第18話 退院パーティー
康介は疲れたように壁にもたれ掛かっていた。
「康介もこっち来いよ!」
「そうだよ康介。皆で楽しもうよ」
翔太と折田が康介を手招きする。
「3人の退院パーティーなんだから、主役の1人の和田くんが壁にへばり付いててどうするの?」
「そうよ、康介君も盛り上がりましょ?」
佐藤と氷上も、部屋の隅にいる康介に話し掛ける。
「……パーティーは良いとしよう。勝手に俺ん家にしたのも、まぁ良しとしよう。が、なんで闇鍋なんだ?」
康介は頭を抱える。その視線の先には、4人が囲むテーブルの上にセッティングされている鍋道具1式と、それぞれが買ってきたであろう食材が置いてあった。もちろん食材は中が見えない袋に入っていて、中身を知ることはできない。
「だって普通のパーティーより闇鍋パーティーの方が楽しそうじゃん!」
「黙れ翔太。闇鍋ってのは作ってる時は楽しいが、いざ食べる時にはテンションが下がるもんなんだよ」
「甘い! チョコレートのように甘いぞ康介! あのバケモノの大群から生還した俺は、何が出来ようと恐くない!」
「ならどんなに酷いのが出来ても翔太は残さず食べるんだな?」
「もちろんだ! って事で、康介も早くこっち来い」
翔太は胸を張って言い切り、再び手招きする。康介はそれに渋々従い席につくが、その表情はどこか暗い。
もともと騒がしいのは好まないのに、退院早々に家に押し掛けられ、挙げ句の果てには闇鍋パーティー。晴れ晴れしい顔は出来ないだろう。
康介がため息をつくと、佐藤と折田がそこに話し掛ける。
「大丈夫! 鍋に使う物しか買わないってルールでそれぞれ買い出ししたからね!」
「だからちゃんと食べれるのが出来るよ」
「なら良いんだが……」
2人の言葉にそう良いつつも、康介の表情は不安に染まっている。
だが、そんな不安もどこ吹く風。
氷上が皆を促す。
「じゃあそろそろ始めましょ」
その言葉を合図に、電気が消される。
「それじゃあ皆、買ってきた物入れようぜ!」
翔太が言うと、それぞれが食材を鍋に入れていく。部屋は暗くて鍋の状況を確認することは出来ず、音だけが不気味に響き渡っている。
そして点火。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって」
不安げな康介を翔太が宥めながら鍋を掻き混ぜ、それを見ながら折田が呟く。
「ちょっとわくわくする」
「ええ。私達のチームワークなら、きっと美味しい鍋が出来るわ」
「食べれる物しか買ってないしね!早く出来ないかな!」
氷上と佐藤は不安など微塵もないように話している。
康介は顔を強張らせているが、他4人は期待感でいっぱいと言った感じだ。
しばらくすると、グツグツと煮立った音が聴こえてくる。それと共に広がる鍋の匂い。
「……おい。なんだこの匂い」
「たぶん……鍋、だよな」
「……何入れたらこんな匂いになるんだ?」
「入れたのは鍋の具材のはず……」
康介と翔太が話す。表情は暗くて見えないが、声色が不安で満ちている。
部屋にはいろいろな物が入り混じった匂いが充満していた。 普通の鍋のように食欲をそそる香りではなく、その逆。思わず顔をしかめてしまう匂い。
「とりあえず翔太が食え」
「なんで俺!? ここはジャンケンだろ!?」
康介が責任を取れと言わんばかりの雰囲気を醸し出すが、翔太は最初に食べるのを嫌がり、そう提案する。
「翔太君、恐い物はないんでしょ?」
「ぐ……。バケモノとは恐さの種類が違うんだよ!」
氷上の言葉に翔太は一瞬言葉を詰まらせるが、よほど食べたくないのか前言を撤回した。
が、それを折田が許さなかった。
「翔太、往生際が悪いよ? 男に二言はないよね?」
「待ってくれ翼! ってかお前、俺のこの状況を楽しんでるだろ!?」
「そんな事ないよ」
「嘘つけ!」
「尾崎君、諦めなよ」
「そうよ。観念しなさい」
佐藤と氷上はそう言って翔太に迫る。
「翔太、俺がよそってやるよ」
康介はそう言うと、鍋をぐるぐると掻き混ぜ始めた。
「なんか、あからさまにでかい具が入ってる……砕くか」
そう呟きながら具を崩すように突っつき、器に盛る。
「ほら。食え」
康介は翔太の目の前に器を突き出す。
「翔太君、頑張ってね」
「翔太ならいけるよ!」
「頑張れ! 応援してるよ!」
氷上、折田、佐藤は翔太に声援を送る。
「重い……重いよ。皆の声援と期待が重い!」
「ほら」
翔太を言葉を聞いていないかのように、康介がさらにぐいっと器を近づけると、それを翔太は恐る恐る受け取った。
「う……あ……」
器と箸を持ち、ゴクリと生唾を飲み込む。
しかし食べるのを躊躇い、その状態から動かない。それを促すように4人が声を揃えて詰め寄る。
「「「「さあ!」」」」
「え……く、う……」
4人の迫力に翔太は後ずさるが、壁まで追い詰められると意を決したように顔を上げた。
「くっそ! 食えばいいんだろ!」
そう言って、勢い良く掻き込むように口に含む。
そして――固まった。
「んー! んー!!」
翔太は口の中をいっぱいにしたまま、何かを訴えるようにもがきだす。
「吐くなよ!? 絶対に吐くなよ!?」
珍しく康介が焦ったように声を荒げる。自分の家で吐かれたら堪ったもんじゃないないのだろう。翔太の口を手で塞ぎ、上を向かせた。
すると翔太は、苦しむように床をバンバンと叩き、声にならない声を上げる。
「ん゛ー!!」
異常なまでの翔太の反応――それは食べ物を食べた時のものには見えない。
あまりの惨劇に、皆は言葉を失った。
すると、翔太が口を動かしだす。グチュッグチュッと不快な音をたてながら咀嚼し、飲み込んだ。
康介はそれを確認すると手を離す。
「がはっ、ごほっ! ぅおぇ……」
塞がれてた口が解放されると同時に、翔太は床に手を着き咳込む。
その状況に不安になった折田が、心配そうに声を掛ける。
「だ、大丈夫?」
「……うぇぇぇ」
翔太は答えずに、奇声を発して固まっている。
「ちょっとヤバくない?」
「え、ええ。いくらマズイ食べ物でも、こんな反応はしないわよね……」
そんな翔太の様子に、佐藤と氷上がぎこちなく話す。
すると翔太が立ち上がった。
「はは、ははは……」
乾いた笑い声を出しながらフラフラとしている。
「……翔太?」
流石に不安になった康介が翔太に声を掛ける。
すると翔太は誰に言うわけでもなく話し出した。
「これは……何なんだ。苦い? ピリ辛? まろやか? 臭い? いや、これは形容出来ない。
こんな、こんなものが! 存在していいのか!?」
その様子は、まるで何かに訴えかけるようだ。
「何なのよ。いったいどんな味だったのよ……」
壊れかけた翔太を見た氷上がそう呟く。
「ねえ、電気つけてみない?」
翔太をここまで追い込んだ鍋正体が気になった折田が、そう提案する。
「うん。そうしよう」
佐藤は頷くと、電気をつけようと立ち上がった。
しかし、そこに制止の声が掛かる。
「待ってくれ! 俺は見たくない! 自分が食べたコレを見たくないんだ!もし見てしまったら……俺は、俺は――」
翔太が必死に訴えるが、無情にも言い終わる前に電気がつけられてしまう。
そして顕わになる鍋。
翔太以外の4人は、その中身を見ると息を呑む。
そして翔太は――
「あ、あぁ……あ。俺は……これを食ったのか……。こんな“モノ”を……」
放心状態になった。
鍋の中身――それは非常にグロテスクな物だった。
黒みがかったピンク色のようなつゆ。
所々に浮かんでいる、黒っぽい魚の内臓のような物。
豆腐は潰れ、ペースト状に。そして、突き出す魚の頭。
それを見た康介が皆に話し掛ける。
「これのどこが食える物なんだ? いったい何を買ってきた?」
その問いに、それぞれ答えだす。
「私は豆乳鍋が良かったから豆乳よ」
と、氷上が。
「私はキムチ鍋が食べたかったから、キムチの素」
と、佐藤が。
「俺はすき焼きの素とラム肉と豆腐」
と、折田が。
それを聞いた康介は頭を抱えた。そして、今だ放心状態の翔太に声を掛ける。
「で、翔太は?」
「俺は……、良いダシが取れると思って、鮫を1匹……」
翔太は、途切れ途切れに答える。
「鮫? 鮫だと? お前――頭湧いてるんじゃないか?
良いダシ? 鮫から取れるわけないだろ。ましてや内臓も取らずに。
鮫以外は確かに食べれる物ばかりだが……組み合わせが最悪だ。なんで皆して味付け買ってんだよ」
康介は怒っているような、呆れているような、何とも言えない表情で翔太に言う。
鮫は腐敗臭が強い。内臓を取らなければなおさらだろう。部屋に充満する異臭は、間違いなくその鮫が原因だ。
そして混ざりあった味付け。クセの強いラム肉。
もはやその鍋の味は想像すら出来ない。
「ねぇ、どうするの? コレ」
氷上が言うと、皆が顔を引き攣らせた。
「どうするも何も……捨てるしかないでしょ」
「とりあえず、食べるって選択肢はないね」
佐藤と折田が、汚物を見るような視線を鍋に向ける。
そして捨てようとすると、そこに翔太が口を挟む。
「待てよ! 俺が食べたんだから、皆も食べろよ!」
「こんなの食えるわけないだろ……」
「ええ、私も無理よ」
康介と氷上がそう言うと、翔太は折田に視線を向ける。
「康介は関係ないから食べなくても良い。女性陣もしょうがない。けど、翼はもちろん食うよな?当事者なんだから」
翔太はいつの間にか器に盛った鍋の具を持ち、折田に近づいていく。
そして有無を言わさずに、器を折田に押し付ける。
「え……。俺……も?」
折田は器を片手に冷や汗をかく。
「道連れだ! さあ食え!」
「わかったよ……」
翔太に促され、折田は箸で鮫の肉らしき物を掴み、口の前まで運ぶ。その手はプルプルと震え、食べるのを体が拒んでいるようだ。
だが、やがて目を瞑り、口の中にそれを放り込んだ。
直後。
「ん゛!?」
奇声を発した。折田ではなく翔太が。
折田は口の中に入れる瞬間に、具を翔太の口の中に転移させたのだ。
「ぅおぇぇぇぇぇ!!」
翔太は叫びながらトイレに走って行く。
さっきは味覚、嗅覚、触覚だけを感じたが、今はそれに視覚も加わっている。あのグロテスクな見た目が。
よって、さっきよりも激しく反応――いや、拒絶反応が起きた。
「げぁ――ぅえ……えっ、えぇ!」
トイレから嫌な声が響く。
「……聞かなかったことにしよう」
「そうね。今のうちに片付けましょ」
康介と氷上がそう言うと、4人で闇鍋を捨て、片付け始める。
その途中に折田が罪悪感から呟く。
「ごめん、翔太」
片付けが終わり、しばらくすると翔太が戻ってきた。その顔は心なしかゲッソリしている。
「大丈夫?」
「お、おぉ……。大丈夫、大丈夫だ。きっと俺は大丈夫。俺ならイケる」
氷上の問い掛けに翔太はそう答える。
大丈夫と何度も繰り返し呟いているその姿は、とても大丈夫には見えない。
それを見かねたように佐藤が口を開く。
「病院連れてった方が良さそうだよ?」
「この場合は何科?」
「んー、内科かしら?」
「心療内科じゃないか?」
佐藤の言葉に折田、氷上、康介がそれぞれ答える。
そしてそのまま雑談を始め、しばらく談笑していると、復活した翔太が話し出す。
「はは、死ぬかと思った……。皆、料理は時として人をも殺せるんだぜ?」
「翔太、もう大丈夫なのか?」
「おぉ。もう平気だ」
康介の問い掛けに、今度はしっかりと答えると、折田に向き直る。
「翼、意外とえげつないな」
その言葉には、若干だが怒気が篭っていた。流石にマズイと思った折田は素直に謝る。
「ごめん。アレを食べる度胸はなかったよ」
「確かにアレを食べれるのは翔太君だけね」
「彩香の中の俺ってどんなゲテモノ食い!? 俺だってアレはもう食えねぇよ!
ってか止めよう! この話しは止めよう! 思い出したくない!」
翔太はそう言うと子供のように屈み、耳を塞ぐとそのまま動かなくなった。
その様子を見た康介は、眉をひそめながら呟く。
「これは重症だな」
「もはやトラウマね。けど、少しどんな味か気になったわ」
翔太を横目に見ながら氷上がそんな事を口にする。
すると佐藤が、生ゴミとして捨てられている鍋だった物を指して問い掛けた。
「じゃあ彩香も食べてみる?」
「死んでもごめんよ」
顔を歪めながら、氷上は答える。
気にはなるがなっても、先程の翔太を見た後に食べる度胸はないのだ。
そしてしばらくしてから、康介達3人の退院パーティーはお開きになった。
翔太が少し可哀相になった。
そして折田がエグイ。
ってかってか、折田と佐藤は久々の登場だ。最近は空気みたいだったからなー。
ちなみに闇鍋は実話に基づくフィクションです。
実際は鮫の切り身でした。
そして、鮫が好きな人いたらすいません。