第22話 本当の力 2
五人は康介の家にいた。
あの後、先ずは場所を変えよう、と康介が提案したからだ。今は簡単な手当も済み、康介が話し始めるのを待っている状況だ。
静寂。
痺れを切らしたように佐藤が口を開く。
「さっき『魔法は知ってるか』って言ったよね。それが何か関係あるの?」
いきなり切り出された本題。 数秒の沈黙の後、康介は話し始める。
「俺は……魔法が使えるんだ」
「魔法って、ゲームとか小説であるみたいな?」
ファンタジーな発言に呆気に取られつつも、佐藤は魔法についての解釈を質問した。
「ああ。まさにそれだ。だからさっきみたいに様々な属性を扱えるし、障壁だって張れる。他にも出来ることは多いよ」
そう肯定すると、折田が羨むように呟く。
「とんでもない能力だね」
確かにそうだ。聞く限りでは、出来ない事なんてないんじゃないかと思える力。
転移しか出来ない折田は、その力が羨ましいと感じていた。
その呟きに、康介は口を開く。
「いや、恐らく能力とは違う」
皆は首を傾げる。能力ではない――その意味が分からなかった。
能力でないのならいったい何なのか、と。
確かに破格な力だが、科学で説明出来ない人為的な現象を、一般的に能力と呼ぶ。
だったら康介のそれも能力じゃないのか、そう思っていた。
そんな中、氷上がボソッと呟いた。
「……魔法使いの一族」
「なんだそれ?」
お伽話に出てきそうな単語に、翔太が呆気に取られた表情を浮かべる。
佐藤と折田も『そんなファンタジーじゃあるまいし』と苦笑いしている。
だが、康介は驚愕していた。
魔法使いの一族――それは実在する。だが、一族は魔法の存在を匿秘し、隠れるように生活していた。したがって、その存在を氷上が知っている訳がないのだ。
にも係わらず、氷上はその名を口にした。
もしかしたら、氷上はあの少女なのではないか。そんな考えが康介の頭をよぎる。
元より容姿も、声も似ている。生きていれば年齢すらも同じだ。そんな氷上が、康介にはあの少女に見えてしまった。
そして、気づけば口が動きだしていた。
「氷上……お前は――」
言いかけ、止める。
そんな訳はない、と自分に言い聞かせる。
しかし同時に、もしかしたら生きていて記憶喪失なんじゃないか、と考えてしまう。
現実と願望。その二つがせめぎ合う。
そんな矛盾する自らの心に、康介は自嘲するような笑みをこぼした。
「康介君?」
「あ、ああ」
黙り込んでいるのを、不思議そうな面持ちの氷上が声をかけると、急に呼ばれて少しばかり動揺しながら康介は返事をした。
そこに翔太が話し掛ける。
「で、どうなんだよ。康介は魔法使いの一族なのか?」
そんな筈ないよな、と微苦笑しているが、返答は予想の斜め上を行くものだった。
「……ああ。魔法使いの一族は実在する。その存在を知られる事なくひっそりとな」
その言葉に、翔太だけはでなく、佐藤と折田も驚きを顕わにするが、康介はそのまま説明を始める。
「それがさっき言った、能力とは違うってのに繋がるんだ。
能力が発見されたのは、ここ三十年くらいだろ? けど魔法使いの一族は、何百年も――いや、もっと前から続いてたんだ。それに、仮に能力だとしたら、一族全員が例外なく同じ能力を発現してるって事になる。そんなのは異常だ。だったら、根本的に違う、と考えるのが自然だろ」
言い終えると翔太達は、確かに、と納得したように頷いた。
ふと、折田が疑問を口にする。
「一族って事は、魔法を使える人が大勢いて、どこかで暮らしてるんでしょ? どうして康介だけが箱庭にいるの?」
誰にも知られずに暮らしているのなら、わざわざ不自由な箱庭に来るのはおかしい、と。
その問いに、康介の表情に影が射す。それは悲痛や後悔が入り混じった暗いもの。
「――――だ」
掠れた、消え入るような声。
聞き取れなかった折田は『え?』と聞き返す。
「滅んだ。もう、俺以外は誰もいない」
今度は聞き取れる大きさで言った。
その、あまりの衝撃的な言葉に、皆は息を呑む。
康介の浮かべる表情は、冗談には見えない。それを理解し、誰も、何も言えなくなってしまった。
康介の痛みを理解する事が出来ない者が何を言っても、それは同情、憐れみとしか取れないだろう。四人はそう思い、そして部屋には沈黙が流れた。
しばらくして、康介が口を開く。
「一族の話しは、もう止めにしよう」
暗く、重い声。
四人はそれに、ただ頷く事しか出来なかった。
「そ、それにしても、魔法って最強じゃね!?」
暗い雰囲気を変えようと、翔太が無理矢理明るい口調でそう言った。
本当なら、一族に関係してしまう魔法の話題も避けるべきなのだが、それは流石は翔太、といったところ。
しかし、康介は薄く笑みを浮かべた。不器用ながらも、必死に場を明るくしようとする翔太の気遣いが嬉しかったのだ。
「確かに破格な力だが、最強とは言えないさ。大威力の魔法を放つには長い詠唱が必要だしな。詠唱破棄も出来るが、それは威力が落ち、魔力の消耗も激しい。
良く言って万能。悪く言えば中途半端だよ」
「けど、その引き出しの多さはかなりの武器だよね。常に相手に不利で、自分に有利な土俵で戦えるから」
首を横に振りながら否定する康介に、佐藤がそう言った。
その通りだろう。
康介に相性の悪さなど存在しない。
相手が火なら水を使う。そうやって弱点をつけるのだから。
「引き出しの多さは認めるさ」
認めながら苦笑した。
そこに、何か思い出したように氷上が口を開く。
「そういえば、氷炎は康介君の所には俺のパートナーがいるって言ってたけど、どうだったの?」
「ああ……その話しをしないとな。俺もそっちの話しを聞きたいし」
そう言うと、お互いに襲われた時の事を話しだす。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
互いに全ての経緯を話し終える。
康介達は、佐藤と折田には、巻き込んでしまった以上、事の発端から明かした。
「そんな事になってたんだね……」
トロイに狙われてると知った佐藤が、重苦しい表情を浮かべる。折田も同様だ。
「隠してて悪かった」
「いいよ。巻き込まないように、って思って隠したんでしょ? ちょっと水臭いな、とは思うけど怒ってはないよ」
だから気にしないで、と折田が話し、表情を苦々しいものに変えながら続ける。
「にしても……、トロイに氷炎にキャサリン、か。とんでもないね」
そこに、氷上が思い出したように口を開く。
「そう言えば……氷炎は康介の事を知ってたみたいよね。これが本当の力か! って笑ってたし」
「ああ。恐らくあいつは知ってるよ。全てをな。俺を狙うのは魔法が理由だろうな。
そして、さっきの戦いは本気じゃなかった。氷炎も、キャサリンも。今回は魔法の力を見るのが目的だったんだろう」
康介はそう言うと、じゃなきゃあんなにあっさりと引かないさ、と最後に付け加えた。
「殺すつもりはなかった、って事か。けど、魔法の力を確かめて何がしたいんかね?」
さっぱり分からない、といったそぶりをしながら翔太は皆に問い掛ける。
皆は考え込む。
やがて佐藤が自信なさ気に口を開いた。
「利用……じゃない? 力を確かめた上で、仲間に引き込む予定……とか」
「現状ではそうとしか考えられないな。だとしたら、あいつらは相当頭が悪いな。
あんなに敵対したら、俺が仲間になる訳ないだろうに」
佐藤の意見を肯定しつつも、氷炎に対して呆れたように康介は言う。
と、そこに真剣な表情で氷上が呟いた。
「けど、私達を盾に取って協力を迫ってきたら……?」
その言葉に、康介は息を呑む。
もしも、氷炎達がそうやって協力を迫ってきたら、康介はそれを断れないだろう。
「……そうならないようにすればいい。せっかくある力だ。護る為に惜しみなく使うさ」
氷上に視線を向けながら、今度こそきっと……、と聞こえないように呟いた。
皆は、康介の頼もしい言葉に表情を少し明るくする。
康介なら護ってくれる、と。しかし同時に、なんとも言えない歯痒さを感じた。
自分達は何も出来ずに、ただ護られるだけなのか。力になれずに康介の弱点なだけなのか、と。
確かに、皆は巻き込まれただけなのだが、何も出来ないのが悔しかった。
強くなりたい――その気持ちが膨らんでいく。
それを翔太が言葉にした。
「俺達も……強くならなきゃな」
小さな声。
しかしその声には、絶対に強くなる、と強い決意が篭っていた。
それに皆は力強く頷く。
康介が自分達を護ってくれるのなら、その康介は自分達が護ろう、と。
言葉には出さないが、それぞれの強い意思が、雰囲気から滲み出ている。
それを感じ取ったのか、康介は薄く笑みを浮かべていた。
程無くして、康介が立ち上がった。
「今日はもう休もう。疲れただろ。帰るのが面倒だったら泊まってっていいぞ」
それに皆はそれぞれ返事を返すと、康介は部屋を出て行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
氷上と翔太は、ベランダで夜空を眺めていた。
ふと、翔太が口を開く。
「俺達……また護られたな」
俯き。自分の無力を嘆く。
「ええ。けど、だからこそ、強くなるんでしょ? さっき、そう決めたじゃない」
「……そうだよな。けど、なんか……こう、ね。
前に、皆で助け合うって決めたじゃん? けど今は助けられてるだけ……」
自嘲するような笑みを浮かべる。
「そりゃあ、バケモノの襲撃の時はさ、康介と肩を並べて戦えてる、助け合えてる、って実感あったよ。
けど、追いついたと思ったら、康介はまた一歩前に進んでる」
星を掴むように手を伸ばす。
そして、何も掴めず空を切った手を眺めながら呟く。
「こんな風に……届かない」
そう言うと、翔太は黙り込んでしまった。
翔太が吐いた弱音――氷上にはその気持ちが理解できた。
「わかるわよ、その気持ち。
康介君は強い。今の私達は、その背中に縋り付こうと、必死に追いかけてる状態よね」
ホント情けないわね、と。
「でもね、翔太君。私達はこれからでしょ? 私達はまだまだ強くなれる。弱気になってても何も変わらないわよ?」
「そう、だな」
氷上の言葉に翔太は頷くが、その表情は今だ暗いままだ。
「なぁ、彩香。もう一つ聞いて貰っていいか?」
「ええ。いいわよ」
「さっき、強くならなきゃ、って言ったじゃん? あれさ、康介の力になりたいって気持ちもあったけど、それと同じくらい康介の強さが羨ましい――いや、康介に劣ってるのが悔しかったから出た言葉なんだ」
そう言う表情は、自己嫌悪に染まっている。
強くなりたい理由が、康介の為と劣等感の半々。張り合ってる状態ではないにも係わらず、康介に負けたくないと感じている自分に嫌気がさしていた。
どうして『康介の為に』と、それだけを考えれないのか。
「結局俺は、劣等感を払拭する為に強くなりたいのかもしれない」
最低だよな、と翔太は自嘲し、罵られるのを覚悟する。
そして氷上が口を開く。
「いいんじゃない? それで」
その予想外な反応に、翔太は目を丸くする。
「……え?」
「少しでも康介君の力になりたいって気持ちがあるなら、それでも良いんじゃない?」
気にする事じゃないわよ、と氷上は言う。
が、翔太は納得しない。
その様子に氷上が続けて話し出す。
「あのね、翔太君。
誰誰の為に――とか道徳心だけで強くなれるなら、世の中は最強の人間だらけよ? 人は道徳心だけじゃ強くなれない。自分の為の行動でないと、どこかで折れてしまうわ。
だから劣等感が理由でも良いじゃない。そうやって、今の翔太君みたいに悩んで、それを越えた人ほど成長するものよ」
その言葉に、翔太は呆気に取られた顔をする。
「そんなもんなのか?」
「そんなもんよ。
ただ――悪意に基づく力は成長ではなく、堕落だと思うけどね。
それを間違えなければ良い。自分の為の向上心と、ちょっとの他人を思いやる心を持ってればそれでいいのよ。
そうすれば、良い結果は後からしっかりついて来るわ」
私の持論だけどね、と付け加えると、氷上は微笑み掛ける。
翔太はしばらく考えれ込むように黙っていたが、やがて『うし!』と気合いの入った声を上げる。
「彩香、ありがとな。なんかすっきりした!」
「役に立ててよかったわ」
翔太の付き物の落ちたような表情に、安心したように氷上は笑う。
「さ、そろそろ戻りましょ」
「だな。眠いし」
二人は部屋に戻って行った。
魔法ってチートかな?
康介、半チート疑惑。