに歩いている。
向かう先は服屋。
店内に入り、端から見て廻る。
何か気になったのか、黒のジャケットの前で、立ち止まる。
「よし、これも買おう」
そう言いながら、ジャケットをレジに持って行き、会計を済ませる。
次に向かうのは、街の外れに小高い丘。
街の外れと言うだけあって、人は殆どいない。
康介は黙々と、丘を登っていく。
しばらくすると、芝生や花が生えた、少し開けた場所に出る。
街を一望出来る、康介のお気に入りの、心休まる場所。
昼間だというのに、人は全くいない。何もない場所に、好んで来る人は少ないからだろう。
康介は、芝生の上に、無造作に横になる。
「綺麗だな」
空を見ながら呟く。
得に何を考える訳でもなく、蒼い空や流れる雲を眺め続けていた。
しばらくして、目を閉じる。 ふわっ、と頬を撫でる様な風が心地好い。
康介は、そのまま眠りへと落ちた。
どのくらいの間、そうしていただろうか。
康介が目を覚ます。
(……寝てたのか)
康介は起き上がり、伸びをする。
「どんだけ寝てたんだ、俺」
そう呟く。
既に、陽は傾き出していた。
「……帰ろ」
そう言いながら、街へと歩きだす。
1時間程歩き、街に戻って来る。
辺りは既に暗くなっていた。
自宅へと足を進めていると、路地裏の方から、何か聞こえて来た。
「――、――!」
良く聞こえないが、恐らく女性陣の声だろう。
気になったのか、康介は路地裏に向かって歩きだす。
暗い路地を少し進むと、はっきり声が聞こえ、その姿が見えてきた。
その先に居たのは、1人の女の子と、それを囲むように立っている5人の男。
「ちょっと!離してよ!」
女の子が、男達に大声で言う。
明らかに嫌がっているのが見て取れる。
(この声は……氷上?)
康介は目を細める。
普通なら、あまり話さない人の声など、聞いても誰だか分からだろう。
しかし、康介には、合っているという自信があった。
何故なら、氷上は声まであの少女とそっくりだったからだ。 康介なら間違える訳がない。
「良いからこっち来いよ!」
男の1人が、厭らしい笑みを浮かべながら、氷上の肩を掴む。
「キャァ!」
氷上が小さく悲鳴を上げる。
その瞬間、康介は考えるよりも先に動いていた。
男達に向かって走り出す。
「なっ――」
男達が気付き、振り返るが、もう遅い。
康介は、すでに男達の間近まで接近していた。
そして、手を振り下ろす。
それと同時に、無数の雷撃が頭上から、男達に向かって降り注ぐ。
「ぐぅっ」
突然の攻撃に反応出来る訳もなく、男達はうめき声を上げ、気絶する。
「えっ……」
何が起きたか分からない、といった表情で唖然とする氷上。
「大丈夫か?」
康介が問い掛ける。
すると、状況が理解出来たのか、氷上が落ち着きを取り戻し、口を開く。
「ありがとう。助かったわ」
「……大丈夫ならいい」
康介はそう言って、来た道を戻ろうと、踵を返す。
「ちょっ、ちょっと待って」
氷上は、帰ろうとする康介を、慌てて呼び止める。
「なに?」
立ち止まり、ぶっきらぼうに言う。
「助けてくれたお礼も、ちゃんとしたいし、ちょっとお茶でもしない?ね、いいでしょ?」
「いや、別に――」
別に礼なんかいらない、そう言おうとしたのだろう。
だが、言い切る前に、氷上は康介の手を掴み、歩きだす。
「ちょ、待てよ!誰も行くなんて言ってないだろ」
康介は掴まれた手を振りほどこうとするが、
「どうせ暇でしょ?」
と、氷上は気にした様子もなく、康介を引っ張って行く。
すると、康介は観念したように口を開く。
「分かった、分かったから、とりあえず手を離してくれ」
「そう、じゃあファミレスにでも行こっか!」
一度立ち止まり、今まで掴んでいた手を離し、笑顔で言いながら再び歩きだす。
「「……」」
無言。2人は何も話さずに歩いている。
康介はもともと口数が少ない。
氷上は、誘ったはいいが、何を話せばいいか分からないのだろう。
しばらくすると、ファミレスに着き、店内へと入っていく。
「いらっしゃいませ!2名様でよろしいですか?」
「はい!」
店員に氷上が答える。
「こちらへどうぞ」
2人は店員に案内され、席に着く。
「御注文お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼び下さい」
「何頼む?なんでも奢るよ!」
氷上がメニューをパラパラと、めくりながら聞く。
「じゃあ……ホットコーヒーで」
康介が答える。
「なんか、渋いね」
「俺の勝手だろ」
「あはは、確かにね!」
そう言いながら氷上がベルを押す。
すると、直ぐに店員が来た。
「御注文はお決まりですか?」
「ホットコーヒー1つとオレンジジュース1つ下さい」 氷上が注文する。
「畏まりました」
店員が下がっていく。
「そういえば、食べ物は頼まなくて良かったの?」
「そんなに腹減ってないからな」
「ダイエット!?」
「……なんでそうなる」
驚いた様に言う氷上に、康介は、うんざりしたように返す。
「ノリ悪いなー。もうちょっとテンション上げようよ!
こんな可愛い女の子掴まえていて、テンション低いと失礼だよ?」
笑いながら氷上が話す。
「ノリの良さを求めるなら、相手を間違えたな。それに掴まえられたのは、俺の方だ」
「う……、そんなバッサリ切り捨てなくても……」
ガックリとうなだれる。
そこに店員が、注文したドリンクを持ってくる。
「こちら注文の品になります。それでは、ごゆっくりどうぞ」 そう言うと店員は戻っていく。
「それじゃ、乾杯!」
氷上が手に持ったグラスを前に突き出し、言う。
「いや、何にだ?」
「んー……、私と康介君の交流に?」
「……」
康介は、呆れた様な目で氷上を見る。
交流もなにも、お前が無理矢理、俺を連れて来たんじゃないか。そんな事を思っているのだろう。
「そ、それより!さっきは助けてくれてありがとう!ホントに助かったよ!」
氷上が焦った様に、話題を変える。
「礼ならさっきも聞いたよ」
「それでも言わせて。私、怖くってなにも出来なかったから」
「能力使えば良かったのに。Bランクの氷上なら、あんな奴ら簡単にあしらえただろ」
「あ……、まだ能力に目覚めて間もないから、そこまで頭まわららかったよ!」
「なるほどね」
それじゃあしょうがない、といった感じで康介が言う。
「そういえば、今日の康介君、いつもより喋ってるよね!」
「話し掛けられたら返事するしかないからな」
「でも、いつもはもうちょっと冷たくない?」
「いつも通りだよ」
康介はそう返す。
確かにそうだ。いつもの康介だったら、ファミレスにすら来なかったかもしれない。
けど今は、こうして会話を続けている。
それは何故か。 あの少女に似ている氷上と一緒に居ることで、本人でも知らず知らずのうちに、少しだが本来の自分が出て来ているのだろう。
その後も、2人は会話を続けていたが、飲み物を飲みきったのもあり、店を出た。
「じゃあ、またね!」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「うん!ホント今日はありがとね!康介君かっこよかったよ!」
氷上はそう言うと、康介が何かを言うよりも早く、走り去って行った。
「……かっこいい、か。
あいつには、そんなこと言われた事はなかったな」
康介も、そう呟くと、薄い笑みを浮かべながら自宅へと歩きだす。
康介は、家に着くとそのままベッドに身を投げ出した。
「なんか疲れたな」
(けど、悪くない1日だった。誰かとあんなに話したのは、久しぶりだな。
人と話すのが、あんなに楽しいなんてな……、すっかり忘れてた。
これからは、少し……少しだけ、積極的に人と話すようにしようかな)
康介は天井を見上げながら、そんな考え事をしていた。
しかし、話す事は、関わるということ。
関わるということは、お互いを知っていくこと。
いや、康介にとっては、『知ってしまう』と言うべきか。
人は、相手を知ることによって、初めてその人に対する感情が生まれる。
『好き』『嫌い』。どちらの感情でも、その相手に不幸が起きれば、何か思うことがあるだろう。
嫌いな相手に不幸が降り懸かるとする。その内容が、転ぶ程度だったら『ざまあみろ』と思う人が大半だろう。
だが、もし降り懸かった不幸が『死』だったら……。
殆どの人は、見知った人間の死んだとき、負の感情が沸き上がる。
康介は、あの少女を護れなかった事を引きずっている。
トラウマと言ってもいいだろう。
もし、そんな彼の前で、彼の見知った人間の死が訪れたら……、きっと心が壊れてしまうだろう。
だから彼は、人と関わるのを拒む様にしていたのだ。
彼は、心の『時』を止めたのだ。人と深く関わらない事で。 失わない為に。自らの心を護る為に……。
それなのに康介は、話してみよう、と考えた。 それは何故か。
失う覚悟をしたからか。
護り抜く自信が出来たからか。
それとも、誰かと話す事の楽しさを思い出し、1人が辛くなっただけか……。
理由は分からずとも、康介の『時』は、動きだそうとしている。
きっかけとなったのは、氷上彩華。
「氷上彩華、か……」
康介はボソッと言って目を閉じる。
そして、眠りに着いた。