表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/26

第18話 退院パーティー

 康介は疲れたように壁にもたれ掛かっていた。


「康介もこっち来いよ!」


「そうだよ康介。皆で楽しもうよ」


 翔太と折田が康介を手招きする。


「3人の退院パーティーなんだから、主役の1人の和田くんが壁にへばり付いててどうするの?」


「そうよ、康介君も盛り上がりましょ?」


 佐藤と氷上も、部屋の隅にいる康介に話し掛ける。


「……パーティーは良いとしよう。勝手に俺ん家にしたのも、まぁ良しとしよう。が、なんで闇鍋なんだ?」


 康介は頭を抱える。その視線の先には、4人が囲むテーブルの上にセッティングされている鍋道具1式と、それぞれが買ってきたであろう食材が置いてあった。もちろん食材は中が見えない袋に入っていて、中身を知ることはできない。


「だって普通のパーティーより闇鍋パーティーの方が楽しそうじゃん!」


「黙れ翔太。闇鍋ってのは作ってる時は楽しいが、いざ食べる時にはテンションが下がるもんなんだよ」


「甘い! チョコレートのように甘いぞ康介! あのバケモノの大群から生還した俺は、何が出来ようと恐くない!」


「ならどんなに酷いのが出来ても翔太は残さず食べるんだな?」


「もちろんだ! って事で、康介も早くこっち来い」


 翔太は胸を張って言い切り、再び手招きする。康介はそれに渋々従い席につくが、その表情はどこか暗い。

 もともと騒がしいのは好まないのに、退院早々に家に押し掛けられ、挙げ句の果てには闇鍋パーティー。晴れ晴れしい顔は出来ないだろう。


 康介がため息をつくと、佐藤と折田がそこに話し掛ける。


「大丈夫! 鍋に使う物しか買わないってルールでそれぞれ買い出ししたからね!」


「だからちゃんと食べれるのが出来るよ」


「なら良いんだが……」


 2人の言葉にそう良いつつも、康介の表情は不安に染まっている。

 だが、そんな不安もどこ吹く風。

 氷上が皆を促す。


「じゃあそろそろ始めましょ」


 その言葉を合図に、電気が消される。


「それじゃあ皆、買ってきた物入れようぜ!」


 翔太が言うと、それぞれが食材を鍋に入れていく。部屋は暗くて鍋の状況を確認することは出来ず、音だけが不気味に響き渡っている。


 そして点火。


「本当に大丈夫か?」


「大丈夫だって」


 不安げな康介を翔太が宥めながら鍋を掻き混ぜ、それを見ながら折田が呟く。


「ちょっとわくわくする」


「ええ。私達のチームワークなら、きっと美味しい鍋が出来るわ」


「食べれる物しか買ってないしね!早く出来ないかな!」


 氷上と佐藤は不安など微塵もないように話している。


 康介は顔を強張らせているが、他4人は期待感でいっぱいと言った感じだ。


 しばらくすると、グツグツと煮立った音が聴こえてくる。それと共に広がる鍋の匂い。


「……おい。なんだこの匂い」


「たぶん……鍋、だよな」


「……何入れたらこんな匂いになるんだ?」


「入れたのは鍋の具材のはず……」


 康介と翔太が話す。表情は暗くて見えないが、声色が不安で満ちている。


 部屋にはいろいろな物が入り混じった匂いが充満していた。 普通の鍋のように食欲をそそる香りではなく、その逆。思わず顔をしかめてしまう匂い。


「とりあえず翔太が食え」


「なんで俺!? ここはジャンケンだろ!?」


 康介が責任を取れと言わんばかりの雰囲気を醸し出すが、翔太は最初に食べるのを嫌がり、そう提案する。


「翔太君、恐い物はないんでしょ?」


「ぐ……。バケモノとは恐さの種類が違うんだよ!」


 氷上の言葉に翔太は一瞬言葉を詰まらせるが、よほど食べたくないのか前言を撤回した。

 が、それを折田が許さなかった。


「翔太、往生際が悪いよ? 男に二言はないよね?」


「待ってくれ翼! ってかお前、俺のこの状況を楽しんでるだろ!?」


「そんな事ないよ」


「嘘つけ!」


「尾崎君、諦めなよ」


「そうよ。観念しなさい」


 佐藤と氷上はそう言って翔太に迫る。


「翔太、俺がよそってやるよ」


 康介はそう言うと、鍋をぐるぐると掻き混ぜ始めた。


「なんか、あからさまにでかい具が入ってる……砕くか」


 そう呟きながら具を崩すように突っつき、器に盛る。


「ほら。食え」


 康介は翔太の目の前に器を突き出す。


「翔太君、頑張ってね」

「翔太ならいけるよ!」

「頑張れ! 応援してるよ!」


 氷上、折田、佐藤は翔太に声援を送る。


「重い……重いよ。皆の声援と期待が重い!」


「ほら」


 翔太を言葉を聞いていないかのように、康介がさらにぐいっと器を近づけると、それを翔太は恐る恐る受け取った。


「う……あ……」


 器と箸を持ち、ゴクリと生唾を飲み込む。

 しかし食べるのを躊躇い、その状態から動かない。それを促すように4人が声を揃えて詰め寄る。


「「「「さあ!」」」」

「え……く、う……」


 4人の迫力に翔太は後ずさるが、壁まで追い詰められると意を決したように顔を上げた。


「くっそ! 食えばいいんだろ!」


 そう言って、勢い良く掻き込むように口に含む。


 そして――固まった。


「んー! んー!!」


 翔太は口の中をいっぱいにしたまま、何かを訴えるようにもがきだす。


「吐くなよ!? 絶対に吐くなよ!?」


 珍しく康介が焦ったように声を荒げる。自分の家で吐かれたら堪ったもんじゃないないのだろう。翔太の口を手で塞ぎ、上を向かせた。


 すると翔太は、苦しむように床をバンバンと叩き、声にならない声を上げる。


「ん゛ー!!」


 異常なまでの翔太の反応――それは食べ物を食べた時のものには見えない。

 あまりの惨劇に、皆は言葉を失った。


 すると、翔太が口を動かしだす。グチュッグチュッと不快な音をたてながら咀嚼し、飲み込んだ。

 康介はそれを確認すると手を離す。


「がはっ、ごほっ! ぅおぇ……」


 塞がれてた口が解放されると同時に、翔太は床に手を着き咳込む。

 その状況に不安になった折田が、心配そうに声を掛ける。


「だ、大丈夫?」


「……うぇぇぇ」


 翔太は答えずに、奇声を発して固まっている。


「ちょっとヤバくない?」


「え、ええ。いくらマズイ食べ物でも、こんな反応はしないわよね……」


 そんな翔太の様子に、佐藤と氷上がぎこちなく話す。


 すると翔太が立ち上がった。


「はは、ははは……」


 乾いた笑い声を出しながらフラフラとしている。


「……翔太?」


 流石に不安になった康介が翔太に声を掛ける。


 すると翔太は誰に言うわけでもなく話し出した。


「これは……何なんだ。苦い? ピリ辛? まろやか? 臭い? いや、これは形容出来ない。

こんな、こんなものが! 存在していいのか!?」


 その様子は、まるで何かに訴えかけるようだ。


「何なのよ。いったいどんな味だったのよ……」


 壊れかけた翔太を見た氷上がそう呟く。


「ねえ、電気つけてみない?」


 翔太をここまで追い込んだ鍋正体が気になった折田が、そう提案する。


「うん。そうしよう」


 佐藤は頷くと、電気をつけようと立ち上がった。

 しかし、そこに制止の声が掛かる。


「待ってくれ! 俺は見たくない! 自分が食べたコレを見たくないんだ!もし見てしまったら……俺は、俺は――」


 翔太が必死に訴えるが、無情にも言い終わる前に電気がつけられてしまう。


 そして顕わになる鍋。


 翔太以外の4人は、その中身を見ると息を呑む。


 そして翔太は――


「あ、あぁ……あ。俺は……これを食ったのか……。こんな“モノ”を……」


 放心状態になった。


 鍋の中身――それは非常にグロテスクな物だった。


 黒みがかったピンク色のようなつゆ。

 所々に浮かんでいる、黒っぽい魚の内臓のような物。

 豆腐は潰れ、ペースト状に。そして、突き出す魚の頭。


 それを見た康介が皆に話し掛ける。


「これのどこが食える物なんだ? いったい何を買ってきた?」


 その問いに、それぞれ答えだす。


「私は豆乳鍋が良かったから豆乳よ」


 と、氷上が。


「私はキムチ鍋が食べたかったから、キムチの素」


 と、佐藤が。


「俺はすき焼きの素とラム肉と豆腐」


 と、折田が。


 それを聞いた康介は頭を抱えた。そして、今だ放心状態の翔太に声を掛ける。


「で、翔太は?」


「俺は……、良いダシが取れると思って、鮫を1匹……」


 翔太は、途切れ途切れに答える。


「鮫? 鮫だと? お前――頭湧いてるんじゃないか?

良いダシ? 鮫から取れるわけないだろ。ましてや内臓も取らずに。

鮫以外は確かに食べれる物ばかりだが……組み合わせが最悪だ。なんで皆して味付け買ってんだよ」


 康介は怒っているような、呆れているような、何とも言えない表情で翔太に言う。


 鮫は腐敗臭が強い。内臓を取らなければなおさらだろう。部屋に充満する異臭は、間違いなくその鮫が原因だ。

 そして混ざりあった味付け。クセの強いラム肉。

 もはやその鍋の味は想像すら出来ない。


「ねぇ、どうするの? コレ」


 氷上が言うと、皆が顔を引き攣らせた。


「どうするも何も……捨てるしかないでしょ」


「とりあえず、食べるって選択肢はないね」


 佐藤と折田が、汚物を見るような視線を鍋に向ける。

 そして捨てようとすると、そこに翔太が口を挟む。


「待てよ! 俺が食べたんだから、皆も食べろよ!」


「こんなの食えるわけないだろ……」


「ええ、私も無理よ」


 康介と氷上がそう言うと、翔太は折田に視線を向ける。


「康介は関係ないから食べなくても良い。女性陣もしょうがない。けど、翼はもちろん食うよな?当事者なんだから」


 翔太はいつの間にか器に盛った鍋の具を持ち、折田に近づいていく。

 そして有無を言わさずに、器を折田に押し付ける。


「え……。俺……も?」


 折田は器を片手に冷や汗をかく。


「道連れだ! さあ食え!」


「わかったよ……」


 翔太に促され、折田は箸で鮫の肉らしき物を掴み、口の前まで運ぶ。その手はプルプルと震え、食べるのを体が拒んでいるようだ。


 だが、やがて目を瞑り、口の中にそれを放り込んだ。


 直後。


「ん゛!?」


 奇声を発した。折田ではなく翔太が。


 折田は口の中に入れる瞬間に、具を翔太の口の中に転移させたのだ。


「ぅおぇぇぇぇぇ!!」


 翔太は叫びながらトイレに走って行く。

 さっきは味覚、嗅覚、触覚だけを感じたが、今はそれに視覚も加わっている。あのグロテスクな見た目が。

 よって、さっきよりも激しく反応――いや、拒絶反応が起きた。


「げぁ――ぅえ……えっ、えぇ!」


 トイレから嫌な声が響く。


「……聞かなかったことにしよう」


「そうね。今のうちに片付けましょ」


 康介と氷上がそう言うと、4人で闇鍋を捨て、片付け始める。

 その途中に折田が罪悪感から呟く。


「ごめん、翔太」







 片付けが終わり、しばらくすると翔太が戻ってきた。その顔は心なしかゲッソリしている。


「大丈夫?」

「お、おぉ……。大丈夫、大丈夫だ。きっと俺は大丈夫。俺ならイケる」


 氷上の問い掛けに翔太はそう答える。

 大丈夫と何度も繰り返し呟いているその姿は、とても大丈夫には見えない。

 それを見かねたように佐藤が口を開く。


「病院連れてった方が良さそうだよ?」


「この場合は何科?」


「んー、内科かしら?」


「心療内科じゃないか?」


 佐藤の言葉に折田、氷上、康介がそれぞれ答える。

 そしてそのまま雑談を始め、しばらく談笑していると、復活した翔太が話し出す。


「はは、死ぬかと思った……。皆、料理は時として人をも殺せるんだぜ?」


「翔太、もう大丈夫なのか?」


「おぉ。もう平気だ」


 康介の問い掛けに、今度はしっかりと答えると、折田に向き直る。


「翼、意外とえげつないな」


 その言葉には、若干だが怒気が篭っていた。流石にマズイと思った折田は素直に謝る。


「ごめん。アレを食べる度胸はなかったよ」


「確かにアレを食べれるのは翔太君だけね」


「彩香の中の俺ってどんなゲテモノ食い!? 俺だってアレはもう食えねぇよ!

ってか止めよう! この話しは止めよう! 思い出したくない!」


 翔太はそう言うと子供のように屈み、耳を塞ぐとそのまま動かなくなった。

 その様子を見た康介は、眉をひそめながら呟く。


「これは重症だな」


「もはやトラウマね。けど、少しどんな味か気になったわ」


 翔太を横目に見ながら氷上がそんな事を口にする。

 すると佐藤が、生ゴミとして捨てられている鍋だった物を指して問い掛けた。


「じゃあ彩香も食べてみる?」


「死んでもごめんよ」


 顔を歪めながら、氷上は答える。

 気にはなるがなっても、先程の翔太を見た後に食べる度胸はないのだ。


 そしてしばらくしてから、康介達3人の退院パーティーはお開きになった。

翔太が少し可哀相になった。

そして折田がエグイ。


ってかってか、折田と佐藤は久々の登場だ。最近は空気みたいだったからなー。


ちなみに闇鍋は実話に基づくフィクションです。

実際は鮫の切り身でした。


そして、鮫が好きな人いたらすいません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ