第1話 邂逅
――ピピッピピッ
目覚まし時計の耳障りな音が鳴り響く。
「――ん」
ベッドから降り、カーテンを開け、外を見ながら呟く。
「あの時の夢を見るのは久々だな。
あれから、もう6年か……、なんで俺だけ……」
とても悲しそうな表情で、暗い瞳でどこか遠くを眺め続ける。
どのくらい、外眺めていただろうか。
ふと、口を開く。
「――俺は……生きるよ。お前の最後の願いだから……。
けど、お前を失った世界で何を支えにすれば……
なぁ、雪華……」
あの時、護ることの出来なかった、幼いながらも愛した少女に、もういない少女に問い掛ける。
「さて、準備するか!」
暗い気分を無理矢理切り替えるように言う。
「今日から2年生か。さすがに初日から遅刻はマズイよな」
そう言いながら、手際よく準備していく。
「8時か、少し早いけど行くかな」
そう言って家を出る。学校は家から歩いて15分程度の場所にある。登校時間は8時45分なので、確かに少し早いだろう。
特に何も考えずに、いつもの道を歩いていく。商店街を抜け、大きな建物が見えて来る。
それが彼の通う高校、桜ヶ丘高校だ。
校門をくぐり、校舎まで進んでいく。
「うっわー、人多過ぎだろ」
愚痴をこぼす。校舎の前は学校の生徒でごった返していた。
それもそのはず。校舎の前に新しいクラスが張り出されているからだ。
「俺のクラスは……、B組か」
人垣を掻き分けクラスを確認する。
「さっ、行くか」
教室に行こうと歩きだすと後ろから
「おーい!康介!」
と、声が聴こえ、振り返る。「なんだ、翔太か」
声をかけて来たのは、尾崎翔太。人付き合いの苦手な康介に、何かと声をかけてくる同級生だ。
「なんだとはご挨拶だな」
むっとしたように言う。
「あーはいはい」
康介は適当な返事をして流す。
「ったく、相変わらず素っ気ないな。お前、俺以外に友達いるのかよ」
少し呆れた様に問い掛ける。
「いないな。ってかいつの間に俺とお前は友達になったんだ?」
ため息をつきながら問い掛ける。
「いつの間にか……かな!」
眩しいくらいの笑顔で言い切る。
「はぁ……」
康介はどこか呆れた様に、ため息を漏らす。
しかし、誰に対しても素っ気ない態度を取る彼だが、翔太の事は嫌いではなかった。
むしろ好ましい部類に入っているのではないだろうか。
しかし、そのことは表に出さずに、素っ気ない表情を保つ。
「呆れられた!?」
翔太はわざとらしい、大きなリアクションでため息に反応する。
「俺なんかに構うなんて、お前も物好きだな」
微笑しながら言う。
「そうか?俺は康介の事好きだけどな!
――っと、そろそろ時間だな。康介もB組だろ?一緒に行こうぜ!」
にっ、と白い歯を見せて笑いかける。
「同じクラスかよ……。まぁいい、行くか」
苦笑しながら返事をして歩きだす。
教室に着くと、2人はそれぞれの席に着く。
康介は1人でボーッとしているのに対し、翔太の周りには人が集まり談笑している。
「相変わらずの人気だな……」
そんな翔太を横目に見ながらボソッと呟く。
そう、翔太は皆から人気があるのだ。人当たりの良い性格、少し長めな髪、二重でキリッとした目、通った鼻筋。俗に言うイケメンだ。
人気がない訳がない。
康介もそれに劣らないくらいの顔立ちなのだが、少しキツめの目元と、取っ付きずらい性格も手伝って、話し掛けてくる人は、ほとんどいない。
「暇だな……」
そんな事を考えているとき
「ほら、席着けー!」
ガラッと、扉の開く音と共に教師が入って来た。
「俺が担任の進藤だ!1年間よろしくな!」
そう自己紹介をしたのは、体育会系の暑苦しい男教師。
正直、声が大きくて煩い。
そんな事を康介が考えていると
「おいっ!そこのもみあげピアス!聞いてんのか!」
担任が声を張る。もみあげピアス……十中八九、康介の事だろう。
長いもみあげに、少し多い位に空けているピアス。そんなあだ名で呼ばれるのも無理はない。
そんな康介を見て、周りはクスクスと笑う。
が、康介と目が合うと、直ぐに目を逸らす。
クラスの雰囲気が悪くなりかけたとき
「そういや良い知らせがあるぞー!転入生が来る!
入って来い!」
そう担任が言う。
わっ、とクラスのテンションが上がり、呼ばれた転入生が入って来る。
「――っ!!」
それまで興味なさそうにしていた康介だが、転入生を見た瞬間、目を見開き、声を失う。
「わぁぁぁ!!」
そんな康介とは対象的にクラスの、特に男性陣が歓声を上げる。
入って来た転入生は、女の子だった。腰まで伸ばした栗色の髪、パッチリと大きな目、筋の通った鼻、みずみずしい唇。所謂、美少女だったからだ。
康介は、そんな転入生から目が離せなくなった。
――似てる。
いや、似てるなんて物じゃない。瓜二つだ。
まさか、生きてたのか?
いや、そんなはずはない。あの状況で生き残れるはずがない。けど、あの容姿は……
――雪華、お前なのか?
康介は頭では違うと否定しながらも、心のどこかで期待してしまう。
かつて、護る事の出来なかった少女なのではないかと。
そんな複雑な感情が渦巻く中、転入生を凝視していると、視線に気付いた転入生が康介にウインクをする。
心臓の鼓動が早まる。
――本当に似てる。
そんな康介をよそ目に、転入生が自己紹介を始める。
「氷上彩華です。
最近、能力に目覚めてこの都市に来ました。
能力についてなど、分からない事も多いので、色々と教えて頂く事もあるでしょうが、これからよろしくお願いします。」
ふわっ、とした笑顔と共に言う。
「そうだよな……。違うよな」
康介は俯き、誰にも聴こえないような声で呟く。
――なに期待してるんだか……
そんなことを想いながら。
康介が思考の渦に呑まれている間に、授業が始まったのか、担任の良く通る声が教室に響く。
「さて、今日は転入生も居ることだし、能力学は基礎の復習からやるぞー!」
能力学……能力者が集まる箱庭――都市内の学校でのみ行われる授業。
「まず、能力は1人に1つ。
殆どの能力者は幼い頃に目覚めるが、稀にある程度成長してから目覚める者もいる。
能力に目覚めた者は基本的には、ここのような、俗に言う箱庭都市に送られ国に管理される。
能力者は基本的に箱庭都市から出ることは出来ない。例外として、学園の実習や卒業後に国に仕える軍属となれば、都市外での生活ができる。
まぁ、軍属になると人間兵器として扱われるがな。
後は…、ランクだな。能力者はその能力の強弱により、S~Eのランクが付けられる」
ここまで担任が説明したところでチャイムがなる。
「あぁ、あと明日はランク付けの能力測定があるから皆頑張れよ!」
元気良く言い、教室から出て行く。
その間、康介は授業など聴こえないかの様に上の空だった。
休み時間になっても、康介は動かずに、ボーッとしていた。
するとそこに翔太が声をかけてきた。
「康介、康介!」
はっ、と我に帰り返事をかえす。
「あ、翔太か…、なんか用?」
いつも通り素っ気なく返す。
「あの転入生スゲー美少女じゃん!仲良くなりたいな!
お前もあの子の事、ずっと見てたしな!」
ハイテンションで康介に話し掛ける。
「……別に、興味ない」
見られてたのか、と内心舌打ちしながら答える。
そこに、転入生――氷上彩華が近寄り、2人に声をかけてきた。
「はじめまして!これからよろしくね!」
おしとやかな雰囲気とは裏腹に活発な口調で挨拶する。
「……あぁ」
「こっちこそよろしく!分からない事とかあったら、遠慮なく聞いてね!」
康介と翔太が順番に返事をする。
「あっ、俺は尾崎翔太!んで、こいつが和田康介だよ!」
明るく自己紹介をする。
「翔太君に康介君ね。よろしく!私の事は彩華で良いから!」
――あいつと……ダブる。
あの時、最後の表情が目に浮かぶ。
思い出したくない。
こいつの近くに居たくない。
「――介、康介!」
不意に呼ばれる。
「なに?」
「ったく、聞いてろよ。これから俺らで彩華に学校の案内するって話しだよ」
翔太が康介が考え事をしていた時に決まった事を説明する。
「なんで俺が……、パス、翔太1人で案内しな」
康介はそう言いながら、手をひらひらさせ教室を出た。
過去を思い出すのが嫌でその場から逃げ出したのだろう。
「私、康介君に嫌われたのかな?」
悲しげに言う。
「あー、何て言うか……、ああいう奴なんだよ。悪気はないだろうから気にしないであげて!」
翔太がフォローを入れるが、彩華は何も言わず、康介が去ったあとを悲しげに眺めていた。