第19話 廻り始める歯車1
学校の昼休み、五人は屋上に集まっている。
「……疲れた」
「ええ、私もよ」
「流石の俺もへとへとだ」
「あはは! まぁ三人は皆のヒーローだからね」
康介、氷上、翔太はグッタリとうなだれていた。
それを折田は笑いながら見ている。
何故疲れているのか、それは康介達三人が学校の有名人だからだ。
バケモノ襲撃の時の三人の戦いは誰もが見ていた。その強さに憧れた生徒達が、約一ヶ月ぶりに登校してきた三人に殺到したのだ。
「はぁ……。教室に戻りたくないわね」
「同感だ」
氷上と康介はため息を吐く。
「確かに疲れたけど、俺は満更でもないんだけどな!」
「……翔太は幸せそうだな」
「人生楽しんだもん勝ちだからな!」
「楽しむ……か」
どこか遠い目をしながら康介は小さく呟く。その言葉は誰にも届かなかったようで、翔太が皆に自分の人生論について語り出していた。
康介は苦笑すると、翔太のバカらしい人生論に耳を傾けた。
しばらくすると、佐藤が急に話しを変える。
「あっ、そう言えば和田君達は入院してたから知らないよね」
その言葉に三人は首を傾げた。自分達が入院してる間の事は何かあったのか全く知らないのだ。
その事について佐藤は説明し始める。
「最近、箱庭が物騒なんだよね。次々と政府関連施設が爆破されててさ。トロイの仕業じゃないかって、もっぱらの噂だよ」
「調度、バケモノの襲撃の後くらいから始まったんだよ。だからあのバケモノもトロイの差し金なんじゃないかな」
佐藤の説明を補足するように折田も話す。
あくまで噂の範囲だが、その話しは、康介達にとっての信憑性は高い。
その為、康介、翔太、氷上は反射的に顔を見合わせた。その表情は苦々しいもので、三人は黙り込んでしまう。
そんな三人の様子を不思議そうに折田が覗き込む。
「どうしたの?」
その声で三人は我に戻り、康介が慌てて返事を返す。
「あ……いや、何でもない」
「ええ、物騒な話しだったからちょっとね」
「そんなんじゃ、おちおち遊んでいられねぇな」
康介に続いて氷上と翔太も、ごまかすように言う。
しかしその声は上擦っていた為、折田と佐藤は不振に思ったのか目を細めた。
「三人共、何か知ってるんじゃないの?」
佐藤が真剣な面持ちで康介達を見据える。その問いに翔太と氷上は一瞬の動揺を見せるが、康介だけは飄々と答える。
「さぁ? その事は今初めて知ったからな」
「なら良いんだけどね」
佐藤は納得いないと言う風な表情を浮かべているが、とりあえず引き下がった事に三人は内心ホッとする。
「そろそろ時間だね」
話しが一段落ついたのを見計らったように折田がそう言って立ち上がった。
時間を確認すると、休み時間が終わる五分前。
「そろそろ行こうぜ」
翔太が歩きだすと、他の四人も追うように動きだし、教室に向かった。
放課後、氷上と翔太は以前特訓をしていた廃区画にいた。
「ここに来るのも約一ヶ月ぶりだ」
「ええ。久々の特訓ね」
「ずっと入院生活だったから大分鈍ってそう」
二人は特訓をする為に、ここに来たのだ。入院中は碌に体を動かせなかったので、感を取り戻す為に特訓しよう、と言う話しになっていた。
「そう言えば、康介君は?」
「後から来るってさ」
「じゃあ先に始めましょうか」
氷上がそう言うとストレッチを始める。
と、そこに聞き慣れた声が響く。
「なになに、秘密特訓?」
「これが強さの秘密か」
翔太と氷上が振り返ると、そこには佐藤と折田がいた。
「なんでここに?」
氷上が少し驚いた表情を浮かべながら問い掛ける。
「いやー、たまたま二人が歩いてるのを見かけて、デートかと思って様子を伺ってたんだよ」
「まあ実際は殺伐とした特訓だったみたいだけどね」
問いに折田と佐藤は、翔太と氷上じゃそれはありえない、とケラケラ笑いながら答えた。
その二人の様子に翔太は悔しそうに肩を震わせる。
「俺だって、俺だって彩香とデートだったら、どんなに良かったか……!」
「あら、特訓だろうと二人きりならデートじゃないの?」
氷上が本当にそう思っているのか、真剣な表情で問い掛けると翔太は驚い様に目を見開く。
「そんな殺伐としたデート聞いたことねぇよ!?」
「じゃあどんなのがデートなのよ?」
「それは、やっぱこう……甘酸っぱい感じの?」
翔太は少し考えるような仕草をしながら答えた。
「デートって味がするの?」
「ものの例えだよ!」
「んー、人の不幸は蜜の味、的な?」
「怖ぁっ!? 何だよそれ! ってか、論点ズレてる!?」
そう言うと翔太は氷上の言葉に『もうやだ! 疲れた!』と騒ぎ出した。それを横目に佐藤が引き攣った顔で氷上に話し掛ける。
「彩香、本気で言ってるの?」
それに氷上はヒラヒラと手を動かしながら笑みを浮かべる。
「もちろん冗談よ?」
「あんまり冗談に聞こえなかったよ」
あっけらかんと答える氷上に折田が苦笑すると、佐藤が『そう言えば』と口を開く。
「なんでこんなとこで特訓してるの?」
その問いに翔太と氷上は声を詰まらせる。二人が特訓をするのはトロイに対抗――もとい自分の身を護る為。しかしその事を知らない折田と佐藤に、正直に理由を話す訳にはいかない。
とりあえず適当にごまかそうと氷上が口を開く。
「それは――」
「俺達に対抗する為、か?」
氷上の言葉に被せるように声が響いた。
「誰!?」
氷上は突然聞こえた声に敵意の篭った口調で返す。
誰、と問い掛けたが、氷上はその声に聞き覚えがあった。
問い掛けに応えるように、声の主は建物の影から姿を現し、氷上達の前に立つと、クスクスと笑いながら話し掛ける。
「久しぶりだね」
「……氷炎」
現れた人物を見ると、氷上は苦々しい表情を浮かべながらボソッと呟いた。
その声が聞こえたのか、佐藤が驚きに焦りが混ざった様子で声を上げる。
「氷炎って……あの氷炎!? なんでこんなとこに――」
その声には恐怖も混ざっていた。しかしそんな事はお構いなしに、氷炎は軽い雰囲気で話しだす。
「君と君、氷上彩香と尾崎翔太だったかな? バケモノだらけの学校から生還したらしいじゃん」
「やっぱあれはお前の仕業だったのか!?」
翔太が氷炎を睨みつける。
「そうであって、そうじゃないかな。それよりも――」
そこまで言うと今まで笑みを浮かべていた氷炎の表情が真剣なものに変わり、目が細められる。
それと同時に溢れ出す凄まじい威圧感。
殺気とも取れるソレに、氷上達四人は息を呑む。
「――あの状況を戦い抜いた君達の強さが知りたくてね。少し相手してもらうよ」
言い終わるのと同時に氷炎は四人の視界から消えた。
「――っ」
氷上が慌てて氷の壁を作り出す。
その直後、壁に拳が叩き付けられた。
「……速過ぎだろ」
翔太は、その光景に唖然とした。氷炎が消えたと思った次の瞬間には、目の前にいたのだ。
「良く反応したね」
氷炎は満足そうな表情浮かべると、四人に向けて手をかざす。
すると、その手元から氷が地面を這うようにしながら四人に迫る。
「皆下がって!」
佐藤がそう叫ぶのと同時に、四人を覆うようなドーム状の膜が張られ、氷の進行を妨げた。
「へぇ。それが陣の能力か。それだけだと障壁の能力みたいだけど、他にも使い道があるんだろう?」
氷炎は四人にゆっくりと近づいていく。
「なんであんな奴がここにいるんだよ」
「翼、話しは後だ。今はどうにかして逃げねぇと」
「逃がしてくれると思う?」
佐藤の言葉に、折田と翔太は黙り込んでしまう。
逃げれない。直感でそう悟ってしまったのだ。
そこに、氷上が氷炎に聞こえないように小声で話し掛ける。
「康介君が……康介君がもうすぐ来るはずよ。そうすれば何とかなるかもしれないわ」
康介は後から来ると言っていた。それまで堪えればなんとか力を合わせて逃げれる。氷上は信頼を篭めた目でそう伝えた。
「なら、それまで時間稼ぎだな」
翔太はそう言うと刀を取り出す。
「ええ、頑張りましょう」
氷上も頷き、銃を取り構える。
そこに話しが終わるのを見計らったかのようなタイミングで氷炎が声を掛ける。
「話しは終わった?じゃあ――始めよう」
同時に佐藤の結界が砕け散った。
突然の事に、四人の表情は驚愕に染まる。
氷炎はその一瞬の隙をついて、翔太の目前に迫っていた。
「驚いてる暇はないよ?」
「!? くそ!」
翔太は焦り、鎌鼬を放つ。
氷炎はそれを避ける素振りも見せず立ち尽くしたまま笑みを浮かべている。
そして直撃する瞬間、鎌鼬は原形を失い霧散した。
「な!?」
翔太はそれに驚き、動きを止めてしまう。氷炎はすかさずそこに攻撃を加えようとするが、それを阻止するように氷上が氷弾を撃ち込む。
しかし、当たる――そう思われた氷弾は氷炎が手をかざすだけで消滅してしまった。
その隙に翔太は氷炎と距離を取り、四人で一塊になっていたが、その表情は苦々しい。攻撃が効かない――その事に絶望感を感じていた。
「この程度?」
そんな四人に氷炎が呆れたように、挑発するように鼻で笑う。
氷炎が本気を出している様子は全くない。それにも拘わらず四人は赤子のようにあしらわれていた。
だが、その事で氷炎は完全に油断しきっている。
その心の隙をつくように、折田が氷炎の死角に転移し、全力で蹴り付ける。
が、氷炎は即座に振り返り、その足をつかみ取った。
「転移で死角からの攻撃、なかなか厄介だね。けど残念。俺に死角はないよ」
そう言うと、折田の足を両手で持ち、近くの建物に投げつけた。
折田は成す術なく壁に叩き付けられ、激しい衝撃にうずくまり、うめき声を上げる。
「翼!?」
佐藤か悲鳴に近い声を上げ、折田に駆け寄っていく。
翔太と氷上は、そこに近づけまいと竜巻と氷柱を同時に氷炎に放つ。
が、それも氷炎に届く前に霧散してしまう。
その光景に翔太は思わず毒づく。
「何なんだよ! あの能力は!?」
氷炎――その二つ名から氷と炎を操る能力かと推測していたが、それだけではなかった。
だが、直接攻撃なら通じると翔太は考え、刀で切り掛かる。
そのまま袈裟懸けに切り裂こうと刀を伸ばした瞬間――
翔太の視界から氷炎が消えた。
と、同時に、翔太の体を横から激しい衝撃が襲う。
蹴られた、そう理解する前に翔太は建物に叩き付けられた。
「がっ……」
痛みから声を漏らし、倒れ込む。
折田と翔太は動けず、佐藤は攻撃手段に乏しい。今この瞬間に実質戦えるのは氷上ただ一人。そんなチャンスにも係わらず、氷炎は追撃をかけずに笑みを浮かべながら口を開いた。
「ああ、そう言えば、君達の頼みの綱の和田康介なら来ないよ。いや、来れない、と言った方が良いかな。
彼の所には、俺のパートナーが向かってるからね」
「え……」
氷炎の言葉に、氷上は愕然とした。
以前話しに聞いた、氷炎に匹敵すると予想されているパートナー。それが康介の下に向かっていると言う事で、助けは来ないと思ってしまったのだ。
普段ならば敵の言う事など信じないだろうが、今は冷静ではなく、氷炎の言葉を鵜呑みにしてしまう。
力無く立ち尽くす氷上に、氷炎は楽しそうな笑みを浮かべながら近づいて行く。
そして、氷上の目の前に立ち、言い放つ。
「戦う気力も失ったかい? じゃあ、そろそろ終わりにしようか」